今日は休暇だ、というスザクとともに、ルルーシュは久々に街に出ていた。
「……買い物はこれだけ?」
 そういいながら、彼はルルーシュを見つめてくる。荷物は既に配送を頼んであるから、二人とも手ぶらだが、それでも彼の手にはメモが握られていた。その全部に既にチェックが入っている。
「あぁ」
 生活必需品の多くは学園内でも入手する方法はあった。だが、やはり、できれば好みのものを使いたいとルルーシュは思う。
「なら、これで終わりだね」
 しかし、スザクはできるだけルルーシュを学園外に出したくないと考えているようだ。もっとも、それはしかたがないことだろう、とそうも思う。学園内であれば、スザクだけではなく友人達の目もある。だが、ここではどこに誰が潜んでいるのかわからないのだ。
「そうだな。帰るか?」
 もっとも、最近は学園内も安全とは言えなくなっているような気もするが……とルルーシュは思う。しかし、それを口に出す代わりにこう言って見せた。
「そうする? でも、ちょっとお腹空いたかも」
 何か食べてから帰る? とスザクが珍しくこんな提案をしてきた。あるいは、何か目的があるのかもしれない、とそう思う。
「かまわないが……あれが出てきたら帰るぞ」
 それ以外であれば妥協するが……と付け加えれば、スザクは首をかしげてみせる。
「あれって……ゼロ?」
 だったらいるわけないでしょう、という彼は、どこまで本気なのか。それとも、何かをごまかそうとしているだけなのか……とルルーシュは悩む。ただ、誰かが待っているのだけは事実らしい……とルルーシュは判断をする。
「お前が、あいつとつながっていないことだけは信じているが……お前の上司は信じていない!」
 どこからわいて出るかも含めてな、とルルーシュは吐き捨てるように口にした。
「ロイドさんは、今日は多分、出てこないよ。ルルの昨日の呟きで、何かスイッチ入っちゃったみたいだから」
 ランスロットの部品の改良を始めたよ……とスザクは苦笑を浮かべる。
「昨日の? あぁ、あれか」
 悔しかったら、空ぐらい飛ばして見せろ……と言ったのだ。それが彼の中の何かを刺激したのだろう。
「なら、当分は静かでいいな」
 少なくとも、自分を勧誘することはないではないか。もっとも、設計だけでも終わったらどうなるかはわからない。しかし、そう簡単にいかないことは予想ができる。それに、その間に次の手も考えられるしな心の中で付け加えた。
「で? 誰が待っているんだ?」
 まちがいなく誰かいる。そう思ってさらに問いかければ、スザクは視線を彷徨わせ出す。
「スザク?」
 どうしたんだ? と問いかけるルルーシュの口元に酷薄な笑みが刻まれる。それがどのようなときに浮かべられるものなのか、スザクが一番よく知っているはずなのだ。
「……ナナリー殿下が、ルルにお礼をしたいから……と」
 おそらく、ユーフェミアも一緒だろう……と彼は続ける。
「そうか……」
 あの二人であれば、大丈夫か……とルルーシュは小さなため息とともに呟く。
「できるだけ会わない方がいい、というのは事実だが……お前の立場では断れるはずがないしな」
 そうである以上、しかたがないから付き合ってやるさ……とルルーシュは笑みを柔らかいものにかえる。
「俺も、お前を側に置けるように配慮して頂いたお礼は言わなければいけないだろうからな」
 おかげで、あれこれ助かっているしな……と意味ありげに付け加えてやれば、スザクは別の意味で視線を彷徨わせ出す。
「明日は体育もないしな」
 さらに付け加えると彼は微かに頬を赤らめる。どうやら、ルルーシュが何を示唆しているのかわかったらしい。
「とは言っても最後まで行かれると俺が辛いが」
「……最後まではしないから!」
 だから、とスザクははじかれたように口にする。
「このバカ!」
 そんな大声で叫ぶな! とルルーシュは遠慮なく彼の頭に拳を振り下ろす。
「……ごめん……でも、させて?」
 ね、と付け加える彼にあきれたようにため息をつく。
「帰ってその気になっていたらな」
 それでも、こう言葉を返す。これからあの二人に会わなければいけないのだ。そう考えれば、帰ってから彼のぬくもりを感じたいと思う可能性も否定できない。
「うん。わかっているよ、ルル」
 それでもいいから、ね……と口にするスザクの意図がなんなのか。少しルルーシュは悩む。
「そんなにお預けにしたつもりはないぞ」
 そのまま、真顔でこう聞き返す。
「……そうだけど……ルルの側にいるなら、いつだって触れたくなるんだもん……」
 だから、と言われては……怒る気にもなれない。
「勝手にしろ」
 それよりも、どこで待ち合わせなんだ……とこれ以上厄介な話をさせないために話題を変える。
「あぁ、そうだ。こっち」
 お待たせているかもしれない! とスザクは慌てて歩き出す。
「俺を置いていくつもりか?」
 そんな彼の背中に向かって、ルルーシュは苦笑とともにこう呼びかけた。

