周囲の視線が絡みついてくる。
 それは好奇心だけではない。しかし、それを気にすることなくギネヴィアは進んでいった。その豊満な体を黒のドレスが包み込んでいる。だから、余計に体の線が強調されるのだろう。
 もちろん、それもわかっていてこのドレスを選んだのだ。
 第一、ブリタニアの常識ではこれは十分慎み深いドレスである。
「しかし、鬱陶しいこと」
 自分は珍獣か何かか、と心の中で付け加えた。
「まったく……日本があのような様子でなければ、ルルーシュの顔を見るために足を運べるのに」
 この状況では難しいだろう。
「……V.V.様にお願いすれば、何とかなるかしら」
 こっそりと彼の場所まで行けるルートを確保しているのではないか。もっとも、それを自分が使えるかどうかはまた別問題だろうが。
 そう心の中で呟いたときだ。
「ギネヴィア殿下」
 背後から声をかけられる。
 いったい誰だ。そう思いながら視線を向けた瞬間、彼女は己の行為を後悔してしまった。しかし、それを顔に出すわけにはいかない。
「確か……高亥、殿……でしたかしら?」
 大宦官の、と首をかしげてみせる。もちろん、彼が何者なのか、きちんと知っていた。しかし、自分のこのような仕草が相手の警戒を解くのに有効だ、と言うことも否定できない事実だ。
「これは……お耳汚しを」
 少しもそう思っていないであろう口調で高亥はこういってきた。
「この度は、わざわざ足を運んで頂き、ありがとうございます。式まで、今しばらくございますので、よろしければお茶でもご一緒に、と思いますが……」
 本当に言いたいのはそれではないだろう。心の中でそう呟く。
「まぁ、それは嬉しいですわ」
 しかし、それを表に出すことはない。あくまでもにこやかにこう言い返す。
「ここにいると、羽虫が鬱陶しいですもの」
 言葉とともにギネヴィアは周囲を見回す。そうすれば、彼女にぶしつけな視線を向けていた者達が、焦ったように顔を背けるのが見えた。
「これはこれは……重ねて失礼を。ギネヴィア殿下のお美しさに目をそらすことも忘れた哀れな者達でございます故、ご容赦頂ければ幸いでございます」
 どこまで本気では話しているのやら。歯の浮きそうなセリフに、苛立ちすら覚える。
「そう言うことでしたら、許して差し上げなくてもありませんわ」
 ふふふ、と笑いながら彼女が言い返す。
 その瞬間、傍に控えていたベアトリスが微苦笑を浮かべたのがわかった。間違いなく、自分の内心に気付いたのだろう。それでもその程度ですませているのは、きっと、自分たちが置かれている状況を的確に把握しているからに違いない。
 本当に聡い子だ、と満足に思う。
「では、こちらに。お着きの方もご一緒にどうぞ」
 逆に、この男――そう言っていいのかどうかは悩むが――の態度には苛立ちしか感じない。確かに小柄と言える彼女だが、これでも帝国最強と言われる騎士の一人だ。そのように軽く見ていい存在ではない。
 本当、何かあれば即座に切り捨ててやろう。
 心の中でそんなことを考えつつ、その顔にはロイヤルスマイルを浮かべている。
「そうさせて頂きましょう」
 ベアトリスにこういうと、ギネヴィアは足を踏み出した。

