その報告を耳にした瞬間、ユーフェミアの表情が強ばる。
「それで、ナナリーの安否は?」
しかし、だからといって何もしないわけにはいかない。ここにコーネリアがいない以上、判断を下すのは自分の役目なのだ。
「あの場にはナナリー様の姿はありませんでした。テロリストどもの動きから判断をして、連中の手に捕らえられていらっしゃらないことは明白だと」
おそらく、誰かが連れて逃げてくれているのではないか。ユーフェミアの側にいた兵士がこう言葉を口にする。
「……そうですわね。ナナリーは、人前に姿を見せたことはありません。おそらく、体の不自由な娘を見捨てられなかった優しい方が保護してくださったのでしょう」
ならば、その人物を早急に見つけ出さなければいけない。
ナナリーだけではなく、その人物にも危険が及ぶかもしれないのだ。
「必要であれば、ナイトメアフレームの出撃も許可します。ただし、民間人には決して被害を出さないように!」
それがナンバーズでもだ、とユーフェミアはきっぱりとした口調で付け加える。
「副総督閣下……」
「ナンバーズであろうとも、既に我が国の国民。ならば、私たちに弓を引かぬものまで傷つけるようなことはできません」
そのようなことをすれば、ますます彼等の心は自分たちから離れてしまうだろう。その気持ちをゼロが掌握したらどうなるか。コーネリアがそれを危惧していたことをユーフェミアは知っていた。
「よいですか? これは私の命令です。気に入らぬというのであれば、総督閣下に申し入れてください」
その結果、彼女が『否』と言うのであれば、自分は引き下がろう。彼女はさらにこう言葉を重ねる。
「いえ。副総督閣下がそのおつもりでいらっしゃるのであれば、我々は従うだけです」
それが自分たちの責務だ、と軍人の一人が言葉を返してきた。
「ならば、ユーフェミア・リ・ブリタニアが命じます。あの騒動を鎮め、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを無事に救出してください」
そのために必要なものは自分の名で使用を許可する、と彼女は言い切る。
「イエス・ユアハイネス!」
それに軍人達は背筋を伸ばし、言葉を返してきた。
さて、どうするか。
ルルーシュは周囲の様子を確認しながら心の中で呟く。どう考えても、この状況ではいずれ見つかってしまうだろう。
「あの……どうかなさいました?」
あまりに長く考え込んでいたせいか。ナナリーがこう問いかけてくる。
「ご心配なく。ただ、行く手に連中の一味としか思えない人間がいたので、周囲の地図を思い出していただけです」
彼女に不安を感じさせたくなくて、ルルーシュは優しい声音を作ってこう告げた。
「そうですの。でしたら、私が御邪魔をしてしまったのですね?」
「それこそお気遣いなく。ただ……どうしてもここからは回れないことが確認できただけです」
だから、一度今来た道を戻る、とルルーシュは付け加える。
「お任せします」
そんな彼に、ナナリーは信頼しきったような表情とともにこう告げた。
「一度信頼したのであれば、最後までそうしなさい……とそう言われています」
それは、自分が彼女に告げた言葉だ。幼い頃、光を失って世界全てに恐怖を感じていた彼女の心を少しでも和らげたくて、そう囁いた。もっとも、それはコーネリアが自分たちを庇護してくれたから言えたセリフだろう。
「それに、貴方は私を本心から気遣ってくれています。ですから、最後まで貴方を信頼すると、私は決めました」
きっぱりと言い切ったナナリーに、ルルーシュは一瞬言葉を失ってしまった。だが、すぐに笑みを口元に刻む。
「そこの言葉、嬉しく受け止めさせていただきますよ」
こう口にすると同時に、即座にルルーシュは行動を開始する。
先ほど歩いてきた道を逆に進む。もっとも、最初の地点まで戻るつもりはない。途中にある小道へとルルーシュは足を進めた。
そこで一度、ナナリーを下ろす。
「どうかなさいましたか?」
