騒ぎ疲れたのか。それとも、ライが呼んできたダールトンのおかげか。ユーフェミアはようやく騒ぐのをやめた。
「どうして、ブリタニア皇族の女性は、無駄に体力があるんだ……」
 その彼女の声を聞いているだけで疲れてしまったルルーシュがぼやいている。
「大丈夫?」
 彼の前に紅茶のカップを差し出しながらスザクは問いかけた。
「……多分」
 小さくルルーシュが頷いてみせる。
「しばらく離れていたし……スザクはともかく、神楽耶はここまで姦しくなかったから、忘れていただけだ」
 今まで、ずっと静かな場所にいたから……と彼は続けた。
「そうだよな」
 ナナリーのこともあるから、皇邸は誰もが静かにしている。もちろん、数名とはいえ軍人がいる以上騒がしくないとは言わない。ただ、ルルーシュとナナリー、それに神楽耶に向かってあんな言動をする者がいないだけだ。
「あちらで聞こえていたのは、スザクの声だけだったしな」
 ユーフェミアの声が甲高いと言うことも忘れていた。ルルーシュはそうも付け加える。
「わたくしが悪いのですか?」  即座にユーフェミアが反論を口にしようとした。
「ユフィ。部屋に戻っているかい?」
 クロヴィスが今度は断固とした口調でそう問いかける。
「何故、兄上や姉上方が君を同席させないように言ったのか、よくわかったよ。君の言動がルルーシュを追いつめかねないからだね」
 自分ではそう考えていないかもしれないが、と彼は続けた。
「ルルーシュは、長い間、精神をすり減らすような作業を一人で続けていた。私も絵を描くからね。それがどれだけ大変なことなのかほんの少しだけわかるよ。そして、そう言う人たちにはどんな些細な刺激も凶器になり得る」
 今のユーフェミアの声のように、と言う彼に、スザクは初めて尊敬の念を抱いたかもしれない。
 はっきり言って、今まではただの昼行灯。ルルーシュのことを大切にしてくれる相手の中で比較的身軽に動ける人間だからこのエリアの総督になったのだと思っていた。彼がこのエリアで行ってきた政策も、周囲の人間が手助けしたからではないかとも考えていたのだ。
 しかし、どうやら本気で彼はルルーシュとナナリーのことを大切に考えているらしい。
 周囲の者達の助言を受け入れていたのも、自分の実力不足を認識してのことだったのだろうか。
「わたくしは……ただ、ルルーシュに……」
「もうこの子の顔を見ただろう? 後、何が必要なのかな?」
 第一、先に約束を破ったのは誰か、と彼は続ける。
「ユーフェミア様、いい加減になさってください。このエリアの総督はクロヴィス殿下であって、ユーフェミア様ではありません」
 さらにダールトンが彼女を諫める言葉を口にした。
「今回、ルルーシュ様がこちらにおいでになられたのはユーフェミア様とお話なさるためではありません。それもわかっておいでですな?」
 さらに付け加えられた言葉に、彼女は不満そうな表情を作る。
「わたくしがルルーシュとの再会を喜んではいけないと?」
「物事には順番がございます。まして、ルルーシュ様の体調をお考えになるべきでしょう」
 違いますか、と言われてユーフェミアはすぐに返す言葉を見つけられないらしい。
「おわかりいただけたようで何よりです。では、この場はクロヴィス殿下におまかせして、ユーフェミア様は姫様にご連絡をお入れください」
 きっと彼女も心配しているはずだ。そう言う彼の言葉には相手が誰であろうと逆らうことを許さないと言う響きが感じられた。
「……ユフィ……そうしてくれると、嬉しい。コゥ姉上に、よろしくと伝えてくれないか?」
 さらにルルーシュが微笑みながらこう言えば彼女は頷かないわけにはいかないらしい。
「……仕方がありません。わたくしのせいでルルーシュが寝込んだなどと言われたくありませんもの」
 不本意だが、と続ける彼女は、ルルーシュに比べるとどこか幼いように思える。今となっては、彼女の方が年齢が上なのに、だ。
 しかし、そんなことを考えても口に出せないよな……と心の中で呟く。
「では、今度はナナリーと一緒に来てくださいね」
 この言葉とともに彼女は立ち上がる。そしてダールトンと共に部屋を出て行った。
「カリーヌもだが……少し甘やかしすぎたかな?」
 ルルーシュ達のことがあったから、どうしても過保護になってしまったような気がする、とクロヴィスはため息をつく。
「まぁ、それに関しては姉上達にお願いしよう。私は君とナナリーのことを優先しなければいけないだろうしね」
 もっと正確に言えば、ライ達が自由に動けるように手を回すことだろうが……と自嘲混じりに彼は付け加える。
「兄さん……」
「気にすることはないよ。絵を描くとよりも君達の方が私にとっては大切だからね」
 この言葉に、ルルーシュは目を丸くした。
「悪いものでも食べましたか?」
 そのままの表情でこう問いかける。
「酷いね、ルルーシュ」
 自分のことをそう思っていたのか、とクロヴィスが呟く。それにルルーシュが小さいものの首を縦に振って見せたから彼はさらにショックを隠せない、と言う表情を作った。
「……確かに、君が覚えている私はそうだったかもしれないけれど……あれから七年経っているんだよ?」
