銃声に振り向けば、ゆっくりと崩れ落ちていく体が見える。
 ふわりと広がった髪の毛が柔らかな弧を描いていた。しかし、それに覆われた額には銃で撃たれた痕がしっかりと刻まれている。
「C.C.様?」
 何故、とスザクは呟く。しかし、呆けている暇はない。
「ルルーシュに触るな!」
 言葉とともに彼の方へ向かおうとしていた人間を蹴飛ばす。
「ルルーシュ! 奥に行って!!」
 あそこであれば、入れるものは少ない。そして、こいつらは入れないに決まっている。何よりも、自分が彼を守りやすい。
「わかった」
 言葉とともにルルーシュはきびすを返す。そのまま奥へとかけだしていく。
 もちろん、スザクもその後を追った。途中で、何人かをたたきのめしたのは言うまでもないことだ。
「ジェレミア卿」
 それだけでは不十分だろう。そう思って、端末で彼を呼び出す。
『どうした?』
 返された声が期待に弾んでいる。その気持ちは理解できるが、今はそれをよろこんでいる場合ではない。
「戻ってきましたが、そのせいで変な連中に狙われています。一応、連中が来られない場所に避難しますが……」
 ここにいるバカとナナリー達の保護を頼む。スザクはそう告げた。
『わかった』
 直ぐに手配をする、と彼は言い返してくれる。
 これで、ナナリーと神楽耶のことは心配はいらないはずだ。自分たちも奥へ逃げれば何とでもなる。
「でも、C.C.様が……」
 きっと、自分をかばってくれたのではないか。それなのに、と呟いたところでスザクはルルーシュに追いついた。
「ルルーシュ!」
 どうやら、既に体力が切れかかっているらしい。岩に手をついて呼吸を整えている彼の体を、スザクはすくうように抱き上げた。
「……スザク?」
「いいから、口を閉じていて。舌を噛むよ」
 落ち着ける場所に行ってからゆっくりと話をしよう、と続ける。
「でも!」
「わかっているよ。でも、君を連中に渡すわけにはいかないんだ」
 自分もルルーシュを守って無事に逃げ切れるかどうか。少し自信がない。だから、話をする余裕がないのだ。言外にそう告げる。
 それをしっかりと理解してくれたのだろう。
 ルルーシュは言葉を返す代わりに、しっかりと首に腕をからめてくれる。そのおかげで、スザクは彼の背中から手を放しても大丈夫になった。
 これで、少しは反撃が出来る。
 もっとも、追いかけてこられる人間がどれだけいるのかはわからない。それに、ジェレミアが直ぐに動いてくれているはずだ。きっと、外の連中はそれなりの対処がされているに決まっている。
 問題はルルーシュの方かもしれない。
 戻ってきたばかりなのに、こんな騒動に巻き込まれて、彼の精神状態は大丈夫なのか。
 いや、それ以前に、彼が戻ってきたにもかかわらずこの状況は何故引き起こされたのだろうか、と不思議に思う。
 だが、確かめようにもC.C.は……と心の中で呟いたときだ。
「ルルーシュ。それにスザクも」
 こちらに、と二人を呼ぶ声が耳に届く。
「V.V.様?」
 それが誰のものか気が付いたのだろう。ルルーシュがどこか安心したような声音で彼の名を呼ぶ。もちろん、それはスザクも同じだ。だから、ためらうことなくそちらへと向かう。
「こっちだよ。この奥なら、大丈夫だから」
 そう言いながら彼が案内してくれたのは、自分も気付かなかった場所だった。
「……ここは?」
「とりあえず、連中には見つけられない場所だよ」
 詳しいことは、多分説明しても理解できないと思う。苦笑と共にV.V.はそう言った。
「そうですか……なら、ルルーシュを休ませられますね」
 言葉を返しながら、腕の中の体をそっと地面に下ろす。
「大丈夫?」
 そのまま目線を会わせるとこう問いかけた。
「あぁ……」
 それに彼は小さく頷いてみせる。
「でも、C.C.様が……」
 やはり、あの光景を彼は見ていたのか。それを止められなかった自分の迂闊さにスザクは腹立たしさすら感じてしまう。
「大丈夫だよ」
 そんな二人の耳に、V.V.のこんな言葉が届く。
「V.V.様?」
 自分たちを慰めようとしての言葉なのか。しかし、眉間を撃たれて生きていられる人間なんていないはずだ。
 それとも、と心の中で呟く。彼等は違うのだろうか。
 心の中の声が聞こえたかのようにV.V.が口を開く。
「僕たちはね。普通の人間じゃないから、あの程度じゃ死なないよ」
 だから、C.C.も直ぐに追いかけてくると思う。そう言って彼はルルーシュの頭に小さな手を置く。
「だからね。何も心配しなくていいよ」
 この状況も、シャルル達が何とかしてくれるはずだ。だから、今しばらく、我慢してくれ。そう言って、彼は微笑んだ。
「はい……」
