コーネリア達がたどり着いたときにはもう、ゼロ達の姿はその場にはなかった。起動不能になった無頼の中にもパイロットはいなかったと言うことは、撤退のための手はずは事前に整えられていたと言うことだろうか。
そう考えれば、敵ながら見事だ、としかいいようがない。同時に、その組織力がさらに拡大したらどうなるのか……とも思ってしまう。
「お姉様」
しかし、コーネリアのその思考も、この声であっさりと中断されてしまった。
「ユフィ。ケガはないな?」
真っ直ぐに駆け寄ってくる妹に向かって、コーネリアはこう問いかける。
「はい。みなさまが守ってくださいましたから」
そうすれば、ユーフェミアは微笑みながらこう口にした。
「特に、ルルーシュとミレイさんには。ヴィレッタにもお礼を言わないといけませんわね」
コーネリアからも言ってもらっていいだろうか……とユーフェミアは問いかけてくる。
「そうか。ならば、私からも礼を言わなければな」
ヴィレッタに関してはユーフェミアを守るのは当然の責務だと言える。しかし、アッシュフォード学園の者達にはそうではない。あるいは、ユーフェミアのワガママのせいでこのような状況になったのかもしれないと思えばなおさらだ。
「しかし……彼がナイトメアフレームを操縦できるとはな」
騎士でもテロリストでもないのに、何故……とそうも考える。
「コアルミナスの精製を行うのには、それが使われているナイトメアフレームに関しても知っておいた方がいいだろう……とそうお考えだったそうですわ」
そうルルーシュが言っていたのだ、とユーフェミアが口にした。だから、基本だけは身につけているのだ、とも。
「なるほど。それで、グラスゴーか」
アッシュフォードであれば、手配も可能だろうな……とコーネリアも納得をする。
「ともかく、お前は休め。あぁ、アッシュフォードの者達も一緒に休憩を取らせるように言っておこう」
ルルーシュに関しては、先に確保されているようだがな……と苦笑とともにコーネリアは呟く。その視線の先には、特派の者達に半ば拉致されるように連れて行かれる彼の姿があった。
「あら……」
「クルルギが心配しているのだろうから、しかたがあるまい。しかし、後で話をさせてもらわなければな」
いろいろな意味で必要だろう、とコーネリアは判断をした。
「そういうことだからな。お前は、あそこで呆然としているみんなを安心させてこい」
できるだろう? と問いかければユーフェミアは頷いてみせる。そのままきびすを返そうとして彼女は足を止めた。
「ナナリーは……」
「総督府だ。心配していたが、お前が無事だと伝えたら安心していた。後は休むように言っておいたが……帰ったら、ちゃんと顔を見せてやれ」
この言葉に、ユーフェミアはしっかりと首を縦に振ってみせる。
「帰りましたら、一番にナナリーのところに行きますわ」
安心してもらうために頑張ります……と彼女は口にした。それはきっと、あのかわいそうな異母妹が一番近しい肉親を失った時のことを思い出しているかもしれない。そのことを心配しているからだろう。
それは自分も同じだ、とコーネリアは心の中で呟く。
ナナリーが心から微笑んでくれるようになるまで、いったいどれだけの時間がかかったというのか。
そう考えれば、自分たちはどのようなことをしても死ぬわけにはいかない。
これもまた、ルルーシュが予測していた事実なのだろうか。
ただの偶然だとしても、自分にとっては生き残るためのよい理由になっていることは事実だ。
「では、行っておいで」
少女達が所在なさげに立っている姿を見て、コーネリアはユーフェミアに声をかける。
「はい、お姉様。では、失礼をさせて頂きます」
「私も後始末が終わったら顔を出す」
だから、そう伝えておくように……と囁きながら、コーネリアは彼女の頬をそっと撫でた。
「お前もゆっくりとしておいで」
この言葉に、ユーフェミアは微笑みを浮かべながら頷く。そして、そのままきびすを返すと少女達の方へとゆっくりと歩み寄っていった。
「姫様」
それまで黙って控えていたダールトンが声を潜めながら呼びかけてくる。
「何だ?」
どうやら、他の者には聞かれたくない話のようだ。彼の口調からそう判断をして、コーネリアは再びトレーラーの中に足を向けながらこう問いかける。
「……気になることがございます。もっとも、自分の気のせいかもしれませんが」
ただ、そう言い切ることはできない。そして、その内容はうかつに口にできない……とも付け加える。
「……ルルーシュに関することか?」
それは、今自分たちの目の前にいる《彼》ではなく、失われてしまったはずの《妹》に関係していることではないか。コーネリアは判断をする。
「はい」
そのまま、二人はトレーラーの中に足を踏み入れた。
ダールトンがドアを閉めている間に、コーネリアはイスへと腰を下ろす。
「……それで?」
自分たち以外の者の耳に入らないと確認してから、コーネリアは彼に言葉を促した。
「先ほど、ランペルージが操縦するグラスゴーの動きを見たのですが……昔、ルルーシュ様にお教えしたときに感じた癖のようなものが残っておりました」
それを根拠に、彼がルルーシュだとは言えない。それでも、見過ごすには大きすぎる……と彼は続けた。
「あの子と彼が同一人物だと?」
しかし、とコーネリアは顔をしかめる。
「ランペルージ殿は、間違いなく《男》だと聞いたが?」
こう口にしながらも、コーネリアはあることに気付いてしまう。
ユーフェミアやナナリーと違って、自分はルルーシュが本当に《女性》であったのかどうかを知らないのだ。しかし、父である皇帝やマリアンヌ達が口をそろえて《皇女》だと言っていた以上、あの子が《男》であるなどと誰が考えようか。
しかし、と思う。
