クロヴィスはその報告にきれいに整えられた眉を寄せる。
「ゼロ、ね」
 その正体はわからない。ただ、最近、ブリタニア軍の将校や貴族達が暗殺される事件が続いていた。そして、その場所には必ず一つの署名が残される。
【ZERO】
 それが犯人の名前なのかどうかはわからない。
「ブリタニアに逆らうものは、何者であろうとも存在を許されない」
 その言葉の意味がわからないはずはないだろう。クロヴィスはそう告げる。
「わかっております、総督閣下。必ず近いうちに、よいご報告をさせて頂きます」
 軍を統括している将軍が、こう言って頭を下げた。
「楽しみにしているよ」
 クロヴィスはそういって微笑む。
 それは同時に、これでこの話題は終わりだ、と宣言しているのと等しい。
 これ以上の厄介ごとはないのではないか。そう思う軍人達を尻目に、クロヴィスは視線を彼等と反対側の列へと向ける。
「もうじき、一度あちらに戻らなければならないのだが……いい人材は見つかったかな?」
 他の兄弟達が連れて来るであろうチェスの名人達と太刀打ちができるような、と彼は問いかけた。
「どうせなら、こんな辺境の地にも、有能なものがいると見せつけたいしね」
 たんに、自分の立場を有利にしたいだけだろう。そう考えるものは少なくない。しかし、それでも相手はブリタニア第三皇子なのだ。下手なことを口にするわけにはいかない、と誰もが口をつぐむ。
「総督閣下」
 その時だ。不意に貴族の一人が口を開く。
「なんだい?」
 面白そうに、クロヴィスは彼に視線を向ける。
「先日、面白いものに出会いました故、ご報告を」
 チェスの腕は、自分よりも遥に上だ……と付け加えれば、クロヴィスだけではなく他のものも驚いたように視線を向ける。彼がクロヴィスを除けばこの中で一番の実力の持ち主だ、というのは否定できない事実なのだ。
「どのようなものなのだ?」
「年はまだ、十七と申しておりましたな」
 租界にある学園の生徒だとか……と彼は口にする。
「何よりも気にかかったのは、そのものがあの《ランペルージ》の現当主ではないかと言うことなのですが……」
 ランペルージの先代が亡くなったことは周知の事実だ。だが、その後を継いだものがいるはずなのに、いまだに表舞台に出てこない。現当主と話をするには、アッシュフォード老を通さなければいけないのだ。
 しかし、と彼は続ける。
 どのような名目とはいえ、クロヴィスの前に呼び出し本人が詰問をすれば、真実を告げないわけにはいかないだろう。
「あのものを取り込めれば、総督閣下のお立場は、さらに強くなられるかと」
 ブリタニアの覇業は、ナイトメアの存在によりところが大きい。
 そのナイトメアの心臓とも言えるコアルミナスの精製方法を握っているのがランペルージ家なのだ。
 その力を手に入れられれば、と思うものはクロヴィスだけではないだろう。
「それは願ってもないが……さて、どうすれば確実に呼び出せるかね」
 自分たちの配下に、ランペルージと関わりがあるものはいないのか、とクロヴィスは問いかける。
「……そういえば……」
「何か心当たりがあるのかな?」
 准将、とクロヴィスは視線を向けた。
「先年、軍に志願してきた名誉ブリタニア人がおりますが……そのものの身元保証を先代のランペルージ老がしておりました」
 おそらく、当代とも面識があるのではないか、と彼は続ける。
「名誉ブリタニア人……」
「……ナンバーズか……」
 さげすみの言葉があちらこちらからわき上がった。
「だが、それでもランペルージの関係者だ」
 たとえ、どのような細い糸だとしても失うわけにはいかないだろう。その言葉に、誰もが口をつぐむ。
「ともかく、連れておいで」
 いざとなれば、そのナンバーズの地位を少しぐらい上げてもかまわないから……とクロヴィスは口にする。
「今、必要なのは、チェスの名手とランペルージの関係者だからね」
 それが、全ての者達の気持ちを代弁していたことは、否定できない事実だった。

 予想通りと言うべきか。
 それとも、いつも以上だったと言った方が正しいのか。
 ルルーシュは体を起こすどころか、指一本動かすこともできずにベッドの上に身を横たえていた。
「……あの体力バカが……」
 確かに許可は出したが、だからと言って、まったく手加減をしなくていいというわけじゃないだろう、とそう思うのだ。
 しかし、考えてみれば本当に久々の行為だったと言っていい。スザクの方も手加減できない状況だったと言うことなのかもしれない、とそう思い直す。
「まったく……」
 厄介だな、とルルーシュが呟いたときだ。
「何が?」
 言葉とともにスザクが近づいてくる。
「……何でも、ない……」
 本当はもっとあれこれ言い返してやりたいセリフはあるのだが、のども痛くてその気力もわかない。
「ならいいけど……」
 ともかく、水飲むよね? と問いかけながら、スザクは手にしていたボトルをルルーシュの前に差し出してくる。それが自分が好んで口にしている銘柄だとわかって、ルルーシュは静かに首を縦に振って見せた。
 しかし、このままでは水を飲むのは難しい。
「起こせ」
 だから、こう命じる。
「大丈夫?」
 起こしても……とスザクは真顔で問いかけてきた。
「何が言いたい」
「腰、辛いんじゃないかなって……」
 ちょっと夢中になっちゃったから……とスザクはさりげなく付け加える。
「あれがちょっとか」
「ごめんって」
 言葉とともにスザクはベッドの端に腰を下ろした。そして、ルルーシュの目の前でボトルの中身を口に含む。
 そこまでされれば、彼が何をしようとしているのか、ルルーシュにもわかった。
 予想通りと言うべきか。
 彼の顔がゆっくりと近づいてくる。そのまままぶたを閉じれば、そっと唇が重ねられた。
 少しだけぬるくなった水が、すぐに口腔内に注ぎ込まれる。
「……もっと」
 一口では足りない。
 その気持ちのまま、ルルーシュはこうねだる。
「うん、ルル」
 君が望むだけ、とスザクは微笑む。そして、そのまま、何度も唇からルルーシュのそれへと水を注ぎ込む。
「……もう、いい?」
 ルルーシュが小さなため息をついたとき、スザクはこう問いかけてくる。それに、ルルーシュは小さく頷くことで答えた。
「じゃ、眠る?」
 朝には、きっといつも通り動けるようになっているよ……とスザクは首をかしげながら問いかけてくる。
「……その前に……」
 ルルーシュは小さなため息とともに言葉をはき出す。
「ひょっとしたら、目を付けられたかもしれない……」
 もっとも、まだ正体がばれたわけではないだろうが……と彼は続けた。
「ルル」
「……俺のことで、何か言われるかもしれない……それに関しては、素直に向こうの話を聞いておけ」
 でなければ、スザクの命が危なくなるかもしれない……と付け加える。
「ルル、僕は……」
「大丈夫だ。いくらでもごまかせる」
 それよりも、スザクを失い方が辛い。そういえば、彼はルルーシュの体を抱きしめてくる。
「……愛してるよ、ルル」
 だから、という彼の頭を、そっとルルーシュは抱きしめた。
「俺も、だ。だから、勝手に俺の前から消えるな」
 どんなに無様な真似をしてもかまわない。生き残れ、とルルーシュは命じる。
「わかっているよ、ルル」
 僕はルルのものだから……ルルの許可がなければ、絶対に消えない。スザクはそう囁いてくる。
「だから、ルルも僕の前から消えないで」
 スザクの言葉に、ルルーシュは彼を抱きしめる腕に力をこめた。








06.12.30 up