検査の結果、ナナリーの体は長年眠っていたために、筋力が落ちているらしい。しかし、それはリハビリで何とでもなる、と彼女を診察した医師が言ってくれた。
その事実に、ルルーシュはほっとする。
「それで……」
同時に自分のことを考える余裕が出てきた。
ここに自分とライの二人だけだけ、と言うのも無関係ではないのだろう。ふっとある疑問がわき上がってきた。
「僕は、これからどうすれば?」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして人前にでることは出来るはずがない。それはわかっていた。だが、今の自分では自力で生きていくことも難しい。金銭的な面で誰かの手を借りなければ、普通の生活が出来ないことはわかりきっていた。
「どうすれば、と言われても……」
何故、そんなことを聞くのだろうか。そのような表情でライが首をひねる。
「何も変わることはないと思うよ。あぁ。君の家名だけが変わるか」
ブリタニアではなくなる、と彼は続けた。
「そうですか」
とりあえずはほっとする。
「でも、家名が変わるって……誰かの養子になるのですか?」
「養子というか……僕の甥、と言うことになるのかな?」
マリアンヌの甥と言うことになるらしい、とライは笑う。
「ナナリーとはいとこだね」
だから、会いたいときにはいつでも会えるよ……と彼は続けた。
「……ルルーシュ・ランペルージ、ですか?」
と言うことは、とルルーシュは口にする。
「そう言うことになるよ。もっとも、オデュッセウスやギネヴィアが暴走しなければ、らしいけど」
ライがそう言って小さな笑いを漏らす。
「暴走?」
あの二人が何をするのだろうか。そう言えば、彼等に連絡を入れなければいけないような気もする。しかし、今の立場では難しいだろう。それとも、ライか誰かに頼んだ方がいいのだろうか。ついついこんなことも考えてしまう。
「二人とも、君を養子にしたいと言っているらしいよ」
そうなると継承権はないものの皇族扱いになるらしいから、と言われる。
確かに、そのような法律があったと記憶していた。大公家や何かが断絶しそうなときに、親族や親しい皇族から養子を貰って家名をつなげる、と言う手段もあったはずだ。
しかし、何故、あの二人が……とは思う。
「ご自分の実の子供を作られる方が先だろうに」
その前に結婚だろうか。それとも、二人とももう結婚したのだろうか。
「……まぁ、そのあたりはね」
ゆっくりと考えればいい。とりあえず、今は好きなことをしていいのだから、とライが言った。
「とりあえず、近いうちに一度、政庁まで行かないと行けないだろうけど」
さらに彼はこう付け加える。
「政庁、ですか?」
「そう。クロヴィス殿下がおいでだよ」
押しかけてこられると色々とうるさい。それよりはこちらから足を運んだ方がいいだろう。その言葉にルルーシュは頷く。
「確かに。兄さんであれば、大行列で来ますね」
そんなことをすれば、自分の存在がばれてしまうかもしれない。それでは意味がないのではないか。
「だろう? 第一、殿下はよく仕事をさぼって絵を描いておいでだからね」
ため息混じりにライが告げる。
「相変わらずですか」
思わずルルーシュはこう呟いてしまった。
流石に人目につくわけにはいかない。自分の顔を見知っているものがどこにいるかわからないのだ。だから、とルルーシュはライやスザクの陰に隠れるようにして政庁の門をくぐった。
そのまま真っ直ぐにクロヴィスの執務室がある階へと移動していく。
事前に話が通っていたのだろう。誰に止められることもなく三人は目的地へと着いた。
だが、ドアを目にした瞬間、ルルーシュの足が止まってしまう。
「どうしたの?」
スザクが直ぐに問いかけてきた。
「何というか……緊張している、のかな?」
ちょっと怖いような気がする。ルルーシュはそう言い返した。
スザクやライは七年前と変わっていなかった。だが、神楽耶が自分を見る視線は微妙に変化していた。そう考えれば、クロヴィスも変わっていないと言えないのではないか。
そう考えれば、どこか怖い。
ルルーシュは素直にそう告げた。
「大丈夫だよ」
そうすれば、スザクは即座にこう言ってくる。
「スザク?」
何故、彼はこう言えるのだろうか。
「確かに大丈夫だと思うよ」
そして、ライもだ。
二人が揃ってそう言うのであればそうなのだろうか。だが、と首をかしげてしまう。
「会わずにごねられるよりも、会ってすっきりとした方がいいのではないかな?」
さらにこう言われて、とりあえず頷いてみせる。
「何があっても、僕はルルーシュの傍にいるから」
そんな彼の耳口を寄せると、スザクがこう囁いてきた。それにわかっていると頷いてみせる。
「私も、ずっと君と一緒にいるよ。だから、何も心配しなくていい。それに、あのお二人も今までと変わらないだろうね」
