「ルル!」
 言葉とともに、スザクは特派のラボへと飛び込んだ。
 そうすれば、ランスロットの足下にいくつか並べられたパイプイスが確認できる。そして、その上に誰かが横になっているのも、だ。
 額にタオルを置いているせいで顔は確認できない。
 しかし、その人物が身に纏っているアッシュフォード学園の制服とそれに包まれている体躯で、スザクにはその人物がルルーシュだとわかった。
「ルル、大丈夫? ケガでもしたの?」
 とっさに駆け寄ると彼の顔をのぞき込むような形で膝をつく。
「違うよぉ」
 そんなスザクの耳にロイドのこんなセリフが届いた。
「ちょーっと、乗り物酔いをしちゃっただけだよねぇ」
 くすくすと笑う彼に、ちょっとではないのではないか、とスザクは思う。だが、すぐあることに気付いてしまった。だとするならば、しかたがないのかもしれないが、とも思う。
「……ひょっとして、セシルさんが運転していたとか……」
 その問いの答えは、二人の苦笑だった。
「ルル……ごめん。やっぱり、僕がランスロットで迎えに行けばよかった」
 そうしていれば、ここまで彼がダメージを受けなくてもよかったのではないか。そう思う。そうすれば、ルルーシュが微かに手を動かしてスザクの手に触れてきた。どうやら、気にするな、と彼は言いたいらしい。
「……ルル。無理しなくていいからね」
 気持ち悪いんでしょう? と問いかければ、心配はないというように手を叩かれる。それでも口を開く気になれないのであれば、まだまだ気持ち悪い状態なのだろう。
「水、飲める? 吐いちゃった方が楽かもしれないよ」
 ともかく、ルルーシュに元気になってもらう方が優先だ。でなければ、ちょっと厄介なことになりかねない。だからといって、体調だけは無理強いをしても治るものではないこともわかっていた。
 だから、こう問いかければ、ルルーシュも小さく頷いてくれる。
「ちょっと待っててね。トイレに移動して……それから水飲んだ方がいいよね」
 場所的にはよいとは思えないけど……と口にしながら、スザクはルルーシュの体を抱き上げる。
「……おぉっ!」
 そうすれば、ロイド達の口からほめているのかどうかわからない声が上がった。しかし、それに反論をしている余裕はスザクにはない。
 今の彼には振動を与えることはマイナスなのだ。だからルルーシュを抱きかかえることは慣れていても、細心の注意を必要とする。慎重に彼を移動させなければいけないとなれば、スザクにも余裕が失われたとしても当然だろう。
「ちょっと、我慢してね」
 しかし、完全に振動をなくすることは不可能だ。だからこう声をかける。そうすれば、ルルーシュは小さく首を縦に振ってくれた。
 それを確認して、スザクは慎重に歩き出す。
「手伝おうか?」
 ロイドがどこか楽しげにこう問いかけてくる。
「いえ、いいです」
 彼に来られては、相談ができない。何よりも、ルルーシュがいやがるに決まっている。そう判断をしてスザクはこう言い返す。その瞬間、ルルーシュが安心したようなため息をついたのがわかった。

