いったいどうするべきか。
取りあえず、貴賓室に立てこもりながら、ルルーシュはそれを考える。
「まさか……従業員になりすましていたとはね」
失敗だったわ……とミレイが唇を噛む。
「本気で、学園内に連中と内通しているものがいる、と言うことだな」
今までもその可能性は考えていた。しかし、クラスメートを疑いたくないという気持ちの方が先に立っていたのだ。だが、この状況では疑わざるを得ないだろう。
しかし、今はそれを考えている場合ではない。すぐにそう思い直す。
「ミレイ会長……例のものは?」
最悪の状況を考えて用意してくれるように頼んでおいたが、大丈夫だろうか。そう思いながら問いかける。
「地下にあるわよ」
もちろん、と彼女は笑い返してきた。
「とは言っても、グラスゴーよ? 流石に、サザーランドまでは無理だったわ」
こういう彼女に、ヴィレッタが目を丸くしている。
「逃げ出すだけなら十分だろう」
それも無理はない。いくらランペルージやアッシュフォードがいるとはいえ、ナイトメアフレームは軍の機密だ。もちろん、グラスゴーは旧式で、既に一部が警察等に払い下げられている。しかし、それでも民間人が持っているはずがないものだ。
「そうね。二機あるけど……ルル、使う?」
「しかたがあるまい」
スザクがいるのであれば、彼に任せるのが当然だ。だが、この中ではヴィレッタでなければ自分以外使えないだろう。そして、この状況では、戦えるものが一人でも多い方がいいのだ。
「ルルーシュさんも、操縦できるのですか?」
驚いたようにユーフェミアが問いかけてくる。
「コアルミナスはナイトメアフレームのために精製されるもの。ならば、それを使うものがどのようなものであるのか、知識として得ておくのは当然だ、と祖父に言われましたので」
あくまでも動かせるだけだ、とルルーシュは言い返す。
「それでも、護衛ぐらいにはなるでしょう。実際の戦闘になった場合は、あちらの方に頑張って頂かなければいけないでしょうが」
言葉とともに視線をヴィレッタに移す。
「任せて頂いてかまわない。私としても、君がみなの防御に回ってくれるのであれば、自由に動けるからな」
彼女はそう言って笑い返してきた。その表情は予想外にやさしい。それはどうしてなのか、とルルーシュは思う。
「でも、どうやって地下に行くの?」
シャーリーがもっともな疑問を口にした。
「だからいったでしょ。ここはアッシュフォードの持ち物。そして、私はアッシュフォードの娘よ」
万が一のことを考えて、この部屋を確保しておいたに決まっているじゃない。そういいながら、ミレイは立ち上がった。そして、壁の一角へと歩いていく。
そこには浮き彫りになっているバラの装飾がある。その中のいくつかをいじっていれば、不意に暖炉の奥が開いた。
「非常用の通路の一つや二つ、確保してあるに決まっているでしょう」
にっこりと笑うミレイは、いつもの彼女だ。自分の役目をきちんと理解している。ならば、自分は自分の役目をこなせばいい。ルルーシュはそう判断していた。
ルルーシュ達が立てこもっている部屋のドアをようやく開けることができた。
だが、室内に踏み込んだ瞬間、ゼロは忌々しげに舌打ちを漏らす。
「いない……」
どうして、とカレンが呟く声が耳に届く。
「アッシュフォードの孫娘もバカではなかった、と言うことだろう」
おそらく、最初から有事の時の脱出経路を用意していたのではないか。そう考えれば、この部屋に立てこもった理由も納得できる、とゼロは告げる。
「だからといって、あれらを逃がすわけにはいかない。多少強引な手段を使ってでも私の前に連れてこい」
多少のケガはかまわないが、決して殺すな……と彼は続けた。
「……わかりました」
カレンの言葉に、少しためらいが見られる。それは、自分の友人を傷つけなければいけないかもしれない、という状況から来ているものだろう。
「ルルーシュさえ手に入れば、他の者達は見のがしてもかまわん。今、早急に必要なのはあの男だけだ」
他に、どれだけ重要だと思える相手がいても、だ……と告げる。
「できるな、カレン」
そのまま、視線を彼女に向けた。
「はい」
今度はきっぱりとした口調で頷いてみせる。
「連中がどこから脱出しようとしているのか、確認しろ! 見つけ次第、ナイトメアフレームで追撃を開始だ」
ここから先は、少しでも先に情報を掴んだものが勝つ。ゼロにはそれがわかっていた。でなければ、間違いなくコーネリアの兵が彼等の前に立ちふさがるだろう。
いくらカレンが有能なパイロットとはいえ、多勢に無勢では勝ち目がない。彼女を失うことは今の自分たちにはできないのだ。
だから、その前にルルーシュを確保してこの場を立ち去りたい。
「……アッシュフォードにもいずれ、それ相応の礼をしなければならないな」
考えてみれば、全ての元凶はブリタニア皇帝かもしれないが、あの一族もまた、今の自分たちの状況を作り上げるのに一役を買っていたはずだ。そう考えれば、彼等にも自分たちに対する負債をはらってもらうべきだろう。
その第一弾として、まずはルルーシュを返してもらおうか。彼も、皇帝やランペルージ達が彼を生かすために何をしようとしてたのか、彼自身が知らなければいけない。
