「愚かなことを……」
その知らせに、オデュッセウスは絶句した。
「兄上?」
「いかがなさいました?」
その言葉を聞きつけたのだろう。シュナイゼル達が問いかけてくる。
「オーレリアがね。とんでもないことをしてくれたのだよ。このままでは、最悪、嚮団との関係が壊れかねない」
それでは、この国だけではなく他の国も混乱しかねない。
「陛下はそれを望んでおられない」
もちろん、嚮団もだ……と彼は続ける。
「……とりあえず、オーレリアとその母君を拘束しますか?」
シュナイゼルが静かに問いかけてきた。
「シュナイゼル兄上、ですが……」
それに驚いたかのようにクロヴィスが口を開く。
「クロヴィス。私たちが知らなくてよい事実、と言うものが世界にはあるのだよ。兄上と陛下がそれをご存じであれば十分ではないかな?」
何よりも、シャルルがその事実に怒りを感じているはず。だから、とシュナイゼルは彼に説明をし始める。
「……ですが、一応、オーレリアも弟ですし……」
シャルルの血をひいているではないか、とクロヴィスは言い返した。そんなセリフをイヤミも何も交えずに言えるのは彼の長所だろう。
「そうだね。だからこそ、してはいけないことをしたのであれば、きちんと処罰しなければいけないよ。禁忌に触れると言うことは、それなりの覚悟があってのことだろうし」
まして、過去にこの国は皇族の反乱で大混乱に陥ったではないか。
この言葉に、クロヴィスも口をつぐまずにはいられなかったらしい。彼にその時の記憶が残っているかどうかはともかく、その時の混乱がどれほど酷いものだったかは嫌と言うほど聞かされているはずだ。
あの時は、マリアンヌが自分たちを救ってくれた。しかし、彼女はもういない。代わりに、自分たちがそれを阻止しなければいけない。
「何よりも、そのせいでルルーシュの身に今以上の危険が迫ったとしたらどうするのかな?」
クロヴィスにさらに追い打ちをかけるようにシュナイゼルは言葉を重ねる。
「それは! ダメです。あの子だけは安全な場所にいなければいけないのに」
今ですら命の危険があるのに、とクロヴィスは表情を強ばらせた。
「だが、そのためにはオーレリアを処分しなければいけない。それでも邪魔をするかね?」
ルルーシュを守るためにオーレリアを切り捨てる。その判断を、とシュナイゼルはさらに言葉を重ねた。
「……それは……」
かなり意地悪な質問だろう。それでも、彼の答えは想像が付いた。
「……オーレリアは死を賜るのでしょうか」
「その可能性は、低いだろうね。せいぜい、皇位剥奪の上、どこかのエリアに追放、かな?」
それだけでも、あの自尊心だけは高い異母弟には辛いだろう。
「シュナイゼル」
そう考えながら、オデュッセウスは口を開く。
「何でしょうか」
「オーレリアの母君だけではなく、その実家の伯爵家の当主も一応拘束しておいてくれるかな?」
できれば、親族全員と言いたい。だが、それは不可能だろう。そちらに関しは嚮団の協力を仰げないか、V.V.に相談しよう……と心の中で付け加える。
「わかりました」
確かに、下手な動きを取られては困りますね……とシュナイゼルは頷いて見せた。
「しかし、ギネヴィアが帰ってきてくれないと色々と困るね」
あの子がいてくれれば、そちらのことは任せておけるのに……とため息を吐く。
「確か……EU経由で帰国されると連絡があったのですよね?」
ギネヴィアから、とクロヴィスが問いかける。
「そう。ファランクス卿がついて行っているはずだから、心配はいらないよ」
それに、V.V.も内密に護衛をつけているはずだ。だから、ギネヴィアのことは何も心配はいらない。
「では、姉上がお帰りになる前にオーレリアとその後見の貴族を拘束しておきましょう」
しかし、軍にいる者達までは手を出せない……とシュナイゼルは続ける。
「そちらに関してはヴァルトシュタイン卿とダールトン将軍に任せるしかないだろうね」
コーネリアと言わないのは、彼女には性格的に向いていないからだ。
「後は、ユーフェミアだけではなく君にもナナリーの傍にいて貰った方がいいかもしれないね、クロヴィス」
彼の性格を考えれば、こちらの方が向いてるだろう。そう思って続ける。
「はい、兄上」
