スザクに腕を引かれながら、ルルーシュは前へと進んでいく。しかし、周囲がどうなっているのか、彼からは見えない。自分たちの背よりも高い草が壁のように生えているのだ。
いや、それは少し違う。
スザクが歩いている場所が、決して道とは言えない、と言った方が正しいのかもしれない。
「……ここは、どこだ?」
自分たちはどこを歩いているのか、とルルーシュは問いかける。
「もう少しすればわかるって」
だが、スザクはこういって笑うだけだ。
「近くに藤堂さん達もいるし、目的地には神楽耶とライさんもいるから」
彼がこう付け加えたのは、自分が何か別のことを気にしているのではないか。そう判断したからだろう。
「そうは言うが……周囲の様子が見えないぞ」
これでは、どこに誰がいるのかわからないではないか。皇やその関係者が自分を傷つけるとは思っていない。
しかし、枢木ゲンブをはじめとする日本政府のものはどうだろうか。
C.C.にも「連中には気をつけろ」と言われているではないか、と思う。
「それもちゃんと理由があるんだって」
大丈夫。ここは今日は神楽耶の貸し切りだから、変な連中はやってこない。スザクはそうも付け加える。
「それとも、俺の言葉は信じられないか?」
彼のこの言葉に、ルルーシュは首を横に振って見せた。
「そういうわけじゃないが……」
何か、数日前からいやな予感が抜けないのだ。だから、どうしても不安が先に立ってしまう。そう言い返す。
「……何かあったっけ?」
数日前って、とスザクは首をかしげていた。
「少なくとも、日本国内じゃ何もないよな」
大きな事件なら、自分だって知っているし……と彼は続ける。
「……確かに」
日本国内では何もないよな、とルルーシュも頷いた。
「だが、他の国では違うだろう?」
色々と起きているはずだ。その中で一番厄介そうなのは、中華連邦の天子がなくなったことだろうか。後継者問題であれこれ問題が起きているらしいという噂も聞いているし、とルルーシュは心の中で付け加える。
「……そこまで、チェックしてられなかったんだよ」
こっちの方が忙しかったから、とスザクが言い返してきた。
「ほら、すごいだろう?」
そう言いながら、彼はルルーシュの手を引っ張る。次の瞬間、視界が開けた。同時に、青と緑、そして黄色のコントラストが目に飛び込んでくる。
「……ヒマワリ?」
それは自分たちの背よりも高く生長している花だった。しかも、無数に咲いているように思える。
「これ、迷路なんだぜ」
毎年、この時期になると自分たちが楽しめるように、とここの管理を任されている者達が種をまいて育ててくれるのだとか。
「一番に遊ぶのが俺と神楽耶って決まっているんだ。それが終わった後は、うちの学校の生徒にも開放するけど」
そう言って彼はどこか自慢げに言葉を重ねる。
「今年からは、お前も一緒だよな」
スザクはルルーシュの顔を見つめると笑った。
「いいのか?」
自分も、それに加わって……とルルーシュは言外に問いかける。
「いいんだよ。お前だって、うちの人間だろう?」
だから、とスザクは言い返してきた。
「それよりも、早くここを抜けて神楽耶の所に行かないと、アイスがなくなっている可能性があるぞ」
それはかなりいやだ、と彼は笑った。
「……確かに」
この暑さだ。アイスという単語だけでも魅力的だと思える。実物があるのであれば、なおさらだ。
「と言うことで、頑張ろうぜ」
「わかった」
スザクの言葉に、ルルーシュは頷いてみせる。
こういった迷路はブリタニアにもあった。もっとも、あちらではバラで作られていたが。ナナリーやユーフェミアと共に遊んだな、と心の中で呟く。
「……ともかく、どちらに進むか、だな」
今年はどんな風に作ったんだろう、とスザクが呟いている。
「去年は、まじで攻略できなかった奴が多くて、フォローの人間が常駐していたくらいだし」
今年は簡単だといいなぁ……と彼は付け加えた。
「迷路なんて、でようと思えば最後の手段がある。だから、まずは好きな方向に歩いていくものだろう?」
そんな彼にルルーシュはこういう。
「……もっとも、適当なところでライが迎えに来てくれると思うぞ」
苦笑と共に付け加える。
「そうだよな。あいつなら、絶対に来るか」
なら、迷っても大丈夫だよな……とスザクは安心したような表情を作る。
「じゃ、行くか」
そのまま彼は歩き出した。
結果的に、しっかりと迷いまくったのはいうまでもない。
「……君のカンはあてにならないな」
予想以上に、と言いながらルルーシュは必死に呼吸を整えている。ここで座り込んでしまったら、間違いなくしばらく動けなくなるだろう。
「……悪い……」
だけど、角を曲がったところで方向がわからなくなるんだから仕方がないだろう、とスザクは主張する。
「影の位置を見ればわかるだろうが」
それにルルーシュはこう言い返す。
「影の位置はほぼ一定だろう?」
だから、それを見ればどちらから来たのかわかるのではないか。そう言われて、スザクは初めて気がついたようだ。
「なるほど。じゃ、俺たちが来たのは……」
「あちらだ」
即座にルルーシュは意自分たちが来た場方向を指さす。
「ついでに言えば、まだいっていないのはあちらだな」
言葉とともに別の方向を指さした。
「了解」
頷くと同時に彼は歩み寄ってくる。そして、そのままルルーシュの前でしゃがむ。
「……スザク?」
何を、と思わず聞き返す。
「俺が負ぶってやるから、お前は方向を指示してくれよ」
そうすれば、直ぐに抜け出せるだろう? と彼は続ける。
「だけど、人一人背負ってなんて、無謀だ」
ライくらい大きければ話は別だが、と告げた。それは真実ではないだろうか。
「でも、お前は俺が守るって言っただろう?」
大丈夫……とスザクは笑う。
ここで断れば、彼のプライドを傷つけてしまうだろう。それにきっと、ライ達はタイミングを見計らっているだけではないか。
「……わかった」
そう判断をしてこういう。
「じゃ、さっさとおぶされよ」
この言葉に、ルルーシュは素直に彼の背中に体を預ける。次の瞬間、スザクはルルーシュの体を背負ったまま立ち上がった。もっとも、それなりにふらついていたが。
「大丈夫なのか、本当に」
やはり無理なのではないか。そう思いながら問いかける。
「ちょっと、足がしびれただけだって」
じゃ、行くぞ……と彼はルルーシュが『まだ行ってない』と言った方向へと歩き出す。これは、本人が諦めるまで好きにさせるしかない、とそう思ってルルーシュは小さなため息をついた。
ルルーシュの指示が的確だったからか。それとも、スザクの意地が勝ったのか。
彼はルルーシュを背負ったまま迷路を抜けた。そこには彼の言葉の通り、神楽耶とライがいる。
「……何か、変じゃねぇ?」
二人の様子、とスザクが問いかけてきた。
「下ろしてくれ、スザク」
聞いてみる、とルルーシュは口にする。
「そうだな。お前の方がこういうことは得意か」
じゃ、任せる……とスザクはゆっくりと腰をかがめた。
「まったく……俺はそこまで子供ではないぞ」
余計なところだけライに似て……と呟きながら、ルルーシュは彼の背中から滑り下りる。
その時だ。
「……嘘、だろう……」
こういいながら、スザクは空を見上げる。つられるように視線を向けた瞬間、ルルーシュは目を見開いた。
「……何だ、あれは……」
軍事訓練か? と呟く。
「わかんねぇ……」
呟くスザクの声を、ヘリコプターのローターの音がかき消した。
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10.07.23 up
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