彼等が全員共謀してルルーシュの性別をごまかしていたとするならば、どうだろうか。そう考えて、コーネリアはすぐにその可能性を捨てる。性別を隠さなければならない理由など、思い浮かばないのだ。
「……不敬と言われるかもしれませんが……」
しかし、ダールトンは違ったらしい。何かを口に仕掛けて、彼はすぐに口をつぐむ。
「かまわん。ここだけの話しにしておく」
だから言ってみろ、とコーネリアは付け加えた。その言葉の裏には、自分自身もルルーシュの死に関して違和感を感じていたからかもしれない。
「ルルーシュ様がお生まれになった時、宮殿である騒ぎが起きたことを覚えておいででしょうか」
この問いかけに、コーネリアは頷いてみせる。
「確か……第何后妃だったかは忘れたが、自分の子供の皇位継承権を上げようとして、結局、シュナイゼル兄上に返り討ちにあったのだな、確か」
その目的のためにあまりに非道な振る舞いをしていたせいかこっそりと《魔女》と呼ばれていた后妃。そうだからこそ考えついたのだろうか。
そう言いかけて、コーネリアはまさかと思う。
「確かに、それで命を落としたものもいるが……だからといって、マリアンヌ様の御子まで?」
「あり得ない話ではございますまい。実際、マリアンヌ様はご自分の離宮でお命を奪われたのですぞ」
そして、その犯人はいまだに見つかっていない。そういわれてしまえば、コーネリアも頷かないわけにはいかなかった。
「他にも、マリアンヌ様の御一族のことであれこれ気になる話しも耳にしております」
それに関しては、以前から調べさせていたは……とダールトンは付け加える。
「わかった。それに関してはできる限りの配慮をしよう」
だから、できるだけ早く確証をつかめ……とコーネリアは命じた。それにダールトンも静かに頷いてみせる。
「……もし、そうだとするならば……何故、あの子は私に真実を言ってこない……」
信用されていないわけではないだろう。だが、それでもためらわれる何かがあるというのか。
「この姉は……それほどまでに頼りないか?」
ルルーシュと呟いた言葉に、返答はなかった。
そのころ、ルルーシュはどうやってこの場から逃げ出そうかと本気で考えていた。
はっきり言って、この男は厄介だ。特に、このような状況では……とそう思う。眼鏡の下の瞳がどのような感情を映し出しているのかわからないのだ。
「……ルル」
そんなルルーシュの内心がわかっているのだろう。スザクがさりげなくロイドからルルーシュを隠すような位置にいてくれる。
「俺としては、みなの所に行きたいのですが?」
彼女たちが無事なのはわかっているが、それでも不安がっているのではないか。だから、とここに連れてこられてから何度目になるかわからない言葉を繰り返す。
「だ〜か〜ら〜」
しかし、それに対する彼の言葉も同じだと言っていい。
「君がOKしてくれたら、すぐにでも解放してあげるよぉ。今日の所は」
そんなことができるか、とルルーシュは心の中で呟く。
ただでさえ、目の前の男はブリタニア皇室に近すぎる。そして、そのどこから自分の正体がばれないとも限らないのだ。
今ですら、かなりぎりぎりの所にいるのだ、と言うこともルルーシュは理解している。だからこそ、これ以上の不安要素は取り除きたい。そう考える。
しかし、目の前の男はスザクの上司と言うだけではなく伯爵という地位を持っている以上、スザクはもちろん、自分でもうかつに拒否できない。そんなことをすれば、この男をさらに煽り立ててしまうだけではないのか。そう思うのだ。
「俺は軍人ではありませんが?」
「もちろん、そんなこと最初からわかっているよぉ。でも、君、君のために作ったんだよ、この子は」
他の誰かが聞けば誤解されそうなセリフだな、とルルーシュはため息をつく。
「だから、君に乗ってもらわないと」
「勝手に作っておいて、そうおっしゃいますか?」
「だって、乗れるでしょぉ。グラスゴーをあれだけ動かせるんだから、大丈夫だよぉ」
どうしてそういう結論になるのか、と本気で頭痛がしてくる。
「それに、絶対に必要になるよ。これから」
不意にロイドがまじめな口調でこういった。
「ロイドさん?」
いったい、この男は自分たちの何を知っているというのか。それはまるで予言のように響いた。
「……貴様……」
何を、とルルーシュは言いかける。
「ゼロも、きっと次は本気で来るだろうし……あの、赤いのはランスロットと互角の性能を持っているようだしねぇ」
だから、備えはきちんとしておいた方がいいよぉ、とロイドはルルーシュの言葉を遮るかのように告げた。
「武装は少ないけど、これは逃げるには最適の機体だしねぇ」
本来は偵察ようなのだ、と聞いてもいないのにロイドは喜々として教えてくれる。
「ルルーシュ君の論文とお友達君のレポートからヒントをもらったんだよ」
だから、ルルーシュの機体だ……と言う彼に何と答えればいいのか。
「と言うわけで、はい」
いつの間に近づいてきていたのだろう。ロイドはルルーシュの手を取ると、その中に起動キーを落としてくる。
「はい、君のだからね。ガウェインは」
ルルーシュにそれをしっかりと握らせるとロイドはさらにこう言い切った。
「返品不可、だからねぇ」
もう君のだよぉ、と彼は笑う。
「誰が受け取ると言った!」
それに我に返ったルルーシュがこう叫ぶ。しかし、それに耳を貸すような男でなかったことは言うまでもないであろう。
気が付いたら、なし崩しにルルーシュは第七世代のナイトメアフレームを押しつけられていた。
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07.03.06 up
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