 くだらない自慢話にどこまで付き合っていればいいのか。そう考えながら、ギネヴィアは扇の影であくびをかみ殺す。
「そう言えば……殿下の弟君に、黒髪の麗しいお子がおられるとか」
 頃合いだと思ったのか。高亥がそう切り出してくる。
「えぇ。末の異母弟ですわ」
 それが何か? と聞き返す。
「次の天子様は女性でいらっしゃいますので、よろしければ婿にいただけないかと」
 そう来るか、と心の中で即座に呟いてしまう。
「お言葉は嬉しいのですが、あの子は既に婚約者がおりますわ
 破棄することも難しいのではないか。そう言い返す。
「ですが、お国のためとあれば仕方がないこともございましょう」
 言外に、日本の古い家系とはいえ、現在はただ人でしかないものとの婚約と、中華連邦の国主との婚約。どちらがブリタニアのためになるか。それを考えろ、と言いたいのだろう。
「とりあえず、陛下にはお伝えしておきますわ。ですが、皇子はまだ他におりましてよ?」
 しかも、ルルーシュとは違い、母后の血縁が立派な……とギネヴィアは言い返す。
「確かに、わたくしはあの子を可愛がっておりますが、それとこれとは別問題ですもの」
 こう言い返しながら、いったい何が目的なのか……と考える。
 ただ、ブリタニア皇族の血を望んでいるのであれば、他の皇子でもかまわないと言うはずだ。
 しかし、ルルーシュでなければいけない、と言い出すのであれば、それには必ず理由があるはず。
 一番可能性があるとすれば、自分たちが可愛がっていると言うことだろう。ルルーシュの持つ《ギアス》については知っているものが限定される。そして、その者達は決して迂闊に広めるようなことをするはずがない。
 もっとも、この国にも、同じような血脈がいた。いや、薄められたとはいえ、今でもいるのだろう。だから、《ギアス》に関しては言い伝えられていてもおかしくはない。
 しかし、ルルーシュが現在、数少ない能力者だと知っているのだとするなら、厄介だ。
 この者達に情報を流している者がいると言うことだろう。
「……天子様のお歳を考えればルルーシュ殿下が一番お似合いかと思うのですが」
 だが、相手も海千山千のタヌキだ。そう簡単にはしっぽを出さないつもりらしい。
「どちらにしても、わたくしの独断で決めるわけにはいきませんわ」
 それに、自分は前天子の葬儀のためにこの国を訪れているのであって、それ以外の権限は持っていない。微笑みと共にそう告げる。
「皇族の婚姻は陛下の許可を得なければいけませんもの」
 そう言えば、高亥もわかっているというように頷いてみせた。
「もちろんでございます。シャルル陛下のお耳にお入れ頂けるだけで十分です」
 いずれ、正式にお願いしに行くだろうが……と彼は続ける。
 この言葉に、ギネヴィアはいやなものを感じてしまう。
 そう言えば、この国のものが日本の首脳陣とつながっているらしい。今の会話とそれが関係あると考えるのは穿ちすぎだろうか。
 後で調べさせた方がいいかもしれない。
 ルルーシュに危険が及ぶようなことだけは、全力で避けなければいけないのだ。
 そんなことを考えていれば、高亥の元に女官が駆け寄ってくるのが見える。そのまま、そっと耳元で何かを囁いた。それに彼は小さく頷いている。
「お時間だそうです。よろしければ、会場までご案内させて頂きますが」
 視線を向けると、こう言ってくる。
「お願いしますわ」
 ようやくこいつから解放される。ほっとしながらもギネヴィアは微笑みを浮かべた。
 そのまま立ち上がろうとすれば、すかさずベアトリスが手を差し出してくる。そんな彼女に意味ありげに頷いて見せた。彼女であれば、それだけでわかるだろう。
「では、こちらに」
 そう言いながら高亥が歩き出す。
 その背中に剣を突き立てられれば、どれだけすっとするだろう。そう考えながらも、ギネヴィアはあくまでも笑みを浮かべたまま案内されるまま歩いていった。

 はっきり言って、次の天子は毒にも薬にもならぬ無能な子供だ。そして、周囲の者達が彼女が学ぶことを拒もうとしている。
 そんな子供に自分は何の魅力も感じない。きっと、ルルーシュだって同じはずだ。
 かといって、無視するにはこの国は大きすぎる。
「どうすればいいのかしらね」
 何故、ルルーシュなのか。
 誰がそれを言い出したのか。
 それを知らなければ対処のしようがないような気がする。
「厄介なことにならなければいいけれど」
 このせいで、戦端が開かれるようなことにならなければいいが。小さなため息とともにこう呟く。
「珍しいね、ギネヴィア」
 その時だ。耳慣れた声が周囲に響いた。
「V.V.様」
 どうして、といいかけて直ぐにやめる。現在、嚮団の本拠地がこの国にあることを思い出したのだ。だとするならば、そちらから漏れた可能性もあるのか、と心の中で呟く。
「何か厄介ごと?」
 さらに問いかけの言葉を口にしながら、彼は歩み寄ってくる。
「この国の天子の婿にルルーシュが欲しいそうですわ」
 どこまで本気かはわからないが、と彼女は口にしながら腰を浮かせた。
「いいよ。そのまま座っていて」
 それよりも、と彼は厳しい表情で問いかけてくる。
「今の言葉、本当なの?」
「はい。もっとも、わたくしに話を持ちかけてきた高亥の独断、と言う可能性もありますが」
 だが、彼が名指ししたのが《ルルーシュ》だと言うことが気にかかる。
「陛下にご報告をして、早急に調べさせた方がいいかと思うのですが……」
「問題は、どこからあの子ののことが伝わったか、だね……そう言えば、嚮団にもこの国の人間がいたね」
 流石と言うべきか。彼はギネヴィアの言葉だけで状況を理解したらしい。即座にこういってくれる。
「だから、君は……そうだね。直ぐにラインハルト殿の所にナイトメアフレームを送るよう、シャルルに伝えてくれないかな」
 いやな予感がする、と彼は顔をしかめた。
「わかりましたわ」
 即座に手配をさせる、とギネヴィアは頷く。
「それと、直ぐに軍を出来るだけ日本領海近くまで移動させますわ」
 何があっても、直ぐに対処できるように……と続ける。
「それが良いね」
 V.V.は頷く。
「先代の天子が死んだことで、この国のバランスが崩れたような気がする。何があってもおかしくはない」
 そして、それが世界に波及しないと限らないから……と彼はため息をついた。
「あの子に負担をかけないよう、出来るだけ善処するつもりだけどね、僕も」
 しかし、絶対とは言えない。それが悔しい、と彼は珍しく本音を口にする。
「だからこそ、わたくしたちがいるのですわ」
 そうではないか。そう問いかける。
「そうだね」
 彼女の言葉に、V.V.は頷いて見せた。そのまま、彼は立ち上がる。
「V.V.様?」
「ともかく、君も気をつけるんだよ。バカが何をしてくるかわからないからね」
 この言葉とともに彼はそっと彼女の頬に触れてきた。
「わかっておりますわ」
 そんな彼に微笑み返す。
「心配してくださって、ありがとうございます」
 さらに言葉を重ねれば、彼はようやく笑みを返してくれた。








10.07.16 up