しかし、ここまで厄介な人間だとは思わなかった。
「……もう、あがっていい時間ですよね?」
スザクは通信機に向かってそう言う。
『ダメだよぉ! まだ、もう少し付き合ってくれないと、確認したい点はたくさんあるんだからなぁ』
今日、何度目のセリフだろうか。
「ダメでも何でも構いません。僕はあがらせて貰います!」
その言葉に付き合ったせいで、昨日もルルーシュの所に行けなかったのだ。だから、今日は何が何でもあそこに行かなければいけない。
「いやなら、さっさと首にしてください」
そうなったなら、一日中、ルルーシュのことを待っていられるのに。そう思う。
『それこそ、ダメだよぉ!』
ようやく見つかった大事なパーツなのに、と彼は通信機の向こうで叫んでいる。そんな彼の言葉が不意に途切れた。
何かあったのだろうか。
そう思ったときだ。
『スザク君。あがってくれていいわよ』
ご苦労様、とセシルの声がロイドのそれに変わって届いてきた。
『セシル君!』
わかりました、とスザクが言い返す前にロイドが彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
『いいんですか? これがシュナイゼル殿下にばれると、無条件で研究費カットですよ?』
スザクを毎日定時に帰す。それが数少ない条件の一つではないか。そう彼女は言い返している。
『黙っていればわからない……』
『無理ですね。スザク君はランペルージ卿と同居していますし、第一、ジェレミア卿が気にかけていらっしゃいましたから』
二人の家どちらか経由で本国に連絡が行くのではないか。そのセシルの意見は正しい。実際、既にジェレミアからそんなことを言われている。後数回同じ状況になれば、無条件でビスマルクへ連絡が行くはずだ。
それを教えるべきかどうか。スザクは悩む。
『まったく……昔から杓子定規で面白味がないんだからぁ』
おかげで僕のランスロットがぁ、と騒ぐ彼の声に、教えるのはやめることにする。本気で一度懲らしめられればいいのだ、とそんなことまで考えてしまった。
『ともかく、今日はもう終わりにしていいわよ、スザク君。ロイドさんとじっくりお話をしないといけないようだから』
まぁ、彼女がしっかりと見張っていてくれれば大丈夫だろう。
そう考えれば、もう悩むことはない。さっさとハッチを開けてコクピットから降りる。
「だから、ダメだってぇ!」
その瞬間、ロイドの声が飛んでくる。
「いい加減にしてください! スザク君にはもう一つ重要な任務があるんです。ロイドさんの道楽だけに付き合っているわけにはいかないんですよ!」
わかっているんですか? といいながらセシルが彼の頭をファイルの角で殴りつけた。
「……痛そう……」
あの音だけでも、とスザクは呟いてしまう。だからといって、同情してはいけない。
「お先に失礼します」
この言葉を残すと、スザクはさっさとその場を後にした。
これだけ探しても、最後の一ピースがまだ見つからない。
と言うことは、最初からないのだろうか。それとも、見つからないように隠されているのか。どちらが正しいのだろう。
きっと、後者ではないか。ルルーシュはそう考える。
「つまり、世界が落ち着くのを拒んでいる、と言う人間がいるんだろうな」
それが誰かはわからない。
しかし、自分の異母兄達の誰かが含まれていてもおかしくはないだろう、と考えていた。その他にも大勢いるような気がする。
「世界が安定していなければ、困るのは平民だろうが」
彼等が安心して暮らしていけるようにするのが上に立つ者の義務ではないか。ルルーシュはそう思う。
しかし、そう考えていない者達がいるから、いつまで経っても最後のピースが見つからないのではないか。
「……僕は、帰らなければいけないのに」
小さな声でそう呟く。
「でも……待っていてくれるのかな」
最近、スザクの声が聞こえないときが多い。
