コーネリアやユーフェミアの元に騎士達が集結しているからだろうか。総督府の警護についている者は一般の兵士がほとんどだ。
もちろん、それが悪いわけではない。ある意味、それは当然だろう。騎士というものは、本当に特別な存在なのだ。それ故に、それぞれが多大なる権限を与えられていると言っていい。
逆に一般の兵士は一人で何かをなすことは少ない。必ず複数のもので確実に任務を遂行していく。そういう存在だ。
自分だけではない。
その安堵がほんの僅かとはいえ、警備に穴を開けてしまったのではないだろうか。
警備の目を盗んで総督府内に忍び込んでいく者達がいる。だが、自分が見のがしても誰かが見つけてくれるのではないか。そう思ってくれているものが複数いる気のゆるみを突いたかのように、彼等は奥深くまで進んでいく。
彼等の目的地は、この総督府内で一番安全であるべき場所だった。
少なくとも、コーネリアとユーフェミアはそう考えている。なぜなら、この部屋の主は、自分自身では自由に動くことができないのだ。
何よりも、彼女はあのマリアンヌの忘れ形見の一人。そして、ただ一人の生き残りでもある。その事実が、父であるブリタニア皇帝にも哀れに思えるのだろう。力がないものは認めないという彼ですら、細心の注意と惜しみない援助を与えているのだ。
何よりも、コーネリアに彼女は多大な影響を及ぼせる数少ない存在でもある。
だからこそ、厳重な警備がしかれているはずだった。
しかし、そのシステムは一部で齟齬が出た瞬間、機能しなくなってしまう。もっとも、そのようなことが起きるはずがない、と思われていたことも事実だ。だからこそ、このような事態を許してしまったのだろう。
「……どなたですか?」
室内に人の気配を感じてナナリーの意識は夢の中から現実へと舞い戻ってきた。しかし、彼女の問いかけに対する答えはない。ただ、その耳に、ゆっくりと自分の方へ歩み寄ってくる複数の足音が捕らえられているだけだ。
「いったい、何のご用でしょうか」
厳しい口調で彼女はそう問いかける。
同時に、教えられたとおりに異常を知らせるボタンを押そうとした。
だが、その動きを最後まで行うことはできない。
いつの間にか背後に回っていた者が彼女の口元に布を押しつけたのだ。それからはつんとした匂いがしている。それが何であるか、ナナリーがその単語を思い浮かべると同時に、彼女の意識は強制的に奪われた。
くったりとした体を、それでも慎重に侵入者達は抱き上げる。そのまま、無言で部屋を後にした。
ナナリーの姿が失われたこと以外、部屋の中の様子は変わらなかった。
小さなため息とともに、ルルーシュはスザクのベッドに体を投げ出す。
「よかったの?」
クラブハウスの方に戻らなくて……と問いかけながら、そっとスザクが脇に腰を下ろしてくる。
ここからすぐ側だろう、とそうも付け加える。
スザクが今、暮らしているのは、アッシュフォード学園の大学部構内にある特派の研究施設だ。ルルーシュが住んでいるクラブハウスとは目と鼻の先だといっていい。それでも、ルルーシュをここに入れたのは初めてかもしれない、とそう考える。
それはここが、アッシュフォード学園の構内でありながらも、軍の施設だからだ。ルルーシュがランペルージの当主とはいえ、立場的にはただの民間人でしかない。そんな人間をうかつに施設内に入れることはできないのだ。
「それとも、送っていって欲しいの?」
それなら……とスザクは付け加える。
「あれを持って、か?」
ルルーシュが顔を枕に押しつけたままこう呟く。
ロイドに押しつけられたそれを見て、ミレイはもちろん、コーネリアまでもが納得をしてくれたのだ。だが、旧式であるグラスゴーはともかく、第七世代のナイトメアフレームなんてうかつに人目に触れさせるわけにはいかないだろう。まして、あれはまだ微調整が必要なのだと言うし……いったいどうするつもりか、と考えればルルーシュは頭が痛くなってくる。
「まぁ……ランスロットと同じで、ロイドさん達が調整しながら、あちらこちらに行ったり来たりするんじゃないのかなぁ」
それはそれで、あまり嬉しくないかもしれないが……とスザクは苦笑とともに口にする。