ルルーシュの行動の意味がわからないのだろう。彼女はこう問いかけてくる。しかし、その表情に不安はない。きっと、きちんとした理由があるとそう考えているのではないか、と思う。
「少し両手を使わなければいけませんので、背中の方に移動して頂きたいのですが」
よろしいですか? と聞き返す。
「もちろんですわ。でも……」
「そう長い時間ではありませんから。その間だけ頑張って掴まっていてください」
できますよね? と問いかければ、ナナリーはしっかりと頷いて見せた。
「大丈夫です。俺が貴方を必ず安全な場所までお連れします」
今だけは、昔のように自分が彼女を守るのだ。ルルーシュはその思いをこめて言葉を口にした。
「はい」
そうすれば、ナナリーはふわりと微笑んでみせる。
「では、背中に」
言葉とともにルルーシュは彼女の前で腰を落とした。その背中を細い指がたどる。その手が首筋までたどり着いたところで、腕の力を頼りに彼女の重みが背中にかかってきた。
「大丈夫ですね?」
一応、自分の全身でそれは確認してある。だが、彼女の居心地がいいかどうかはわからないのだ。
「はい」
ルルーシュの背中でナナリーが頷いてみせる。その事実に安堵をしながら、ルルーシュは立ち上がった。
「民間人の避難は終了しました!」
元々、連中は民間人を故意に遠ざけていた。それは、ナナリーがどのような状態にあるのか知っているからではないか。足が不自由な娘が一人で遠くに逃げられないとわかっていたからこそ、逆に彼女を拉致するのに邪魔だと思える人間達を排除しようと考えたのかもしれない。
ユーフェミアはそう考える。
「わかりました。では、ナイトメアを」
こう命じながらも、不安は消せない。
はたして、自分の判断は正しいのか。そう思ってしまうのだ。
普段であれば、自分の側には誰よりも尊敬できる姉がいてくれる。しかし、今、彼女は別の場所で同じように人々の命を預かっているのだ。そんな彼女の邪魔をするわけにはいかない。
「ナナリーと……そして、彼女を保護してくれている方を、必ず安全に私の前に連れてきてください!」
ユーフェミアの言葉に、騎士達がナイトメアを起動させていく。
その光景を見つめながら、ユーフェミアは唇をかむ。
コーネリアのようにあれを操縦できていれば、自分自身の手でナナリーを探しに行けるのに、とそう思ったのだ。
「……ナナリーに何かあれば、ルルーシュお姉様に何とお詫びをしていいのかわかりませんもの」
自分たちを信頼して預けていってくれたのに、とそう呟いてしまう。
「今は、彼等を信頼するしかないのですね」
目の前を進んでいくナイトメアフレームに乗り込んでいるのは、ブリタニアに忠誠を誓ってくれた騎士達だ。そんな彼等を信頼するのは、皇族である自分の義務だろう。
だから、とユーフェミアは毅然と顔を上げたまま、彼等を見送っていた。
ナイトメアフレームの駆動音がルルーシュ達の耳にも届いていた。
「どうやら、助けが来てくれているようですね」
うまく彼等と合流できればナナリーは大丈夫だろう。
問題は、どうやって自分たちの居場所を彼等に知らせるかと言うことだ。ここでうかつに動いて日本解放戦線の連中に見つかるのはやばい。自分の今の体力では逃げ切れる自信がないのだ。
「何か……彼等と連絡を取れる方法をお持ちではありませんか?」
ふっと、ルルーシュはナナリーにこう問いかける。あのコーネリアであれば、その手段を彼女に与えている可能性も否定できない。そう考えたのだ。
「いいえ。残念ですが……車いすには付いていたのですが……」
自分がそれから離れることがあるとは、誰も考えていなかったから……と彼女は口にする。それはそうかもしれない、とルルーシュも思う。
「そうですか……俺の携帯では連絡が取れないでしょうし……」
知っているのは、スザクの番号ぐらいのものだから……と心の中で付け加えたときだ。
「携帯をお持ちなのでしたら……連絡を取れるかもしれません」
