現状を耳にして、コーネリアは怒りを押し殺すのに必死だった。
「まさか……全てが仕組まれていたとは、な」
自分たちの元に届けられた日本解放戦線のテロの計画はもちろん、現在ユーフェミア達が置かれている状況も、だ。おそらく、その中にはスザクをルルーシュから遠ざける目的もあったのだろう。
しかし、と必死に冷静さを取り戻そうとしながらコーネリアは心の中で呟く。
問題は、連中の目的がどちらなのか、だ。
今、日本解放戦線の者達が立てこもっている場所には、連中が欲しがる存在が二つある。そのどちらが目的なのかによって対処が変わってくるのではないか。そう思うのだ。
「……せめて、中の様子がわかれば、な」
あの二人をはじめとした者達の安否さえわかれば、まだ手の打ちようがあるものを……と彼女は呟く。
「姫様……」
「こうなるとわかっていれば、ユフィを行かせなかったものを、な」
そして、ルルーシュもだ……とコーネリアは続ける。幼い頃に失われた異母妹によく似た容貌のあの少年も、コーネリアにとって見れば守るべき存在だと言っていい。特に、これだけ関わり合いになってしまえば、だ。
彼を守ることで、自分はあの異母妹を守れなかった罪悪感を払拭しようとしているのかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「ユーフェミア様にはヴィレッタ・ヌゥを付けてあります故……」
ダールトンがこう声をかけてくる。
「わかっている。だが、中の状況がわからぬのは、気に入らん」
一体敵が何人いるのか。それすらわからないのだ。
いくらヴィレッタが優秀な騎士でも生身ではどれほどの活躍ができるだろうか。多勢に無勢という言葉もあることだし。
「それに、アッシュフォードの孫娘が……何やら対策を取っていたらしいと、クルルギが申しておりました」
おそらく、万が一の時の脱出経路と手段だろう……とそうも言っていた、と報告をしてきたのはギルフォードだ。
「そうか」
だが、それ以上に気になるのは、己の主と引き離されいてる部下の様子かもしれない。もし、スザクがブリタニア人であり、ルルーシュが皇族であれば、間違いなく彼は最高の騎士となっただろう。いや、そうでなかったとしても誰も文句を言えないのではないか。そう思えるだけの絆があの二人にはあった。そんなスザクの苛立ちは自分に勝るとも劣らないのではないか。
「クルルギには決して先走るなと釘を刺しておけ」
必ず、救出のチャンスはある。だから、それまで我慢しろと告げろ、とそうも付け加える。
「ご命令のままに」
ギルフォードはこう言って頭を下げた。
その時だ。
不意に外が騒がしくなる。
「何事だ!」
人質に何かあったのか。そう思いながらコーネリアは腰を浮かす。
「今、確認して参ります」
即座にギルフォードが行動を起こした。足早にコーネリア達の前を後にして外の兵士達に状況を報告するように命じている。それに関してはかれに任せればいいだろう。そう思いながらも、コーネリアはじりじりとした感情にさいなまされていた。
「……まさか、あんなものを隠していたとはな」
眼下で日本解放戦線の者達を蹴散らすように飛び出していくグラスゴーを見つめながら、ゼロは忌々しげに呟く。しかし、このまま逃がすわけにもいかない。それでは、何のためにお膳立てを整えたというのか。
「ゼロ!」
どうするのか、と指示を求める声が届く。
「紅蓮弐式で追撃を。どうやら……予定外のお客様もいらしたようだ」
車の後部座席で揺れているピンクを見つめながら、ゼロはこう告げる。
「ゼロ?」
「まさか、副総督閣下と逢い引きしていたとはな」
小さな笑いとともに付け加えられた言葉に、誰もが息をのむのがわかった。
「コーネリアと取引をするのに、これ以上の材料はあるまい」
彼女が妹たちを溺愛しているらしいことはとても有名な話だ……とゼロは付け加える。
「もっとも、副総督に関しては生きてさえいてくれればいい。彼と違ってな」
むしろ、必要なのはそれだけではないか。
命さえあれば、取引には使える。そして、五体満足でない方が管理はしやすい。
何よりも自分の部下達にとってその方がいろいろと溜飲が下がるのではないか。そんなことも考える。
「できるな?」
確認するように声をかければ、彼等は一斉に頷いて見せた。
「なら、急いでいけ。ブリタニア軍が出てくると面倒だ」
さらに続けられた言葉に彼等は即座に行動を開始する。
「周囲を警戒していた者達に足止めをさせろ。ただし、殺すな」
ユーフェミア以外の存在も、ルルーシュが一緒にいた者達だ。彼に言うことを聞かせるための材料にはなってくれるはず。
同時に、学友達を攻撃しなければならないことに、少しだけためらいを見せていたカレンの気持ちを軽くさせるためのものでもあった。
実際、想像通り彼女の表情からはためらいが消えている。
これなら大丈夫だろう。そう判断をして、ゼロは仮面の下で満足そうに笑った。
「ス〜ザクくん。許可、出たよ」
ロイドの言葉を耳にした瞬間、スザクは即座にランスロットを起動する。そのまま、発進体勢へと移す。
