後少しで届きそうなのに届かない。
「……まるで、誰かが邪魔をしているようだな」
気に入らないと言外に付け加えながらルルーシュはそう言う。
それとも、これは何かの象徴なのだろうか。
「あちらとこちらは、呼応している」
だから、こちらで邪魔をされていると言うことは向こうで何かが起きていると言うことだ。それも、かなり厄介な状況なのだろう。
「だから、何があってもあれを完成させないと」
それも、すこしでも早く……と呟くと、ルルーシュは手を伸ばす。
だが、そうしても髪の毛ほどの距離で最後のピースに届かない。そこにあると言うことがわかるのに触れられない、と言うことがこれほどまでに気に障るものだとは思わなかった。
考えてみれば、今までは傍にライがいてくれた。自分が出来ないことは彼が手助けをしてくれていたからこんな気持ちにならなかったのかもしれない。
「……やはり、何か道具を探すべきだろうな」
届かないのはいやと言うほど認識できた。だから、これ以上、無駄な努力をしても意味がない。それよりも、早々に何か道具になりそうなものを探し出して来た方がいいはずだ。
しかし、何があるだろう。
とりあえず、体勢を整えながらルルーシュはそう考える。
「ここにあるものでなければいけないか」
そう呟きながら、今までここで見つけたものを脳裏に思い描いていく。
一つ一つでは目的を達することが出来ない。だが、組み合わせれば何とかなりそうな気がする。
そう言えば、まだこちらに来る前に何度かそんなことをしたな……と心の中で呟く。スザクと一緒に、目的のためにあれこれ工夫したのは楽しかった。
「会いたいな」
唇から、ぽろりと言葉がこぼれ落ちる。
「僕は、お前に会いたい」
父やきょうだいたちではなく、彼に会いたいと思うのはどうしてなのだろう。
ブリタニアではなく日本にいるというなら、ライだって同じはずだ。
C.C.やV.V.なら気配を感じて顔を見せるに決まっている。
しかし、真っ先に会いたい人間として思い浮かぶのは何故か彼の顔なのだ。
「きっと、あいつの声が聞こえているからだ」
だから、こんなにも気になるのではないか。
「……絶対、帰ると約束しただろう……」
そう呟くと、ルルーシュは立ち上がる。そして、歩き出す。
「ともかく、あのピースを取る方法を考えないと」
こうなったら、実際に組み合わせて考えた方がいいかもしれない。自分にそう言い聞かせるようにそう呟いていた。
いったい、何故、ここが狙われるのか。
ナナリーはまだ意識を取り戻していない。うわごとを口にしていることも知っている人間は少ないはずだ。だから、彼女が狙われているはずがない。
「……僕や神楽耶を狙っても、意味はないだろう?」
自分たちは嚮団の好意があって、今この立場にいる。皇邸だって、ナナリーとライが一緒に暮らしているから、これだけの規模を維持できているのだ。
桐原達がそのことをきちんと説明してあるはず。
だから、自分たちは今まで何をしようと日本人に無視されていたのだと考えていた。
それに、目の前にあるのはブリタニア製でも日本製でもないナイトメアフレームだ。
自分たちにはそんな連中に襲われる理由がない。
「それとも、別の何か、なのか?」
連中の目的は、とスザクは呟く。
可能性があるとすれば、あそこだろうか。ルルーシュがあちら側に行ってしまったあの洞窟だ。しかし、自分たちにとって見ればともかく、他の人間には別に意味のない場所のような気がする。
「と言っても、あそこには資格を持っている人間でないと入れないんだよな」
だから、連中があそこをどうこうしようとしても意味がないはずなのに、と呟く。
「それとも……あそこから出てくるルルーシュが欲しいのか?」
可能性は否定できないな、思う。世界を安定させられるなら、逆に不安定な状況にすることも出来るはずだ。
それでなくても、ブリタニア皇帝や何かから大切にされているのだ。彼の存在と引き替えにブリタニアを脅迫できるかもしれない。そう考えたものがいるのだろうか。
「でも、それにはあいつのことを知らないといけないよな」
だが、公的にはルルーシュは死んだことになっている。
そもそも、あちら側に行ったことすら限られた人間しか知らないはずだ。
と言うことは、情報が漏れているのだろうか。
「……とりあえず、考えるのは連中を片づけてからにしよう……」
余計なことを考えてとっさの対処が出来なければ意味がない。それに、考えるのは自分よりもライの方が得意なのだ。
『スザク君、右側の二機を頼んで構わないか?』
そんなことを考えていれば、ライの落ち着いた声が耳に届く。
「了解です」
一人なら無理なことでも、誰かが手伝ってくれるなら出来るはずだ。
「だから……大丈夫だ」
