ルルーシュが言っていたのはこういうことだったのか。
上官から呼び出されたスザクは彼の言葉を聞きながら、心の中ではき出す。
ルルーシュの才能は、チェスだけではない。それ以上に、科学者としての才能の方があるのではないか。いや、あの後、自分たちを庇護してくれた人間の手でそれが開花した、と言うべきかもしれない。
だが、それが目くらましだと知るものは、今となっては自分だけだろう。
今の彼の立場が、あの日以前の彼のそれを覆い隠してくれている。
でも、と思う。
それは、彼のことを知らない人間達の前でだけだ。
幼い頃の彼をよく知っている人間をどこまでごまかせるものか。いくら、性別が代わっているとしても、だ。
「……クルルギ一等兵、聞いているのかね?」
少し苛立たしげに相手はこう問いかけてくる。どうやら、少し自分の思考の中に潜りすぎていたらしい、とスザクは心の中で呟く。
「はい。あの方に連絡を取るのに一番いい時間はいつかを、考えておりました」
彼は学生だから、下手な時間に連絡を入れられないのだ……とスザクは言外に告げる。
「そうだったな」
本人はともかく、他の者達の勉学の時間を邪魔するわけにはいかないか……と上官も頷いて見せた。いずれは、このエリア11を担う人材が、その中から誕生しないとも限らないし……と彼は付け加える。
「明日までお待ちいただけるのであれば、確実に連絡を取れるとは思います」
ともかく、彼の耳には入れておかなければいけない。その後で、彼がどうするかはわからないが。
「そうか。よい返事を期待していると、そうお伝えしてくれ」
断られるとは思ってもいないらしい。それは、彼に命じたのがこの地では最高の存在であるクロヴィスだから、だろう。
「わかりました」
だからこそ、彼が会いたがるはずがないのだ……と言いたくなるのをスザクはこらえる。そんなことを告げれば、その理由を言わないわけにはいかなくなるはず。そして、真実が知られれば、ルルーシュは自分だけの存在ではなくなってしまうのだ。
あの希有な存在を自分の腕の中に閉じ込めておけるのであれば、他の誰を騙してもかまわない。そう考えている自分がいることにも、スザクはしっかりと気付いている。
だから、本当はこんな奴の言葉なんて伝えたくない。
しかし、まだブリタニア軍人としての《枢木スザク》の存在はルルーシュのために必要なのだ。だから、この命令も飲まなければいけない。
スザクは自分に言い聞かせるように心の中でこう呟く。
「下がってかまわないぞ」
上官は鷹揚な口調でこう告げる。
「失礼します」
敬礼とともに言葉を口にした。そして、そのまま彼の前を辞する。
廊下に出た瞬間、無意識のうちにため息がこぼれ落ちた。
やはり、予想以上に緊張していたのだろうか。そんなことを心の中で呟いていたときだ。
「何かくさいと思えば……ナンバーズがいるぞ」
このような場所に足を踏み入れられる立場ではあるまいに……とあざけるような声が飛んでくる。その声がした方向に視線を向ければ、ジェレミア達純血派の兵士達の姿が見える。彼等にとって、自分のような名誉ブリタニア人の存在が気に入らない、と言うことはスザクも知っていた。だから、あえて相手をしないようにしよう……と判断をする。
それでも、相手は上官だ。
何も聞こえなかったふりをして、軽く頭を下げるとその場を後にしようとした。
「何だ? 尻尾を巻いて逃げるところか?」
そんな彼に追い打ちをかけるようにジェレミアはこう言ってくる。それに追随するように、周囲の者達が笑い声を立てた。
しかし、それを遮るようにドアが開く。
「クルルギ一等兵」
何かを思い出したのか。上官が追いかけてきた。その姿に、さすがのジェレミア達も慌てたように姿勢を正す。
「確認を忘れていたが……ランペルージの若当主は何がお好きだ?」
手配をしなければいけないのであれば、準備をしておきたい。その言葉の裏に、ルルーシュに取り入ろうとする思惑が見え隠れしている。
「若当主のお側にいたお前であれば、当然知っているだろう?」
だが、その言葉にジェレミア達の様子が微妙に変化したことも事実だ。
「あの方は、プリンがお好きです」
飲み物は、コーヒーよりも紅茶を好む。それ以上に、ルルーシュが緑茶を好んでいることを知っていた。だが、それは伝えなくてもいいだろう。
「そうか。では、そのように手配をしておこう」
クロヴィスさまに親しみを感じて頂かなければいけないからな……と彼は続ける。
「しかし、お前が私の部下で本当によかったよ」
ルルーシュとのつながりができたからな。そういう彼にスザクは怒りを覚える。だが、それを表に出すことなく静かに頭を下げた。
「すまなかったな、スザク」
