遊び疲れたのだろう。ルルーシュは既に眠りの中にいた。その彼の寝顔を確認すると、ライはリビングへと戻る。
「それで? 何か、火急の用でも?」
 そのまま、ソファーにふんぞり返っている相手に向かってこう問いかけた。
「火急の用と言うよりは、確認だな」
 とりあえず、と彼女は笑う。
「バカがさらに馬鹿なことをしでかそうとしているらしいと聞いたから。預かっているお子様の様子を見に来るのは当然だろう?」
 C.C.のこの言葉に、ライは顔をしかめた。
「バカ?」
 その言葉で思いあたる人間は両手の数ほどいる。その中でルルーシュに危害を加えようとしているのは半数ほどだろうか。
 しかし、それに関してブリタニアから何も連絡は来ていない。それとも、あちらでもまだ確証がもてないでいるのだろうか。
 あるいは、迂闊に手出しを出来ない人間が絡んでいるか、だ。
 恐らく、そのどちらも、だろう。しかし、その割合は後者の方が占める割合が大きいのではないか。
 後であちらに確認をしてみよう。そう心の中で呟く。
「それも必要だろうが、こちらのバカも注意しないといけないぞ」
 彼の心を読んだかのようにC.C.がこう言ってくる。
「C.C.?」
 偶然か、それとも……と思いながら、ライは問いかけた。
「あぁ。心配するな。別に今のは、お前の心を読んだわけではない」
 そんな疲れることをやっていられるか、と彼女は付け加える。
「……やろうと思えば、出来るのか……」
 目をすがめながら言葉を口にした。
「お前達は、私の血族のようなものだからな。しかも、一番、私やV.V.に近い。だから、可能だと言うだけだ」
 あちら側に言って戻ってきた存在だから、と彼女は笑う。
「だが、そんなことをしなくても表情を見ていれば想像がつく」
 伊達に長生きをしているわけではないからな、と彼女は笑った。
「ともかく、だ。何かあったときには、直ぐに奥に逃げてこい」
 他の者達はともかく、ライとルルーシュであれば安全だろう。後は神楽耶か。
「……もう一人、いますが?」
 スザクに何かあってもルルーシュは悲しむと思うが、と思わず言い返してしまう。
「あいつか……いい加減、自分の存在意義に気がつかないなら、切り捨てた方がいいかもしれんぞ」
 くすりと笑いながら彼女は立ち上がる。
「C.C.?」
「お前も眠れ。とりあえず、今日明日に動くことはないだろう」
 もっとも、時間の問題だろうが……と彼女は続けた。
「だが、その時が来たときに動けないのでは、意味がないだろう?」
 確かに、そうかもしれない。だが、彼女の言葉が本当なのであれば、今すぐにでもブリタニアと連絡を取らなければいけない。
「あちらのことは、V.V.に任せておけ」
 何かあれば、直ぐに飛んでくるだろう。彼女は足を止めるとこういった。
「本当に、私の心を読んでいないのだろうな?」
「お前の心を読んで、私の利益になることがあるのか?」
 問いかけには疑問で返される。
「安心しろ。興味本位でするほど、暇ではない」
 最後にこう言い残すと、彼女は姿を消した。
「いったい、どうしたというのだ?」
 だが、それを追及するのは後でも出来る。問題なのは……とライはため息をついた。
「やはり、厄介なのは枢木首相と中華連邦の動きか」
 それにブリタニアにいるバカが加わったらどうなるか。自分で完全に読み切れないだろう。
「こうなったのも、あれだけ后妃や子供を増やしまくった陛下のせいなのだろうが……」
 だが、それも仕方がないことだ。そう思ってしまうのは、自分もブリタニアの人間だから、だろうか。それとも、現在の皇の様子を目の当たりにしたからか。
「ともかく、ジェレミア卿と相談だな」
 必要があれば、シュナイゼルにも連絡を取らないと。そう思いながらライはソファーの上に身を投げ出すようにして腰を下ろす。そして、ため息をついた。

 いつ見ても、ライは綺麗に箸を使う。自分もそれなりに身に付いてきたと思うが、彼に比べれば、まだまだだ。そうルルーシュが考えていたときだ。
「そう言えば、ライ様は日本の慣習にお詳しいのですね」
 不意に神楽耶がそう口にする。
「そうかな?」
 ルルーシュはこういいながら確認するように彼の顔を見つめた。
「詳しいとは思いませんが」
 だが、と彼は微笑む。
「私の母も皇の血をひいておりましたから、無意識に身につけているのかもしれませんね」
 ランペルージはそう言う家計だったから、と彼は続けた。
「じゃ、何でルルーシュは知らないんだ?」
 スザクが脇から口を挟んでくる。
「母さんが……そう言うことを教えてくれたことはないから……」
 傍にいた他の者達があれこれ口を出してきたが、とルルーシュは言い返す。だが、もし母がいつでも傍にいてあれこれ教えてくれる状況であれば違ったのだろうか。それとも、自分が日本に来るとき待ったときなら、教えてくれたのかもしれない。
