ここ数日、誰かが自分の言動を見つめていることはわかっていた。
その視線が鬱陶しいと思っていたことも事実。
「……その理由を、きちんと確認しておくべきだったな」
見られることになれていた、というのはいいわけにならないだろう。そんなことを考えながら、ルルーシュはできるだけ人目がある方へと向かおうとした。
相手をまくために人目の付かない道に入った方がやばいだろう。そう思うのだ。
しかし、とルルーシュは心の中で呟く。
その方が絶対にまずい。
こう囁く声がある。そして、不本意だがその声が間違えたことはないのだ。
だから、この囁きに耳を貸すしかない。
もっとも、それはそれでルルーシュには苦痛でしかないのだが。
こんなことになるのであれば、もっとまじめに体力作りに励んでおけばよかった。そんなことすら考えてしまう。もちろん、今更言ってもしかたがない、と言うことは十分わかっていた。
しかし、と思う。
いったいどうして、自分の外出が連中に知られたのだろうか。
今日の外出なんて、ミレイの気まぐれがなければなかったはずなのに、だ。
それなのに、連中はルルーシュの目的地を知っているかのように姿を現したのだ。
「スザクに連絡が取れればいいが……」
こうなれば、最後の手段を使うしかないだろう。問題は、彼が自分の元へたどり着いてくれるかどうかだ。上司があれでも、任務中に自分のもとに駆けつけられるかどうかがわからない。
「こうなるなら、スザクを軍に入れなければよかったかも、な」
彼が常に側にいてくれれば、こんな状況でも何とかなったかもしれない。でなければ、彼が休暇の時に、だ。
それも、今更言ってもしかたがないことだろう。
何とかしなければ今のことなのだ。
もし、連中に拉致されたとしても、非常事態だとわかればきっと自分を見つけ出してくれるはず。それだけは疑いようがない事実だろう。
だから、とルルーシュはポケットに手を入れる。そして、いつでも携行している非常信号の発信装置のスイッチを押した。
そのころスザクは、コーネリアとユーフェミアの前にいた。
ここにナナリーがいれば、彼が大切に思っている姉妹達が全員そろうんだけどな、と心の中で呟く。もっとも、そんなことは絶対に口に出せない。
その代わりに別のことを考える。
本来であれば、自分は彼女たちの前に立てるような立場ではない。それでも、呼び出されたのはどうしてなのか。
どうせなら、ロイドが付いてきてくれればよかったのに、とも思う。
「どのようなご用でしょうか」
そういえば、似たようなことが最近あったな、と心の中で呟きながらスザクは問いかける。
「お前がランペルージ家の現当主と知り合いだ、と聞いたのでな」
だが、用件まで同じだとは思わなかった。
しかし、それは周知の事実である以上、今更ごまかすつもりはない。
「はい」
だから、即座に肯定の言葉を口にした。
「どのような人物だ? 先日、妹を助けてもらったので礼を言いたいのだがな。他のものの話だと、あまり、我々のことをよく思っていないとのことだったが」
おそらく、それはジェレミアやキューエル達から聞いた話だろう。ルルーシュが彼等の前でそのような話をしていたと聞いている。
「総督閣下に関しては、あの方が悪印象を抱いているとは思いません。そのようなことを口にされたことはありませんので」
取りあえず、これだけは事実だから……と心の中で呟きながらスザクは口にした。
「あの方がブリタニアを嫌っているのは……道具のように使い捨てにされそうになったからだ、とご先代から聞いております」
さらにこう付け加える。
「そうか」
この言葉をどう受け止めたのか。コーネリアは静かに頷いて見せた。
「ならば、いずれ個人的にお会いしたいと伝えてくれ」
そちらの都合に合わせよう、とまで付け加えると言うことは、本気で彼の存在に興味を持っているからなのか。それに関しては、ルルーシュと相談しなければいけないだろう、と心の中で呟く。
同時に、これだけの話だったのであれば、何故この場にユーフェミアもいるのだろうか。そう思う。
「……これをお聞きしていいのかどうかはわかりませんが」
まるでそのタイミングを計っていたかのように、ユーフェミアが口を開く。
「スザクは、クルルギ首相の子供、でよろしいのですね?」
今更、それを確認されるとは思わなかった。
「はい」
そう考えながらも、事実は事実として受け止めなければいけない。そう考えて、素直に頷く。
「でしたら、ルルーシュお姉様のことも覚えていらっしゃいますか?」
しかし、次に出た質問に一瞬言葉を失ってしまう。
