「とりあえず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの命を奪うわけにはいくまい」
 ブリタニアは、まだ、日本に対して敵対行動を取っていない。
 何よりも、彼はまだ十になったばかりの子供だ。そして、本国では母をテロリストに殺されている。まさしく《悲劇の皇子》と言う言葉がぴったりと当てはまるものを殺しては、民衆が騒ぎ立てるだろう。
 それに、と続ける。
「ブリタニアの者達は、あの子供を大切にしているようだからな。人質としても使えるだろう」
 どのような手を使ったとしても構わない。最終的に自分たちが勝利を収めることが重要だ。
「ブリタニアがなくなれば、あの頑固老人も考え直すだろう」
 うまくいけば、引退に追い込めるかもしれない。そうすれば、後は自分たちの思うとおりの政治が出来るのではないか。
 いつまでも、慣例に従っていれば新たな発展は望めないだろう。そうも考える。
 だから、ブリタニア以外の国と手を取って、新たな道を探らなければいけないのだ。
 そして、その先には自分たちの利益があるはず。
 何故、それが彼にはわからないのだろう。
「……老いたか?」
 だから、きっと、変化を望まないのではないか。
 いや、変化を望まないのは彼だけではない。自分以外の京都六家の当主――と言っても、神楽耶は桐原の傀儡のようなものだが――も同じだ。
 しかも、自分がその事実を主張すれば主張するだけ彼等はあきれたような表情を作る。そしてその後には必ず『だから、何も知らないものは』と囁きあっているようなのだ。
 いや、彼等だけではなく亡くなった妻もそうだった。
 彼女もまた、連中と同じように慣習に捕らわれた相手だった。それでも、彼女は己の子を産んでくれただけマシかもしれない。そして、早々に世を去ってくれたこともだ。
「どちらにしろ、早々に隠居をして貰おう」
 そして、自分たちがより発展させたこの国を見せて、悔しがらせるのだ。その姿を見れば、きっと溜飲が下がるだろう。
 今まで見下されていたのだ。その位、許されるのではないか。
「首相。中華連邦大使がおいでになりました」
 そう考えていたときだ。ドアの向こうから秘書が声をかけてくる。
「わかった」
 直ぐに行く、と言うと同時に立ち上がった。
「この話し合いさえ成功させれば……」
 全てはうまくいくに決まっている。
 その言葉とともに彼はゆっくりと歩き出した。

