ここには何度も入ったことがある。しかし、こんな場所があるとは知らなかった。
「……まぁ……」
それは神楽耶も同じだと言っていい。
「……ここは、ブリタニアの黄昏の間と同じなのですか?」
ルルーシュがC.C.に問いかけている。
「つながっているからな……もっとも、あちらも今は入れるかどうか」
こちらと同じで、要を破壊されたらしいからな……と彼女は顔をしかめた。
「こちらは、私が繋いでいたから入るだけならば可能だろうが……」
即座に戻ってこられるかどうかはわからない。自分たちは、ここを管理し、その力を利用できるが、混乱した流れを正すことは出来ないのだ。C.C.はそう続ける。
「達成者は、あくまでも傍観者……だからな。それが出来るのは、今を生きているものでなければならない」
ここでできるのは、あくまでもルルーシュだけだ。C.C.はそう言いながら、さらに奥へと足を進めていく。
「どこに行くんだ?」
こういいながら、スザクは彼女を追いかけようとした。
しかし、数歩進んだところでその動きが止まる。
「……何だよ、ここ……」
何でここから先に進めないのか、とスザクは目を丸くした。
「壁でもあるみたいじゃん」
C.C.は前に進んでいるのに、と彼はいいながら、その場を手で叩く。
「何もないぞ?」
しかし、ルルーシュは違ったらしい。さらに前へと進んでいた彼は、不審そうにスザクを振り向くとこういった。
「仕方があるまい。ブリタニアでも、お前の兄姉たちはあそこに長居できなかっただろう?」
それと同じ事だ、とC.C.は口にする。
「だからといって落ちこむことはないぞ。お前はそこまでしか来られなくても、お前にしか重要な役目がある」
言葉とともに彼女はスザクの傍まで戻ってきた。
それだけではない。ルルーシュを手招いた。
「……俺にしかできないことって、何だよ?」
とりあえず、それを確認しないと。そう思いながらスザクはC.C.を見つめる。そんな自分の背後で神楽耶たちが同じように彼女を見つめているのがわかった。
「C.C.様?」
何か? とルルーシュは首をかしげる。そんな仕草が可愛いと思えるのはルルーシュだけだよな……とスザクは心の中で呟いた。神楽耶がやると可愛くないどころか何かを企んでいるように思えるし……と心の中で呟く。
その間に、C.C.は己の髪の毛を引き抜いた。
「二人とも、右手の小指を出せ」
それを手にしたままこう言ってくる。
「小指……」
「右手?」
何か意味があるのか、と言うように二人は顔を見合わせた。
「指切りをする指だ」
彼等の行動を別の意味に捕らえたのだろう。C.C.がこう言ってくる。
「それはわかっていますが……何をするのですか?」
ルルーシュが問いかけた。
「出せばわかる」
その言葉に、二人はおずおずと右手を彼女へと差し出す。その指に、彼女は一本ずつ髪の毛を巻き付けていく。
「赤い糸ならぬ緑の糸だが……まぁ、気にするな」
それ以上に強いからな、と付け加える。
「……どういう意味なんだ?」
スザクはそう聞き返す。理由がないのであれば、今すぐ外したい、とも思うのだ。こんな女の子がするようなことをするのは日本男児として間違っているような気がするし、と付け加える。
「まったく、難儀な男だな、お前は」
だが、とC.C.は目を細めた。
「慎重なのは良いことだ」
彼女はそう付け加える。
「これはな。お前とルルーシュを繋ぐものだ。何があっても、お前がこれを身につけている限り、ルルーシュは出口を見失うことはない」
どこにいようと、必ずこれがルルーシュを導く……と彼女は言い切った。
「それがギアス能力者とワイヤードの絆だ」
納得したか? とC.C.は問いかけてくる。
「納得したけど……なくしそうで怖いな」
そうしたら、ルルーシュが戻ってこられなくなるかもしれないんだろう……と問いかけた。
「あなたが粗野なのがいけないのですわ、お従兄さま」
即座に神楽耶がそうつっこんでくる。
「粗野じゃねぇよ!」
男なら普通のことだ、とスザクは言い返す。
「落ち着け、スザク」
そんな彼の耳にルルーシュの冷静な声が届いた。
「……悪い……」
スザクは即座に謝罪の言葉を口にする。
