あちらにいた頃、彼女がナナリーの傍にいることが多かったのだという。
それでも、それに負けないくらい神楽耶達が彼女の世話をしていることに安心したのだろう。柔らかな笑みを浮かべている。
「よかったですわね、ナナリー」
そう声をかけた瞬間だ。ユーフェミアは驚いたような表情を作る。
「どうかなさいましたか?」
神楽耶がそんな彼女に問いかけた。
「ナナリーが言葉を口にしているようですから」
唇が動いている、と彼女は言い返している。
「よく、そうやって言葉を口にしているけど?」
驚くことなのか。そう思いながらスザクは口を挟む。
「特に、ルルーシュの名前が多いような気がするけど……でも、時々ライさんの名前も言っているかな?」
なぁ、と神楽耶に同意を求めた。
「そうですわね。よく、お二人の名前を呼んでおいでです。他には、母君のこともお呼びのようですが……」
そう言って神楽耶は頷く。
「まぁ、そうなのですか?」
それにユーフェミアは複雑な表情を見せる。
「やはり、ルルーシュが傍にいなければダメだったのでしょうか……」
そのまま彼女はこう呟く。
彼女のこの言葉がおかしいと感じる人間は、きっと自分たちだけだろう。スザクはそう思う。
「……ユーフェミア殿下……その……」
知っているのか、と思わず問いかける。
「えぇ……わたくしは、ルルーシュが何をしているのか、聞いております」
それに彼女は小さく頷いて見せた。
「何故、ナナリーをこの国に行かせなければいけないのか。それと一緒に教えて頂きました」
だから、ここに来たかったのだ……と彼女は続ける。
「本当はお姉様達もそうおっしゃっておられたのですが……今の状況では余計な憶測を生みかねませんから」
自分一人であれば、ナナリーの顔を見に来るという口実も使えるが。彼女は言葉とともに微笑む。
「ですが、ナナリーがここまでよくして頂いているとは、思ってもおりませんでした」
それはどういう意味なのだろうか。
「だって、ナナリー様は、ルルーシュの大事な妹じゃん」
どこにいても、彼は忘れることがなかった。そんな彼女を大切に思わないはずがない、とスザクは言い返す。
「ナナリー様に何かあれば、ルルーシュが帰ってきたときに悲しむだろう?」
それはいやだから。そう付け加えれば、ユーフェミアは嬉しそうに微笑む。
「だから、ルルーシュがあなたのことを特別に思っているのですね」
確かに、クロヴィス達の言うとおりだった……と彼女は続ける。
「本音を言えば、どうしてわたくしではなかったのか。そう思っておりました。でも、わたくしはきっと《妹》の立場を盾に甘えてしまいますもの」
それではルルーシュを守れない。
だから、ルルーシュを同じように大切に思っていても、自分が選ばれなかったのだ。そう彼女は続ける。
「でも、わたくしももう一度ルルーシュに帰ってきて欲しい、と思います」
自分の存在がその役に立たないか。それを確認したいのだ。彼女はそう言った。
「ですから」
彼女は真っ直ぐにスザクを見つめる。
「わたくしを、ルルーシュが出かけた、あの場所へ案内してくださいませ」
お願いします、とブリタニアの高貴な姫が頭を下げた。
「……お従兄さま」
それをどう受け止めたのか。神楽耶も何かを期待するように彼が呼びかけてくる。
「さっきも言ったとおり、C.C.さんの許可がなければ俺には返事のしようがない」
そもそも、案内をしても目的地まで行けるかどうか、わからないから……とスザクは言い返した。
「そうなのですか?」
まさか、自分の言葉が受け入れられない状況があるとは思っていなかったのだろう。ユーフェミアは驚いたように問いかけてくる。
「……ヴァルトシュタイン卿、だっけ? あの人は、途中までしかいけなかった」
ライはぎりぎり行き着けたが、長時間いるのは難しいと言っていたし……と言う。
「だから、殿下がご希望になっても、目的地に行けるとは限らない」
それでもいいのか。スザクは言外に問いかけた。
「……なら、お従兄さまは、何故……」
自由に行けるのか。神楽耶はそう問いかけてくる。
「決まっておろう。これがルルーシュのワイヤードだからだ」
だから、いきなり姿を見せるのはやめて欲しい。そう思わずにはいられない登場方法をしてくれたのは、もちろんC.C.だ。
「C.C.様?」
いったいいつの間に、と神楽耶が慌てる。ユーフェミアはユーフェミアで、初めて見る相手にどのような反応をすればいいのか、わからないようだ。
「たった今だ。V.V.から話を聞いたからな」