「ユフィ?」
それはコーネリアも同じだったようだ。何が言いたいのか確認をするように視線を彼女へと移す。
「ナナリーが、お姉様がどのように暮らしていらしたのかを知りたいと。ですから、ご存じでしたら教えて頂ければ、と思ったのですか」
いけませんでしたでしょうか、と言う彼女に何と言い返すべきか……とスザクは悩む。もちろん、それに関しても既に打ち合わせはしてある。だが、どこで失言をしてしまうのかわからないのだ。
「何度か、お会いしたことはありますが……さすがにいくら子供とはいえ、女性がいらっしゃる建物に勝手にはいるわけにもいきませんでしたので……」
それでも何とか言葉を口にしようとしたときだ。スザクのポケットの中でそれが小さく震えた。
「……ルル?」
ルルーシュが持っている緊急信号と連動しているそれが、どうして今反応を示したのか。そうは思うが、この場で確認するわけにはいかないのではないか。
せめて、自分がいる場所が普段の仕事場であれば……とそうも考えてしまう。
「どうかしたのか?」
そんな彼の耳に、コーネリアの声が届いた。
「わかりません……ただ、あの方に何かあったのではないかと……」
そして、自分に救いを求めている……とスザクは小さく付け加える。しかし、その言葉はしっかりとコーネリアの耳に届いたらしい。
「クルルギ准尉。許すから、ランペルージ殿の安否を確認してこい」
彼の安否は、ブリタニアにとっても重要事項だからな……と言う彼女にスザクは頭を下げる。
「こちらだ」
さらにコーネリアの騎士であるギルフォードの声が耳に届く。それに促されるままスザクは歩き出した。
自分の行く手を塞ぐように車が止まった。
「ちぃっ!」
背後からも足音が近づいてくる。
これで完全に逃げ場が失われたか……とルルーシュは唇をかむ。
しかし、次の瞬間、その表情は別の意味での驚きに彩られた。
「こっちこっち」
そういいながら車の中から手招きをしている相手に、ルルーシュは嫌と言うほど見覚えがある。できれば、二度と会いたくはないと思っていたと言っても過言ではない相手だ。
だからといって、後ろから追いかけてくる連中とは顔見知り以前に行動を共にしたくない。
そう考えれば、残されている道は一つしかないのではないか。
「……しかたがない……」
あれでも、スザクの上司だ。そして、自分の存在――正確に言えば頭の中身かもしれないが――をそれなりに評価してくれている。あの連中に掴まるよりはまだましだろう。そう判断をする。
そのまま、真っ直ぐにルルーシュは開けられていたドアの中に飛び込む。
「セシル君、いいよ」
出して、とルルーシュの上に覆い被さるようにドアを閉めながらロイドが命じる。
「はい」
それにセシルは即座に頷くと彼女はアクセルを踏む。
「うわっ!」
そのせいで、さらにロイドとルルーシュの体勢が見られてはまずいものになったような気がする。しかし、それを気にするものはここにはいない。
「……嘘!」
ブライまで……とセシルが呟く。
「どうやら、本気でルルーシュ君を連れて行くつもりだったんだねぇ」
ここであんなものまで動かすなんて……とロイドはルルーシュを押し倒したまま口にした。
「セシル君、振り切れるかな?」
「任せてください」
ただ、荒っぽい運転になりますよ……と彼女は言い返してくる。
「その前に、俺の上からどけ!」
ルルーシュはそう叫ぶ。しかしそれに耳を貸してくれる者は誰もいない。
「彼にケガをさせないでくださいね、ロイドさん。せっかく無事に保護できたんですから」
「わかってるよぉ。これで協力してくれるかもしれないしねぇ」
それが目的なのか!
ルルーシュは心の中でそう呟く。しかし、それを口に出すことはできない。
ナイトメアフレームでもここまで揺れないだろう。そういいたくなるような振動が彼の体を襲っているのだ。
「ルルーシュ君。大人しくしていた方がいいよぉ。セシル君の運転は、荒っぽいので有名だから」
慣れてないと辛いかもねぇ、とロイドが笑う。
その言葉に、ルルーシュは「そういうことは先に言え!」と心の中ではき出す。しかし、今口を開けばとんでもないことになりそうで諦める。
掴まろうと逃げ切ろうとどっちでもいいから、この苦行をさっさと終わらせてくれ。ルルーシュは本気でそう考えていた。
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07.02.10 up
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