「やはり、あの男が邪魔だな」
 二人の様子をミラーグラス越しに見つめていた彼はこう呟く。
「あの男さえ引き離せば、こちらに連れてくることは可能だろうが……」
 問題はその方法だろう。
 スザクがルルーシュの側から離れたとしても、あの様子では他の誰かが代わりに付くことは目に見えている。でなければ、彼も一緒に連れて行くか、だ。
 どこまでコーネリア達がルルーシュの正体に気づいているのか、今のところは彼にもわからない。だが《ランペルージ》を自分たちの手から奪われるわけにはいかない……と考えていることは事実だろう。
「そうだな……そろそろ、我々が表に出てもいい時期だしな」
 それにふさわしい舞台を用意させてもらおうか。
 丁度いい捨て駒もあることだしな……と彼は笑う。
「お前の罪は、お前が犯したものではない。だが、お前がお前である以上、それから逃れられないんだよ」  ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア……と彼の唇がそう綴る。 「だから、償うのは、お前の責務だ」  もっとも、それは今ではない。  そうさせたいのは山々だが、スザクがいる以上、不可能だと言っていい。 「もっとも、そう長い時間ではないがな」  せいぜい、その時間を楽しむがいい。そう吐き捨てると、彼はその場を後にした。

 スザクが案内をしたのは、トウキョウ租界でも一・二を争うレストランだった。もっとも、それを知っているものも少ないだろう。外見上は、ただの民家とそう変わらない。その隠れ家的な雰囲気と、一般人では決して手が届かない価格が貴族達の楽しみとなっているのだ。  ルルーシュ自身、その存在は知っていても足を運んだことはなかった。  もちろん、それは価格的に手が出ないからではない。大切な存在と来られない場所に興味がない、という理由からだ。 「……なるほど。皇女殿下のご配慮、と言うことか」  スザクの存在を苦々しいとは思っているのだろう。それでも、誰もとがめることはない。それはありがたいな、とルルーシュは心の中で呟いた。少なくとも、何かあってもすぐに対処できるだろう。もっとも、あの二人が護衛も付けずに外出するとは思ってもいないが。
「……凄いところだよね。ひょっとして、場違い?」
 スザクがこんな呟きを漏らす。
「何を言っている。許可が出ているんだ。何よりも俺が側にいて欲しいんだしな」
 だから、堂々としていろ……とルルーシュは声をかける。少なくとも卑屈になるな、とも付け加えた。
「ごめん、ルル」
 流石に、ちょっとびっくりしただけ……とスザクはすぐに謝罪してくる。
「気持ちはわかるがな」
 こんな雰囲気は自分にしても久々だとしか言いようがない。というよりも、本当にここはエリア11なのか、といいたくなってしまう。それほどまでにブリタニアの空気がここには充満していた。日本では有数の名家であった枢木の家のあの重厚な空気の中でスザクにとってみれば、なじみがないものなのかもしれない。それが、彼に緊張を強いているのではないか、とは思う。
「だが、お前がお前だと言うことはあのお二人もご存じだろう。だから、いつも通りしていればいい」
 お前の礼儀作法に関しては、おじいさまのお墨付きだろう? とルルーシュはさらに言葉を重ねる。だから、大丈夫だ、とも。
「ルルがそういってくれるなら、信じるけど……」
 でも、緊張するよね、と笑う彼にルルーシュも頷いて見せた。
「そうだな……いろいろな意味で緊張をするな」
 その裏に隠されている意味をスザクはまちがいなくくみ取ってくれたはずだ。
「ルルは大丈夫じゃない? 女の子にあんなに人気があるなんて知らなかったよ」
 学園で、と胃されて、ルルーシュは苦笑を浮かべる。
「顔だけで騒いでいるだけだ」
 中身なんか、関係なく……と付け加えた。
「そういうお前も、結構人気があるぞ」
「……嘘」
「本当だ」
 きっぱりと言い切れば、スザクは信じられないと目を丸くする。だが、すぐに困惑の表情を作った。
「どうした?」
 喜ぶかと思ったのに、とからかうように付け加えれば、スザクは恨めしげにルルーシュをにらんでくる。
「ルル以外の人にそう思われても嬉しくないなって……そう思ったんだよ」
 もうちょっと別の感情が出てくるかと思っていたのに、と彼は付け加えた。
「俺も同じだ。だから、気にしなくてもいいんじゃないのか?」
「ルルがいいなら、それでいいや。僕はルルのものだし」
 他の女の達のことでルルーシュが危険を損ねないならかまわない、と彼が笑ったとき、二人は目的地にたどり着く。
「ここのようだな」
「そうだね」
 入り口の所に警備の人間が立っている以上、間違えようがない。しかも、その相手に見覚えがあるのだから、なおさらだ。
「ご苦労だな、ゴットバルト卿。ここでよろしいのか?」
 そう問いかけるルルーシュにジェレミアは微妙な表情を作る。だが、ルルーシュ達を招いたのが皇女達だとわかっているからだろう。黙って頷いてみせる。
「殿下。ランペルージ殿がいらっしゃいました」
 そのまま彼は室内へと声をかけた。そうすれば、ドアが開かれる。
「お待ちしておりましたわ」
 そこには満面の笑みを浮かべたユーフェミアが立っていた。
「お招き頂きありがとうございます」
 そんな彼女に向かって、ルルーシュは頭を下げる。もちろん、スザクも同様だ。
「そんなにかしこまらないでください。そのために、ここにおいでいただいたのですもの」
 総督府ではなく、と続ける彼女に、ルルーシュは取りあえず微笑みを作る。確かに、ここであればうるさいものはいないか、と心の中で呟く。
「ナナリーも待っておりますわ。ですから、中へ。クルルギ准尉も一緒に」
 ユーフェミアはこう言ってルルーシュの腕を取った。そのまま中へと案内をしようとする。皇女としては少し問題がある行動も、無邪気な彼女であれば許されるのだろう。そんなことを考えながら、ルルーシュは中に足を踏み入れる。
「お姉様! ランペルージ様がいらっしゃいましたの?」
 部屋の奥からナナリーの声がルルーシュの耳に届く。その瞬間、ルルーシュの口元に刻まれていた笑みが自然に深まっていた。








07.02.23 up