声が聞こえる。
「これは……スザクか?」
そう言いながら、ルルーシュは小さなため息を吐く。
「心配しなくても、僕は『ちゃんと帰る』と言ったのに」
もっとも、それがいつになるかと言われても、彼本人もわからない。
「そのためには、これを何とかしなければいけないのだろうが……」
こう言いながら、改めて視線を戻す。そこには、巨大なジグソーパズルのピースが積み上がっている。
「人によって見え方が違うとは聞いていたが、僕はこれなのか?」
少なく見積もっても数万ピースはあるのではないか。しかも、自分はこれの全体図が何なのかを知らない。
それでも、何とかしなければいけないのだろう。
「とりあえず、セオリー道理に分類をするか」
端とそれ以外を、とルルーシュは呟く。
「……V.V.様の時はどんなだったのかな?」
それにライもきっと、こんな状況ではなかったのだろう。
「戻ったら聞いてみるか」
そう言いながら、一つ一つ、ピースを確認していく。
「しかし、ジグソーでよかったかもしれない」
体力を使うような内容だったら、絶対に自分では解決できなかっただろう。これならば時間はかかっても確実に完成させる自信がある。
あるいは、それも加味しているのだろうか。
「……時間はあるからな」
これにあきたときにはそれを考えればいいだろう。
ルルーシュはそう結論づけると作業を続けた。
最近、ナナリーの様子が微妙に変わってきたような気がする。
もちろん、彼女の意識が戻っているわけではない。今も変わらずに眠ったままだ。
それでもきちんと梳られた髪の毛は、ふわふわとしているし、体も清潔さを保っている。
「成長しているから、でしょうか」
ユーフェミアは小さな声でそう呟いた。
毎日顔を見ているから自分は気付かないのかもしれない。だが、他のものが見れば、きっと答えがわかるのだろう。
「本当はルルーシュに確かめて貰えばいいのでしょうけど……」
彼は今、エリア11で寝込んでいるらしい。総督となったクロヴィスすら彼の顔を見ることが出来ないのだとか。
ならば、本国に連れ戻せばいいのではないか。ユーフェミアはそう思うのだが、そうできない理由があるようなのだ。
「オデュッセウスお兄さまも、ギネヴィアお姉様も、何も教えてくださいませんのよ?」
ルルーシュのことなのに。そう言いながら、ユーフェミアは鞄の中からリボンを取り出す。それは、ルルーシュの瞳の色によく似た濃い色をしていた。
「ようやく見つけましたわ、ナナリー。あなたが欲しいと言っていたリボンを」
これでいいですわよね、と言いながら、そっとナナリーの髪を撫でる。
「後で結んで貰ってくださいね」
自分がやれればいいのだろう。しかし、自分の髪でもうまく結べないのに、ナナリーのそれをするのは難しいのではないか。
だから、綺麗に結んでくれる誰かに頼んだ方がいいだろう。
「あなたが目覚めるまでには練習しておきますから」
ですから、必ず目を覚ましてください。
「もっとも、わたくしが結ばなくてもルルーシュが結んでくれますわ」
そう囁いたときだ。ナナリーの唇が確かに震えた。
「ナナリー!」
ひょっとして意識が戻っているのか。そう考えて、とっさに彼女の名を呼ぶ。しかし、それに反応を返してはくれない。
「ナナリー、何を言いたいのですか?」
ひょっとしたら、何の意味もない動きなのかもしれない。だが、ユーフェミアにはそう思えなかった。だから、必死に彼女の口元を見つめる。
どうやら、彼女は同じ言葉を繰り返しているらしい。
しかし、何と言っているのか、聞き取ることは出来なかった。だから、ユーフェミアはその唇の動きをまねてみる。
「お兄さま?」
おそらく、一番近い言葉はこれだろう。そして、彼女にはそう呼んでいた人物がいる。
「ルルーシュを呼んでいるのですか?」
会いたいのだろうか。いや、きっと会いたいに決まっている。
しかし、今は彼はこちらに戻ってこられる状況ではない。
「お姉様にお願いをすれば、何とかなるでしょうか」
彼女であればルルーシュを連れ帰ってくれるのではないか。そうも考える。