そして、シャルルも、とライが言う。
「……そうですね」
確かに、変わらないでいてくれる人たちがいる。だから、自分は大丈夫だ。ルルーシュはそう自分に言い聞かせる。
「では」
会いに行くか、足を踏み出す。
同時に、ドアが開いた。
それについては問題がない。
問題があるとすれば、中から人が出てきたことか。当然のようにルルーシュとぶつかる。
「ルルーシュ、危ない!」
体格の違いで吹き飛ばされた彼を斜め後ろにいたスザクが抱き留めてくれた。
「ルルーシュ!」
いったい何があったのか。それを把握する前に耳に懐かしい声が届く。
「すまない。私が吹き飛ばしてしまったのだね」
そして、直ぐに謝罪の言葉が投げかけられる。
「クロヴィス兄さん」
今でもそう呼びかけていいものか。そう思いながらも、ルルーシュは彼に呼びかける。
「あぁ……間違いなくルルーシュだ」
クロヴィスが声を震わせてこう呟く。そう思った次の瞬間、ルルーシュは彼の腕に抱きしめられていた。
「君が必ず戻ってきてくれる、と兄上も姉上もおっしゃっておられたが……本当に戻ってきてくれて嬉しいよ」
言葉とともに頬ずりをされる。この過激とも言える言動は間違いなくクロヴィスだ。七年も経っているのにまったく変わっていないのか……とルルーシュは思う。
何よりも、と思いながら彼から逃れようとする。
「鬱陶しいです、兄さん!」
それでも放してくれない彼に向かってこういった。
「鬱陶しいって……ルルーシュ! ルルーシュは、私が嫌いなのか?」
その言葉にショックを隠せないという表情でクロヴィスが言い返してくる。
「とりあえず、執務室の中に。ここでは、いつ、誰が通るかわかりませんから」
ライが苦笑と共にこう言ってくれた。
「ルルーシュもそれを心配しているのですよ、殿下」
さらに付け加えられて、彼は納得したのか。
「仕方がないですね」
渋々とクロヴィスは頬ずりをするのはやめてくれる。それでも、ルルーシュの体を解放してはくれない。
「……兄さん」
「いいじゃないか。今の私なら、君を落とすことはないよ。それに、君で練習しておけば、ナナリーをこうして運んで上げられるだろうしね」
だから、大人しく抱きしめられていなさい、と彼は続ける。
「それに、この方が被害が少ないと思うよ?」
さらに彼は小声でこう囁いてきた。
「被害?」
今以上の被害があるのだろうか。ルルーシュはそう考えて首をかしげる。
だが、その答えは直ぐにわかった。
「クロヴィスお兄さま、ずるいです! わたくしもルルーシュを抱きしめたい!」
執務室の中に入った瞬間、こんな叫びが耳に届く。
「ダメだよ。オデュッセウス兄上にも釘を刺されている。本当は君を『同席させるな』と言われていたんだしね」
ルルーシュがショックを受けるだろうから、落ち着いてから……と言われていたのだ。そう彼は付け加える。
「何故ですか!」
「君が本来はルルーシュよりも年下だから、だよ」
スザク達の存在でもショックを受けたのだ。妹であるユーフェミアが自分よりも大きくなっているとわかればそのショックはさらに大きいものになるだろう。
だが、ユーフェミアがルルーシュにあいたがっていることも知っていた。
だから、同席は認めたのだが……とクロヴィスはため息をつく。
「どうやら、君は約束を忘れてしまったようだね」
許可を出すまでさわがないようにね、と言っただろう? と彼は続けた。
「だって、お兄さま。せっかくルルーシュに会えたのに」
そう言いながら近づいてくる少女がユーフェミアなのか。そう思って彼女を見つめれば、確かに昔の面影がある。しかし、ライやクロヴィスの側に立っていても違和感のない容姿を彼女はしていた。
覚悟はしていたが、とルルーシュは呟く。
「僕だけ、世界からおいて行かれたんだな」
クロヴィスは少し年を取ったかな、と言う程度だから気にならなかったが。
「カリーヌも僕より大きいんだ、もう」
嫌いになったわけではない。だが、会わない方がよかったかもしれないな……と付け加える。
「ルルーシュ! 何を言うのですか」
その呟きが聞こえたのだろう。ユーフェミアの矛先が彼へと向かう。
「ユフィ。落ち着きなさい。ルルーシュがそれだけショックを受けていると言うことだろう」
慌ててクロヴィスが口を挟む。だが、それも彼女の耳には届いていないようだった。
さらに彼女の声が高くなる。いったいどうすれば彼女を落ち着かせられるだろうか。思わず救いを求めるようにライへと視線を向けてしまうルルーシュだった。
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10.12.17 up
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