「ガウェインとはな……アーサー王伝説が好きなのか、奴は」
それにしても、王を裏切った騎士と最後まで付き従った騎士の名前とは……もう少し考えればいいものを、とルルーシュはあきれたように呟く。
「そうなの?」
どうやら、そこまで知らないらしい。スザクはこういいながらルルーシュの顔をのぞき込んでくる。そのまま彼は、そうっとルルーシュの頬に触れてきた。
「でも……これでルルとずっと一緒にいられる」
今までは、自分が軍務に付いているときは一緒にいられなかったから……と彼はそう付け加える。
だが、ガウェインがあればルルーシュが特派のラボに顔を出しても誰も何も言わないだろう。特に、コーネリアが許可を出した今となっては、だ。
「あまり、軍とは関わりたくなかったのだがな」
いつ、どこで自分の正体がばれてしまうかわからないから……とルルーシュが呟く。
「今、エリア11にはコーネリアだけではなくダールトンもいるから」
何年ぶりになるだろうか。彼の姿は昔と変わっていないように思える。そんなことを考えながら、ルルーシュはさらに言葉を重ねた。
「ダールトン卿?」
彼がどうかしたのか、とスザクが問いかけてくる。
「俺に……ナイトメアフレームの操縦方法を教えてくれたのは、彼だ……」
その時のことを、彼がどれだけ覚えているのかはわからない。だが、もし、彼が覚えているならば、今回のことで自分の存在に疑念をもたれた可能性はある……とルルーシュは思う。
それがコーネリアの耳に入れば、どうなるか。
間違いなく、自分の存在を調べようとするだろう。
「……ルル……」
最悪、自分たちは引き離されるのではないか。それでなくても、このままではいられなくなるだろう。それが恐い、とスザクが視線で告げてくる。もちろん、ルルーシュだって同じ気持ちだ。
「スザク……」
言葉とともに、ルルーシュは彼に向かって手を伸ばす。その意図が伝わったのだろう。スザクはゆっくりとルルーシュの上に体を重ねてくる。
そんな彼の背中に、ルルーシュは腕を回すとしっかりと抱きしめた。
「俺は、ここにいる」
だから、安心しろ……とはいうものの、一番不安を感じているのは自分だ、と言うこともルルーシュはわかっている。今、腕の中にあるぬくもりを失いたくない……と考えていることも否定できない。
そのためには、何を裏切ってもかまわない、とすら考えていた。
「僕も、ここにいるよ」
大丈夫。何があってもルルの側にいるから……と彼は耳元でこう囁いてくる。伝説の中のランスロットとは違う。決して自分の主から視線をそらさないとも。と言うことは、彼もしっかりとその伝説について知っていたと言うことだろう。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「当たり前だろう。お前は……俺のものだからな」
何があっても必ず側にいると言ったのはスザクだ、とルルーシュは微笑んだ。
「そうだね、ルル」
約束したよね、と言いながらスザクは唇を寄せてくる。それが何を意図しているのか、ルルーシュにもわかっていた。だから、そっと目を閉じる。それに、スザクが小さく微笑んだのがわかった。
「んっ」
重ね合わせた唇から伝わってくるぬくもりがルルーシュの心を安心させてくれる。誘うように唇を開けば、舌先が滑り込んできた。
それが与えてくれる快感に、ルルーシュは素直に身をゆだねる。
「好きだよ、ルル」
囁いてくれるスザクに、ルルーシュは頷くことで答えた。
ナナリーの不在に一番最初に気が付いたのはユーフェミアだった。
「……ナナリー……」
目の前の光景が信じられない。
どうして、この場に彼女の姿がないのだろうか。
あの可愛い妹が、誰にも知られずにどこかに行けるはずがない。そうなれば、誰かに連れ去られた……と判断するしかないのだろう。
だが、誰に連れ去られたというのか。
警備の者達に気付かれることなくそれを行えるとしたら、それなりに訓練を積んだ者達だろう。
ブリタニア軍以外でそのようなことができるとすれば、今のこの地では限られているとしか言いようがない。
「ともかく……お姉様にご報告をしなければ……」
自分だけではどうしようもないことはわかりきっている。
