最近、周囲に妙に人が増えたな……とスザクは心の中で呟く。それも、軍人が、だ。
「何かあったのか?」
 だから、人数が増えたのだろうか。
「藤堂先生なら、何か知っているかもしれない」
 彼は軍でもそれなりの地位を持っている。だから、何が起きようとしているのか、知っているはずだ。
「ダメなら、桐原のジジィか?」
 彼と話をしたいとは思わない。二言目には小言を言われることがわかりきっているからだ。
 しかし、ルルーシュのためならば我慢するしかないか……と心の中で呟く。
「守るって、約束したし」
 ルルーシュを、と口にした。
 そう決めてから、何故か心の中が軽くなったような気がする。自分の中で出口を探していた何かが、正しい方向へと流れ出したような……と言うのだろうか。
 そのためには、自分は彼に会わなければいけなかったのかもしれない。
「ルルーシュがこの国に来るのは決まっていたらしいし」
 だから、自分が彼と会うことも決まっていたことなのだろう。ひょっとしたらあの女が何かをしたのかもしれない、とも考える。その瞬間、脳裏に浮かんだのは緑色の髪のあいつだ。
 はっきり言って、あの女は好きになれない。
 あるいは、あの女もルルーシュを必要としているからだろうか。
「でも神楽耶はなぁ」
 気に入らないけど、嫌悪までは感じない。その差は親しさだけではないと思うのだが。しかし、考えてもその答えが見つけられない。
「……ま、いっか」
 今、優先すべきなのはそれではない。
 だから、と思って道場へと急ぐ。
「藤堂先生が来ていると良いけどな」
 ルルーシュが来た頃は毎日のように顔を出してくれていた。しかし、最近は三回に一回は他のものが指導するようになっている。それも今回のことに関係していたのだろうか。
「でなかったら、仙波さんかな」
 卜部でもいいが、彼の場合、あまりその手のことを知らないから……とため息をつく。
 同じ藤堂の片腕でも、やはりそれぞれ、役目が違うのかもしれない。
 それでも、何かがわかれば後はライが調べてくれるはずだ。だから、と考えている間に道場の入り口へとたどり着く。
 そこで一端、足を止めるとスザクは呼吸を整える。
「失礼します」
 礼儀作法を守らなければ道場には入れない。
 藤堂に武道を学ぶようになって一番最初にたたき込まれたのがこの事だ。だから、と言うわけではないが、今でもここに足を踏み入れるときには、中にひとがいる、いないにかかわらずこうして声をかけるくせがある。
「スザク君か。入りなさい」
 しかし、今回はそれがプラスに働いたようだ。中から藤堂の声が響いてくる。
「よかった」
 スザクはそう呟くと、扉に手をかけた。

 あるいは、彼の方も『伝えなければいけない』と思っていたのか。藤堂はあっさりとスザクの問いかけに答えを返してくれる。その内容の厄介さに、ライだけではなくみんなに伝えなければいけない。そう思ってスザクが口を開いたのは、夕食の後だった。
「そうですか」
 スザクの話を聞いて、神楽耶が顔をしかめる。
「わかりました。そう言うことならば、皆に注意をするように命じておきましょう」
 相手が誰であろうと、決して、ルルーシュに危害はくわえさせない。彼女はきっぱりとそう言いきる。
「神楽耶様」
 そんな彼女に、ルルーシュが困ったような表情を作った。あるいは、男としてそれはどうなのか、と考えているのかもしれない。
「当然のことですわ」
 しかし、神楽耶にそれは伝わらなかったようだ。
「ブリタニアでも、皇帝陛下は強い騎士に守られておいでなのでしょう?」
 いや、わかっていて言ったのか。
「……その方がたちが悪いと思うけど……」
 ルルーシュが落ちこんでいる、とスザクはため息をつきながら告げる。
「あら。ですが、ルルーシュ様は守られるのがお似合いですわ」
 だから、そこで追い打ちをかけてどうするのか。スザクは本気で頭を抱えたくなる。
「それに、実際に動くのはお従兄さまですもの」
 ルルーシュはそんな彼に指示を出せばいい。そう言って彼女は微笑んだ。
「まぁ、それはそうだけど」
 確かに、ルルーシュが作戦を立てて自分がそれを実行する方がいいのではないか。スザクもそれは感じていた。
「だけと、ルルーシュだって最近はそれなりに出来るようになってきたぞ」
 何とか第一撃は避けられるようになってきたし、とスザクは言い返す。
「それはほめているのか?」
 神楽耶相手では文句も言えないのだろうが、スザクが相手なら違うらしい。ルルーシュが不満を顕わにしながらこういってきた。
「ほめてるんだよ。だって、相手は藤堂先生じゃん。先生、初手は本気だぞ」
 いつも、とスザクは言い返す。
「それを避けられるようになったのなら、凄いって」
 多少は手加減をしているのかもしれない。しかし、ルルーシュに自信をつけさせるためには言わない方がいいだろう、と思う。
