ライからの報告書を見てシュナイゼルは眉根を寄せる。
「やはり、と言うべきでしょうか」
 そのまま彼は、それをオデュッセウスへと手渡した。
「あの国なら、そうだろうね。《ギアス》を持つものはいなくなっても、その存在を示す書類は残っているだろう」
 そして、ブリタニアには、今でもその力を持つ者がいる。それを手に入れたいと思う人間がいたとしてもおかしくはないだろう。
「あちらでも、細々と血統はつながっているようだしね」
 もっとも、あまりに薄くなりすぎて意味はなくなったようだが……とオデュッセウスは付け加える。
「なのに、それは利用したいとは……あきれるわね」
 己の欲のために血を薄めるようなことをしたくせに、とギネヴィアがあきれたように口にした。
「そう言うものではないよ、ギネヴィア。ブリタニアや日本の方が珍しいのだから」
 普通であれば、真実を知っているものが少しでもその力を残すように考えるものだろうに、とオデュッセウスは言い返す。
「それでも、我々の中で《ギアス》と言える力を持っているのはあの子だけだ」
 自分やギネヴィアも持っているが、それは必要な強さを持っていない。だからこそ、ルルーシュに負担がかかっている。彼はため息とともにそう続けた。
「日本側は、どうなのですか?」
 そう言う意味ならば、彼の国の血筋も同じではないか。シュナイゼルはそう問いかける。
「皇の他に、六家と呼ばれる家系がある。私たちと同レベルで資質を持っているものもいるよ」
 だから、次の世代あたりでは《ギアス》を持っている子供が生まれたかもしれない。
 しかし、それを待っている余裕が彼等にはなかっただけだ。
「いずれ、誰かがあちらと婚姻を結ばなければいけなかったことも、事実だよ」
 子供の数から言えば、ブリタニア側からあちらに行くというのも予定されていた事実だ。
 ただ、できれば次の世代であって欲しかったと思う。オデュッセウスはそうも続ける。
「仕方がありませんわ。ただ、時期が悪かったとはわたくしも思います」
 せめて、マリアンヌが生きていてナナリーが元気であれば……とギネヴィアはため息をつく。
「ともかく、天子の葬儀にはわたくしが行きますわ」
 その方が色々といいだろう、と彼女は続ける。
「構わないでしょう、シュナイゼル」
 言葉とともに視線を向けてきた。
「姉上に行って頂ければありがたい、と思います」
 確かに、とシュナイゼルは頷く。
「あちらも文句は言えないでしょうし」
 何よりも、彼女であれば的確に人間関係を把握してきてくれるだろう。それがわかれば、こちらとしても対処のしようがある。
「あの国の事情が、ルルーシュの環境に大きく関わってくるでしょう」
 中華連邦の権力争いが既に日本にも及んでいるようだし、とシュナイゼルは眉根を寄せた。
「本当に、何を考えているのか」
 それでも、ルルーシュを殺そうとしないだけマシなのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 だが、それが逆にあの子を追いつめることになりかねない。
「……せめて、ナイトメアフレームが半日以内にたどり着ける場所に置いておくべきでしょうね」
 ようやく実戦に使えるようになったあれであれば、速やかにルルーシュ達を保護することは可能だろう。
 問題なのは、共にいる子供達をどうするか、だ。
 ライの話であれば、二人ともルルーシュと仲が良いらしい。あの日以来、失われていた微笑みを彼に取り戻させたのも彼等だという。
 自分には《ギアス》の重要性が今ひとつわかっていないが、それでもブリタニアにとって欠くことが出来ないもののようだ。ならば、それに関しては許容するべきなのだろう。だから、ルルーシュが望むならば、婚約はそのままでもいいのではないか。
 そのあたりのことは、もう一度、ライと相談しておくべきかもしれない。
「そうだね。そうしてくれると安心だ」
 オデュッセウスが小さく頷いてみせる。
「必要なら、手を貸すよ?」
 さらに彼はこう付け加えた。
「今のところは大丈夫です。いずれ、お名前をお借りするかもしれませんが……その時は、事前にご相談にあがりますよ」
 もっとも、向こうが動かなければその必要はないだろうが、とシュナイゼルは言い返す。
「そうだね」
 何もなければいいのが一番だ。それがこの場にいる者達に共通した思いだった。

