外から喧噪が伝わってくる。
「大丈夫だ、ルルーシュ。あいつらも、ここには入ってこないから」
 そう言いながら、スザクはルルーシュの手を握りしめた。
「神楽耶も使用人達も、何があってもここのことを言うはずがないし」
 だから、安心しろ。そう続ける。
「……それは、疑っていない」
 ルルーシュは即座に言葉を返してきた。
「ただ……そのせいで彼女たちが厄介な立場に置かれていなければいいと思っただけだ」
 そして、外の様子がどうなっているのか、情報がないことが気にかかる。そうも続けた。
「だから、ライさんが確認しに行ったんだろう?」
 彼であれば、何があっても対処できる。そう信じているから行かせたんだろう? とスザクは問いかける。
「そうなんだが……」
 それでも、とルルーシュは唇を噛む。
「お前……何が怖いんだ?」
 ルルーシュは何かを怖れている。でも、自分は彼じゃないから、表情だけで推測することが出来ない。だから、とスザクは問いかけた。
「スザク?」
 何故、そんなことを聞くのか……と彼は聞き返してくる。
「だって、しらねぇと守れないじゃん」
 自分がルルーシュを守ると言ったのだ。そのために必要だと思うことは聞きたいと思う……とスザクは口にした。
「……君は……」
 ルルーシュはどのような表情をすればいいのかわからない、と言うようにため息をつく。
「約束したじゃん」
 守るって、とスザクはまた口にする。
「だから、教えてよ……ルルーシュがいやでなかったらでいいから」
 ひょっとして、彼が口を開かないのはそのせいではないのか。遅まきながら、スザクはその事実に気がついて慌ててそう続ける。
「そういうわけではない」
 ライなら大丈夫だ、と自分も信じている……とルルーシュは続けた。
「ただ、万が一――本当に万が一、ライを失うことになったらどうしよう。そう考えただけだ」
 母は強い人だった。それでも、ある日突然、自分の傍から消えてしまった。それと同じ事が起きないとは限らない。ルルーシュはそうも続ける。
「大丈夫だよ。神楽耶が手を回してくれているはずだ」
 それに桐原も、とスザクは笑みを作りながら言い返す。もっとも、きちんと笑っていられたかどうかはわからないが。
「それに、敷地の外に出ているわけじゃないんだし……連中だって、皇の屋敷に強引に押し込んでこられる度胸はないから」
 何かあれば、使用人達が二人を即座に避難させるはずだし……と続ける。
「それに、あいつもいるし、さ」
 C.C.が、と言われて、ようやくルルーシュは納得したらしい。
「そうだな。あの方がライを見捨てるはずがない」
 しかし、その理由が気に入らない……と思ってはいけないのだろうか。何で、あの女のことは信じられて、自分ではダメなのだろう。
 自分がルルーシュと同じ年齢だから、だろうか。
 それとも、実力不足だと思われているのか。
 どちらにしても、今のままではダメなんだ……とスザクは心の中で呟く。もっと強くならないと、とも。
 でも、そのためにはどうすればいいのだろう。
 それは自分自身で見つけないといけないのだ、と言うこともスザクにはわかっていた。