ひょっとして、自分のことを忘れたのだろうか。それとも、と呟きかけてやめる。
「あいつに限って、そんなことはないな」
代わりにこう言ったのは、スザクの声が聞こえてきたからだ。
「元気そうだ」
その事実に、自然と笑みが浮かぶ。
「考えてみれば、あいつはもう、大人になっている可能性もあるのだな」
ならば、頻繁に自分に呼びかけられなくてもおかしくはない。それでも、こうして忘れないで呼びかけてくれる。それだけで十分だろう。ルルーシュは自分にそう言い聞かせる。
「あいつは、一度約束したことは、絶対に破らない」
それもよく知っているだろう、とルルーシュは呟く。
「第一、信じることが一番大切なんだ」
マリアンヌがそう教えてくれただろう、とさらに言葉を重ねる。
「だから、僕はスザクを信じる」
そして、他のみんなも……とさらに付け加えた。
「えっ?」
あれは錯覚なのか。ルルーシュは目を丸くしながらそう言う。
ここに、自分以外の誰かがいるはずはない。それなのに、何故、自分を手招く手があるのだろうか。
しかも、だ。
何故かはわからない。だが、自分はその手の主を知っているような気がしてならないのだ。
「まさか、母さん?」
心配して様子を見に来てくれたのか。そして、自分のあまりの不甲斐なさにあきれて姿を見せたのかもしれない。
ルルーシュはそう考えて、直ぐに思い直す。
あの手は、もっと幼い人間のそれだ。だから、母のものではない。
そして、あの指の細さから考えて、少女のものではないか。
「……ナナリー?」
まさか、と思いつつ呼びかける。その瞬間、手の動きが止まった。
それがどのような意味を持っているのか。ルルーシュにはわかってしまう。
「お前なのか、ナナリー」
呼びかけながらルルーシュはその手へと歩み寄って行く。そして、近くまでたどり着くと、手を伸ばしてそっとそれに触れた。
「まったく……どうしてこんな所で迷子になっているんだ?」
みんなが待っているだろう? と口にしながら、そっと握りしめる。そうすれば、彼女もまた握りかえしてくれた。
「僕は大丈夫だ。一人で帰れる」
すぐに帰るよ……とそう囁く。
それに言葉を返すように、彼女の指に力がこもる。そのまま、ゆっくりと薄れていく。
きっと、彼女自身の体に帰るのだろう。
これで、あの子は目を覚ましてくれる。そして、シャルルや兄姉たちと共に自分を待っていてくれるはずだ。
そう考えてほっと安堵のため息を吐いたときだ。
「ナナリー?」
彼女の細い指がある方向を指さしていることに気付く。
いったい何を伝えようとしているのか。
それを問いかける前に、彼女の手は消えてしまった。
「確か、あちらの方だったな」
何かを伝えたいと思っていたことは間違いない。だから、それを確認しないといけないだろう。そう考えて、ルルーシュは彼女の指が指していた方向へと歩き出した。
白い指がそっと目尻にたまった涙をぬぐう。
「大丈夫だよ、ナナリー」
優しい声でV.V.はそう囁く。
「ルルーシュはかならず帰ってくる。だから、先に君が帰っておいで」
そして、ルルーシュを出迎えてあげないと……と続ける。
「シャルルも君達のことを待っているしね」
何よりも、早く目を開けてくれないと、ナナリーの瞳の色が何色だったかを忘れてしまうではないか。口の中だけでそう付け加えた。
「ルルーシュだって、君の目の色を見たいと思うよ」
だから、早く戻っておいで……と口にする。
「あの子は強いから……きっと、ヒントさえあげれば自分で解決できるよ」
そして、ヒントはあげたんだろう? といいながらそっと髪の毛を撫でた。
その言葉に応えるかのように彼女の指が動く。
「ナナリー?」
ひょっとして意識が戻ったのか、と慌てて彼女の顔をのぞき込む。しかし、彼女の瞳は、まだきつく閉じられたままだった。
・
10.10.22 up
|