「まぁ。藤堂はあれでも一流の武人ですもの。そして、一流であればあるほど、初手を大切にすると聞いたことがありますわ」
 それが避けられるのであれば、ルルーシュも着実に実力を身につけているのではないか、と神楽耶も告げる。
「そうですね。何があっても第一撃をしのいで頂ければ、私なり誰かが駆けつけますから」
 微苦笑を浮かべつつ彼等の話を聞いていたライが口を挟んできた。
「もっとも、そのようなことにならないようにとは思っておりますが」
 だが、この状況では難しいかもしれない。そう言って彼はため息をつく。
「ライ?」
「ジェレミア卿にいたっては、軒下でも構わない。この屋敷でルルーシュ様の警護をしたいと言っておいでだそうですよ」
 流石に、それは色々と厄介な状況を引き起こしそうだから、我慢させているが……と彼は続ける。
「まったく。全部父さんが悪いんだよな」
 大人の事情なんてわからない。でも、それに自分たちを巻き込まないで欲しい、とスザクは思う。
「桐原のおじいさまが動いておいでです。何があっても、ルルーシュ様には危害を加えさせるようなことはしませんわ」
 その前に、さっさと総選挙が来ればいいのに。呟くように神楽耶は付け加える。
 彼女のその言葉に、ルルーシュは意味がわからないという表情を作った。
「日本は自分たちの代表を投票で決めるのですわ。ですから、今、首相の地位にあったとしても、選挙で人々の支持が集まらなければ、その地位を失うのです」
 もしもゲンブが桐原の話に耳を貸さないとすれば、彼が手を回してゲンブを失職させるだろう。
「お従兄さまには申し訳ありませんが、そうなった方がよいのではないか、と思います」
 神楽耶はこうも付け加える。
「……それに関しては、俺も否定できないから」
 スザクはそう言って、小さなため息をつく。
「その時は、指揮を任せるから」
 こういえば、ルルーシュはどうしたものかと首をかしげる。自分がそのような立場になっていいのかどうかを悩んでいるらしい。
「そうですね。ルルーシュ様が指揮を執られるのがよろしいでしょう」
 スザクの言葉に同意するかのようにライが微笑む。
「たいがいのことであれば私がフォローできます。ですから、ご心配なく」
 ルルーシュだけではなくスザクや神楽耶も守れるから、と彼は続けた。
「でも!」
 そんなことをして、誰かが傷つくようなことになれば……とルルーシュは不安そうに口にする。
「僕は、もう、大切な人に傷ついて欲しくない」
 そのまま、彼はこういった。
「大丈夫です。ここにはあの方もいらっしゃいますからね」
 だから、何も心配はいらない。ライはそう言ってルルーシュの頬に優しく触れる。
「そうですわ。この皇の屋敷は、多少のことでは落ちません」
 さらに神楽耶がこういって胸を張った。
「……首相官邸よりもセキュリティはしっかりしているからな」
 確かに、とスザクも頷く。
「そうなのか?」
 その事実を知らなかったのだろう。ルルーシュがおそるおそる問いかけてくる。
「そうなんだよ」
 もっとも、そうなったのはルルーシュがやってくる直前だ。しかし、それを本人に告げなくても良いだろう、とスザクは思う。
「ここのセキュリティは藤堂先生も舌を巻いているから、大丈夫だって」
 特に、この離れの周囲や神楽耶が使っているあたりは、と代わりに口にした。
「その間に、どっからか、援軍が来るだろうし」
 そう言いながらも、きっとそれはブリタニアだろうな……と考える。日本軍は、一部のものをのぞいてゲンブの指示に従うだろうとも。
 自分の父親がそんな人間だったなんて、信じたくはない。
 それでも、ルルーシュを守ると決めたのは自分だ。だから、たとえゲンブであろうと彼を悲しませるようなことをするなら許せないと思う。
「……そんなことがないのが一番だけど、さ」
 でも、とため息をつく。
「父さんだって、昔はここまで酷くなかったのに」
 ここ一年ぐらいだろうか。彼のブリタニア嫌い、慣習嫌いが酷くなったのは。
「ゲンブ様以外に原因があるのかもしれませんわね」
 調べてみるべきだろうか、と神楽耶が口にする。
「出来るのであれば、そうして頂くのがよろしいかと」
 どのようなことであれ、情報は多い方がいい。そうすれば、打開策も見つけられる、とライは頷いた。
「神楽耶様?」
 いいのか、とルルーシュが問いかける。
「おまかせください。ルルーシュ様はわたくしの夫になられる方ですもの。皇が全力を挙げて守るのは当然のことです」
 第一、そんなことを言い出す人間はろくな人物ではない。だから、さっさと排除するのだ、と神楽耶は笑った。
「ですから、ルルーシュ様もご安心くださいませ」
「そうそう。大丈夫だって」
 スザクも負けじと言葉を口にする。それに、ようやくルルーシュも笑って見せた。








10.06.04 up