日本とブリタニアの戦争は、一週間と続かずに終結を見た。それも、ブリタニアの勝利という形で、だ。
 そして、本来であれば罪を償うべきだったゲンブは、それより先に自分で自分の命を絶っていた。そして、その腰巾着の中の一人は国外に亡命したらしい。
 だが、ブリタニア側はそれに関して何も言わない。ただ、淡々と戦後処理を進めただけだった。
 その中には、もちろん、神楽耶やスザクを含めた六家の処遇も含まれていた。
 もっとも、六家はブリタニアへの恭順を即座に表明したことと、過去にブリタニア皇族が降嫁したこともあると言う理由で、厳しい処分は行われなかった。ただ、その身柄は《嚮団》預かりになった、と言うところが処罰らしい処罰だろうか。
 神楽耶とスザクは未成年だと言うことでおとがめはなし。そして、ルルーシュが二人を大切にしていたという理由で、矯正施設ではなく皇邸で教育を受けるように、と手配された。
 前者はともかく、後者は別の理由からだろう……と言うことはスザクにもわかっている。
「お前は、出来るだけここからはなれない方がいいのさ」
 最近、よく姿を見せるようになったC.C.がこう言ったのだ。
「まぁ、どこにいてもお前とルルーシュはつながっている。しかし、あいつが戻ってこられるとすれば、ここの門からだろう」
 それはシャルル達もわかっている。だから、二人を含めた六家は嚮団預かりになっているのだ。そうも彼女は教えてくれる。 「……そうなのか?」
「そうだ。こちらで言う六家に当たるのが嚮団だからな」
 スザクの問いかけに、彼女はこう言葉を返してきた。
「V.V.はシャルルの兄だし、ルルーシュのワイヤードであるお前を気に入っている。ついでに、友人としても、な」
 神楽耶に関しては、皇の姫として――そして次代の《ギアス能力者》の母となり得るものとして――特別に思っているようだが、と彼女は続けた。
「もうじき、ラインハルトも帰ってくるはずだ」
 そうすれば、もっと色々なことがわかるはずだ。彼女はそう言って笑う。
「いいよ」
 別に、とスザクは言い返す。
「何で、だ?」
 不審そうに彼女が問いかけてくる。
「あいつがここに帰ってくるのは、神楽耶がいるから、じゃん」
 自分だけならば、政庁に詰めっきりだろう……と言い返す。
「神楽耶も神楽耶だよ。ブリタニアの皇族なら誰でもいいのかよ」
 ルルーシュのことが好きなのではなかったのか。スザクはそう思う。
「……だが、何年かかるかわからないのだぞ?」
 それに、ライは家族を欲しがっているからな……とC.C.は口にする。
「恋心だけは、誰もコントロールできまい」
 ライが好ましい人間だと言うことは知っているだろう? とさらに問いかけられた。
「わかっているよ! でも、もしそんなことになったら、ルルーシュが悲しむかもしれないじゃん」
 わかっていても納得できない。スザクはそう言い返す。
「……あの子は納得すると思うぞ」
 神楽耶の義務もライの寂しさも知っているから、と口にしながら、C.C.はスザクの頭にそっと手を置く。
「それに、お前はあいつのことを待っていてやれるのだろう?」
 あの二人も、どのような形でも待っていてくれるのではないか。こう言いながら、彼女はスザクの頭を撫でる。
「それに、女というものはな。理屈だけでは動けない生き物なのさ」
 いずれわかる。そう言われても納得できない。
「……神楽耶は俺たちより三つも年下なんだぞ。ルルーシュの時がどうなっているのかわからないけど、せめて同じ年になるまで待ってやればいいのに」
 まだ、一年経ってないんだぞ……と続ける。
「……本当にいい子だな、お前は」
 それに対するC.C.の言葉がこれだった。
「だから、お前は変わるな」
 そのままの心根でルルーシュを待っていろ。こう言い残すと、今度こそスザクの前から立ち去った。

