「……旅行?」
ルルーシュは思わずミレイにこう聞き返してしまう。
「そうよ。生徒会役員全員で行くんだから……ルルはもちろん、スザク君も強制参加ね」
もっとも、仕事があるのであればしかたがないけれど……と彼女は続ける。
「……ですが、会長……」
自分は狙われているんだぞ、とルルーシュは言外に告げた。それは彼女もよく知っているだろう、とそう思うのだ。
「そうなんだけどね、でも、それだけじゃ息が詰まるでしょ?」
それに、向こうに着いてしまえば護衛の問題はかなり解消されるはずなのよね……と付け加えられた言葉に、ルルーシュは嫌な予感を感じてしまう。
先日、ナナリーとユーフェミアとともに食事をした際、そんな話題が出たような記憶があるのだ。さりげなく視線を向ければ、やはりスザクも同じ事を考えているらしい。微妙な表情を浮かべている。
「大丈夫、大丈夫。公共交通機関を使うんだし」
だから、その自信の根拠は何なのか。ルルーシュはそう聞きたくなってしまう。
「会長……相手がテロリストだ、と言うことを忘れていらっしゃいませんか?」
他人がいようといまいと、襲ってくるときは襲ってくるのではないか。むしろ、その可能性が高いと思う。
「大丈夫。任せておきなさいって」
ちゃんと安全に目的地まで行ける方法を考えてあるわ……とミレイが胸を叩く。
「……それが恐いんだけどな……」
「何か言った、ルル?」
ぼそっと呟いた言葉に、即座にミレイはこう聞き返してくる。
「いいえ。気のせいですよ」
にっこりと綺麗な笑みを作ってこう言い返せば、スザクが咳き込む。
「……大丈夫か?」
タイミングがいいな、とルルーシュは心の中で呟いた。ひょっとして、わざとなのか、とも。もちろん、スザクがそんなに器用な人間でないことはわかっていた。だから、本当に自分の言葉のせいだと言うことも想像が付いている。
しかし、今日はそれに関しては文句を言わないでおいてやろう。心の中でそう呟きながら、ルルーシュはスザクの背中を叩いてやる。
「ありがとう、ルル」
ようやくもとの呼吸を取り戻したスザクが、まつげにまだ涙を絡みつかせながらこう言ってきた。
「気にするな」
このくらいは普通のことだ、とルルーシュは笑い返す。
「は〜い、そこまで」
そんな二人の間にミレイが割り込んでくる。
「ラブラブなのはいいけど、こっちの話しも聞いてね」
この光景のどこがそんな風に見えるのか……とルルーシュは思う。だが、スザクは違ったようだ。どうしていいのかわからないというように視線を彷徨わせている。
「私はそれが普通だっていうのはわかっているけどね〜。でも、他の人もそうだとは思わないようにね、ルル」
さらにこんなセリフを口にされては、もう勝ち目はないだろう。
「……ともかく、他に誰か参加するのか?」
こうなれば、最初から何があっても大丈夫なように準備をしておくしかないか。そう思って、問いかける。
「内緒」
うふっと笑うと、彼女は自分の唇に指を当てた。まちがいなく、彼女は何かを企んでいる、とその仕草だけで判断できる。しかも、この表情から判断をして最大級にやばいことだ、とルルーシュは心の中ではき出した。
「でも、大丈夫よ。目的地は、河口湖にあるアッシュフォード関連のホテルだから」
ちゃーんと、あれこれ準備させておくから……とミレイは付け加える。
「……あそこか……」
確かに、あそこであればミレイの無理も十分聞き入れてくれるだろう。しかし、だからといって万全ではない。ホテルである以上、学園と違って異質なものを判別しにくいのだ。
だが、ミレイがここまで無理を言っていると言うことは、それに関しても何か対策を取っていると言うことだろうとそう判断をする。
「しかたがないな。ここで会長に逆らうと、またとんでもない事を言われかねないし」
男女逆転祭りは、二度とごめんだからな……とルルーシュははき出す。
「ルルは似合っていたでしょ?」
シャーリーが真顔でこう言い返してきた。その瞬間、スザクの顔に浮かんだ表情に、ルルーシュは嫌なものを感じる。だが、あえてそれは無視した。
「他の男どももまたみたい、というなら止めないがな」
代わりにこう言えば、ミレイ以外の誰もが頷いている。もちろん、妥協できるものもそれなりにいたのだ。だが、それ以外も多数いた……と言うので、誰もが敬遠していると言っていい。
「……ルルもだけど、スザク君も絶対似合うわよね」
しかし、ミレイの中で何か別のスイッチが入ったことはまちがいないようだ。その事実に気付いて、ルルーシュは思わずため息をつく。
「……ルル……」
「あきらめろ」
不安そうに囁いてくる彼に、こう言い返すしかできないルルーシュだった。
その話を聞かされた瞬間、ゼロは嬉しげに唇の端を持ち上げる。
「姫君はあの牢獄を出てくる、と」
好都合だな……と彼は続けた。
「あそこであれば、うかつに手を出すわけにはいかない。だが、たとえアッシュフォードの息がかかっていようと、他の場所では別だ」
まずは、あの邪魔な男を切り離すか……とゼロはさらに笑みを深めた。