「……兄上。今、お時間はありますか?」
 顔をしかめながらコーネリアが歩み寄ってくる。
「どうかしたのかな?」
 そう言い返しながらもシュナイゼルには彼女が何を言いたいのか。想像がついていた。
「中華連邦に不穏な動きがあると耳にしましたが?」
 そして、日本政府にも……と彼女は声を潜めながら続ける。
「やはり、君の耳にも?」
「はい。何でも枢木首相と大宦官の一人が接触したとか」
 それだけではなく、現在ルルーシュが住んでいる皇邸の周囲にも不審な影があるとも聞き及んでいる、と言う彼女に、シュナイゼルは小さな笑みを浮かべた。
 現在、皇族の中で軍人としての立場を持っているのは彼女だけだ。だから、と言うわけではないが、今は亡きマリアンヌの次ぐらいに彼女は軍人達からの信頼を受けている。
 そして、ルルーシュはマリアンヌにうり二つと言っていい容姿を持った彼女の忘れ形見だ。同時に、彼とコーネリアが親しい仲だと言うことも知られている。
 だからこそ、軍人達は本来機密とすべき内容を彼女の耳に入れているのだろう。
「困ったものだね、本当に」
 彼の息子は、ルルーシュと本当にいい関係を築いているらしいと言うのに……とシュナイゼルはため息をついてみせた。
「大人になるとダメだね。どうしても我欲や利害を優先してしまう」
 子供の頃に持っていた無邪気さや純真さを失ってしまう。だから、いらぬ衝突を引き起こしてしまうのかもしれない。
「兄上」
「だからこそ、君はユーフェミアやルルーシュ達を可愛がっているのだろう?」
 そして、出来るだけ子供でいられる時間を多くしてやろうと思っているのではないか。そう問いかければ、彼女は小さく頷いてみせる。
「私は、あの子達にはまだ世界は綺麗なものだ、と信じていて欲しいのです」
 もっとも、その夢は既に崩れ始めているのかもしれないが。そう彼女は続ける。
「それでも、目に見えないものを信じていて欲しい。そう思います」
 それが何であるのかわからないが。そう言う彼女にシュナイゼルは頷いて見せた。
「私もそう考えているよ。そして、オデュッセウス兄上達も、それは同じ気持ちだと思うよ」
 あるいは、シャルルもそうではないか。
「だから、こちらもそれなりには手を打っている。あちらにはライもいるしね」
 彼の才能は自分と同等かそれ以上だ。だから、安心してルルーシュを任せていられる。そう告げれば、コーネリアも頷いて見せた。
「ランペルージの一族とは、優れた者達が大勢いたのですね」
 マリアンヌとライだけでも、十分、それがわかる。彼女はそう言う。
「しかし……」
「大丈夫だよ、コーネリア。それに、君がそんな風に不安がっていれば、ユーフェミア達に気付かれてしまうよ」
 それでは意味がないだろう? とシュナイゼルは口にする。
「大丈夫。何があっても、一時間以内にあの子を救い出せるよう、既に手を打ってあるからね」
 さらに微笑みながら付け加えた。
「後は……それに乗じて何かをしようとするバカを押さえることかな?」
 もし、何かが起こった場合、それを自分の利益につなげようとするものは出てくるはずだ。だから、と彼は続ける。
「私も、それが一番心配だと」
 そのためになら、ルルーシュを切り捨てても構わない。いや、むしろその方が自分たちの利益になると考えている者がいる。コーネリアはそう言って顔をしかめた。
「もっとも、兄上方があの子の味方である以上、表だって動けないでしょうが」
 しかし、だからこそ厄介なのではないか。彼女はそう続ける。
「とりあえず、万が一の時には君に動いてもらう。だから、それまでは妹たちのことを頼むよ」
 ユーフェミアだけではなくナナリーやカリーヌのことも、とシュナイゼルは付け加えた。
「わかっております」
 そう言ったところで、彼女はふっと笑みを漏らす。
「あぁ、そうだ。三人におそろいのドレスを仕立てさせたのですよ。今度、その姿を見てやって頂けませんか?」
 ナナリー自身は見られない。だから、周囲の人間がしっかりと記憶にとどめておいて、後で彼女に話してやらないと。柔らかな表情で言葉を重ねる。
「もちろんだよ。そうだね。クロヴィスに三人の絵を描かせるのもいいかもしれないね」
「あぁ、それは良いですね」
 絵であれば、写真と違って自由に描けるから……とコーネリアも頷く。
「もっとも、あの子は日本で描いてきたスケッチをキャンパスに移すので忙しいようですが」
 そちらも早く見たいし、と彼女は続けた。
「そうだね。別に、私はスケッチのままでも構わないのだが」
 そう言いながら、さりげなくシュナイゼルは周囲を見回す。そうすれば、そそくさと立ち去っていく人影が確認できた。
「どうやら、太陽宮内も話をするには不的確になってきたようですね」
 ここであれば誰かに聞かれることもないと思っていたが……とコーネリアは口にする。どうやら、彼女もあれの存在に気付いていたから、こんな話題を持ち出したようだ。
「そうだね。とりあえず、手を打っておこう」
 できれば、宮殿内ではいつでも自由に話を出来るようにしておきたい。そうでなければ、手遅れになる可能性だって否定できない。
「お願いします。流石に、ここのことには私には手が出せませんから」
 軍であれば、いくらでも根回しさせられるのだが……と彼女は続ける。
「任せておきなさい。権力というものはこういうときに使うものだからね」
 オデュッセウスも巻き込んでおけば、多少のことは彼がフォローをしてくれるだろう。
「戦争だけは避けなければ、ね。ルルーシュのためにも」
 とりあえず、オデュッセウスの所に足を運ぶべきだろう。シュナイゼルはそう考えていた。

 不穏な空気は、まだ、ここまでは押し寄せていなかった。
「スザク、大丈夫なのか?」
「ちゃんと巣に帰してあげてくださいませ、お従兄さま」
 下の方から二人の心配そうな声が追いかけてくる。
「大丈夫だって」
 そんな彼等に言葉を返すと、スザクはさらに上へとよじ登っていく。枝や幹に凹凸があるから、そんなに苦労はしない。
 それよりも、ハンカチの中に包まれている雛の方が心配だ。
 本当は、手で掴んでいくと言ったのだが、ルルーシュが反対をしてくれた。人間の匂いがついてしまえば親から放置されかねない。だから、出来るだけ匂いを付けないようにしないと、と言われては頷かずにはいかなかった。
 そうしているうちに、巣のある枝までたどり着く。手を伸ばして、ハンカチの中からそこへ雛を転がし入れた。
「よし!」  成功、とスザクは笑う。
「しっかし、良い景色だよな」
 ここまであがってくると、周囲の様子が一目でわかる。それは自分にとってはとても素晴らしいものだ。
「神楽耶はともかく、ルルーシュには見せてやりたいよな」
 この景色、と思う。そうすれば、きっと、もっとこの国を好きになってくれるはずだ。
「よくわかんねぇけど、ルルーシュはここにいなきゃないんだよな」
 ブリタニアに帰ることもできないかもしれない。ならば、と思う。
「俺が側にいてやらないとな」
 神楽耶やライも彼の傍にいるのはわかっている。しかし、純粋にルルーシュの《友達》と言えるのは自分だけではないだろうか。
「あいつには、色々と世話になっているから、せめて俺に出来ることはしてやりたいしな」
 だが、ルルーシュに木登りをしろというのは無理だろう。なら、ルルーシュの体力でいける場所で探すしかないか。そう考えていたときだ。
「スザク! どうかしたのか?」
 ルルーシュの不安そうな声が響いてくる。
「何でもない。今から下りるから」
 そう言い返すと、身軽に地面へと戻っていった。








10.05.21 up