「口、すすいで」
 そういいながら、スザクはルルーシュの前にコップを差し出す。しかし、それを手にする力がまだないらしい。ルルーシュの指が震えていることを確認して、スザクはそっと彼の唇にグラスの縁を当ててやった。
「ん」
 そこから少し水を口に含むと、ルルーシュは視線だけでいいと伝えてくる。そして、軽く口をすすいで水をはき出した。
「……酷い目にあったな……」
 そして、呟くようにこう口にする。
「でも、おかげでルルがここにいるんだから……我慢して? ね?」
 後で、さっぱりする飲み物を作ってあげるから……とスザクが言えば、ルルーシュは小さく頷いて見せた。少しは浮上してきていると言うことだろう、とその態度からスザクは判断をする。
「それで、ね……ユーフェミア皇女殿下が顔を出されるって言っていたんだけど……」
 それならば、伝えないといけないよな。そう考えてこういう。
「……何故だ?」
 一瞬の間をおいてルルーシュはこう問いかけてきた。
「ルルが、ゼロに狙われているから、らしいよ」
 ランペルージはブリタニアにとっても無視できない存在だろうからね、とスザクは言い返す。特に、ルルーシュの脳裏の中にあるコアルミナスの精製方法が他に流れれば、ブリタニアとはいえ今の権勢を誇っていられないだろう。あるいは、立場が逆転してしまうかもしれない。
「……本当に、それだけか?」
 言外に《ルルーシュ》のことを聞きたがっているのではないか、と彼は問いかけてくる。
「それは……」
「否定できない訳か」
 だとするなら、どこまで気付かれているのか……と彼は小さく呟く。その様子から判断をして、かなり復活してきているらしい。
「……今日、僕が呼び出されたのも……あのころのルルーシュ皇女の話を聞かせて欲しいってことだったから」
 ナナリーに聞かせたいのだ、とユーフェミアは言っていた。だが、その前に自分たちで確認したかったのだ、とも。
「愛されているのだな、あの方は」
 ルルーシュは優しい微笑みとともにこう告げる。
「なら……どうして、俺があの方によく似ているのか、同じ名前なのか……かな。聞かれるとすれば」
 それならばかまわない。ルルーシュはそうも言い切った。
「既に些細なところまでたたき込んであるからな。心配なのは、お前の方だ」
 この言葉に、スザクは苦笑を浮かべる、
「気を付けるよ」
 自分でも自覚しているから、と言えばルルーシュはすぐに頷いてくれる。それがまた気に入らないが、しかたがないかとそうも考える。
「それなら大丈夫だよね。戻る?」
「……お前の上司によからぬ想像をされても困るからな」
 この言葉に、スザクは本気で苦笑を浮かべるしかできなかった。

 戻ってみれば、既にその場にはユーフェミアが来ていた。これがコーネリアでなかったことを感謝すべきなのだろうか。ルルーシュは心の中でそう呟く。彼女が相手であれば、どれだけきちんとした身上調書を出したとしてもごまかせない。その確信がルルーシュにはあった。
「体調の方は戻られまして?」
 ルルーシュの存在に気付くと同時に、彼女はこう問いかけてくる。
「おかげさまで。部下の方々には助けて頂いて、ありがとうございます」
 彼はそんな彼女に向けて、こう告げた。
「気になさらないでください。貴方はナナリーの命の恩人ですもの」
 その方をお助けするのは当然のことです、とユーフェミアは微笑む。だが、すぐにその笑みは消えた。
「このようなことは、これまでにも?」
「いえ。今回が初めてです」
 自分の存在がどこから知られたのかわからない、とルルーシュは言い返す。少なくとも学園関係者からばれるはずはない。そして精製工場の者達からも、だ。あそこで自分の存在を知っているのは本国にいる者達だけだし、とも付け加える。
「後、思い当たる点があるとすれば……こちらの関係者、でしょうか」
 総督府の人間を疑うのは申し訳ないが……とルルーシュは口にした。
「いえ。それに関しては当然のことですわ。貴方の存在が表に出たのは、亡くなられたクロヴィスお兄様のワガママのせいだ、と伺っておりますもの」
 それまで表に出たことがないそれがあちらに知られたのであれば、とユーフェミアは頷いてみせる。
「それに関しては、こちらの方で責任を持って調べさせて頂きます。ですが、また同じ事がある可能性は否定しません」
 ですから、と彼女はまた口元に笑みを浮かべた。
「勝手とは思いましたけど、先ほど、学校の方には許可を取らせて頂きましたわ。明日から、クルルギ准尉を護衛として登校させます。その方がご安心できますでしょう?」
 ついでに、特派の研究室も隣の大学の敷地に移します……と彼女はさらに付け加える。この言葉に、スザクはあっけにとられたような表情を作った。しかし、ルルーシュの方は冷静だったと言っていい。
「……会長か、許可を出したのは」
 彼女であれば、自分の事情も知っている。
 そして、こんなことが頻繁に起これば、そこからほころびが生じかねないと言うこともだ。
「ミレイさんとおっしゃりましたから、そうなのでしょうか」
「はい。アッシュフォード老の孫になります」
 微かな笑みとともに頷く彼の肩に、誰かの手が置かれた。そう思った次の瞬間、背後からしっかりと抱き込まれてしまう。
「ロイドさん!」
 何をしているんですか! とスザクが叫ぶ。
「スザク君と一緒に足を運んでくれていいよ。大歓迎するから」
 ついでに協力してくれてもいいんだけど……という言葉に自分が頷くと思っているのか。ルルーシュはそんなことも考えてしまう。
「それに関しては、貴方のご意志を尊重しますわ」
 ユーフェミアはこう言いながら、ルルーシュに座るように促す。と言うことは、これからが本番なのだろう。彼はそう判断をした。
 ここを乗り越えなければ、まちがいなく自分たちが作り上げてきた楽園は消え去ってしまう。だから、と彼は気を引き締めていた。

