戻ってきたルルーシュを見た瞬間、神楽耶は泣き出してしまった。そして、ライは、何も言わずに、彼の体を抱きしめている。
「……神楽耶も、大きくなっている」
 そんな彼等の気持ちを和らげようとしたのだろうか。ルルーシュはこういった。
 その判断は間違えていなかったらしい。
「もう、ルルーシュよりも年上だからね」
 この言葉に、ライが苦笑を浮かべる。
「それについては彼で想像がついていたのではないかな?」
 スザクへと視線を向けながら彼は言葉を重ねた。
「スザクは、覚悟していたから……」
 しかし、ライは変わっていなかった。何よりも、女性の変化と男性の変化は違うから……とルルーシュは言い返す。
「あぁ、なるほど。それならば、ユーフェミア殿下はもっと驚くことになるぞ」
 カリーヌも、と彼は付け加えた。
「……ナナリー、は?」
 考えてみれば、彼女と神楽耶は同じ年だ。そう考えれば、彼女も自分よりも大きくなっていると考えて言い。
 しかし、その意識は戻っているのだろうか。
「会ってみる?」
 自分の目で確かめればいいよ、とスザクが口を挟んでくる。
「確かに口で説明をするよりもその方がルルーシュも納得するだろね」
 ライもそれに同意をした。
「神楽耶様?」
 そのまま視線を神楽耶へと移動する。
「大丈夫ですわ。反乱分子も、あそこまではたどり着けませんでしたもの」
 だから、他の場所と違って綺麗なままだ。ルルーシュを案内しても何も心配することはない。そう彼女は続ける。
「なら、決まりだね」
 言葉とともに、スザクがライの腕の中からルルーシュの体を奪った。そのまま彼は小さな体を抱き上げる。
「スザク!」
 何を、とルルーシュは叫ぶ。
「ちゃんと運んであげるから。でも、大人しくしていてくれると嬉しいな」
 それに直接言葉を返す代わりに、彼はこう言って笑った。
「だったら、自分で歩く!」
「いいから、いいから。甘やかされていて」
 そうすれば自分が安心できる、とスザクは付け加える。
「なるほど。これは諦めるしかないね、ルルーシュ」
 苦笑と共にライも頷く。
「私もそうだが、彼にしても、君が戻って来たことを確認していたいのだよ」
 それには抱き抱えているのが一番、と考えたのだろう……彼は続ける。
「それはわかりますが……でも、少しは動かないと……」
 自力で移動できなくなるのではないか。思わずそう言ってしまう。
「まぁ、それについては後で。それに、このくらいならまだ大人しいかもしれないよ」
 この言葉が何を指しているのか。ルルーシュにはわかってしまった。
「そんな暇、ないだろう?」
 いくら何でも、と呟いてしまう。
「甘いね。みんな、君が戻ってくるのを待っていたんだ。何を放り出しても押しかけtけてくるに決まっているだろう」
 本当に、何の前ふりもなく出てくるのはやめて欲しい。それとも、気付いていなかったのは自分だけか。そう思いながら視線を声がした方向へと向ける。予想通り、そこにはV.V.がいた。
「今も、シャルルを止めるのにビスマルクが苦労しているらしいよ」
 苦笑と共に付け加えられた言葉に、どのような表情を作ればいいのか。
「まぁ、そのあたりのことはシュナイゼルが何とかするんじゃないかな?」
 ともかく、ナナリーの所に案内してくれる? と彼は続ける。
「……ひょっとして、V.V.様もナナリーに会いに?」
 でも、彼であればいつでも会いに来られたのではないか。それとも、何かあると考えているのか、とルルーシュは思う。
「ちょっとね」
 だから、案内して。その言葉に、ルルーシュはスザクを見上げる。
「こちらです」
 にっこりと微笑むと、スザクはルルーシュを抱きしめたまま歩き出した。