ルルーシュ、とスザクは呟く。
彼が帰ってくるまでに、こいつらを蹴散らす。そして、とりあえずとはいえ平穏な世界を見せてやるんだ。
そう心の中で呟くと、ランスロットのバーニアをふかす。
そのまま、彼は敵の中心へと機体ごと飛び込んだ。
手の中にあるそれは自分の掌の大きさと比べても小さい。それにもかかわらず重く感じられるのは、手に入れるまでの努力が関係しているはずだ。
「これがあそこにはまるなら、僕の義務が終わると言うことだよな」
少なくとも、今回は……だろうが。しかし、あの父や兄たちがまた同じような事態が起こるのを見過ごすわけがない。だから、自分が普通にしている間はないと思いたい。
「そうしたら、スザクに日本を案内して貰うんだ」
きっと、自分よりも年上になってしまった彼ならば、その程度のワガママは聞いてくれるだろう。
「……でも、出歩けないかな?」
自分の存在がどうなっているのかわからない。だから、幽霊扱いになっていたとしてもおかしくはないだろう、と思うのだ。
だが、そのあたりのこともきっと父やきょうだいたちが何とかしてくれているはず。
彼等が自分に抱いている感情は自分が覚えているものと変わってしまったかもしれない。それでも、自分が彼等を好きでいるように彼等も自分を好きでいてくれるに決まっている。
「だから、大丈夫だ」
それよりも、早くみんなの所に戻らなければいけない。
いや、これが完成していないことで生じているであろう歪みを正さなければ民衆が困る。それは皇族として許されることではない。
何よりも、自分がここに来たのはそのためだ。
「自分のことよりも、彼等のことを優先することが母さんの望みだろうし」
きっと、彼女ならほめてくれるだろう。
もっとも、その声を耳にすることは二度とないことはわかっている。それでも、どこかで彼女が見ていてくれるような気がしているのは、この場所だから、だろうか。
「……C.C.様かV.V.様に聞けばわかるかな?」
何でそんなことを考えたのか。こう呟きながらゆっくりと目的地へと歩み寄っていく。その足取りが慎重になっているのは、間違いなくここで転んでしまえば最初からやり直しだ、とわかっているからだ。ついでに、自分の運動神経がどれだけお粗末かも、だ。
「大丈夫。絶対に失敗しない」
自分を安心させるようにルルーシュはこう呟く。その口元には気が付けば淡い笑みが浮かんでいた。
視界の中で動いているのは、味方のナイトメアフレームだけだ。その事実にスザクはほっと安堵のため息を吐く。
同時に、気がゆるんでいると言われてもかまわないとばかりにパイロットスーツの襟元をくつろげる。
その瞬間だ。
「……えっ?」
今、声が聞こえた。
「まさか……」
その声を自分が間違えるはずがない。記憶の中にあるそれを、何度、思い浮かべていたことか。
しかし、同時にそれは今、ここで聞くはずがないと思っていたものでもある。
「終わった、のか?」
彼の役目が。そう考えれば嬉しい。だが、タイミングが悪いような気もする。
「まだ、どこに敵がいるかわからないのに」
万が一、そんな連中とルルーシュが接触したらどうなるか。
そう考えた瞬間、スザクは走り出していた。
「クルルギ?」
どうした、とジェレミアが問いかけてくる。
「戻ってきたかもしれないから、確認に!」
そんな彼に、スザクはこう言い返す。それでわからないなら、放っておくしかない。説明している暇なんてないのだ。
第一、それでどうこう言われるはずがない。そう感じたときには自由にしていい、とビスマルクから言われているのだ。
「あの方が、か!」
どうやら、ジェレミアもそれに関してはしっかりと言い含められていたらしい。即座にこう聞き返してくる。その声音に喜色が含まれていたのは錯覚ではないはずだ。
「わからない! ただ、声が聞こえたから!」
確認しに行ってくる。そう叫ぶとさらに足を速めた。
日本がエリア11と呼ばれるようになってからも綺麗に整えられていた敷地内にも戦闘の爪痕が刻まれている。この光景を見たら、間違いなくルルーシュは悲しむだろう。
でも、そんなもの直ぐに元通りに出来るはずだ。
「ルルーシュ」
お前さえいれば、と思いながらスザクは目の前の塀を飛び越える。そうすれば、直ぐに洞窟の入り口が見えた。その事実に一瞬、周囲への警戒が弱まる。
そこに小さな人影が確認できた。
「スザク!」
彼の名を呼ぶ声が耳に届く
次の瞬間、銃声が鳴り響いた。
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10.11.08 up
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