 少しは成長している。そうだろう、と彼はライへと視線を向ける。それにライは苦笑を浮かべながらも頷いて見せた。
「ランペルージ卿……あなたまで」
 クロヴィスは本気で落ちこんでいる。
「時々、アトリエにお逃げにならなければ、いくらでも肯定して差し上げますが……」
 それはフォローになっているのだろうか。スザクにはよくわからない。
「ルルーシュ。お茶のお代わりは?」
 とりあえず、空気を変えようと直ぐ傍にいる彼に問いかけた。
「……日本茶なら飲みたいけど、ここにはないだろう?」
 だから、いい……と彼は言い返してくる。
「緑茶、と言うもののならあるよ。今、持ってこさせよう」
 しっかりと聞いていたのか。クロヴィスが口を挟んできた。
「それならば、スザクが淹れてくれるので、お茶道具と一緒に持ってくるように言ってください」
 出なければ、緑茶に砂糖を入れるぐらいやりそうだ。出なければ、熱湯で淹れるか……とルルーシュは呟く。
「あぁ、あり得るね」
 実際、砂糖入りの緑茶を飲んだことがあるし……とスザクはため息混じりに言い返した。
「……緑茶には砂糖を入れないものなのか?」
 真顔でクロヴィスが問いかけてくる。それには苦笑を浮かべるしかできない。
「入れません。でも、おいしいです」
 平然と言い返せるルルーシュは、ようやく本来の彼に戻ってきたのではないか。それでも、気をつけていないといけないだろう。
「本当は神楽耶の方が得意なんだけどね、そう言うことは」
 自分の専門はそちら方面ではない。まぁ、それでも人が飲んで『まずい』と言われない程度には淹れることが出来るが、とスザクは告げる。
「しかし、緑茶ってどれだろう。煎茶ならいいけど、玉露は結構面倒だし」
 温度管理が、と付け加えればクロヴィスが興味を持ったらしい。
「そうなのかね?」
「はい。でも、自分も詳しいことは知らないので……今度、従姉妹にでも聞いてください」
 とりあえず、先に逃げの一手を打っておく。
「……時間が出来たら、だね」
 残念だが、とクロヴィスはため息をついた。
「すごく興味があるのだが、仕方があるまい。あぁ、ルルーシュが覚えて私のために淹れてくれてもいいな」
 むしろ、その方が嬉しいかもしれない。彼は直ぐに笑みを作るとこういった。
「もっとも、それよりも君の意見の方が優先だけどね」
 だから、と彼は表情を引き締める。
「ルルーシュ。君は何をしたい?」
 その言葉の意味が直ぐには飲み込めないのだろう。ルルーシュは小首をかしげた。
「何を、と言われますと?」
 答えが見つけられなかったのか――ルルーシュに限ってその可能性はないと思う――彼はクロヴィスに聞き返す。
「わからないのかい?」
「言葉の意味はわかります。ですが、その意図がわかりません」
 何故、そんなことを聞くのだろうか。その意図がわからなければ判断できない、と彼は続けた。
「……話は聞いていると思うが、君は既に皇族ではない」
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは七年前に死んでいる。それが公式の記録だ。だからといって、自分たちがきょうだいであることは変わらないが、とクロヴィスは続ける。
「だからね。君がこれからしたいことを自由に選んでいいのだよ。軍人になりたければなってもいいが……個人的に言わせて貰えば、心配だからやめて欲しいかな?」
 ルルーシュがいる部隊を前線になんて行かせられない。そう彼は口にした。
「つまり、成人してから何をやりたいのか。それを考えろとおっしゃりたいのですね?」
 ようやく理解が出来たのか、ルルーシュが確認を求めるように問いかける。
「そう言うことだよ。何をやりたいのかな、ルルーシュは」
 流石に皇帝にはして上げられないが、と彼は苦笑と共に続けた。
「父上の後を継がれるのは、オデュッセウス兄上かシュナイゼル兄上でしょう?」
 だから、最初からそんなことは考えていない。ルルーシュの言葉に誰もが苦笑を浮かべる。
「第一、そんなこと、考えたこともなかったです」
 自分は義務をきちんと果たせるようにすることしか考えていなかったし……とルルーシュは言う。
「今のまま、ライやスザク達と一緒にいられれば、それで十分だと思っていました」
 自分が何をするか。何を出来るかも考えたことがない。
「だから、それはこれから探そうかと思います」
 ダメですか? とルルーシュは首をかしげた。
「もちろん、それで構わないよ」
 即座にクロヴィスが言葉を返す。
「しかし、探すにするにしても……」
 どうすればいいのだろうね、と彼は表情を曇らせる。
「……そう言えば、昔からしてみたいことが一つありました」
 ふっと思い出したようにルルーシュが言う。
「何かな?」
 教えてくれ、と即座にクロヴィスが身を乗り出してきた。どうやら、ルルーシュの希望を叶えたいという気持ちは本当らしい。
「学校に通ってみたいです」
 それがわかったのだろう。ルルーシュはどこかはにかんだような表情でそう言った。








10.12.24 up