「大丈夫ですわ、ナナリー。必ず、ルルーシュには会えましてよ」
だからは役目をさまして欲しい、と囁いた。
「きっと、マリアンヌ様が守ってくださいますわ」
ルルーシュのことも、ナナリーのことも……と微笑もうとする。しかし、何故か代わりに涙がこぼれ落ちた。
とりあえず、四隅になりそうなピースを見つけ出した。後は四辺を決めてしまおう。
「どこで作業をするのがいいだろう」
問題はそれだ。
どれだけの大きさになるのかわからない。かといって、遠すぎても無駄な時間が出てしまう。
「とりあえず、ここに基準の一辺を置いて……それから広げていけばいいか」
そうすれば、それほど移動しなくてすむのではないか。
「もっとも、この中では疲労はもちろん、空腹も眠気も感じていないが」
そう言う空間なのだろう。
だが、逆にそれだからこそ、どれだけの時間が過ぎているのかがわからない。
「……ともかく、スザクが子供のうちに帰らないと」
そうでないと、何を言われるかわからない。そう呟きながら手を動かす。
「年齢が離れたら、きっと、あいつも困るよな」
それ以上に、カグヤが困るのではないか。だが、と直ぐに思い直す。その時には婚約を解消して貰えばいい。そうすれば、彼女にふさわしい相手が見つかるはずだ。
「僕がここにいれば、次に資格を持つものが生まれるまで、何とかなるだろうし……」
オデュッセウスかギネヴィアの子供に生まれる可能性だってある。だから、何も心配はいらない。
あと、心配があるとすれば、ナナリーのことだけか。
「それも、これを終わらせれば何とかなるのかな?」
何の確証もない。だが、そうではないかと思えるのはどうしてだろう。
ひょっとしたら、マリアンヌから受け継いだ血がそう教えてくれているのか。
それとも、と思ったときだ。ルルーシュは自分以外の気配を感じたような気がして手を止める。
「……ここには、僕しかいないはずなのに」
そう呟きながら周囲を見回す。
案の定と言うべきか。どこにも人影など見つけられない。
それは当然だろう、とルルーシュは思う。
「スザクの声が聞こえるから、錯覚しただけだな」
側に誰かがいると、とルルーシュは呟く。
「やはり、さっさと終わらせないと」
小さなため息とともに再び作業へと戻る。
だから、ルルーシュは気付かなかった。ピースの山の反対側でふわりと誰かの髪の毛が揺れたことに。
もうじき、冬になる。
そうしたら、ルルーシュの誕生日が来るのに……とスザクは小さくため息を吐く。
「まだ、帰ってこないんだ」
誕生日なのに、と呟く。
「今年の誕生日は、一緒に雪を見に行くって言っただろう?」
スキーをしたことがないと言っていたから、教えてやると言ったのに……と付け加える。
他にも、色々と約束をしていたことがあるだろう。そう呟きながら、いつものように石の上に腰を下ろす。
「お前がいないから、ブリタニア語の授業はさっぱりだし」
いや、これはルルーシュのせいではないだろう。だが、彼がいれば、きっと丁寧に教えてくれるはずだ。そうすれば、もう少しましな成績が取れたのではないか。そんなことも考えてしまう。
「……日本がなくなって、ここがエリアになっても……俺は代わらないのに、な」
なのに、世界だけが変わっていく。
「お前がいないのにな」
小さな声でそう付け加える。
「すごく、寂しい……」
口の中だけで呟かれた言葉は、誰の耳にも届かないだろう。それで構わない。
「そういや、知っているか? お前の妹も、こっちに来るってさ」
お前の傍の方がいいと言うことになったらしい。
「だから、さっさと帰って来いよ」
そう言いながら、視線を移動させる。その先に、うっすらと門のようなものが見えるような気がするのは錯覚だろうか。
その答えをスザクは知らない。
ただ、ここで彼が早く帰ってくるように祈るだけだ。そう心の中で呟いた。
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10.09.24 up
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