「ランスロットは先行して、皇女殿下及びランペルージ君達を護衛。そのまま本陣へと下がるように」
総督閣下も、すぐに後を追われるそうだからね〜と彼は続ける。それに言葉を返す間も惜しいというようにスザクはレバーをきつく握りなおした。
「行きます!」
そのまま、ランスロットを急発進させる。
『スザク君。目標の場所をそちらに転送したわ』
そんな彼の耳に、セシルの声が届く。
「ありがとうございます、セシルさん」
彼等の居場所さえわかれば、後は自分が何とかすればいいことだ。そして、それだけの力を自分は既に手にしている。
「……ルル、今、行くからね……」
だから、待っていて……とスザクは呟く。
そのまま、ためらうことなく最高速度まで上げる。
周囲の光景がものすごい光景で流れていく。おそらく、装甲にも木の枝や何かが当たっていることだろう。あるいは、後でロイドに怒られるのだろうか。
もっとも、実戦に出ることを許可してくれたのだからかまわないか……とも思う。
「後、少しだ」
信号の場所まで……と確認したところでスザクは気を引き締める。
同じ場所に数機のナイトメアフレームの反応もあるのだ。
それが全部敵だ、とは思っていない。万が一のことを考えて、事前に、ミレイがホテルの地下に脱出用のグラスゴーを用意しておく……と言っていたのを聞いていたのだ。そして、ルルーシュがナイトメアフレームを操縦できることもよく知っている。自分に操縦の基礎を教えてくれたのは彼なのだ。
だから、最低でもこの中の一機はルルーシュが乗っているはず。
ユーフェミアにも護衛の騎士が付いていったという話しも耳に届いている。だから、まだ、彼等は無事だろうとも思う。
不意に視界が開ける。
同時に、グラスゴーと無頼が組み合っているのが見えた。そして、その後方にはもう一機のグラスゴーとその足下にいるジープも確認できる。
間違いなく、ジープの側にいる方のグラスゴーに自分の大切な存在が乗っているはず。
そのグラスゴーの背後から襲いかかろうとしている無頼が確認できた。
「ルル!」
反射的にヴァリスの銃口を向ける。そして、そのまま引き金を引いた。
『スザクか?』
ランスロットを着地させると同時に、ルルーシュの声が耳に届く。
「無事だね、ルル!」
それに、スザクはほっと安堵のため息をついた。だが、すぐに意識を切り替える。ここはまだ戦場なのだ。
「今、総督閣下の隊もこちらに向かっている。だから、もう少し頑張って!」
副総督閣下と女性陣を……とスザクは彼に告げる。
『わかった』
そのくらいなら、何とかなるだろう……とルルーシュは言葉を返してくれた。その口調に安堵の色が感じられるのはスザクの錯覚ではないだろう。間違いなく、それは自分がここに来たからだ。それもわかっている。
だから、その気持ちに自分は応えなければいけない。
スザクはそう判断をすると、無頼と戦っているグラスゴーを援護するために行動を開始する。この場から先にルルーシュ達だけ移動させないのは、どこに伏兵がいるかわからないからだ。
一対一ならば、ルルーシュでも何とかできるだろう。
しかし、守るべき対象がいてはどうだろうか。
こういう事は、やはり経験が物を言うものだろうし……とそう思う。
「援護します!」
言葉とともに、スザクはヴァリスでまた一機の無頼を動作不能にする。
『右から来る連中は任せる!』
そうすれば、スザクの耳に女性の声でこんな指示が飛んできた。それが誰の声か、すぐに思い当たる。
「了解しました、ヴィレッタ卿」
そして、こう言い返した。
「これまで、だな」
忌々しさを隠せない……と言う口調でゼロはこう呟く。
「撤退させろ」
このままでは、無駄な犠牲が出る。それでは、これからの行動に支障が出るだろう、とそう心の中で呟いた。
「……ゼロ……」
「しかたがない。相手の方が一枚上手だったと言うことだ」
声をかけてきた扇に、ゼロはこう言い返す。
「それはコーネリアではない。ランペルージとアッシュフォードの二人だろうな」
ルルーシュに関しては予想していたが、アッシュフォードの孫娘もそうだったとは予想外だった、というのが彼の本音だ。
「どのような小者でも侮ってはいけない、という戒めだな」
自嘲の笑みとともに彼はこう呟く。
「ゼロ」
「おそらく、コーネリアの軍もすぐに来るぞ。それでは、退路を断たれてしまう」
機会は、また作ればいい。そう付け加えれば、扇も納得したようだ。指示を出すためにゼロから離れていく。
「……そう。諦めるのは今回だけだ」
今回は自分の作戦ミスだ。それは素直に認めよう……とゼロは心の中で呟く。しかし、次はそうはいかない、とも。
「だから、今の幸せを堪能しておくがいい」
この言葉とともにゼロはマントを翻して体の向きを変える。そんな彼の背後で撹乱のための閃光弾と煙幕が破裂した。
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07.03.04 up
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