とりあえず、シャルルの娘の顔を見てやろう。そう思ってきたのだ。そう言って彼女はいつものように猫のように目を細める。
「なるほど……ギネヴィアほどではないが、他のものよりはましか」
もっとも、自分たちが必要とするほどの力は持っていない。それでも、ほぼそれを失われているこちらよりはましか……と彼女は付け加える。
「ワイヤードですか?」
それは何か、とユーフェミアは問いかけた。
「そうだな……ワイヤードとは達成者になりうるものだけが持つ剣であり盾であり鎖だ。その絆があるからこそ、どこにいようと戻ってこられる……と言うことから考えれば、灯台とも言っていいかもしれぬな」
しかも、ルルーシュとスザクの絆は、C.C.によって強められている。今回ばかりはそうしなければ危険だ、と思ったのだ。
そして、あの場所はルルーシュに呼びかけるのに一番適している。だから、スザクだけは無条件であの場に行けるのだ。そう彼女は続けた。
「ナナリーであれば、同じようにあの場までは行けたかもしれないが……その子は動けまい」
だが、ここにいるだけでいい。
それだけで、ルルーシュには彼女の存在が伝わるはずだ。
「だが、お前はどうだろうな」
「C.C.さん?」
いったい、彼女は何を言おうとしているのか。
「お前が二人の絆を壊そうとしない。そう言いきれるのか?」
今はともかく、これからは……と彼女は続けた。
「わたくしは、ルルーシュに帰ってきて頂きたいだけです」
きっぱりとユーフェミアは言い返す。
「……そう言うことにしておいてやろう」
根負けをしたのか。C.C.はため息とともに言葉を告げた。
「ただし、どこまで行けるかは責任もたないぞ」
あの場は特別だ。力のないものは目的地まで行き着けない。そして、ルルーシュによからぬ思いを抱いているものもだ。彼女はそう付け加えた。
「わたくしは……」
ユーフェミアは反論をしようと口にする。
「来るなら急げ。私は子供のワガママに付き合っていられるほど暇ではない」
いったい、彼女は何を怒っているのだろうか。確かに、C.C.の口調は普段から素っ気ない。それでも、自分たちに対する気遣いのようなものは感じられた。
しかし、ユーフェミアに対するそれからはまったくそれが感じられない。
逆に苛立ちのようなものすら感じられる。
それには、何か理由があるのだろうか。
「……俺も行っていいか?」
気にかかるから、とスザクは問いかける。
「お前はいつでも自由に入っていいと言っているだろう。きっと、あれも待っているだろうしな」
少しだけ表情を和らげると、彼女は頷いて見せた。と言うことは、間違いなく警戒されているのはユーフェミアだと言うことになる。
「ライが戻ってきたら、来るように行っておけ」
神楽耶にそう言うと彼女はそのまま歩き出した。
「私も……」
慌てたように神楽耶が腰を浮かせる。
「いい。お前はナナリーの側にいろ」
だが、それをC.C.はこう言って制止した。
「C.C.様?」
やはり、今日の彼女はおかしい。だが、問いかけてもここでは教えてくれないだろう。
後で、二人だけになったところで聞いてみようか。
スザクはそう考えながら、二人の後を付いていった。
おそらく、C.C.はこれを予想していたのか。
きっと、そうだろう。
「……何故?」
ただ、ユーフェミアはそうではなかったのか。信じられないというように目を丸くしている。
「お前が進めるのはそこまで、と言うことだ。ここはブリタニアの黄昏の間と違って扉がないからな」
進めるかどうかは、その人間が持つ資質次第だ、とC.C.は笑う。
「もっとも、V.V.の加護があれば話は別だったが」
ビスマルクが奥まで進めるのは、彼が力を貸しているからだ。そう続ける。と言うことは、神楽耶が行けるのは彼女がそうしているからなのか、とスザクは思う。
「……C.C.さん?」
「スザク。私はこいつと話がある。ここなら他のものの耳に入らないからな」
だから、お前も聞かないように奥へ行っていろ。その言葉の裏に反論は聞かないと告げてられているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「わかった」
スザクはそう言うと、小さなため息とともに奥へとかけていった。
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10.10.08 up
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