朝帰りはいつものことだ。だが、それなのにどうしてこんなに気恥ずかしく思うのだろうか……とルルーシュは心の中で呟く。
「ルル……妙に、手慣れてない?」
 いつものようにテラスへと移動してそこから室内に入るルルーシュに、スザクがあきれているのか感心しているのかわからない口調でこういってきた。
「……半分は、お前の責任だがな」
 そんな彼に向かって、ルルーシュはこう言い返す。
「何で僕?」
「……誰のせいで、朝帰りが増えていると思っている」
 朝まで動けなくなるのは誰のせいだ! と付け加えれば、ようやくスザクにも意味がわかったようだ。耳を赤くすると視線を彷徨わせている。
「だから、これに関しては何も言うなよ」
 もちろん、それだけではないことも否定しない。しかし、こういっておけば、いくらスザクでもこれ以上はつっこんでこられないだろう。そう思いながら、ルルーシュは室内に足を踏み入れた。
 その瞬間、違和感を感じる。
 一見すれば、出かける前と何の変わりもないように思えた。だが、微妙に何かが異なっている。それは一体何なのだろうか。そう考えながら、ルルーシュは室内を見回す。
「ルル?」
 どうかしたの? とスザクが問いかけてくる。
「あれか」
 それと同時に、ルルーシュは違和感の正体に行き着いた。部屋の中央に置かれてあるテーブルに、見覚えがない封筒が一通、置かれていたのだ。
「……ルル!」
 待って、と無造作に手を伸ばそうとしたルルーシュの腕をスザクが掴む。
「スザク?」
 どうして邪魔をするのか、とルルーシュは言外に問いかける。だが、彼がそうするのであれば、それなりの理由があるのではないか、とそうも考えていることは事実。
「罠の可能性もあるから……僕に任せて」
 自分であればちゃんと訓練も受けているし、対処の仕方もわかっているから……と彼は微笑む。
「だが、スザク」
 それでも、万が一のことがあったらどうするつもりなのか、とルルーシュはスザクを見つめた。もし、そのせいで彼を失ってしまったら、自分はどうすればいいのか、と不安を隠せない。
「そのために、僕は軍に入ったんだよ、ルル」
 ルルーシュを守るため。そして、ルルーシュの希望を叶えるための力を手に入れるために、とスザクはさらに笑みを深めた。その笑みの裏には自信が見え隠れしている。
「……わかった……」
 これ以上自分が反対をして、スザクの矜持を傷つけてはいけない。彼がどれだけ努力をしてきたのかを一番よく知っているのは自分なのだから。そう考えて、ルルーシュは引き下がる。
「大丈夫。絶対に、君の側を離れるようなことはしないから」
 何があっても、ルルーシュを一人にはしない。そういって、スザクはそっとルルーシュの頬を撫でた。
 しかし、視線をテーブルへと戻す時にはもう、彼の表情からは甘さや柔らかさが感じられない。厳しいまでにひき結ばれた口元のまま、彼はゆっくりと歩み寄っていく。
 その手には、いつの間に取り出されたのかナイフが握られていた。反対側の手にはハンカチが広げられている。
 ナイフの刃先で慎重に封筒を移動させると、ハンカチの上に落とす。あれであれば、皮膚から毒を取り込むことはないだろう。
 自分であれば、あそこまで気を付けていただろうか。
 やはり、こういう事は知識だけではなく経験として身につけなければいけないのかもしれない、とルルーシュは心の中で呟く。
 そんな彼の前をスザクは横切るようにしてテラスの方へと向かう。
 おそらく、封を開けた瞬間飛び散るような仕掛けになっていても風下にいれば大丈夫だと判断したのだろう。しかし、それでも吸い込むかもしれない。
「スザク、待て!」
 言葉とともに自分の服からハンカチを取り出す。
「ルル?」
 どうしたの? と言うように向けてくる眼差しはいつもの彼だ。
「ないよりマシだろう」
 そんな彼の口元を自分のハンカチでマスクのように覆ってやる。
「ありがとう」
 そうすれば、彼がふわりと微笑むのがわかった。
「……俺のためだろうが」
 謝られることではない、とルルーシュは即座に言い返す。
「でも、嬉しいから」
 どうして、こいつはこうもストレートなのか。こんな状況に不謹慎だ、と思いつつも頬が熱くなってしまうのを止められない。
「あぁ、離れていて」
 スザクの言葉に、ルルーシュは素直に従う。それを確認してから、スザクはテラスで封を切った。
 その瞬間、ルルーシュは緊張に息を詰まらせる。
 だが、中には危険なものは何も入っていなかったらしい。スザクはそれでも、ハンカチで慎重に中身を引き出している。それは、一枚のカードのようだ。
「……ルル!」
 それに書かれていた文面に目を通していたらしいスザクが低い声でルルーシュを呼ぶ。その声の中に、驚愕の色が色濃く滲んでいることにルルーシュは気付いてしまう。
 だが、本当にどうしたのか。
 先ほどまでの毅然とした態度は完全に消え失せている。それどころか、困惑の色が色濃く感じられた。
「どうかしたのか?」
 こう問いかけながら、ルルーシュはスザクの手の中にあるカードへと視線を落とす。それが原因だというのは明白だからだ。
「……ナナリーを?」
 しかし、次の瞬間、ルルーシュは自分も同じような表情を作っていると言うことを自覚してしまう。それだけ衝撃的だったのだ。
「何故、俺とナナリーの関係に気が付いたんだ、こいつは!」
 何のために、あの大切な妹の側を離れただけではなく、今まで接触をしないようにしていたのか。そして、再会してからも、一線を画していたというのか。
