足音が響いてくる。
 しかも、こちらに近づいてくる、と思った瞬間、スザクは日本刀を取り上げた。
「スザク?」
 どうしたのか、とルルーシュが問いかけてくる。
「知らない足音だから」
 だから、ひょっとしたら敵かもしれない。そう続けた。
「僕には、聞こえない」
 それに、ルルーシュはこう言い返してくる。
「まぁ、まだ遠いからな」
 ルルーシュでは気付かないかもしれない。だが、自分やライなら十分にわかる音だ。
 こういえば、彼の頬がふくらむ。
「仕方がないじゃん。ブリタニア風に言えば、俺とライさんは騎士なんだし、お前と神楽耶は守られる側なんだから」
 代わりに、ルルーシュも神楽耶も、自分では対処できないようなことでもきちんと出来るだろう? と言い返す。
「……ライも出来るがな」
 小さな声でルルーシュはさらに反論をしてくる。
「そりゃ、仕方がないよ。あの人の方が年上だし」
 経験の差が出ているだけだろう、と言い返す。
「それは……否定しない」
「だろう?」
 ルルーシュが同意をしてくれたことにほっとしながら、スザクは頷く。
「だから、ルルーシュはこれからもっと勉強すればいいだけじゃん」
 今だって、自分よりもずっと頭が良いんだから……といいながら刀の柄を握り直す。
 今、自分が握りしめているものが人を殺すことが出来る凶器だ、と言うことはよくわかっている。それでも、これでなければ自分はルルーシュを守れない。
 だから、と思いながら意識を集中する。
「……確かに、誰か近づいてきているな」
 ルルーシュにもようやく足音が聞き取れたらしい。表情を硬くしながら呟いている。
「大丈夫。絶対、俺が守るから」
 ここは皇の敷地内だ。たとえ何をしても、表に出ることはない。
 何よりも、直ぐにライが戻ってくるに決まっている。
 自分はそれまで時間を稼げば良いだけのことだ。相手を殺す必要はない。まぁ、ケガをさせる程度は妥協して貰おう、と考えれば、少しは気持ちが楽になる。
「信頼している」
 ルルーシュからこういわれてはなおさらだ。
「任せておけ」
 鞘から抜かなければ、相手を殺す可能性は低いだろう。それでも、中身は鉄の塊だ。かなりの重量があるから、とスザクは自分に言い聞かせる。
「だから、ルルーシュはその奥に隠れていてくれ」
 その方が自分が動きやすいから、と付け加えた。
「わかった。気をつけろよ」
 スザクがケガをしても哀しいから、と付け加えながらルルーシュは素直に移動していく。
「わかっているって!」
 この言葉とともにスザクは地面を蹴った。
 そのまま、相手へと向かって手にしていたものを振り下ろす。
 しかし、それはあっさりと避けられてしまった。
「ちぃっ!」
 その事実が忌々しい。
 先ほどまで考えていたことなんて綺麗さっぱりと脳裏から消え去った。
「お前は!」
 そう言いながら、返す刀で斬りかかる。今度こそは大丈夫だ、と思ったにも関わらず、相手にかわされてしまった。
「嘘だろう!」
 今のは絶対に入っていたタイミングだ。
 それなのに、こんなにあっさりとかわされるとは思わなかった。
「筋は良いが、まだまだだな」
 さらにこんなセリフが投げつけられる。
「何だと!」
 絶対、一撃をくわえてやる……と思い体勢を整えたときだ。伸びてきた手に襟首を掴まれる。そして、そのままつり下げられた。
「俺は猫の仔じゃねぇ!」
 思わずこう叫ぶ。
「ビスマルク?」
 だが、スザクの声にも負けないほど大きな声でルルーシュがこういった。
「……知り合いなのか?」
 ルルーシュの声にどこか親しげな響きが含まれている。それに気付いてスザクは問いかける。
「父上の騎士だ。ナイト・オブ・ワンのビスマルク・ヴァルトシュタイン卿……」
 しかし、彼がシャルルの側を離れるはずがないのに、とルルーシュは付け加えた。
「緊急事態でございました故。本国にはエニアグラムがおりますから、ご心配なく」
 こういいながら、彼はスザクの体を下ろす。
「ところで、ルルーシュ様。ライ殿は?」
 いずこに? と彼は問いかける。
「外の様子を確認に言った。必要なら、神楽耶様をお連れして貰わなければいけないからな」
 ライならば誰よりも信頼できる。そして、どのような状況であろうとも対処できるはずだ。ルルーシュはそう付け加えた。
「それに、僕のことはスザクが守ってくれると言っていたし」
「確かに。私が相手でなければ、十分に相手を昏倒させていたでしょうが……」
 これはほめられているのだろうか。それとも、とスザクは悩む。
「何故、ここに?」
 何かあったのか、とルルーシュが問いかけている。
「それに関してはライ殿が戻られてから説明をさせて頂きたいと思います」
 こちらにいる《達成者》の方もいらっしゃるだろう。彼はそう続ける。
