この状況で、一人、クラブハウスに帰すのは心配だ。
スザクがそう主張をしたせいで、結局は二人でルルーシュの部屋へと足を踏み入れることになった。
だが、それは失敗だったのだろうか。スザクはだんだん不安になってくる。
「……ルル……お風呂、入ってきたら?」
戻ってきてから一言も口を開かない彼に向かって、スザクはそっと声をかけた。
「今は、いい……朝にシャワーでも浴びるさ」
しかし、ルルーシュは即座に却下してくれる。普段は潔癖性と言いたくなるような彼にしては珍しいというものではない。
それだけ何か厄介なことを思い出したのだろうか。
でも、とスザクは心の中で呟く。少なくともユーフェミアとの会話の中ではルルーシュが気がかりだと思うことは何もなかったような気がする。
だが、それは自分が気付いていないだけなのではないか。
だとするなら、それはルルーシュの一番近くにいる存在として失格かもしれない。そんなことも考えてしまう。
「ダメだよ、ルル。考え事なら、一回気分転換をして、それからの方がいい」
でなければ、誰かに話すとか、ね……とスザクは取りあえず提案をしてみる。
「……スザク……」
「僕じゃ、頼りにならないかもしれないけど」
でも、心配をする気持ちは誰にも負けないから……とそう付け加えた。
「本当に、お前はバカだな」
ルルーシュはため息とともに言葉をはき出す。
「ルル」
どうせ、とスザクが言い返そうとするよりも早くルルーシュの手がスザクを招くようにゆっくりと振られる。それに引き寄せられるようにスザクは彼の側へと歩み寄った。そうすればこつんとルルーシュがスザクの方に額を押し当ててくる。
「どうしたの、ルル?」
そっとその髪に指を絡めながらスザクは問いかけた。少し指を動かせば、黒絹の髪がさらさらと滑り落ちていく。
その動きを見つめながら、スザクはルルーシュが言葉を口にするのを静かに待つ。
「……スザク……」
そんな仕草を何度か繰り返していたときだ。ルルーシュがようやくかみしめていた唇をほどく。しかし、スザクの名を呼んだ後、彼の唇はまたきつくひき結ばれてしまう。
「何?」
本当は待った方がいいのかもしれない。だが、それでは彼はいつまでも自分の内に全てを隠そうとしてしまう。そう判断して、そっと問いかけた。
「僕にも、言えないこと?」
さらに付け加えられた言葉に、ルルーシュは小さく首を横に振ってみせる。
「なら、教えて……お願いだから」
でないと、自分が安心できない、とスザクは告げた。ひょっとしたら、嫌われたのかと思うだろう……とも付け加える。
「俺が……スザクを嫌うはずがないだろうが……」
歯の隙間からルルーシュは言葉を絞り出す。
「ただ、恐いんだ……」
「ルル?」
何が恐いというのだろうか。
「俺は……もう一人の《ルルーシュ》があの後、どうなったのか、知らない……」
まちがいなく、ランペルージにも《ルルーシュ》と呼ばれる存在がいたはずなのだ。だが、あの日、祖父の元へと引き取られたときにはもう、自分以外《ルルーシュ・ランペルージ》はいなかった。その理由を問いかけようと思ったのに、恐くてできなかった……とルルーシュは付け加える。
「それは……みんながルルを守ろうとしていたから、じゃないの?」
あの時のルルーシュに、そんな話をしたらどうなるか。スザクは今でもはっきりと覚えている。
「それに……本当にそんな人がいたのか、ルルーシュは確認したことがある?」
ランペルージ老人の側に、自分たちと同じ年代の子供がいたらしい、とは確かに聞いたことがあった。しかし、その子供の姿はその時々で違っていたらしい。少なくとも、自分が知っている範囲内ではそうだった。
「……知らない……ここに来てからのことは、お前もよく知っているだろう?」
枢木の家からほとんど出ることを許されなかったことを言っているのだろう。ただ一人、存在すらなかったというように押し込められていた。表に連れ出されるのは、マスコミや何かに、アピールするときだけ。
そんなルルーシュの立場に怒りを感じて、彼の元にこっそりと通い始めたのが全ての始まりだった。
ルルーシュとランペルージ老との間をつないでいたのもスザクである。
「うん。そして、僕もそんな人は知らない」
彼等がルルーシュにその存在を知らせないように、スザクの目から隠していただけかもしれない。でも、今のルルーシュにはその可能性を示唆するだけでも凶器に等しいと思える。
「だから、ルルが気に病むことはない」
でも、とスザクは心の中で呟く。必要なのであれば、どんな手段を使ってでもそれを調べなければいけない。それも、ルルーシュに知られないように、だ。
自分に協力をしてくれるものがどれだけいるだろう。
一番の問題はそれかもしれないな、とそうも考える。
「ともかく、お風呂に入ってさっぱりしよう? 一晩ねれば、きっと、頭もすっきりするよ」
ね、と囁けば、ルルーシュはようやく首を縦に振ってくれた。その事実に、スザクはようやく胸をなで下ろす。そして、そのまま彼を抱き上げるようにして立ち上がった。
「スザク?」
「と言うことで、一緒に入ろう? ちゃんと洗ってあげるから」
途中でねちゃってもいいよ……と彼は笑いを滲ませながら付け加えた。
「スザク! お前……」
何を! とルルーシュは叫ぶ。少し強引だったかもしれないが、これならば少しは復調してくれたのかな、とそう思う。
「はいはい。夜遅いんだから、あんまりさわがないの」
そのまま歩き出せば、ルルーシュは諦めたのか抵抗をやめてくれた。その事実にスザクの口元には笑みが浮かぶ。
「今日はそれ以上、何もしないから」
しかし、気を抜きすぎたのだろうか。こういった瞬間、ルルーシュの拳が遠慮なく頭にたたき落とされ。