 全ては、自分の正体を気付かれないため。
 そして、あのかわいそうな妹を巻き込まないようにするため、だ。
「姉上達ですら、俺の正体には気づいていないのに……どこで、ばれた?」
「ルル……」
 今までの努力は無駄だったのか、と壁を殴りつけようとするルルーシュの手をスザクがそっと握りしめる。
「ダメだよ。今、君がケガをしたら、肝心なときに支障が出るかもしれない」
 ナナリーを助けにいくんだろう? と彼は言外に問いかけてきた。いや、それは問いかけではなく確認なのかもしれない。
「たとえ、兄妹とは名乗れなくても……あの子を守るのは、俺の義務だからな」
「そして、ルルを守るのは僕の権利、だよ」
 ふわりと微笑むとスザクがこう告げる。
「あぁ……そうだな」
 お前だけが俺の騎士だ……とルルーシュは頷いた。
「しかし……こうなると、あれが使えるというのはありがたいのかもしれないな」
 最初からこうなることを見通して手渡した訳ではないだろうな……と呟きながら、ルルーシュはポケットからガウェインの起動キーを取り出す。
「流石に、それはないと思うけど……ロイドさんだから」
 何を知っていてもおかしくはないかも……とスザクは視線を彷徨わせながらこう呟く。だが、それに関してはルルーシュも反論する気になれない。
「……ミレイをたたき起こして、話を通しておくしかないな」
 そして、できることならフォローをさせるか、とルルーシュはため息をつく。
「本当は、誰も巻き込みたくないのだが、しかたがあるまい」
 彼女であれば信頼できる。そう告げたルルーシュに、スザクもしっかりと頷いて見せた。

 ミレイとの打ち合わせを終えてルルーシュはスザクとともにまた、特派のラボへと足を踏み入れた。
「あっはぁ……どうしたんですかぁ?」
 今朝、帰ったんじゃなかったのですかぁ? と付け加えるロイドの言葉にルルーシュはあえて何も言わない。そのまま、真っ直ぐにガウェインへと歩み寄っていく。
「ルル!」
 その後を、スザクが不安そうな表情のままで追いかけてきた。
「……クルルギ准尉。何かあったのかな?」
 ルルーシュに問いかけてもらちが明かない、と判断したのだろう。彼はスザクに矛先を替えたようだ。その判断力だけはほめてやってもいいか、とルルーシュは思う。それだからこそ、余計なことを口に出せないのだが。
「これは俺の好きに使っていい、と言っていたな」
 ガウェインの前で足を止めるとルルーシュはロイドにこう問いかける。
「確かに言ったよぉ。でも、理由ぐらいは聞かせて欲しいなぁ」
 でないと、フォローできないだろう? とロイドは改めて疑問をぶつけてきた。
「ゼロからの呼び出しがあった。時間までに指定の場所に行くには……これを使うしかなさそうなのでな」
「だから、僕がランスロットで送るって!」
 ルルーシュの説明の後に、スザクがこう続ける。
「お前は軍人だろう? 総督閣下に何と言って許可をいただくんだ?」
 自分なら、民間人のワガママですむだろう、とルルーシュは言い返す。
「でも、ルル!」
「ゼロが関わっているというのであれば、黙って君だけ行かせるわけにはいかないと思うんだよねぇ」
 そんなことがばれたら、自分が総督閣下に殺される……と本気なのかどうなのかわからない口調でロイドも口を挟んでくる。
「……だが、許可を取っている時間はないぞ」
 お役所仕事というのはそういうものではないか? とルルーシュは焦りを押し殺しながら口にした。
 この間にも、いったい彼女がどのような目に遭わされているのかわからない。命の危機はないと思いたいのだが、相手が相手である以上、確証がない。だから、自分にできることは、相手の指示に従うことだけだ。
「それに、そんなことをすれば、相手に気付かれる」
 それはまずい、とルルーシュは顔をしかめる。
「あちらに、人質を取られている以上……そんな危険を冒すわけにはいかない」
 人質の命を守ることが最優先だからな、といえばスザクが唇をかみしめるのがわかった。
「人質を取り戻したら、いくらでも処罰を受ける。だから、今は見逃せ」
 不本意ながら、ルルーシュは声と瞳に力をこめてこう告げる。
「……しかたがないなぁ」
 渋々といった様子でロイドは頷いて見せた。
「すまないな」
 言葉とともにルルーシュはガウェインに乗り込もうとする。
「代わりに、これを持っていってくれるかな?」
 そんなルルーシュの背中に向かって、ロイドがこう声を投げつけてきた。振り向けば、イヤホン程度の小さなヘッドセットが差し出される。
「これなら、そちらの様子もわかるしぃ、こっちからも連絡取れるからねぇ」
 ルルーシュの髪の長さであれば、うまく隠せるだろう……とも彼は付け加えた。
「わかった」
 そのくらいは妥協しないと、不自然さに気付かれてしまうかもしれない。それに、いざというときにスザク達のフォローを得られるかもしれないという安堵感は、きっと自分に冷静な判断を与えてくれるだろう。そう思って、それを受け取る。
「どちらの耳でもいいのか?」
「まぁねぇ……あぁ、ス〜ザク君につけて貰えば、いいよぉ」
 くすくすと笑う彼をルルーシュは思わずにらみつけた。それでも、喜々として手を伸ばしてくるスザクの手は拒まない。
「ルル……気を付けてね」
「わかっている」
 心配するな、と付け加えると今度こそ彼はガウェインのコクピットへと体を滑り込ませた。








07.03.10 up