オデュッセウスとシュナイゼルが難しい表情のまま歩み寄ってくる。
「お前達が二人揃って話があるとは、珍しいのぉ」
どちらかだけであれば、よくあることだ。しかし、二人揃ってとなれば、数えるほどしかない。だから、シャルルも直ぐに謁見の許可を出したのだが。
「ルルーシュに関わることか?」
彼等が膝を着くよりも早く、シャルルは問いかける。
「はい」
それに言葉を返してきたのはシュナイゼルの方だった。
「性格には、あの子に直接手を出そうというのではありません。ですが、もっと厄介な状況になるのではないかと」
顔をしかめつつ、彼はさらに言葉を重ねる。
「話してみよ」
だいたいの想像は付いているが……と心の中で付け加えた。
ライが己の耳に入ってきた情報から推測した事柄を、V.V.経由で教えてくれる。さすがはかつて《王》と呼ばれた人物だ。その内容は的確で信用できる、と思っている。
そして、同じように信頼しているのが、己の二番目の息子だ――彼に問題があるとすれば、ギアスとそれに関わることに関して、完全には信じていない、と言うこかもしれない。だが、それに関してはオデュッセウスとギネヴィアがいるから構わないのではないか――その彼が、このような表情を見せるのは珍しい。
「……我が弟妹達の中に、彼の国を己がものにしようとしているものがおります」
戦争をしかけ、植民地にしてしまえばいい。
そうすれば、サクラダイトも自由に出来るのではないか。
「軍の中にも、それを支持している者が少なからずおります」
困ったことに、とシュナイゼルはため息を吐いた。
「もっとも、それらの者達に関しては、マリアンヌ様のお名前で黙らせるようにしましたが……どこまで通用するか」
こう言ってきたのはオデュッセウスだ。
「……心配はいるまい。多くの者達はそれで大人しくなるであろう」
シャルルはそう告げる。何よりも、彼の国にはルルーシュがいるのだ。マリアンヌのことを忘れていない者達であれば、彼の存在が抑止力になる。
問題なのは、欲に駆られている者達だ。
総督の座を欲しい――無能な――異母弟妹達と、それにぶら下がろうとしている貴族や軍人達。それらをどこまで制止できるだろうか。
「とりあえず、軍の方は信頼できる者達におかしな動きがあれば直ぐに報告するようにと命じてあります」
それも、貴族階級ではない。平民の者達だ、とオデュッセウスは続ける。皆、マリアンヌの信奉者達だったから信用しても構わないだろう。そうも続ける。
「こちらも、おかしな動きがあれば直ぐ報告するように命じてありますが……できれば、嚮団の方々にも協力して頂きたいと陛下の口から依頼をして頂けないでしょうか」
軍人でも貴族でもない。
だが、このブリタニア皇族に何があっても忠誠を誓っている者達だろう。だから、と彼は続ける。
「それと……できれば、日本と中華連邦の中枢にもこちらの手の者を送り込みたいところです」
許可さえもらえれば、それに関しては手配をする。シュナイゼルはそう締めくくった。
「心配はいらぬ。既に手の者を潜り込ませてある」
彼の言葉にシャルルはそう言い返す。
「今後、お前の所にも情報を回すようにさせよう」
さらに言葉を重ねながら、脇に控えているビスマルクへと視線を流す。そうすれば、心得たというように頷いてみせる。
「儂は、日本を侵略するつもりはないからなぁ」
今、辛うじてこの世界の均衡を保っているのは、ブリタニアと日本にある遺跡が正常に動いているからだ。それが失われた場合、世界がどうなるか。シャルルもわからない。
「わかっております、陛下」
「……クロヴィスの話ですと、彼の国でルルーシュは笑っているそうですから。そのささやかな幸せを守ってやるのは、兄として当然ですから」
二人の言葉に、シャルルは頷いてみせる。
「それに関しては、お前達に任せる。好きに動くがよい」
そして、こういった。
「Yes,Your Majesty」
彼の言葉に、二人は直ぐにこう言い返してくる。
「他に何かあるか?」
さらにシャルルは問いかけの言葉を口にした。
「いえ、陛下。国政に関わることは何も」
意味ありげな口調でシュナイゼルが告げる。
「こらこら、シュナイゼル。そんな意地悪ないい方をするものではないよ」
でないと、後でどのような報復をされるかわからないだろう。どこまで本気で言っているのかいないのかわからない口調でオデュッセウスが彼を諫めた。
「そうかもしれませんが……」
「……何が言いたいのだ?」
はっきりと言え、と言外に告げる。
「もう少ししたところで、クロヴィスからの連絡が入ることになっております。その席に、ルルーシュも同席させると、本人が張り切っておりましたので」
恐らく、ギネヴィアとユーフェミア達も押しかけてくるだろう。コーネリアはナナリーの側を離れられないと言っていたが。オデュッセウスはそう続ける。
「同席にするに決まっておるであろうが!」
シャルルは即座にこう宣言をした。
日本にあるとはいえ、やはりここは《ブリタニア》だ。