それでも彼の体を落とさなかった自分をほめてもいいかな。スザクは痛みに顔をしかめながらそう考えていた。
いくら総督府からの肝いりとはいえ、名誉ブリタニア人であるスザクに対する風当たりは強い。それでも、彼がルルーシュの友人だと公表しているからか、まだましな方なのではないか。そんなことを考えていた。
「スザク……間違えている」
それ以上に厄介だったのは、彼の学力かもしれない。宿題を手伝ってやりながら、ルルーシュはそんなことを感じていた。
と言っても、スザクは頭が悪いわけではない。実際、軍にはいるまでは自分と同じ教育を受けていたのだし、その時にはそれなりに理解できていたのだ。だから、基礎だけはしっかりとしているはずなのに、とそう思う。
今も、基礎問題なら何とかこなせるのだ。
「ごめん」
ルルーシュの指摘に、スザクは反射的にこう呟いてくる。
「謝ることではないだろう。それは応用問題だしな。第一、お前にはブランクがある」
だから、練習をすればすぐにこの程度の問題は解けるようになるだろう。そうは考えるのだが、問題はそんな時間がスザクにはない、と言うことだ。
「そうなんだけど……あぁ、ここ?」
こう言いながら、スザクは自分が間違えたと判断した場所を指さしている。
「そうだ」
それが自分でわかったのであれば大丈夫だろう。ルルーシュはそう思いながら頷いてみせる。
「これを、こっちに代入すればいんだっけ?」
「あぁ。スザクは飲み込みが早いな」
言葉とともに微笑んでやれば、スザクも嬉しそうな笑みを漏らす。その表情のまま、問題へと彼は意識を戻した。そのまま、それを解いていく。そのペン先は、今度は正解を記した。
「これでいいの?」
「あぁ……」
では、次の問題を……とルルーシュがスザクに促そうとしたときだ。
「と言うところで、彼を貸してもらっていいかなぁ……」
新しいパーツを入れたからランスロットのテストをしたいんだけどぉ、と口を挟んできた物がいる。しかも、何故自分に背後からのしかかってきているのか、とそういいたくなる。
「どけ!」
邪魔だ、と冷たい口調で告げても、相手にはまったく気にする様子がない。それどころか、さらに体重をかけてくる始末だ。
「ロイドさん!」
しかも、その光景にスザクが黙っているわけがない。ただでさえ、あの日からと言うもの、スザクはルルーシュが自分の視界から消えることを認めないのだ。実際、今、スザクの勉強を見ていたのも特派のラボの片隅だったりする。本来であれば、民間人であるルルーシュが足を踏み入れることを許可されるはずがない場所でもある。
それがとがめられないのは、コーネリア達の許可があるからだ。
「早く着替えておいで。その間に、僕はランペルージ君を口説かせてもらうからぁ」
二号機の製作に協力してくれるように……と彼は続ける。
「大丈夫だよぉ。よこしまな気持ちはない……」
とさらに彼が続けようとしたときだ。不意にその重みがルルーシュの上から失せた。
「そこまでにしてくださいませんか、ロイドさん?」
それでは逆効果でしょう? と口にしながら彼の襟首を掴んでいたのはもちろんセシルだ。
「セシル君……でもねぇ」
「この人は放っておいて、スザク君は着替えてきなさい? 心配なら、彼を連れて行っていいから」
その後で、遊びがてらシミュレーションに付き合ってもらうならそれはそれでもいいわよ……と言うセリフには引っかかりを覚える。だが、この男の側にいるよりはマシだろう。
「スザク」
「うん、行こう、ルル」
スザクを促せば、安心したような微笑みを浮かべると頷いてみせる。そして、そのまま彼とともにロイドの側を離れた。
「姫様?」
特派のラボの様子は監視カメラでも確認できる。それをコーネリアはそっと眺めていた。
「……似ているな」
確かに、あれならば身代わりとして使おうと思われてもしかたがないだろう。彼女はそう呟く。
だが、という疑念も彼女の中では消せないのだ。
「確かに。ルルーシュ様によくにていらっしゃいます。立ち振る舞いも含めて」
ギルフォードはルルーシュを側で見たことはない。だが、ダールトンはあの子供と何度か直接に話をしたことがあるはず。それどころか、あの子にナイトメアの操縦を教えたこともあると聞いて驚いたものだ。
だが、あの子の好奇心は留まるところを知らなかった。
そして、ナイトメアの操縦を知りたいと言っていた理由も、コーネリア自身納得するしかないものだった。
だから、一番信頼が置ける彼に任せたと言ってもいい。
「……ランペルージの家に、確かに《ルルーシュ》という少年が居たことは書類上事実です。ですが、ランペルージは早くからこの地に居を構えておりましたので……幼い頃の写真に関しては、あの日、全て失われたと」
そういわれてしまえば納得するしかないだろう。
だが、それでもまだそれを認めたくないのは、自分があの子の死を認めたくないからか。女々しいと言われても、それはしかたがないとコーネリアは思う。
「あの子も……あのような力を受け継いでいなければ、ユフィやナナリーのように平穏なくらしを手に入れられたのだろうか」
それとも、と彼女は呟く。
「ともかく、調査を続けてくれ」
そうでなかったとしても、彼をテロリストに渡すわけにはいかない。だからこそ、どこから情報が漏れたのか、確認しなければいけないだろう。コーネリアはそう思い直す。
「イエス、ユア・ハイネス」
それに、ダールトンは言葉とともに深々と頭を下げた。
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07.02.18 up
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