さっさと最後の公式行事を終わらせると、その足でクロヴィスが押しかけてきた。
「ったく……事前に連絡をしてくださるという気遣いはなかったのですか?」
 ルルーシュは彼を出迎えながら、そう言う。
「そんなことをしている時間も惜しかったしね」
 何よりも、思いついたのが車に乗り込んでからだ。言葉とともにクロヴィスは微笑む。
「……本当に兄さんは……」
 これ以外の言葉が出てこない。
「まぁ、いいです。僕たちが暮らしている離れの方でよろしいのですよね?」
 母屋では、今からでは準備が間に合わないだろう。言外にそう付け加える。
「もちろんだよ。少しでも一緒にいたいからね」
 満面の笑みと共に彼は言葉を口にした。臆面もなく綴られたそれに、ルルーシュの方が何故かいたたまれない気持ちになってしまう。
「そう言うセリフは、女性に向かって告げるものではありませんか?」
 ため息とともにそう告げる。
「何を言っているのかな、君は。女性に行ったら、変な誤解をされるだろう?」
 だから、ルルーシュにしか言わない。こう言われて、いったいどんな反応を返せばいいものか。
「しかし、ルルーシュ様に言われても、他の方々に誤解されるだけではないかと思いますが?」
 さりげなくライがフォローを入れてくれる。
「大丈夫。兄上方もルルーシュを前にすればきっと同じ言葉を口にされるから」
 だが、クロヴィスも負けてはいなかった。流石にここまできっぱりと言い切られては、ライも苦笑を浮かべるのが精一杯のようだ。
「……ともかく、中へどうぞ。お茶の支度が出来ております」
 話はそこでゆっくりすればいい。そう付け加える彼に、ルルーシュも頷いてみせる。
「そうだね。そうさせて貰おう」
 確かに、座ってからのほうがゆっくりと話が出来るね……とクロヴィスも同意をして見せた。
「君達は外で待っているように。適当に交代をして休憩を取って構わないからね」
 そのまま視線を護衛の者達へと向けると、こう告げる。
「その必要はないと思いますが……とりあえず、休憩にはこちらの部屋をお使いください。あしたには、別の部屋を用意させますから」
 ライが申し訳なさそうに彼等に声をかけた。
「食事の方は神楽耶様に頼んでおいたので、直ぐに届くと思いますよ」
 毒味の必要はないから、とルルーシュはルルーシュで言う。だが、直ぐには納得できないのだろう。彼等はどうするべきかというように視線をクロヴィスへ向けた。
「ルルーシュがそう言っているのだから、構わないよ」
 それに彼も頷き返す。
「少なくとも、ここの家の者が私たちに危害を加えるはずがないからね」
 だから、本国のようにあれこれ詮索しないように。そうも続ける。
「Yes.Your Highness」
 ルルーシュだけではなくクロヴィスにまで言われたから、だろうか。彼等は直ぐに姿勢を正すとこういった。
「では、案内をしてくれるかな?」
 予想以上に小さな家だが、とクロヴィスは周囲を見回す。
「基本的に、ここで暮らしているのは僕とライだけですから。他の客は、あちらの母屋の方で接待をします」
 クロヴィスはそれではいやだろうから、こちらに部屋を用意したが……とルルーシュは言った。
「君は優しいね」
 それに対し、クロヴィスはこう言って微笑む。
「……そう言う問題ではないと思いますけど」
「そう言う問題だよ」
 ルルーシュの言葉に、クロヴィスは笑みを深めるとこういった。
「君もそう思うだろう?」
 そのまま、ライに同意を求める。
「ルルーシュ様は昔からお優しい方ですよ」
 くすくすと笑いながら彼は言い返す。
「だよね」
 身の置き所がない、というのはこのような状況なのだろうか。そう思わずにはいられないルルーシュだった。