 しかし、それが決まったときにはもう、その機会は永遠に失われていた。
 そう考えた瞬間、手が止まってしまった。
「お従兄さま」
 あきれたように神楽耶がため息をつく。
「あ……悪い……」
 ルルーシュの母のことを思い出したのだろう。スザクがしまったという表情を作る。
「……気にするな」
 悪気があったわけではないのだろうから、とルルーシュは笑う。
「第一、ブリタニアでは日本食なんて滅多に口にすることはありませんからね」
 雰囲気を変えるかのようにライがそう言った。
「特に、ルルーシュ様の立場であればなおさらです」
 皇族であれば、正しい自国の慣習を身につけているべきだ。神楽耶もそう言って頷く。
「六家の役目の中にも、日本の古い習慣を後世に伝えていくというものがありますもの」
 だからこそ、スザクもあれこれ武術を身につけるように言われているのだ。彼女はそうも続けた。
「……鍛錬ってだけじゃなかったんだ」
 感心したようにスザクは言い返す。
「そうです。もっとも『そんなことは必要ない』とおっしゃる方もいますけど」
 この言葉を耳にした瞬間、スザクがいやそうな表情を作った。
「……父さんか……」
 そして、ため息とともに言葉を綴る。
「まったく、何を考えいてるんだろう、あの人」
 さらに彼はそう付け加えた。
「何か、おかしいよな。特に、最近」
 昔みたいに、無条件で父の言葉を信じられなくなったから、だろうか。それとも、と彼は首をひねっている。
「お従兄さまでも気付かれましたの」
 神楽耶はそう言って顔をしかめた。
「ライ」
 そこまで言われれば、ルルーシュではなくても気がつくだろう。そう思いながら隣にいる相手を見上げる。
「ブリタニアと日本の関係は、悪化しているのか?」
 それとも、と問いかけた。
「悪化しているわけではありません。むしろ、親密さをましていますよ、民間では」
 もっとも、政治の中枢ではどうなのか。それは自分にはわからない、と彼は続ける。
 だが、初めてあったときの彼等の様子を思い出せば、答えは一つしかないだろう。
 そして、自分のきょうだいたちで信じられる者は一握りしかいないこともルルーシュは知っている。 「大丈夫です。シュナイゼル殿下が挑発に乗られるはずがありません」
 そして、国内の不穏分子もしっかりと叩きつぶすだろう。そして、オデュッセウスやギネヴィア達に逆らえる者がどれだけいるか。
「……となると、ブリタニアのウィークポイントは、僕と言うことか」
 自分に何かあれば、絶好の口実を与えることになるはずだ。しかし、この国にいる以上、どのような言いがかりをつけられるかわからない。それでも、ブリタニアに帰るわけにはいかないのだ。
「大丈夫ですよ。私が傍にいます」
 そう言ってライは微笑む。
「そうですわ。ここは、皇ですもの。ルルーシュ様に危害を加えるものは、誰一人おりません」
 神楽耶も、即座に口を開く。
「わたくしが、それを許しませんわ」
 だから、安心して欲しい。そう言う彼女の気持ちは嘘ではないはずだ。
「ありがとうございます、神楽耶様」
 微笑みを浮かべるとこう告げる。
「俺だって!」
 負けじとスザクは口を開く。
「俺が、お前を守ってやる!」
 絶対に。そう彼が叫んだときだ。何か、澄んだ音がルルーシュの耳に届く。
「……今のは?」
「どうかしましたか?」
 しかし、ライには聞こえなかったのか。こう問い返してくる。
「今の音が聞こえなかったのか?」
 自分の錯覚なのか。そうルルーシュは呟く。
「今のだろう? 俺にも聞こえたけど……」
 それに答えるかのように、スザクが言葉を口にする。
「わたくしには、何も聞こえませんでしたわ」
 神楽耶が言葉とともに首をかしげた。
「何言っているんだよ! あんなにはっきりとした音だったのに」
 それが気に入らなかったのだろう。スザクが言い返している。
「……あるいは、ルルーシュ様とスザク君にだけ聞こえたのかもしれませんよ」
 何か、二人にだけわかる繋がりがあるのかもしれない。ライはそう告げた。
「……その可能性は、あるな」
 最初にあったとき。そして、彼女がここを訪れたときのことを考えれば、とルルーシュも頷く。
「ずるいですわ!」
 その瞬間、神楽耶が叫ぶ。
「ルルーシュ様は、わたくしの婚約者なのに!」
 それはそうなのだが、と思う。しかし、こればかりはどうしようもないのではないか。
「お従兄さまなんて、運動しかできないのに!」
「それとこれとは別問題だろうが」
「同じですわ」
 もっとも、目の前で繰り広げられるこの会話に下手に口を挟まない方がいい。そう考えるだけの分別はルルーシュにもあった。








10.05.28 up