三番目の姉に、とナナリーは口にする。
「本当ですか?」
「はい。何かあったときに、と教えてくださいましたので」
もっとも、今は行方不明になった彼女を捜すときに使う方が多いかもしれないが……と彼女は苦笑を浮かべた。その言葉をルルーシュは聞かなかったことにする。代わりにポケットから自分の携帯を取り出すと、ナナリーの手に乗せた。そうすれば、彼女はそっと指先で携帯の形を確かめている。
「使い方はおわかりになりますか?」
ルルーシュの言葉にナナリーは頷く。
「それならば、連絡をお願いします。俺からではなく貴方からの言葉であれば信頼してもらえるでしょう」
見知らぬ電話番号からの連絡でも……と付け加えれば、彼女は納得したらしい。
「わかりました。お借りします」
こう言ってくれる彼女に、ルルーシュはようやく肩の荷が下りたような気がした。だからといって、ここで気を抜くわけにはいかない。最後の最後でミスをしてはいけない、と自分自身に言い聞かせるように心の中で呟いていた。
二人の報告を耳にした瞬間、コーネリアは思い切り顔をしかめた。
「お姉様?」
どうかなさいましたか? とユーフェミアが問いかけてくる。
「ナナリーの外出が、どこから日本解放戦線に伝わったのか、と思っただけだ」
病院に関しても、偽名で予定を組ませていたはずだ……と彼女は続けた。
「言われてみれば、そうですわね」
この言葉に、ユーフェミアも頷いてみせる。
「お姉様の出撃も重なっておりましたから、十分、念には念を入れたはずでしたのに」
もちろん、ナナリーを診察する予定になっていた意志と、病院の医院長は知っていた。だが、彼等がそれを他の誰かにうかつに漏らすはずがない。
では、一体どこから……と言う疑問がわき上がってきたとしても不思議ではないだろう。
「サイタマにはゼロらしき影が見えたが……な」
だが、本人を確保できたわけではない。テロリストどもの動きが今までとは違って連携が取れていると感じただけなのだ、とコーネリアは付け加える。
「ゼロが関わっているとおっしゃるのですか?」
「否定する材料がない以上、その可能性を考えておかなければいけない」
それが自分の役目だ、と彼女は言い切った。
「もっとも、それもお前達がいてくれるからできることだな」
表情を和らげるとコーネリアは妹たちを手招く。そうすれば、ユーフェミアがナナリーの車いすを押しながら近づいてくる。
「お前達が無事でよかった。よい判断だったぞ、ユフィ」
二人の頬をそれぞれの手で撫でながらコーネリアは笑みを深めた。
「それに、ナナリーもだ。信頼できる人物がいてくれてよかったな」
しかし、その人物は名乗ることをせずに、ナナリーの存在を騎士の一人に手渡したところでその場を離れたのだとか。それはどうしてなのか、と思う。奥ゆかしいだけならばいいのだが、とも。
「はい。何でも、ランペルージさまとおっしゃるそうですわ」
迎えに来た騎士がそう教えてくれたのだ、とナナリーは口にする。ここで学生をしているのだ、とも言っていたと聞いたとも彼女は報告をしてくる。
「ランペルージ?」
その名前にコーネリアはもちろん聞き覚えがある。
「はい」
それに、ナナリーは頷いて見せた。
「そうか。ランペルージか」
名前を告げなかったのではなく、自分を知っているものがいたから黙ってその場を離れたのか、とコーネリアは納得をする。それならば、こちらから連絡を取ることも可能だろうとも思う。
「どこか……ルルーシュお姉様に似た雰囲気を持った方でした」
気のせいかもしれないが、と彼女は付け加える。
「ナナリー?」
「もう一度、お会いできるならお会いしたいです」
小さな声でナナリーはそう口にした。
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07.02.03 up・07.02.06修正
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