それに、少しでも早く対策を取らなければ、ナナリーの身にどのような危害が加えられるのかわかったものではない。何よりも、あの異母妹がどれだけ不安を感じているかと思えば、心が痛む。
「ルルーシュが私たちを信頼して預けてくださったのですもの……その信頼を裏切るわけにはいきません」
彼女とクロヴィスが命を落としたこの地で、その上、さらにナナリーまで失うわけにはいかない。自分のワガママが引き起こした事態をようやく片づけたばかりで申し訳ないが、と心の中で呟くと、ユーフェミアはきびすを返した。そのまま、普段の彼女からは信じられないような仕草でコーネリアの元へと駆け出していく。
そんな彼女の態度から、何かあったのではないかと気付いた者達も多いのではないだろうか。
しかし、ユーフェミアの口からまだ何も言われない以上、自分たちがうかつに騒ぎ立てるわけにはいかない。
そう考えているのか、使用人達は息を殺して彼女の姿を見送っている。
だが、それすらもユーフェミアは気付いていないのではないだろうか。
真っ直ぐにコーネリアの私室へと駆けつけると、ちょうどギルフォードが出てくるのが見えた。それならば、間違いなくコーネリアは今、部屋の中にいるだろう。
「ユーフェミア様?」
どうかなされましたか? とギルフォードが問いかけてくる。
「お姉様は? 中にいらっしゃいます?」
それには直接言葉を返すことなく、ユーフェミアは逆にこう聞き返した。
「殿下なら、おいでになられますが……」
本当にどうかしたのか、とギルフォードは不審そうな視線を向けてくる。それをユーフェミアはあえて無視をした。
「お姉様! ユーフェミアです!!」
至急お伝えしたい事があります! と堅い口調で告げれば、コーネリアから入室の許可が出る。それを確認してから、入室する程度の理性はユーフェミアにもまだ残っていたらしい。
「失礼します」
断りの言葉を口にしてから、室内に踏み込む。その後を、今退出したばかりのギルフォードが付いてきた。
室内にはコーネリアの他にダールトンがいる。
ギルフォードがドアを閉めてくれるのを背中で感じながらも、ユーフェミアは姉の元へと歩み寄っていく。自分が今、どのような表情をしているのか。それを気にする余裕は、今のユーフェミアにはない。
「……ユフィ?」
だが、よほど酷い表情をしているのだろう。コーネリアが不安そうな視線を向けてくる。
「……お姉様……」
だが、この事実を伝えないわけにはいかない。
「ナナリーが、おりません」
車いすも何も部屋の中にはあるのに、彼女の姿だけないのだ……とユーフェミアははき出す。
「ナナリーが!」
いつ……とコーネリアは腰を上げる。
「わかりません……みな、あの子は部屋で眠っている、とそう言っていたのです」
それなのに、ベッドの上に彼女の姿はなかった。
車いすがないのに、あの子が一人でどこかに行けるはずがないのに……と口にしている間に、ユーフェミアの心の奥で何かが切れる音がする。
「私……ルルーシュお姉様に約束しましたのに……あの子を、守ると……」
それなのに、どうしてナナリーがいないのだろうか。そう呟くユーフェミアの頬を涙が濡らしていく。
「落ち着け、ユフィ」
こう囁きながら歩み寄ってきたコーネリアが彼女の体をしっかりと抱きしめてくれる。
「大丈夫だ。あの子を連れ去った者達の目的はきっと……私だ」
ブリタニアに何か要求を突きつけるために、あの無力な存在をさらったのに決まっている……とコーネリアは歯の隙間から無理矢理言葉をはき出した。
「だが、そのようなこと、私が許さない」
必ず、ナナリーは無事に取り戻す。そして、このような愚行を犯したものにはそれなりの報復を与えてやる、と彼女は付け加える。
「だから、お前はあの子の無事を祈ってやっていてくれ」
その言葉に、ユーフェミアはいつものように素直に頷くことができなかった。
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07.03.08 up
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