 そんな彼に、ルルーシュは小さく頷いてみせる。しかし、何か引っかかりを覚えているようだ。
「みんな、君が帰ってきてくれるのを待っていたからね。特にシャルルがどう出るか。それが怖いよ」
 色々な意味で、と彼は明るい声音を作って続けた。
「……父上が?」
「そう。こっそりと君の顔を見に来るぐらい、しそうだよ」
 それとも、スザクごと本国に呼び戻すか、だ。この言葉に、ルルーシュは小首をかしげる。
「その前に、ナナリーにあってあげないと」
 スザクがそっと囁く。
「ナナリー? 本国にいるんじゃ……」
「君の傍がいいだろう、と言うことで、こちらに連れてきたんだよ。あちらよりも安全だろうしね」
 それに、ひょっとしたら彼女の意識が戻るかもしれない。そんな期待を持たれていたのだ。そうも彼は続ける。
「でも、最近は呼びかけにも反応してくれるし、手を握れば握りかえしてくれるようになったよ」
 だから、きっと、ルルーシュが呼びかければ起きてくれるかもしれない。スザクもそう言って微笑んだ。
「……そう言えば……」
 ふっと思い出したように、ルルーシュが口を開く。
「あちらで、ナナリーらしき気配を感じた」
 手首だけだが、それらしい姿も見掛けた、と彼は続ける。
「……やっぱり、血が近いから……かな?」
 それとも、血が濃いからか……とV.V.は頷く。
「僕も、シャルルの気配はずっと感じていたしね……それに、僕の前の監視者だった、大叔父様のものもね」
 だから、あり得ない話ではない……と彼は続けた。
「……ひょっとして、僕の声も聞こえた?」
 スザクは思わずこう問いかけてしまう。
「……うるさかった」
 即座に彼はこう言い返してくる。
「うるさいって……」
 まさかこう言われるとは思わなかった。確かに、頻繁に声をかけていたような気はするが、それも心配していたからではないか。
「でも……お前以外の声が聞こえなかったから、少し嬉しかった、かな?」
 ルルーシュは少しだけ声を低くするとこう続ける。その頬がうっすらと赤くなっているのは、照れているからだろうか。
「……本当に意地っ張りだね、ルルーシュは」
 もう少し素直になればいいのに、とスザクは思わず呟いてしまう。
「無理じゃないかな」
 それに、V.V.が笑いながら口を挟んでくる。
「流石に年を重ねたからましになっているとはいえ、シャルルも結構意地っ張りだからね。外見はマリアンヌに似たけど、中身はシャルルそっくりだし、ルルーシュは」
 そうなんだと同意をするべきか、それとも……スザクは悩んだ。でも、外見までになくてよかったかな、と考えてしまうのは、間違いなく本音だと言っていい。
「……外の様子はどうなっているのだろうか」
 ルルーシュ自身、それを認めたくないのか。わざとらしい話題転感をしてくれる。
「見に行くのはダメだよ」
 即座にV.V.がこういう。
「きっと、もうすぐ彼女が迎えに来ると思うから、我慢して」
 さらに彼は言葉を重ねた。
「ナナリーは無事だし……ライも近くまで来てるかな?」
 この言葉に、ルルーシュは小さく頷いてみせる。
「ルルーシュ。ひざに座る?」
 そして、少しでも意識をそらそうとスザクもこんなセリフを口にした。その瞬間、ルルーシュが少し頬をふくらませる。
「……別れたときは、同じくらいだったのに……」
 なんでこんなに大きくなっているんだよ! と彼は呟く。
「まぁ、仕方がないよ。こちらでは、七年かな? その位時間が過ぎているし……でも、彼の場合、まだ、面影が残っているしね」
 自分たちの時は三十年近く経っていたから、ちょっとショックだった……とV.V.は苦笑と共に付け加える。でも、ルルーシュが気にすることではない。そう付け加える。
 それよりも、シャルルに子供がいたことが嬉しかったのだ。そう言って微笑む。
「オデュッセウスは、確か、もう生まれていたね。ギネヴィアも」
 シュナイゼルはどうだっただろうか、とV.V.は首をかしげた。
「逆に言えば、それだけ早く帰ってこられたのは君が頑張ったからだね」
 だから、思い切りワガママを言ってくれていいよ……と直ぐに彼は柔らかな表情を作ると口にした。
「そうだな。とりあえずは、ナナリーとライ、それに神楽耶に顔を見せてやれ」
 同時に、二度と聞くことはない、と思っていた声が周囲に響く。
「C.C.様?」
「よく戻ってきたな、ルルーシュ」
 彼の呼びかけに、C.C.は柔らかな笑みを浮かべる。
「外は全てが片づいている。だから、皆に顔を見せて安心させてやれ」
 そのまま付け加えられた言葉に、ルルーシュは小さく頷いていた。








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