「それよりも……何か対策はあるのですか?」
そんな彼に頷いてみせると、ルルーシュはC.C.へと視線を向けた。
「……そうだな、お前達はまだ子供だった」
小さなため息とともにC.C.はそっとスザクとルルーシュの手を重ねさせる。そして、その上から自分の手で包み込んだ。
次の瞬間、何かがはじけるような感覚が襲う。
「つっ!」
反射的に手をひけば、小指にまかれていた髪の毛が指輪に変わっていた。どういうことだろうと思いながら、それに触れれば、指から抜けるどころか動きもしない。
「これなら大丈夫だろう。あぁ、心配するな。大きくなったら、その分、ちゃんとそれも大きくなる」
これならば、なくさないだろう? と彼女は胸を張る。
「時が来れば、それがちゃんと教えてくれる」
その時まで生き抜くことがスザクのやるべきことだ、と彼女は続けた。
「……心配しなくていい。スザクも神楽耶様も、君が戻ってくるまで私が守る」
本当は付いていきたいのだが、とライが口を挟んでくる。
「わかっている。ライがいてくれるから、僕も安心していけるんだ」
だから、待っていて欲しい。
そう言うと、ルルーシュは体の向きを変える。
「行ってくる」
この言葉とともに、彼は歩き出した。
その背中を、スザクは黙って見送るしかできない。その事実が悔しい。
だからといって、何も声をかけないというのはもっといやだ。
「待っているからな!」
だから、怒鳴るようにこういう。それに、ルルーシュは足を止める。そして、肩越しに振り向いた。
「わかっている。かならず帰るから」
だから、元気でいろ……と彼は笑う。そして、今度こそ振り返らずに奥へと消えていった。
彼のその笑顔だけが、スザクの心の中にしっかりと焼き付いていた。
「これから、どうされるのですか?」
不意にライがビスマルクにこう問いかける。
「申し訳ないが、こうなってしまった以上、日本という国には一度消えてもらわなければいけないだろうな」
代わりに、ブリタニアの新しいエリアが出来ることになるだろう。
それは自分の父のせいだ。それはわかっている。しかし、他の人間にしてみれば飛んだとばっちりだろう。スザクは心の中でそう付け加えた。
「ただ、ここには誰も触れさせるつもりはない。それだけは安心してくれていい」
そして、スザクと神楽耶の身柄にも、と彼は続ける。
「ルルーシュ様が戻ってこられたときには、衛星エリアへと格上げになるだろう。その後のことは、その後のことだ」
自分には何とも言いようがない。そう言う彼の言葉はもっともなものだろう。
誰だって、これから先どうなるかわからないのだ。
「民が苦しむことがなければよいのですが……」
悪いのは彼等ではないのだから、と神楽耶は呟くように口にする。
「わかっております。極力、一般人には被害を与えないよう、配慮しましょう」
自分が前線で指揮を執る。その言葉に、スザク達は頷くことしかできない。
「とりあえず、ここにいる日本軍人達を排除させて頂きましょう。ライ殿?」
「わかった。任せておけ」
スザクも神楽耶も、ルルーシュと違って最低限自分のみを守れるだろう。だから、多少無理をしても構わないはずだ。そう言って彼は笑う。
「それに、この場合、彼等を排除することが最優先になったからな」
今まではルルーシュを守ることが最優先だった。だから、無理は出来なかったのだ……と彼は言外に告げる。
「その後は、ここにもグラスゴーを一機置いていきますから……おまかせしても?」
「もちろんだ」
ルルーシュが帰ってくる場所だ。何があっても守り通して見せよう……と彼は頷いて見せた。
その言葉に、スザクはまた、彼が消えた方向を振り向く。しかし、今は何もすることが出来ない。
だから、今はライの言うようにルルーシュが帰ってこられる場所を確保することを優先しよう。そう考えて、スザクは視線を戻すと歩き出した。
しかし、外では予想もしていなかった現実が彼を待ち受けていた。
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10.09.03 up
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