ルルーシュの言葉に、スザクは唇をかみしめている。
 まさか、あの時の行動を、彼がいまだに悔やんでいるとは思わなかったのだ。
「……俺は、酷い人間なのに……」
 あの時、自分は父ではなくルルーシュを選んだ。それは、彼を永遠に手に入れるためだったと言っていい。そのためだったら、何を切り捨ててもかまわない。今でもそれは変わらない気持ちだ。
「でも、君はそんな俺でもかまわないって言ってくれたよね」
 あの日から、自分にとっての絶対がルルーシュになった。そして、彼の側にいるために、ありとあらゆる努力をしてきた。
 そんな自分を、ルルーシュはいつも困ったような微笑みとともに見つめてくれていた。その表情の影で、彼はそんなことを考えていたのか。そう考えれば、自分のふがいなさを呪いたくなる。
「ともかく、今はルルを助け出すことを考えないと……」
 その後で、落ちこむなら好きなだけ落ちこめばいいのではないか。スザクはそう判断をした。もっともその時はルルーシュが自分を慰めようとしてくるのではないか。そんな予感がする。
「僕がルルのためにしてあげられることは、それしかないから」
 だから、とスザクが呟いたときだ。
『スザク君! ルルーシュ君とナナリー様をロイドさんが保護したわ』
 だから、出撃して! とセシルが叫ぶ声がする。
「はい!」
 ようやく出た許可に、スザクはランスロットに出撃姿勢を取らせるのももどかしいと感じながらも出撃の準備をする。
「ランスロット、出ます!」
 言葉とともに最高速度で飛び出していく。
『ガウェインの現在位置を転送するわ。スザク君は真っ直ぐそちらに。途中、侵攻を邪魔するものに関しては、自分の判断で処理をして』
 コーネリアもギルフォード達ともに後を追うそうだから、とセシルの声がスザクを追いかけてくる。
「わかりました」
 本当は答えている時間も惜しい。
 しかし、言葉を返しても返さなくてもたどり着く時間は同じだ。なら、少しでも心に余裕を持たなければいけない。でなければ、大きな失敗をしてしまう可能性すらあるだろう。
「……ルル、今、行くから」
 だから、待っていて……とスザクがしっかりと前を見据えた。

 反射的に、無防備な体を抱き込む。そして、マントでその体を覆った。
「……まさか、あんな物を用意していたとは、な」
 気が付かなかったのは、日本解放戦線を主体とした自分の部下達の中にも京都の息がかかっているものがいるからだろう。そして、その者達があれとルルーシュの存在を故意に見のがしたからではないか。
「ブリタニアも京都六家も……私にとっては《障害》でしかないと言うことだな」
 世界を壊すという目的の上では、とゼロは呟く。
「まぁ、いい。私自身が生きてさえいれば、立て直しは可能だからな」
 今の部下達の中で信頼できる者だけを連れて、新しい組織を立て直してもかまわないだろう。そして、その上で改めて《彼》を手に入れる算段を立てればいい。
「……君が隠したがっている力の片鱗もみせて貰ったしな」
 あの力。
 頭脳もそうだが、確かに手に入れる価値がある。
「ともかく、今は移動をしようか」
 いずれ、ここにもコーネリアの軍が押し寄せてくるだろう。その前に、避難をしなければいけない。
「お前を危険にさらすわけにはいかないからな」
 愛おしい無垢の象徴。
 いずれ、お前に世界を与えよう。
 あの男によってゆがめられた世界をただしてから、だ。
 この言葉を耳にした瞬間、彼女のまつげに涙が絡みつく。それはやがて自重でこぼれ落ちていった。
 そんな反応も初めてだ。
 やはり、あの二人にあわせたからだろうか。自我を与えられず、ただの身代わり人形としてしか存在を許されなかったにもかかわらず、彼女の細胞は我が子を覚えているのかもしれない。それとも……と小さなため息をつく。
「大丈夫。その時にはあの二人はお前の側にいるよ」
 どのような状況になっているかはわからないが。それでも、お前が望むなら……とゼロはやさしい囁きとともに彼女の体を抱き上げる。そして、そのまま屋敷の奥へと歩き出した。