目の前にいる者達の言動を見て、ルルーシュはそう認識をする。そして、末席に近い立場であろうと、自分は皇族なのだ、とも。
「準備は?」
クロヴィスが穏やかな声で問いかけている。
「できております」
あちらでも、皆様おそろいだと……と大使が報告をしてきた。
それは構わない。
「……何かあったのか?」
ものすごく緊張しているようだが、と近くにいたジェレミアに問いかける。
「それは……直ぐにおわかりになるかと」
頬をひきつらせながら、彼は言葉を返してきた。
しかし、それはどうしてなのだろうか。そう思いながらルルーシュは直ぐ傍にいるライを見上げる。
「あちらで、予想外のことが起きているようですね」
恐らく陛下がらみではないか。彼は苦笑と共にこう言ってくる。
「……父上?」
あの父がらみで何かあったというのか。しかし、その身柄に異常があったわけではないだろう。そんなことが起きていれば、彼等がこんなに平静でいるはずがないのだ。
では、何なのか。
そう思ったときだ。
「では、回線をつなぎます」
言葉とともにモニターにオデュッセウスの執務室が映し出された……はずだった。
『ルルーシュ。元気であったか』
しかし、そこに大写しになっているのは、あの穏やかな長兄ではない。あの独特の髪型を誰が見間違えるというのだろうか。
「父上?」
ルルーシュは礼儀も忘れて、こう呼びかけてしまった。
『元気そうで、何よりだぁ!』
それを咎める代わりに、彼はこう言ってくる。
「はい。僕は元気ですが……」
シャルルは、と聞き返そうとしてやめた。今の様子から判断をして、彼の体調が悪いはずがないのだ。
「父上もお代わりがないようで、安心いたしました」
それでも、何とかこう口にする。
『当たり前だよ、ルルーシュ。陛下はね、また……』
微笑みながら、シュナイゼルが何かを言おうと口を開いた。しかし、彼が最後まで言葉を口にする前に、ギネヴィアによってその口に堅そうなバゲットが詰め込まれていた。
『気にすることはないのよ、ルルーシュ。陛下としても、まだまだ現役の男性ですもの。たまには気の迷いと言うこともあるわ』
そのまま、彼女は微笑みながらこう言ってくる。
『そうですわ、ルルーシュ。それよりも、日本の素敵なことを教えてくださいませ』
前に貰った綺麗な紙のような、とユーフェミアが続けた。
『あの紙、とても綺麗で、見ているだけで楽しかったわ。しかも、あんなにたくさん種類があるのね』
こう言ってきたのはカリーヌである。
「あぁ。神楽耶様の話だと、地方によって微妙に違うそうだ。兄さんが山ほど買い込んでいたから、見せてもらうといい」
そう言ってルルーシュは微笑む。
「他にもいくつか、頼んだものがあるから……それはユフィ達でわけてくれればいい。できれば、ナナリーの所にも持っていってくれると嬉しいが」
『それは任せておきなさい。わたくしとコーネリアが責任を持つわ』
うふふ、と笑い声を漏らしながらギネヴィアが頷いて見せた。
『おやおや。女性陣にだけかな?』
即座にオデュッセウスが口を挟んでくる。
「ちゃんと兄上方の分もあります。ね、兄さん」
こう言いながら、ルルーシュは隣にいるクロヴィスを見上げた。
「えぇ。きちんと用意してあります。もちろん、ルルーシュのスケッチも」
微笑みと共にクロヴィスが頷いて見せた。
『あら。それは当然、わたくしたちももらえるのよね?』
「もちろんです、ギネヴィア姉上。似たようなスケッチを人数分用意してあります。それについては、私がそちらに戻ってからでよろしいでしょうか」
即座にクロヴィスが口を挟む。それにギネヴィアが何かを言おうとした。
「姉上」
そうされると話が長くなる。そう思ってルルーシュは構わずに口を開く。
『なぁに?』
「よろしければ、そちらに置いてきた僕のアルバムを送ってはいただけませんか? 兄さんのおかげで、神楽耶様とスザクが見たがってうるさいんです」
まったく、余計なことを……と続ければクロヴィスがさりげなく視線を彷徨わせていた。
『あら、そうなの』
『まぁ、クロヴィスだしね』
仕方がないか、ですませる彼等はそれでいいのだろうか。
『よかろう。儂が責任を持って用意してやろう』
だが、それよりもこちらの一言の方が怖い。いったい、どのようなものを用意しようと言うのか。
『心配しなくてもいいよ、ルルーシュ。きちんと私が最後に確認をしてから送るよう手配をするから』
とんでもない写真は紛れ込まないと思うよ、とシュナイゼルは言ってくれる。
「お願いします」
彼が最後に確認してくれるならば大丈夫だろう。そう思ってルルーシュは微笑んだ。
ある意味、この時がルルーシュにとって一番穏やかな日々だったのかもしれない。
世界は、ゆっくりと混乱への道へと迷い込もうとしていた。
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10.05.14 up
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