屋敷に戻れば、どうやら先に帰っていたらしいユーフェミアとライの姿があった。
「あなたが悪いわけではないのですけどね」
小さなため息とともにライが彼女に言葉をかけている。
「ただ、あなた方の母君。その後実家は、かつて、マリアンヌ后妃を暗殺しようとしていましたからね」
彼女がまだ后妃になる前の話だと聞いている。ライはそう付け加えた。
「あの方は、己の子孫には優しい。血が濃ければ濃いほど、大切にされる。そして、この血を守る役目を負った方もです」
だから、一度でもその血縁に牙を剥いた人間とそれに近しい者には厳しいのだ。そう彼は言った。
「それに、あなたは女性ですからね」
そして、スザクは男の子だ。苦笑と共にライが続ける。
「あなたがどれだけ魅力的な女性に成長するか、コーネリア殿下を見ていればわかります」
それを懸念しているのだろう、と言う彼にユーフェミアは小さく頷いて見せた。
「……わかっております。ただ、ショックだっただけです」
自分ではそこにたどり着くことが出来なかったという事実が、と彼女は口にする。
「ルルーシュに、わたくしの声を届けたかったの」
たとえ、それが自己満足に過ぎなくても、と言う彼女の気持ちは、スザクにも理解できた。と言うよりも、自分も同じ事を考えていると言っていいのかもしれない。
ただ、スザクとユーフェミアが違うとすれば、自分の言葉はルルーシュに届いているらしい、と言うことか。
そして、自分が彼の存在を感じ取れると言うことかもしれない。
だからといって、優越感を持ってはいけないのだろう。そして、彼女に同情することもだ。
「だから、さっさと帰ってこいって言っているのに……」
本当に、どこで迷子になっているんだろうな、あいつ……とスザクは呟いた。
「お従兄さま」
それが聞こえたのだろう。神楽耶があきれたようにそう言ってくる。
「だってさ。さっさと帰ってくるって言ったのに、もう三年だぞ」
いや、もうすぐ四年だろうか。
それとも、まだまだ時間がかかるのかもしれない。
「……テロとか、収まらないからかな?」
小さな声でそう付け加える。
「だから、時間がかかっているのかもしれないな」
そうだとするならば、いったいどうすればそれが収まるのか。それを考えないといつまで経っても彼は帰ってこないのではないか。ふっとそんなことも考えてしまう。
「……それも無理はありませんわ……」
小さなため息とともに神楽耶が呟く。
「最近、ゲットーのライフラインが切られたりしているそうですもの」
それも、租界に近い場所で……と彼女は続けた。
「ライ様にはそれについて確認をお願いしているのですが」
「残念ながら、誰の命令かはまだわからないのですよ。報告があり次第、つなげ直しているのですが……結局はいたちごっこにしかなりません」
クロヴィスの周囲の者達にも協力して貰っているが、と彼はため息を吐いた。
「わかりました」
不意にユーフェミアが口を開く。
「わたくしにどこまで出来るかわかりません。でも、調べてみますわ」
自分一人で無理ならば、親しい人たちに手助けをしてもらう。そう彼女は告げる。
「ルルーシュのためならば、何でもします」
まして、それは弱い者達を守ることにもつながる……と彼女は言い切った。
「お願いします」
ライがそう言って頭を下げる。
「だって、ルルーシュならそうしましたでしょ?」
だから、当然のことだ。そう言って微笑む彼女は、間違いなくルルーシュの妹だと思えた。
「……おかしいな……」
ルルーシュは小さな声でそう呟く。
「何故、ピースが足りないんだろう」
後一つ、ピースがあれば完成するのに……と付け加える。しかし、自分の手にはそれがない。
では、他のどこかにあるのだろうか。
「探してみるか」
ここでぼぅっとしていても見つからない。だから、と思いながら立ち上がる。そして、慎重に移動していく。そうしなければ、足の動きで、せっかく組み立てたピースがバラバラになってしまいかねないのだ。
もう一度やれ、と言われてもやりたくない。
出来ないわけではないが、こんなもの、二度三度とやりたいものではないのだ。