 上部にあるシートに、ナナリーを抱きしめたままルルーシュは身を沈めていた。しかし、そのせいで踏ん張ることができない。シートベルトがなければ、間違いなく投げ出されてしまうのではないか、とそんなことすら考えてしまう。
「ナナリー、具合は大丈夫か?」
 自分はともかく、普段はこんな風に揺れるような乗り物に乗ったことはないであろう妹に向かって、ルルーシュは問いかける。この状況で、既に彼女が自分の妹だと隠す気持ちはなかった。
「はい」
 こう言葉を返してくものの、彼女の顔色は決していいとは言えない。
「すみませんねぇ」
 その会話を聞いていたのだろう。ロイドが口を挟んでくる。
「あの紅いのが追いかけてきているんですよぉ。僕の腕じゃ、逃げるだけで精一杯」
 すぐにスザクが来るとは思うのだが……と彼は付け加えた。だから、それまでは我慢してくれ、とも。
「わかっているが……これのコクピットが大切なら、もう少し何とかしろ。そういえば、これは飛べるんじゃなかったのか?」
 先日みせて貰ったばかりの資料を思い出して、ルルーシュはこう問いかける。
「そうなんだけど……ちょっと、ここじゃ場所が悪いんだよぉ」
 木の枝に上をふさがれているから、と彼は続けた。
「……改良の余地あり、か」
 複座にしたせいで、機体のサイズそのものが大きくなっている。そのために観測機器等が充実しているのはいいのだが、とルルーシュは心の中で呟く。
「手伝ってくれるのぉ?」
 喜々としてロイドが問いかけてくる。
「お前達が、さっき耳にしたことを忘れてくれるならな」
 いろいろとまずい会話をしたような記憶があるのだ。だから、と思いながらルルーシュは言い返す。
「……あれねぇ。僕にはどうでもいいことだし……いいよ」
 それよりも、この子達をさらに発展させる方が自分にとって優先だし……とロイドは付け加える。
「だからぁ、君が協力してくれるならいいよぉ」
 逃げ出さないでね、という言葉にルルーシュは苦笑を浮かべた。
「今更……逃がしてくれるとは思わないが? 何よりも、お前の所にはスザクがいるだろうが」
 自分にとって大切な相手を人質に取られているようなもので、どこに逃げろと言うのか、とその表情のまま付け加える。
「そういえば、そうだったよねぇ」
 噂をすれば影だ、とロイドが口にした、まさにその瞬間だ。
 ルルーシュ達の目の前に見覚えがある白い機体が現れた。それを操縦しているものが誰であるかなど確認しなくてもわかっている。
「さて……と。後はスザク君に任せて、僕たちは安全な場所に急ごうか」
 自分やルルーシュだけならまだしも、ナナリーも一緒では危険を冒せないだろう ……と言うロイドの言葉には不本意だが同意をするしかない。しかし、それでもスザクだけで大丈夫なのか、という気持ちもあるのだ。
「大丈夫だよぉ。総督閣下がこちらに向かっておいでのようだからねぇ」
 あの方に任せてしまった方がいい。ロイドはきっぱりとそういいきる。
「コーネリアお姉様はお強いから」
 それに、ナナリーも頷く。
「わかっている」
 それでも、まだ何か引っかかるものがある。それが何であるのか、ルルーシュはどうしても思い出せない。その事実が、さらに不安を増大させていた。

「カレンか」
 無頼に彼女とともに乗り込みながら、信頼できると思える部下に声をかける。
『ゼロ! すみません、白兜が!』
 そのせいで目標を取り逃がした、と彼女は即座に言葉を返してきた。
「それについてはかまわん。それよりも、プランBで撤退をする。できるか?」
 この状況では、それ以外に方法がないだろう。しかし、それには紅蓮二式の輻射波動がどうしても必要なのだ。
『わかりました』
「いざとなれば、白兜は他の者達に足止めをさせろ」
 そして、コーネリアのグロースターも……とゼロは心の中で呟く。それは、日本解放戦線の者に任せればいいだろう。もし、京都の息がかかっているものがいるとすれば、間違いなく彼等の中の誰かだ。しかし、その疑念を、今、口に出すことはできない。それこそ、士気に関わるだろう。
「組織が大きくなるのも問題だな」
 末端まで目が届かなくなる……とゼロは苦笑とともに呟く。しかし、大きくなければブリタニアに対抗できないことも事実だ。
「まぁ、いい。今は安全に退避をすることの方が重要だ」
 自分たちに被害を出さずに撤退をしなければいけない。そのためであれば、民間人に多少の被害が出たとしてもしかたがないだろう。心の中でそう付け加える。
「さて……打ち合わせのポイントまで移動をするか」
 あぁ、その途中でコーネリアをおびき出すのもいいかもしれないな。ふっと思いついたアイディアにゼロは笑みを浮かべた。
「ここでコーネリアを処分できれば、後に残るのは何も知らぬユーフェミアと無害なナナリーだけ。お前がどう動こうと我々の勝ちだよ、ルルーシュ」
 クロヴィスの時と違う。
 ゼロの仮面の下から、笑いがこぼれ落ちる。それは次第に高いものへとなっていった。

 紅蓮二式と戦っていたはずのランスロットの前に、次々と無頼が割り込んでくる。
 それは一体どうしてなのか。
「お前達じゃ、ランスロットにはかなわないって、知っているだろう!」
 何故、無駄に出てくるんだ! とスザクは思わずにはいられない。出てこなければ、自分が相手をする必要がないのに、とも。
 もちろん、それが矛盾した考えだとはわかっていた。それでも、ルルーシュを守る以外で必要以上の被害を出したくないと思うことも事実なのだ。
「……それとも、何か、思惑があるのか?」
 そのために紅蓮二式が必要なのか……とそう判断をする。それは一体何なのだろうか。
「確認しないと」
 そうしなければ、ルルーシュに被害が及ぶかもしれない。そう考えた瞬間、目の前の相手に対するためらいはあっさりと霧散してしまう。
「邪魔だ!」
 言葉とともにスラッシュハーケンで無頼をなぎ払った。そのまま、倒れ込んできた機体を踏み台にしてランスロットを飛び上がらせる。
 一瞬だけだが、山頂付近に紅い機体が見えたような気がした。
「あそこに、何があるんだ?」
 着地をさせると同時に、ランスロットの向きを変える。
 そのまま速度を最高まで上げようとした、まさにその瞬間だ。

 大地が大きく揺れた。








07.03.18 up