だが、冬が来て、春になってもルルーシュは戻ってこない。
その次の冬が来ても、だ。
そうしている間に、神楽耶はあの日のルルーシュと同じ年になってしまった。
「……ルルーシュを?」
その年のルルーシュの誕生日の前日だ。信じられない言葉をライの口から聞かされたのは。
「不本意だが、仕方がないだろう……と言うのが陛下のご判断だ」
もっとも、《ランペルージ》の姓を与えられても、彼自身は何も変わらないだろう。もちろん、周囲の者達もだ。
「流石に、三年は長かった……と言うことだよ」
スザクの姿を見ていれば、いやでもそれがわかる。そう彼は続ける。
「俺?」
「この三年で既に二十センチ近く伸びただろう?」
身長が、と彼は言う。
「……確かに、そうだけど……」
「他にも色々と成長している。そんな君とルルーシュが一緒にいたら、おかしく思うものは一人や二人ではない」
そうでなくても、だ。
「……ギアスのことも含めて、出来るだけ広めたくない。下手に知られれば、それを悪用しようとするものが出てくるからね」
そのせいで、ルルーシュがつけねらわれることになったら大変だ。彼はそうも続けた。
「……皇族でなければ、自由になれるって?」
「完全に、と言うわけではないがな。それでも、命を狙われる可能性は減る」
学校に行こうが何をしようが、たいていのことは許されるはずだ。ライはそう言った。
「もちろん、私は今まで通り、彼の傍にいるつもりだし……親しかったきょうだいたちは顔を見に来ると言っていたよ」
スザクもそうだろう? と言われて首を縦に振る。
「なら、別に構わないだろう?」
少しでも重荷を下ろせるなら、その方がいいに決まっているし……と彼は続けた。あるいは、それは彼自身の経験から来る言葉なのか。
「……でも、ルルーシュはどう思うかな」
皇族でなくなる、と言うことを……とスザクは呟く。
「あの子もわかっていると思うよ」
全て、とライは言う。
「大丈夫。私たちが変わらなければ、それで十分だと言うだろうね」
それとも、と彼は続ける。
「君はもう、あの子を待つのはいやなのかな?」
「そんなこと、あるはずがないだろう!」
どんな状況でも、ルルーシュはルルーシュだ。第一、待っていると約束したのだから、とスザクは言い返す。
「なら、ルルーシュは満足すると思うよ」
だから、待っているだけだ。そう言うライに、スザクは渋々ながら頷いてみせる。
でも、本当にそれだけでいいのか。スザクには判断が出来なかった。
その年の暮れ……ブリタニア第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死去が公表された。
ブリタニアと日本の間で起きた戦争。それを止められなかったことを気に病んで寝込んでいた。そう伝えられていたからか。人々はまだ年若い皇子の死を悼んだ。
「……だからといって、あいつがよろこぶとは思えないけど……」
そう言いながら、スザクは足元にあった石を蹴飛ばす。それは真っ直ぐに門の所まで転がっていった。
まるでそれが合図だったかのように門が開く。
「ライが帰って来るには、まだ早いよな」
だが、それ以外にあの門が外から開くことはない。しかし、と思っていれば、見たことがないブリタニア軍人がそこから姿を現した。
「……そこで何をしている!」
そいつはスザクの姿を見た瞬間、こう叫ぶ。
「……ここは俺の家だけど?」
そこで何をしていると言われても困る。スザクはそう呟く。第一、自分は誰なのか、と思わず付け加えてしまった。
「このイレヴンが!」
そんなスザクの態度が気に入らなかったのか。そのブリタニア兵は彼に向かって銃口を向けてくる。その仕草にためらいはない。おそらく、あいつにとって日本人は虫けら以下の存在なのではないか。
だからといって、ここで自分は死ぬわけにはいかない。
自分がいなくなれば、ルルーシュが帰ってこられなくなる。
だから、とスザクが心の中で呟いたときだ。
「やめないか、キューエル!」
だが、それを別の声が止める。
「それが枢木スザクだ。陛下や殿下方が気に入っている存在だぞ」
傷つけるな、と厳命されているだろう。そう言いながら姿を見せた相手にスザクは見覚えがあった。
「……ジェレミア卿?」
確か、ブリタニア大使館の武官で、ルルーシュの護衛だった人だったはずだ。それ以前から、彼等の護衛をしてくれていたと聞いている。