第一、そんなことをしていればいつ帰れるかわからないではないか。
「今だって、スザクがうるさいほど呼んでいるのに」
だから、早く帰らないといけないのだ。
それなのに、どうして最後のピースが見つからないのだろうか。
「最初からなかった、のか?」
まさか、と思いつつそう呟く。それとも、どこかにまぎれてしまったのか。きっと後者ではないか、と思う。仕分けの最中に知らず知らずにどこかにとばしてしまったのだろう。
「……ともかく、早く見つけないと……」
いつまでもここにいるわけにはいかないから。
しかし、と呟く声もある。
外では、もうどれだけの時間が経っているのだろうか。そんなところに戻っても、自分の居場所があるのかどうかがわからない。
でも、と直ぐにその考えを否定する。
きっと、スザクは待っていてくれるはずだ。そして、父やライも。他のきょうだいたちもそうかもしれない。
それだけで十分だろう。
一人でも待っていてくれる人がいればいい。
「大丈夫。僕は帰るから」
必ず、と続ける。
「だから、少し黙れ」
うるさくて、集中していられない。そう言いながら、ルルーシュは最後のピースを探そうと周囲を見回す。
何もないはずのこの部屋なのに、何故それが見つからないのだろうか。
「隅の方か?」
言葉とともに歩き出す。
そんな彼を心配するようにふわりと人影が揺らめく。柔らかなウェーブがふわりと揺れる。
しかし、ルルーシュはその事実に気付いていなかった。
いったい、自分にどうしろと言うのだろうか。
「……僕はここを離れられませんが?」
いや、離れる気はない……と言うべきか。
自分がここを離れたら、ルルーシュが戻ってこられなくなるかもしれない。だから、とスザクは相手を見つめる。
「わかっているのだが……」
そう言ってため息を吐いたのは、ライではない。ビスマルクだ。
「どうも、馬鹿なことを言っている方々がいるようでね。その方々が暴走してくれているのだよ」
その暴走の中に、枢木ゲンブの息子であるスザクへの監視を強めろと言うものがある。もちろん、それをシャルルは却下していた。
しかし、彼もそれだけに関わっているわけにはいかない。
その隙を狙われたのだ、とビスマルクはため息を吐いた。
「……つまり、僕はブリタニア軍に入って、ここを離れなければいけないと言うことですか?」
そうなったら、ルルーシュはどうなるのだろうか。
彼は帰ってこられなくなる可能性だってあるだろう、とスザクは唇を噛む。
「……とりあえず、ゴットバルト辺境伯をナナリー殿下の護衛としてこの地に寄越す。貴殿はその部下、と言うことにしてごまかしておこう……と言うことになった」
それであれば、ここから離れずにすむだろう。そして、ジェレミアであれば話をしても大丈夫だ、と判断されたのだ。そう彼は続ける。
「だと、いいけど……」
自分たちの存在を気に入らないと思っている人間は多いはずだ。そんな自分を何とかしたいからこそ、軍に入れようとしたのではないか。
「心配はいらない。今回のことでゴットバルト辺境伯はシュナイゼル殿下直属と言うことになる。それは貴殿も同じだ」
ライは既に自分の直属ということになっている。
つまり、二人を動かしたければシュナイゼルとビスマルク双方の許可がいると言うことだ。
「……ただ……」
不意にビスマルクが小さなため息を吐く。
「シュナイゼル殿下の元には、優秀だがくせのある人材が揃っている。その中の一人が貴殿の身体能力に興味を示している」
もし、その人物の申し出がいやなときには、直ぐに連絡を寄越すように。そういうと言うことは、かなり厄介な人物なのだろう。
「わかりました」
とりあえず、ルルーシュの傍にいられればいい。自分の望みはそれだけだから。スザクはそう心の中で呟いていた。
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10.10.15 up
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