 もう、礼儀も何も無視して真っ直ぐにオデュッセウスの元へ向かう。
「兄上!」
 返ってくる声を待たずにドアを開けた。
「……ギネヴィア?」
 あきれたような声が返ってくる。しかし、それを気にする余裕は今のギネヴィアにはなかった。
「あの子が戻ってきたというのは、本当でしょうか」
 構わずにこう問いかける。
「本当のことだそうだよ」
 返された言葉に、安堵の色が見え隠れしているのは彼女の錯覚ではないはずだ。
「よかった」
 ギネヴィアも小さな声でそう呟く。
「クロヴィスが早速あの子の顔を見に行くと言っているからね。それに関しては任せていいだろうが……」
 問題は、といいながら彼は視線を彷徨わせる。
「……シュナイゼルが、太陽宮内の警備を強化させましたわ」
 とりあえず、お馬鹿に対する牽制だそうだが……とギネヴィアは続けた。間違いなく、シャルルが逃げ出さないようにと言う意味もあるのだろう。今、彼が国を開けるとどのような支障が出るか。
「無駄だろうけどね」
 オデュッセウスが苦笑を浮かべながらそう言った。
「陛下は人目につかずにあの子の元にいける方法をお持ちだ」
 それに、と彼は続ける。
「ナナリーのこともあるしね」
 だから、近いうちにあちらに足を運ばれるだろう……と彼は口にした。
「そうですわね。わたくしも、直接あの子の顔を見たいと思いますわ」
 そして、マリアンヌの代わりに彼女を抱きしめてやりたい。ギネヴィアはそう言う。
「あの子が落ち着いたらね」
 それまでは、出来るだけ静かな環境に置いてやりたい。そう言うオデュッセウスにギネヴィアは小さく頷いて見せた。

 その部屋はかつて自分たちが暮らしていた離れのようにブリタニア風にしつらえられている。
 その中に医療機器が置かれているのは、この部屋の主がナナリーだから、だろう。それでも、柔らかな色彩で満たされているのは、神楽耶の気遣いだろうか。
「スザク」
 そう考えながら、ルルーシュは自分を抱きしめている彼の名を呼んだ。
 小さく頷くと、彼はそっとルルーシュの体を下ろした。足の裏に床の固さを感じた瞬間、彼は真っ直ぐに彼女の元へと歩み寄る。
 目を閉じたままベッドの上に横たわっている彼女の姿は、自分の記憶の中に刻まれているものと寸分も違わないように思える。
 だが、そんなはずはない。
「……スザク」
「何?」
 直ぐ側まで来ていたのか。彼の声が頭の上から振ってくる。
「あれから何年経っているんだ?」
 今、お前達はいくつなのか……と問いかけた。
「……七年?」
 何故、そこで疑問系なのだろうか。
「そうだね。もう、七年経っている」
 苦笑と共にライが頷いて見せた。
「ただ、ナナリーはずっと眠っていたし……栄養も点滴ぐらいだったからね。そう考えれば、成長が抑えられても仕方がないのかもしれない」
 あるいは、とV.V.が口を挟んでくる。
「ずっと君と一緒にいたからかもしれないね」
 だから、ナナリーもあの時のままなのかもしれない。そう彼は言う。
「……ナナリー……」
 本当にお前は、とルルーシュは呟く。
「だって、僕だって許されるならそうしたかったよ?」
 ルルーシュと一緒にいたかった、とスザクが言いながら彼の体を抱きしめてくる。
「重い!」
 そんなに大きくなったくせに、とルルーシュは言う。
「そうですわよ、お従兄さま。ルルーシュ様の邪魔はなさらないでください」
 みっともない、と神楽耶が付け加えた。
「……自分が出来ないからって人のことを邪魔するなよな」
 ぼそっとスザクが呟く。そう言うところは昔のままだ、と少しだけ安心する。
「でも、まぁ、これからは時間があるからいいか」
 ルルーシュがいなくなることはない。これについてはあとで堪能すればいい……と言う言葉の意味は何なのだろうか。以前は彼の言葉の意味がわからない、と言うことはなかったのに、とルルーシュは首をかしげる。これも七年という年月の差なのだろうか。
 それも、後で考えよう。今は、それよりもナナリーの方が優先だ。
「ナナリー」
 そっと彼女の頬に触れる。
「朝だよ」
 だから、起きなさい。幼い頃にそうしたように声をかけた。
 もちろん、これで彼女が目覚めてくれるとは思っていない。ただ、少しでも反応を見せてくれればいい。そう考えていた。
 しかし、彼女の唇がルルーシュの目の前で震え出す。そして『お兄さま』と形作ったのは錯覚だろうか。  それを確かめる前に、ルルーシュは彼女の体を抱きしめていた。








10.12.10 up