「ナナリー殿下に?」
彼がわざわざここに来る理由は、それしか考えられない。そう思いながら問いかけた。
「そうだ。本当ならばランペルージ卿にご同行いただけばよかったのだろうが、彼は今、オデュッセウス殿下とお話中だったのでな」
ここにはスザク達がいると知っている。だから、一足先に彼女を案内してきたのだ。そう彼は続ける。
「彼にもそう言っていたのだが……忘れていたようだな」
ため息とともに彼は口にした。
「だが、それはイレヴンだ!」
「違う。彼等は嚮団によって保護されている。嚮団ではブリタニア人も日本人も関係ない、と教わらなかったのか?」
何よりも、とジェレミアは続ける。
「彼はルルーシュ殿下の親友だった少年だ。だからこそ、ランペルージ卿がその身柄を預かっている」
シャルルですら、彼と神楽耶には決して危害を加えるなと命じているではないか……と続けられて、スザクの方が驚いた。まさかそう言うことになっているとは予想もしていなかったのだ。
「では、その方がルルーシュが手紙で教えてくれた方なのですね?」
言葉とともに一人の少女が姿を見せた。それにキューエルが焦ったような表情を作っている。
「殿下!」
その後に彼が何と続けようとしたのか、スザクにはわかったような気がした。同時に、少女の正体もだ。
「……ユーフェミア殿下」
スザクは思わず彼女の名を口にしてしまう。
「あら。わたくしを知っていらっしゃいますの?」
それに、彼女は少しだけ驚いたような表情を作る。
「前に、ルルーシュが写真を見せてくれたから」
だから、覚えていただけで……と言い返す。同時に、自分は何か失敗したのかと焦る。
「本当に仲がよろしかったのですね」
しかし、ユーフェミアはこう言って微笑みを深めた。
「そう言うことですから、キューエル卿はここにお残りください。付き添いはジェレミア卿にお願いしますわ」
日本家屋になれているだろう、と彼女は続ける。
「ここにあるものはとても重要なものなのだ、とクロヴィスお兄さまがおっしゃっておられましたもの。壊してはいけませんわ」
にこやかに告げられた言葉に、キューエルは悔しそうな表情を作った。しかし、相手が皇族で文句を言えないのだろう。
「Yes.Your Highness」
渋々と言った様子でこう言ってくる。
「では、スザクさん。ナナリーの所に案内して頂けますか?」
その途中で、ルルーシュがどのような暮らしをしていたのか。それを教えてくれると嬉しい。彼女はそうも付け加える。
「わかりました。でも、俺が知っていることはライさんも知っていますよ?」
「もちろん、それはわかっています。でも、友人としてのルルーシュをご存じなのはあなただけですもの」
自分はそれが知りたいのだ。彼女はそう付け加える。
「……なら、わかりました。でも、敬語とか適当になりますよ?」
自分はブリタニア語が今ひとつ得意ではないから、と断りを入れておく。
「もちろんですわ」
自分もその方が嬉しい。そう彼女は続ける。
「それと……」
さらに彼女は声を潜めると続けた。
「ランペルージ卿が戻られてからでいいです。ルルーシュが旅立った場所へご案内くださいませ」
そこがどのような場所なのか。自分の目で確認したい。彼女の言葉にスザクは首をひねる。
「あそこは、別の方が管理しているから……許可がもらえたらでいいですか?」
C.C.ならば許可を出すのだろうか。それとも……と思いつつ付け加える。
「枢木スザク?」
それにジェレミアが咎めるように呼びかけてきた。
「あそこは嚮団の管理下にあるんです。俺は許可を得ているので自由に入れますが……神楽耶は入れません」
それだけ厳しいのだ、と言い返す。
「……嚮団か……」
それでは仕方がない、と直ぐに言い返せる彼は、やはり柔軟な考え方が出来る人物なのだろう。
「はい。すみません」
「あら、あなたが謝ることではありませんわ」
それ以上にユーフェミアは柔らかい思考の持ち主らしい。そう言うところはルルーシュに似ているのだろうか、とスザクは心の中で呟いた。
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10.10.01 up
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