「厄介ごと、なのだな?」
 それだけで何かを察したのだろう。ルルーシュは表情を強ばらせた。
「大丈夫だ、ルルーシュ。俺が傍にいるだろう!」
 役に立たないかもしれないけれど、と心の中で付け加える。それでも、ルルーシュを不安にさせないように表情には出さない。
「わかっているよ、スザク」
 ライやビスマルクが傍にいてくれるのとは違う安心感。スザクといるとそれを感じるから、とルルーシュは微笑む。
「そうか?」
「そうだよ」
 スザクが確認するように問いかければ、ルルーシュは直ぐに頷いてくれる。そんな彼の仕草に、ちょっと気に入らないが、今は良いことにしよう、とスザクは思う。
「仲がおよろしいですな」
 目を細めながらビスマルクがこういった。
 微妙に引っかかる気がするが、それも良いことにしよう。と言うよりも、追及する時間がなかった、と言った方が正しいのか。
 聞き慣れた足音が近づいてくる。
「……ヴァルトシュタイン卿?」
 そして、驚いたような声が周囲に響いた。
「ご無事で何よりですな、ライ殿」
 そんな彼に向かってビスマルクは言葉を返す。それに違和感を感じたのはスザクだけではなかったようだ。
「本来であれば、V.V.様がこちらに来られればよかったのですが……本国でも厄介ごとが起きてしまいました故」
 オデュッセウスもブリタニアを離れられない。ギネヴィアは現在、中華連邦から移動中だ。
 事情を知っている者達の中で自由に動けるのは自分だけだった、と彼が続ける。
「……いったい、何があった?」
 ルルーシュが再度問いかける。
「ブリタニア側のシステムも損傷したんだな?」
 その答えは別の場所からもたらされた。
「C.C.様、それでは!」
 どうやら、その話は聞かされていなかったらしい。ライが驚愕を隠せないという表情でそう叫ぶ。
「……義務を果たさなければいけないわけだ」
 逆に、ルルーシュは冷静な表情でこう言い返す。
「だから、お前が来たのだろう、ビスマルク」
 違うのか? とルルーシュは問いかける。
「その通りでございます」
「なら、僕はどうすればいい?」
 義務を果たさなければいけないことはわかっている。だが、その方法を自分は知らない。そう言いながら、ルルーシュはC.C.へと視線を向けた。
「ここにも黄昏の間はある。そこに行けばわかるだろう」
 わかるだろうが、それが実行できるかどうかは、ルルーシュ次第だ。C.C.はそう言い返す。
 それに、ルルーシュは静かに頷いてみせる。
「ダメです!」
 しかし、何故かライが反対をした。
「一度入れば、いつ出てこられるかわからないのですよ? まして、一部とはいえ破壊されているとなれば、戻ってこられるかどうか……」
 自分がそうだったのだから、と彼は続ける。
「ライ?」
「わかっているのか? 私が君に見つけてもらうまでの時間。それと同じ時を過ごさなければならないのかもしれないのだと」
「もちろん。わかっていても、それが義務である以上、逃げるわけにはいかない」
 いったい、何故、ライがそう言うのだろうか。
「なら、私が行く!」
 自分でも同じことが出来るはずだ、と彼は続ける。
「家族がすでにいない私なら、何年経とうと……」
「ラインハルト・S・ブリタニア」
 彼の言葉を遮るかのようにC.C.が厳しい口調で呼びかけた。しかし、それはスザク達が知っている名前ではない。
「お前が行ったら、今度こそ、戻ってこられないぞ」
 永遠に、だ……と彼女はそう続ける。
「……ラインハルト様? ライさんが……」
 その会話を聞きながら、神楽耶がこう呟いた。
「知っているのか?」
 スザクは思わずこう問いかける。
「知らないはずがありません。こちらに降嫁したブリタニアの皇女の兄君の名です」
 その母親は皇の姫だった。そう考えれば、自分たちと近しい存在だと言えるだろう。
「……って、確か百年以上前の人じゃん!」
 だから、ついつい脳裏から除外していたのだ。
 だが、それが本当なら、ルルーシュも百年近くあちら側にいったままになると言うことなのだろうか。そうしたら、守れないどころか二度と会えなくなる。
「大丈夫だ。こいつにはあれがいる。そのためのワイヤードだからな」
 ワイヤードはこちらの世界に居残り、あちらに行ったものの道しるべとなるのだ。それを持たなかったからこそ、ライ――ラインハルトと言うべきか――はルルーシュが気付くまであちらを彷徨っていたのだという。
「それに、お前達の気持ちもな。だから、心配はいらない」
 後はルルーシュ次第だ、とC.C.は続ける。
「……わかりました」
 悔しげな口調でライが言う。
「では、移動するか」
 早い方がいいだろう、といいながら彼女はきびすを返した。








10.08.27 up