自分のミスのせいで彼に不快な思いをさせてしまった。その事実に関して、ルルーシュは謝罪の言葉を口にする。
『気にしないで。今まで、何もなかった方が奇跡みたいなものでしょう?』
ランペルージの名前を後ろ盾にしていた以上、とスザクは言葉を返してきた。
『それよりも、僕は君の方が心配だよ、ルル』
今回のことで、ルルーシュの正体がばれてしまえば……と彼は不安そうに口にする。
「大丈夫だ。正体がばれても、殺されるわけではない」
せいぜい、自由がなくなるだけだろう。それでも、最後のワガママでスザクを付き合わせることは可能なのではないか。そう思う。
もっとも、それはできれば避けたい未来だ。
その前にできるだけのことをするさ、とルルーシュは心の中で呟く。
「第一、俺はクロヴィスと親しくしていなかったからな。これが、コーネリア姉上であれば話は別だが、男の俺が《皇女》だったと言ったとしても信じるものはいない」
むしろ、不敬罪で投獄される可能性の方が高いだろう……とルルーシュは笑う。
「何よりも、おじいさまはマリアンヌ后妃と血縁があったことは事実だからな。たまたま似ただけだ、といえばいい」
それもまた事実である以上、誰も否定はできないだろう。
祖父――正確に言えば大叔父だが――は母と血縁はあっても、あちらの血筋ではない。そう考えれば、連中としてもそちら方面での利用価値はないと判断してくれるだろうし、とルルーシュは考える。
「ともかく、謁見に伺う、と連絡してくれ。ただし、こちらも学生の身である以上、できれば今度の休日にして欲しい、ともな」
スザクの立場を考えれば、そう答えるしかない。
『ルル……』
それがわかったのだろうか。スザクが一瞬顔をゆがめた。
「その後、ちゃんと付き合え」
口直しにな、とルルーシュはそんな彼に微笑みかける。その言葉の裏に隠されている意味に気が付いたのだろうか。スザクは小さく頷いて見せた。
「それと、当日はお前が迎えに来いよ。それ以外の人間が来ても、俺は無視をするからな」
いいな、とルルーシュは念を押す。
『うん。わかった』
君がそういっていた……と言えばいいんだよね、とスザクは頷く。でも、その代わり君に確認が行くかもしれないよ、とも。
「かまわん。お前の頼みだから行くんだ、とそういっておけ」
スザクを盾に取られなければ、絶対に行くつもりはなかった。それがルルーシュの本音だった。
『ルル……』
「いいな? きちんと伝えろよ」
自分にとってどれだけスザクが大切なのか、連中に理解をさせておかなければいけない。でなければ、今後、彼がどのような処遇を受けるのかわからないのだ。
純血派とか言う連中がブリタニア軍から名誉ブリタニア人を追い出そうとしているらしいという話を小耳に挟んだことがある。名誉ブリタニア人の中でもかなりの実力を持っているスザクは目障りな存在ではないかと思うのだ。
しかし、スザクに手を出せば、自分の不興を買う……となれば、奴らも実力行使には出られないのではないか。そう判断をする。
「それと、次からは別の用件で連絡をしてこい」
不本意な連絡ではなく、こっちの気持ちが浮上するような……とルルーシュは口にした。
『わかっているよ、ルル。僕だって、不本意だったんだから』
ずっと一緒にいられるわけじゃないし……とスザクも頷いてみせる。
「ともかく、今日はこの辺できるぞ」
課題もしなければいけないからな……と言えば、スザクは慌てたような表情を作った。
『ごめん、ルル。邪魔をしていたね』
でも、と彼は続ける。
『どんな理由でも、君と話ができて嬉しかったよ』
それはまちがいなく彼の本心だろう。
「俺も、だ」
普段一緒にいられないから、少しでも相手の顔を見ていたい。ルルーシュにしてもそれは同じ気持ちだ。
それでも、こうして離れ離れになっていることも、自分たちにとっては必要だと言うことも事実。忌々しいが、学園を卒業し、後見人の手を離れるまでは妥協しなければいけないのだ。
「だから、もっとまめに連絡を入れてこい。そのために、ここに通信環境を整えたんだからな」
そういえば、彼は頷いてみせる。
『ルル、それじゃ……また詳しいことがわかったら連絡をするから』
「あぁ」
言葉とともに通話が切られた。
スザクの顔がテレビ電話のモニターから消えた瞬間、ルルーシュは言いようのない寂しさに襲われる。しかし、それを振り払うかのように体の向きを変えた。
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07.01.05 up
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