 テレビの画面にはあちらにとって都合のよい事実しか映し出されていない。それはわかっていた。
「……酷いな……」
 流石に大使を処刑するわけにはいかなかったのだろう。だが、連中がしていることは彼にとってどれだけ屈辱的か。そうかんがえると、この一言しか出てこない。
「申し訳ありません」
 それを聞いていたのだろう。神楽耶がこう言ってくる。
「あなたのせいではありませんよ、神楽耶様」
 彼女が指示をしたわけではない。指示を出したとすれば、ゲンブだろう。
 だが、古来より戦意高揚策としてこのようなことはよく行われていたのだ。
「命を取られないだけまし、と思いますよ」
 生きてさえいれば、いくらでも名誉を回復する手段がある。だから、とライは微笑む。
「ただ……ルルーシュ様にはお見せしたくないな、と」
 彼であれば、何とかして助けたいと考えるだろう。しかし、それが不可能だ、と言うことも理解している。だから、何も出来ないと言うことにショックを受けるのではないか。
 だが、何も知らないというのも、彼にとってはストレスになるはず。
 必要な情報は渡さないといけないだろうな……と思った時だ。どこからか争うような声が響いてくる。
「……何かあったのでしょうか」
 同時に伝わってくる不穏な空気に顔をしかめながら、ライが呟く。
「わかりません……」
 しかし、ここが《皇》である以上、迂闊な行動を取る者はいないはずだ。神楽耶はそう言ってくる。
 平時であればそれも納得できる言葉だ。だが、今は戦時下だ。そして、国のトップであるゲンブが、それをどこまで許容しているか。それがわからない。
 だから、と思ったときだ。
「失礼いたします」
 言葉と共に障子が開けられる。
「軍の方々が中を確認させろ、と騒いでおります。藤堂様が押しとどめておいでですが……枢木様の許可があるともうされて……」
 いつまでとどめておけるかわからない。そう彼女は続ける。
「仕方がありませんね。下手に時間を稼いで神楽耶様に疑いをもたれても困ります。せめて、桐原公の到着を待つように、と言われるのがよろしいでしょう」
 そして、自分は二人の元へ戻る……とライは続けた。
「そうして頂いた方がよろしいでしょう」
 しかし、何と言うことを……と神楽耶は悔しげに呟く。
「ここまで、ゲンブ様がバカだとは思いませんでしたわ」
 何故、京都六家が今の姿で続いてきたのか。それも理解していないとは……と彼女は続ける。
 だが、直ぐに怒りを抑え込んだ。
「下らぬことでお耳を汚してしまいましたわね。すみません」
 戻るついてに果物でも持っていて欲しい。そう付け加える彼女にライは頷く。
「では、そのように」
 言葉とともに視線を向ければ、心得たというように女性が頷いてみせる。
 それに関しては、任せておけばいいのだろう。しかし、状況はますます悪化しているように思える。
「あの方々のうち、どちらかに連絡がつけばいいんだが」
 そうすれば、ルルーシュだけは安全な場所に避難させられるかもしれない。
「できれば、ブリタニアが本格的に進攻する前に諦めてくれればいいが」
 どうなるのだろうか。ライは小さなため息とともにそう呟いた。

 その後、皇邸に軍人達が押しかけてきたらしい。
 しかも、だ。神楽耶や桐原の制止も聞かずに屋敷内の全てをひっくり返す勢いで確認しだしたのだ、とか。流石に、この屋敷にある調度はどれも、それ一つで一財産となり得るものだから、壊すことはなかったらしい。
 だが、ゲンブは気にしなかった。
 壊れたものは買い直せばいい。
 この言葉とともに遠慮せずに床板まではぎ取って確認していたらしい。
 特に、ルルーシュ達が暮らしていた離れは念入りに、だそうだ。
「……いったい、何故、そこまで僕の身柄を欲しがるのだ?」
 訳がわからない、とルルーシュが呟く。
「俺に聞かれても困る」
 自分だって、最近はゲンブと話をしていないから……とスザクが口にした。
「でも、変だよな。父さん、ルルーシュを気に入らないと思っていたはずなのに」
 そう言って直ぐに彼は「ごめん」と付け加える。
「いや、それは仕方がないことだろう。僕が来てから、お前が父君と連絡を取っている姿を見たのは片手の指の数よりも少ない」
 話をしなければ、相手が何をしようとしているのかわからないだろうから……とルルーシュは言い返す。
「そうですね。確かに、今回のことは君のせいではない。神楽耶様も、今回の暴挙にはあきれていらっしゃった」
 さらにライもこういった。
 その時だ。
「中華連邦が絡んでいるらしいぞ」
 不意に別の声が割り込んでくる。
 もっとも、今更その事実を驚きと共に受け入れる者はいない。いつものことだから、なれた、と言うべきか。
「C.C.様」
 何故、とルルーシュは問いかける。
「お前達は、皆、私の血をひく者達だからな」
 それに彼女はこういって微笑む。
「心配するのは当然のことだ」
 しかし、それだけではないような気がする。
「他に、何か気にかかることでも?」
 だから、ルルーシュはこう問いかけた。
「本当に、お前は自分に向けられる好意以外には鋭いな」
 いいのか悪いのか、と彼女は笑みに苦いものを滲ませる。
「それがルルーシュ様ですから」
 同じような表情と共にライが言った。
「そう言うお前は、ずいぶんと丸くなったらしいがな」
 小さな笑いと共に彼女は言い返す。その言葉にライは苦笑を深めた。
 その言葉の意味がわからない、とスザクが首をかしげる。それにどう説明しようかと思ったときだ。
「……ぐっ」
 心臓に何かが突き立てられたかのような痛みを感じる。
「ルルーシュ!」
「どうかされたのですか?」
 二人が即座に問いかけてきた。
「……愚かな」
 同時に、C.C.のこんな呟きが耳に届く。何か、好ましくない事態が起きたのか、と考えたところで、ルルーシュは意識を手放した。








10.08.06 up