 この場所は清潔だが殺風景すぎる。ユーフェミアはここに足を踏み入れるたびにそう考えてしまう。
 だから、と言うわけではないが、今日も手に余るほどの花を持ってきた。
「ナナリー。今日はひまわりを持ってきましたわ」
 彼女が好きだったのかどうか。それも覚えていない。それでも、確かアリエス宮にも植えられていたと言うことは嫌いではなかったはずだ。そう思いながら、ユーフェミアはそっとひまわりをナナリーの傍にいる女性へと渡した。
「綺麗なお花ですよ、ナナリー様」
 幼い頃から彼女たちの世話をしていた女性は、そう言うと、ナナリーの顔の前へとそれを差し出す。
「今、いけて参りますね」
 言葉とともに、ユーフェミアに許可を求めるように視線を向けてきた。それに頷くことで応える。
 そのまま外に出て行く彼女と入れ替わるようにナナリーの傍へと歩み寄った。
 既に大がかりな医療装置は外されている。それだけに、この状況が異常だとわかるのではないか。
「本当に、ナナリーはお寝坊さんですわ」
 自分たちがこれだけ待っているのに、起きてくれないなんて……と口にしながら、そっとその頬に触れる。そうすれば、彼女の温もりが感じられた。
 指先からじんわりと伝わってくるそれに、ユーフェミアはほっと安堵のため息をつく。
 あまりに静かすぎて、いつも不安になるのだ。
 それでも、と首をかしげる。自分たちはまだましなのかもしれない。不安になれば、いつでもここに来て確認をすることが出来る。しかし、日本に行ってしまったルルーシュは、自分たちからの連絡を待つしかできないのだ。
 それでも、兄姉たちは日々の執務で忙しい。
 だから、自分が出来る限りここに足を運ぶようにしている。自分が来られないときには、カリーヌが来ているとも聞いていた。
「わたくしも、カリーヌも、あなたがいてくれなくて寂しいですわ」
 一緒にお茶をすることもケンカをすることも出来なくて、と続ける。
 そんな、何でもないと思っていた日常がこんなに大切だったなどと、誰が知っていただろうか。
「ルルーシュも、あなたに会いたいと思っているわ」
 だから、といいながら、そっとその頬を撫でる。
「早く起きてみんなを安心させてください」
 いいこだから、と付け加えた。
「お花も綺麗ですわ」  他にも楽しいことはたくさんある。だから、早く目を覚まして、一緒にすごそう。そう続ける。
「ナナリー……世界は、怖いばかりではありませんわ」
 そのまま、そっと彼女の髪の毛を撫でた。
「ルルーシュの婚約者の方がナナリーに、とユカタというものを送ってくれましたわ。彼女が戻ってきたら、着せてあげますね」  そうしたら、一緒に写真を撮ろう。それを見たら、ルルーシュも喜ぶはずだ。
 こう口にしながら、ユーフェミアはあきることなくナナリーの髪の毛を撫でる。それに、ナナリーの口元が少しだけ笑みを形作ったような気がするのは錯覚だろうか。
 いや、微笑んでいて欲しい。ユーフェミアはそう考えていた。

 自分の背丈よりも高くなったひまわりの間を、スザクは走っている。
「……本当に迷路だよな」
 それはそれで楽しいのだが、今は、堪能している暇がない。いや、他に確認すべきことがある、と言った方が正しいのか。
「まぁ、ルルーシュを連れてきたときに楽しめばいいか」
 それは、と思いつつスザクはさらに足を速める。
 ヒマワリ畑を抜けると、小さな崖のような場所が目の間に現れた。そこを身軽によじ登る。
「……ルルーシュは、一人じゃ登れないか」
 ここは、と頂上に着いたところで顔をしかめた。
「手伝ってやれば大丈夫だと思うけど」
 いざとなったら、藤堂か誰かに着いてきてもらえばいいか。それでなくても、きっとライがついてくるだろうし……とそうも思う。
「ここからの光景は、すごいし」
 木の上から見るのよりは劣るが、それでもルルーシュは喜ぶはずだ。
「きっと気にいるよな」
 あるいは、ブリタニアにいるきょうだいたちに見せると言い出すかもしれない。と言うことは、カメラも用意しておいた方がいいのだろうか。
「……って言っても、許可をもらわないといけないんだけどな」
 神楽耶はきっと『いい』と言ってくれるだろう。しかし、他の者達はどうだろうか。
「全部、父さんが馬鹿なだけだけどな」
 ゲンブが余計なことを考えているから、こちらにまでとばっちりが来るのではないか。
「まぁ、ルルーシュも閉じこもっているだけだと気が滅入るだろうし」
 ここは皇の土地だし、護衛さえきちんと手配できればいいのではないか。
「まぁ、帰ってから相談だな」
 でも、ひまわりが枯れないうちに連れてきたいな。そう思いながら、スザクは周囲を見回していた。








10.06.09 up