 目の前に広がる光景に、ライは小さなため息を吐く。
「どうかされましたか? ランペルージ卿」
 そんな彼の背中に向かってバトレーが声をかけてくる。
「バトレー将軍」
 彼に言葉を返しながら振り向いた。
「この惨状をごらんになったら、ルルーシュ様が悲しまれるだろうな……と思っただけです」
 彼にしても、仕方のないことだとはわかっているだろう。しかし、自分がこの国にいたにもかかわらずあのようなことを許してしまった。その事実を気に病んでいたことも事実だ。
「そうですか……あの方は弱いものにはお優しいから……」
 確かに、そうかもしれない。そう言って彼は頷いてみせる。
「えぇ。せめて、自分と同じ年代の子供達が困っていなければいいがと、そうおっしゃっておられました」
 今、ルルーシュは皇邸で寝込んでいることになっている。それもあって、あそこは嚮団の管轄に置かれているのだ、と彼は信じているはずだ。
 だが、実際には違う。
 彼は今、一人きりで世界を救おうとしている。それでも、スザクがこちらで待っているから自分の時よりは条件が良いのだ、とC.C.とV.V.が言ってくれた。だからといって、安心できるはずがない。
 何よりも、今ならば、まだルルーシュの時間が止まってしまったこともごまかせる程度の時間だ。だが、これ以上長くなってしまえばどうしてもごまかせなくなってしまう。
 その時、いったい彼はどうなるのか。
「安心してくれていい。それに関しては、私の方からクロヴィス殿下に申し上げておこう」
 そんなことを考えていたせいか、表情が暗くなってしまった。それをどう受け止めたのか。バトレーはこう言ってきた。
「お願いします」
 これに関して計れに任せるのが一番確実だろう。そう判断をしてライはこういった。
「それよりもルルーシュ殿下のお加減はいかがなのだ?」
 声を潜めつつ、彼はこう問いかけてくる。
「とりあえず、今はお好きなものだけでも構わないので口にして頂けるよう、努力しているところです」
 それでもスザクと神楽耶が一緒にいてくれれば、一口二口とはいえ食べてくれるのだ。そう付け加える。
「……それほどまでに……」
「本当に、何故、日本の首脳陣はあのような選択をしたのか」
 背後でたきつけていた者がいたことは否定できないだろう。そう言ってライはまた、ため息を吐く。
「あの方はこの国が気に入っておられたのに」
 そして、少なくともそんな彼を受け入れてくれようとしていた者達もいたのに、と付け加える。
「……かの国だろうな……」
 本当に、とバトレーは忌々しそうに吐き捨てた。
「それに関しても、十分警戒しよう。コーネリア殿下もそうしてくださる、とおっしゃっておられる」
 何かあれば、直ぐに駆けつけてくれるそうだ……と付け加える言葉にライは頷いて見せる。
「そう言えば、クロヴィス殿下は? 戻る前にご挨拶をしたいのですが」
 話題を変えようかとこう問いかけた。その瞬間、バトレーが複雑な表情を作る。
「また、脱走されたのですね」
 ため息とともにライはこういった。
「まぁ、そう言うことですな……」
 あの方は政治には向いていない。だからこそ、自分が補佐としてこの場にいるのだが……と彼は続ける。
「ルルーシュ殿下に叱っていただけば、真面目に仕事をされるか、と思うのですが」
「とりあえず、医師に聞いてみます」
 答えは決まっているが。そう思いながらもライは彼が望んでいそうな言葉を口にした。

 黄昏の間の入り口に近いところにオデュッセウスとギネヴィアの姿があった。
「……なせ、わたくしにあの子の存在を感じ取る力がないのかしら」
 せめて、ルルーシュが無事かどうかだけでもわかればいいのに……と彼女は呟く。
「そうだね。私も同じ気持ちだよ」
 オデュッセウスもそう言って頷いた。
「陛下が今、あの子に接触できないか。試みておいでだ。よい結果が出ることを待つしかないだろうね」
 ただ、と彼は続ける。
「エリア11にいる彼は、ルルーシュが生きていると確信しているそうだよ」
 小指につけられたC.C.の髪の毛が、どこかで引っ張られるような感覚があるそうだ。ただ、それ以上のことはわからないらしいが……と残念そうに告げた。
「うらやましいですわね」
 それは、とギネヴィアは呟く。
「仕方があるまい。あの子が選んだのが彼だっただけだ」
 そう言う存在に出逢えたことをよろこぶことが先決だろう、と続ければギネヴィアも頷き返す。
「後は、すこしでも早く戻ってきてくれることを祈るしかあるまい」
 せめて、あの子がこの世界で暮らしていくのにごまかしがきく年齢のうちに……と続ける。
「……いざとなれば、似た子供を養子にした、と言うことにしますわ」
 適当に年が離れたら、とギネヴィアは笑う。
「そうだね。後見人、と言うのでもいいかな?」
 ごまかしがきかないような状況になれば、そうするしかないだろう。
「その時はあの子にも《ランペルージ》を名乗らせるしかないのだろうが……」
 もっとも、とオデュッセウスは苦笑を浮かべる。
「それよりも、あの子が少しでも早く戻ってくることを願った方がいいね」
 だが、それが難しいのだ、と言うことはわかっていた。そうでなければ、あのV.V.があれほどまでに辛そうな表情を自分たちに見せるはずがない。
 破壊されたのがどちらか片方であればよかったのだろう、と言うこともわかっている。しかし、今更それを言っても仕方がないことだ。あの馬鹿な異母弟を制止できなかったのは間違いなく自分たちなのだ。
「そうですわね。ナナリーも待っているでしょうし」
 あの子も迷子になったまま帰ってきてくれないが。そう言って彼女はため息を吐く。
「……とりあえず、近いうちにシュナイゼルとコーネリア、そしてクロヴィスには真実を告げなければならないだろうね」
 何故、ルルーシュが姿を見せないのかを……と彼は呟くように告げた。
「そうですわね」
 彼等も、ブリタニアを背負っていく存在なのだから。あるいは、彼等の血族の中にルルーシュと同じような存在が生まれるかもしれない。
「ユフィには私たちよりも弱いが、ギアスがあるようだしね」
 そうなれば、コーネリアは納得してくれるはずだ。だから、と告げたときだ。二人の耳に重々しい足音が届く。反射的に彼等は膝を着いた。
「陛下……」
 期待をこめて彼に呼びかける。
 しかし、シャルルから言葉は返ってこない。それが彼の答えだった。








10.09.17 up