 翌朝、早速、神楽耶とスザクが押しかけてくる。
「初めまして、クロヴィス殿下。皇神楽耶です」
 さすがは幼くても皇の当主だ。神楽耶の挨拶には非の打ち所がないと思う。
 しかし、だ。
「……ルルーシュ……本当に、こいつ、お前の兄さんなのか?」
 スザクは何のためらいもなくこう問いかけてくる。
「君は、何が言いたいんだ?」
 ため息混じりにルルーシュはそう囁き返した。
「だって、全然似てねぇじゃん」
 あの軽薄さも含めて、と言いきる彼にある意味感心したくなる。だが、これが公式の場では通用しないことだとわかっているのだろうか。
「母親が違うからな。それに、兄さんは軽薄ではないぞ」
 お調子者だが、とルルーシュは心の中だけで付け加える。
「……お前がそう言うなら、そう言うことにしておくよ」
 何と言っても、ルルーシュの兄だから……とスザクは言う。
 まるでそれを待っていたかのように彼の後頭部に神楽耶の拳が飛んできた。
「いい加減になさいませ。お従兄さま」
 口元は微笑んでいるのに、その瞳が冷たい光をたたえているのはルルーシュの見間違いではないだろう。
「そのようなことは、ご本人がいないときに聞かれればよろしいでしょう? それよりも先に、ご挨拶をなさいませ」
 礼儀も忘れたのか、と彼女は続ける。
「……別に。俺はおまけだろう?」
 それにスザクは平然と言い返す。
「ルルーシュの傍にいるから挨拶をしなきゃない、ってわけじゃないだろう?」
 確かに友達だが、と彼はさらに言葉を重ねる。
「友達だからこそ、ご挨拶すべきなのです」
「……面倒くさい」
 ぼそっとスザクはこういった。
「でも、名前ぐらいは自分の口から兄さんに教えてくれないか?」
 でないと、とんでもない呼び名をつけられるぞ……とルルーシュは告げる。
「それはやだな」
 きっと、それはブリタニア語でつけられるのだろう。自分にわからないような変な意味の言葉をつけられてはたまらない。スザクはそう言ってため息を吐く。
「仕方がねぇな」
 そのまま、視線をクロヴィスへと向けた。
「枢木スザク、です。とりあえず、ルルーシュの友達、です」
 でいいんだよな? と彼は視線を向けてくる。
「そうです」
 彼は自分の友達だ、とルルーシュも頷く。
「そうなのか。君には友達がいなかったからね。とりあえずはいいことかな?」
 そう言ってクロヴィスは微笑む。
「しかし、クルルギというと、クルルギ首相の?」
「息子です」
 それが何か? とスザクは言い返す。
「いや、何でもないよ。そう言えば、彼も京都の一員だったのか、と思っただけで」
 そう言って、クロヴィスはスザクの髪に手を置く。
「ルルーシュと仲良くしてやってくれたまえ」
 そして、こう告げる。
「当たり前だろう! 言われなくても、そうするに決まっているじゃん」
 やはり、スザクはスザクだった。その認識を新たにすると同時に、ため息が出てしまうルルーシュだった。

「……ランペルージ卿……」
 ルルーシュ達が離れたところで、クロヴィスが呼びかけてくる。
「彼のことならば、心配ありません」
 彼が何を心配しているのか、わかっていた。だから、ライは微笑みと共にこう告げる。
「枢木首相との接触よりも、ここでルルーシュ様や神楽耶様と一緒にいることの方が多いですから」
 だから、少なくとも彼が自分の意志でルルーシュを傷つけることはないだろう。そうも続ける。
「そうか……君が遠ざけていない以上、何も心配はいらないとわかっていたが」
 念のため、と言うこともあるし……とクロヴィスは言い返してきた。
「我ながら過保護だとはわかっているのだがね」
「それでしたら、私はどうしたらよろしいのでしょう」
 自分の方がルルーシュに関しては過保護だと思うが、と苦笑と共に告げる。
「君はそれで良いと思うよ。と言うよりも、頼むから過保護でいてくれないかな」
 でなければ、自分たちが安心できない。クロヴィスの言葉に、ライは何か引っかかるものを感じてしまった。
「……クロヴィス殿下……あの方に、何かありましたか?」
 ナナリーが狙われているらしいとは聞いていたが、と小声で付け加える。
「あぁ。それに関してはコーネリア姉上が目を光らせているから、これからは大丈夫だろう」
 問題なのは、ルルーシュの方だ。クロヴィスはそう続けた。
「だから、君はルルーシュから離れないでくれ」
 クロヴィスのこの言葉に、ライは静かに頷いてみせる。
「兄さん! ライ!! 遅いですよ」
 そんな彼等の耳にルルーシュの声が届く。
「今、行くよ。ちょっと、スケッチブックのことで確認していただけだ」
 クロヴィスが即座にそう言い返す。
「本当に、兄さんは……」
 こう言い返しながらも、ルルーシュの声が嬉しそうだったのは間違いない。それにきついたのだろう。クロヴィスも嬉しそうな笑みを浮かべていた。








10.05.07 up