そのためにも、とゼロは仮面の下で笑う。
だが、次の瞬間、その笑みは凍り付いた。
「ヴィレッタ卿!」
ルルーシュが彼女に声をかける。
「先頭で行ってくれ。しんがりは私が引き受ける」
後ろにいれば、いくらでもフォローができる、と彼女は言葉を返してきた。
「わかりました」
確かに、その方が確実だろう。ルルーシュもそう判断をする。
おそらく、自分たちを襲ってくるとすれば、後方か左右からしかないはずだ。そして、ナイトメアフレームは後部にコクピットが張り出している以上、前よりも背後からの攻撃に弱い。
そう考えれば、乗り慣れていないルルーシュよりも実戦経験があるヴィレッタの方がしんがりをつとめるのが当然だろう。その事実が少しだけ悔しいかもしれないと思うのは、ルルーシュのプライドが高すぎるせいかもしれない。
「それとランペルージ殿」
そんなルルーシュの態度を彼女はどう思っているのだろうか。それはヴィレッタの表情からは読み取れない。
「何でしょうか」
だが、だからといって彼女が自分たちを見捨てることはないだろう。何よりも、ここにはユーフェミアがいるのだし、とそう思いながらルルーシュは言葉を返す。
「もし、クルルギに連絡が取れるのであれば、そうしておいてくれ。おそらく、こちらに向かっているだろうからな」
彼が一番、君達の行動を理解しているはずだろう……と言われてルルーシュは頷いてみせる。
スザクの存在をどう思っているかはわからないが、彼の実力を認められるのであれば、間違いなく有能な人物なのだろう。そう考えたのだ。
「わかりました。取りあえず、こちらの位置だけは知らせておきます」
もっとも、ジャミングされていなければの話だが。そう思いながら言葉を返す。
「頼む。いざというときに救援が来てくれると思えれば、多少の無理もできるだろうからな」
逆に言えば、そうしなければいけないと彼女も考えていると言うことではないか。そんな彼女に頷き返しながらルルーシュはエマージェンシー・コールのスイッチを押す。
「では、行きましょう。いつ、連中にここがばれるかわかりませんから」
そのまま、視線を下へと向ける。
「会長?」
「任せておいて!」
大丈夫、運転は得意だから……と言う彼女にルルーシュは微かに笑みを浮かべる。そのまま、彼はコクピットへと滑り込んだ。
じりじりとした思いのまま、スザクは特派のトレーラーで待機をしていた。その手の中には、ルルーシュと通じているはずの端末がある。これが動けば、彼の居場所がわかるのに……と思ったまさにその瞬間だ。
「ルル!」
手の中のそれが振動を始める。それが何を意味しているのかを一番よく知っているのはスザクだ。
「君のお姫様から、連絡でもあったのかい?」
スザクの声を聞きつけたのだろう。ロイドがこう問いかけてきた。
「はい」
「なら、場所の特定かな。後は……」
「総督にご連絡を?」
ロイドに最後まで言わせずに、セシルが確認の言葉を口にする。
「そうだね。ランスロットが一番早くいけるだろうけど……でも、あちらがどうなっているか」
それ次第で、やはり援軍が欲しくなるだろうしねぇ……とロイドも頷く。
「ついでに、ランスロットの発進許可をもらおうかねぇ」
一番早く、ルルーシュ達を見つけることが可能だろう。今は、連中よりも先に彼等を保護しなければいけないのだから。そういうロイドの言葉の裏に別の思惑が見え隠れしているように感じられるのはスザクの錯覚だろうか。
「そうですね」
だが、それは自分の希望とも重なる。だから、彼の思惑が何であろうとかまわないとスザクは思う。
自分にとって一番重要なのは、ルルーシュの側に行くこと。そして、彼を守ることなのだから。そのためなら、どんな手段を使ってもかまわないとまで考えてしまう。
たとえ、誰と手を結ぼうとかまわない。
それが、今自分たちと対立しているものだとしても、だ。
ルルーシュさえ笑っていてくれるなら、どんな人間が側にいても我慢してみせる。彼が自分以外のものになるはずがないとわかっているから……とそんなことまで考えてしまった。
次の瞬間、スザクの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
「今は、そんなことを考えている場合じゃないのにね」
ルルーシュと他の者達を無事に助け出さなければいけない。そちらの方が先決だろう。それなのに、自分は今、ルルーシュの無事を確認するための方法を考えてしまっているのだ。
それが別の反応を呼び起こしかけている。
今はそれを別の感情にすり替えなくては……とスザクは心の中で呟く。だから、早くロイドがコーネリアからの許可をもらってきてくれればいいのに。そうすれば、ルルーシュを守ることに全ての気持ちをすり替えられるに決まっているのだ。
「……ルル……」
お願いだから、無事でいて。祈るような気持ちでこう呟く。
その視線の先には、ルルーシュ達の場所を特定しようと作業をしているセシルの姿があった。
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07.03.02 up
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