「それには……あいつらに頑張ってもらうか」
せいぜい、コーネリアの目を引きつけてもらおうか……とも付け加える。その様子は、黒の騎士団の者達には見せられないものだと言っていい。
彼等が信じているのは、正道――もちろん、それは彼等にとっての、と言っていい――を行く指導者だ。
しかし、自分はそのような存在ではない。
目的のためであれば、どのような手段を執り、誰を切り捨ててもかまわない。そう考えている人間だ。
だが、彼等の力が必要だと言うことも事実。
そうである以上、少なくとも彼等の前では望まれる存在を装ってやろう。そう考えている。
そんな彼の背後で、何かが小さな音を立てた。
「大丈夫だよ」
ゆっくりと視線を向けると、ゼロは優しい微笑みを浮かべると言葉を口にする。
「必ず、奴を連れてくる」
そうしたら、君は自由だ……と甘い声でそちらに囁いた。
しかし、それに返ってくる声はない。だが、それでも、ゼロの唇から笑みが消えることはなかった。
当日、参加したのは自分を含めて四人。
カレンは、体調不良で昨日から学校を休んでいる。そして、スザクは朝から軍務で呼び出されていた。
それなのに、ミレイが今回のことを強行した……と言うのには、まちがいなくその先で待っている相手が問題なのだろう。そうも考えていたのだが……与えられた部屋で自分を待っていた相手を見た瞬間、やはり、とルルーシュは小さなため息を漏らす。
「どうかなさいましたか?」
それに気付いたのだろう。相手がそう問いかけてくる。
「まさか、貴方がここにおいでだとは思いませんでしたので」
そして、スザクも付いていない自分の前に、あのコーネリアが彼女を送り出すとは思ってはいなかった。心の中だけでそう付け加える。
「敬語は必要ないと言いませんでしたでしょうか」
もちろん、敬称も……と彼女は微笑みながら口にした。それが何を指しているのかわかっているのは、きっと自分とミレイだけだろう。
「ユフィ……貴方はご自分の立場をわかっていらっしゃいますか?」
「もちろんですわ。ですから、お姉様も許可をくださいましたの」
というよりも、妹可愛さに渋々許可を出した……と言うところではないか。ルルーシュはそう判断をする。でなければ、スザクを自分の側から引き離さなければならないようなこの状況で、彼女を出歩かせるはずがない。そうも考えてしまう。
「あの方を貴方から取り上げてしまいましたが……代わりに、別の方においで頂いております」
そういいながら、彼女は視線を動かした。その先を確認するようにルルーシュも視線を移動する。そうすれば、見覚えがある顔がそこにあるのがわかった。
「無理を言って、ご一緒して頂きましたの」
確かに、コーネリアの側ではなくユーフェミアのお遊びに付き合わされるのは、有能なものには不本意な事態だろう。だが、その場に自分がいるとわかっていればどうだろうか、とルルーシュは心の中ではき出す。しかも、ここにはスザクがいないのだし、とも。
うまくいけば、スザクを出し抜けるかもしれない。
そんなことを考えているのだとしたら愚かだな、とルルーシュは微かな笑みとともに心の中でそうはき出す。
「ともかく……大人しくしていてください。お願いですから」
下手に動かれては後々厄介だ。そう思いながら、ルルーシュはユーフェミアに告げる。
「わかっています。ここにいる私は、ただのユフィです」
でも、ひょっとしたら失敗をするかもしれないので、側にいて教えてくれますか? と彼女は続けた。
「ユフィ……」
「私、このようにみなさまと過ごすのは初めてですの」
ですから、本当に楽しみにしていたのだ、とユーフェミアはさらに笑みを深める。
「本当は、ナナリーにこそお友達が必要だと思うのですけれど……あのこの場合、うかつな人間を近づけられません」
だから、もし、みなが自分が考えているような者達であれば、今度は学園の方にナナリーを連れて遊びに行きたいのだ、と彼女は続けた。
「……もっとも、どこにテロリストが潜んでいるかわからない以上、このようなことは今回限りにして頂けますか?」
スザクがいないというだけで、何故こんなに不安を感じるのか。そんなことを考えながらも、ルルーシュはこう口にする。
「わかっています。こうしてわがままを言えるのも、今だけですもの」
近いうちに、正式に表に出ることになるだろう。だからその前に、と思ったのだ……と彼女は微笑む。
その微笑みは、かつて自分も浮かべていたものだ。そして、その微笑みの裏にどれだけの重圧を隠していたことか。
だが、今は自分にはそれはない。
しかし、目の前にいる異母妹は違うのだ。
だから、今日だけは妥協してやろうか。ルルーシュはそう考えていた。
しかし、このような事態が待っているとは、誰も予想していなかった。
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07.02.25 up
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