「そうか」
 ユーフェミアの言葉を聞き終わったコーネリアは小さく嘆息をする。
「それに関しては、あの子の耳には入れられないな」
 そのまま視線を移動させる。その先には、ナナリー部屋の窓が確認できた。明かりが消えているところから判断して、既に眠りの中にいるのだろう。
「しかし、どこでもバカの考えることは一緒だな」
 ルルーシュと妹がよく似ていたのは、まちがいなく偶然だろう。しかし、それを利用して身代わりに仕立て上げようとするのは何なのか。
「……それとも、あの子を守りきれぬと判断したのか?」
 実際、あのぬくもりは自分たちの手から永遠に失われてしまった。だから、その判断は正しかったのだろう。しかし、そのために他人の命を犠牲にしていいとは言えない。
 それが、有能な存在であればなおさらだ。
「お姉様……」
「まぁ、いい。そのものも、既にこの世のものではないしな」
 彼を殺そうとした者達も、だ。それに関しては、自分は聞かなかったことにした方がいいだろう。コーネリアはそう判断をする。
「ともかく、彼の安全だけは確保しなければな」
 自分はまだ、彼に会う勇気がでない。それだけ似ているのであれば、まちがいなく自分の無力さを思い知らされることになってしまうだろう。
 だが、ここでそれに飲まれるわけにはいかないのだ。
 自分には、まだ守らなければならないものが多くあるのだから。
「それに関しては、お前に任せてかまわないな?」
「もちろんですわ、お姉様。私、あの方、気に入りましたもの」
 それに、コーネリアは忙しいのだから、とユーフェミアは頷いてみせる。
「近いうちに、ナナリーもつれて、学校の方に御邪魔させて頂こうと思うのですが、よろしいでしょうか」
 ふっと思いついたように彼女が問いかけてきた。
「あちらの邪魔にならないようになら、かまわんだろう」
 勉強の邪魔にはならないようにな、と一応釘を刺しておく。
「わかっていますわ、お姉様」
 楽しげな笑いを漏らすユーフェミアの様子に、コーネリアはようやく口元に笑みを浮かべることができた。

「これがルルーシュの写真です」
 こう言いながら、カレンが手渡してくれたそれをゼロは静かに見つめている。
「ようやく、探し出すことができたな。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 この呟きとともに、ゼロは口元をゆがめた。
「現状は、お前の罪ではないのかもしれん。だが、それでもお前はお前自身の罪を自覚しなければいけない」
 そして、その償いも……とそう呟く。
「だから、必ず我が元に来てもらおう」
 貴様の意志を無視したとしてもな。そう付け加えた言葉を聞いているものは、ゼロ以外誰もいなかった。








07.02.16 up