実際、クロヴィス自身がほっとしたような表情で頷いて見せた。
「後は、あの子の無事を確保するだけだね」
今回のことに関する混乱は、シャルルとV.V.に収めてもらうしかないだろう。そう考えれば、ルルーシュがここにいなくてよかったのかもしれない。オデュッセウスは心の中でそう呟いていた。
だが、事態は思わぬ方向へと進んでいた。
目の前の光景が信じられない。
「……何を、なさいましたの?」
震える声で神楽耶はそう口にする。
「馬鹿なことを」
その隣では、桐原が怒りを隠せずにいた。
「何をしたかわかっているのか、ゲンブ!」
いや、それだけではない。彼にしては珍しいことに人前でゲンブをしかりつける。
「何をと言われても、古い慣習の象徴を壊しただけですが?」
それが何か、と言う口調で彼は言い返してきた。
「そんなものがあるから、いつまでもブリタニアとの縁が切れないのでしょうが」
だから、自分たちは新しい一歩を踏み出せないのだ。ゲンブはさらにこう付け加える。
「しかし、なくなれば諦めるしかありますまい」
満足げな声音で彼はさらに言葉を重ねた。
「バカが」
それに桐原は吐き捨てるように言う。
「お主は六家の存在そのものを否定したのだぞ」
これを守り伝えていくためだけに、皇とその他の家は存在してきたのだ。それを壊したと言うことは、自らその役目を放棄したに等しい。
「やはり、お主を枢木の当主と認めるのではなかったわ」
さらに彼はこう続けた。
「そんな時代錯誤なことを言っているから、いつまでも新しい世界を見られないのではありませんか?」
「お主のせいで、今の世界すら壊れるかもしれん」
それすらも理解しようとは思わないのだろうが。断言するようにそう言った桐原の言葉に、神楽耶も小さく頷いてみせる。
「何をおっしゃっておられるのか」
実際、ゲンブからはあきれたような視線が返されただけだ。
「まったく……だから、これは早々に排除しておけ、と言っただろう」
その時である。不意に第三の声が神楽耶の耳に届く。視線を向ければ、予想通りの相手が確認できた。
「C.C.様」
彼女が自分たち以外の前に姿を見せるのは珍しい。だが、今回のことを考えればあり得ない話ではないか、とは思う。
しかし、その表情から判断してそれだけではないような気もする。
「誰だ、貴様は!」
即座にゲンブが咎めるように叫ぶ。
「言っておくが、護衛とやらは来ないぞ」
本当に、あれが精鋭か? とからかうようにC.C.は笑う。
「しかも、私の顔を忘れるとは……どうやら既にぼけたか」
でなければこんな馬鹿なマネを至要だなどとは考えなかっただろうし……と彼女は続ける。
「私はお前など……」
知らない、と言おうとしたのだろうか。だが、その言葉は直ぐに飲み込まれる。
「……馬鹿な……あれから、もう四十年は経っているのに……」
代わりにこんな呟きが彼の口からこぼれ落ちた。
「当たり前だろう。私を誰だと思っている?」
四十年など、自分にとっては一瞬のことだ……と彼女は唇の端を持ち上げながら告げる。
「本当に。目に見えること以外信じようとしないから、こういうことになるんだ」
お前とスザクは妙なところでそっくりだ。
こう呟きながら彼女はゲンブの額に指先で触れる。
「と言うわけで、自分が引き起こしたことがどのような結果を生むのか。己の目で確認してこい!」
その瞬間、彼女の額に光で紋章が描かれた。次の瞬間、ゲンブがその場に崩れ落ちる。
「それよりも、厄介なことになったぞ」
だが、彼にはもう目もくれず、彼女は視線を二人へと向けてきた。
「これのことでしょうか……」
修復は出来ないのか、と神楽耶は問いかける。
「出来るが……時期が悪い」
彼女はそう言って顔をしかめた。
「C.C.様?」
「詳しいことは、あの子達の所へ行ってからだ」
言葉とともに彼女はきびすを返す。
「お供いたします」
表情を強ばらせつつ神楽耶は彼の後に続いた。
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10.08.20 up
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