「ロイド!」
その衝撃はもちろんガウェインへも伝わっていた。
「何ですかぁ?」
ルルーシュの言葉に、彼はいつもの口調で問いかけてくる。しかし、その声音は流石に緊張を孕んだものだ。
「今すぐ、飛べ! 上空から状況を確認したい」
いや、確認しなければならない、とルルーシュは口にする。
「ですが……」
「木が邪魔ならば、なぎ払えばいいだろうが」
でなければ、きっと厄介なことになるぞ……とも付け加えた。
「アスプルンド伯」
ルルーシュの言葉から何かを察したのだろう。ナナリーが口を開く。
「私の命令です。お兄様の言葉に従ってください」
きっぱりと言い切ったその言葉に、ロイドは小さなため息を付いた。
「ナナリー殿下のご命令では、しかたがありませんね」
この子が傷ついたら、ルルーシュ君に責任を持って回収に付き合って貰いましょう……と、彼はさらに言葉を重ねる。そのセリフに、ルルーシュは苦笑を浮かべた。
「付き合ってくれるって、言いましたよねぇ」
そんなルルーシュの表情を見上げるように、ロイドは振り返ってくる。真っ直ぐに進んでいる状況でそんな恐いことをするな、とルルーシュは言いたい。しかし、この男がそうしていると言うことは、そうしても大丈夫だという自信があるからだろう、とすぐに思い直す。
「お前が、あいつとの会話を全て忘れてくれるならな」
先ほど言ったセリフを再度繰り返せば、ロイドはまるでチェシャネコのように目を細めて笑う。
「はいはーい。じゃ、ちょっと手荒なことをするけど、我慢してくださいねぇ」
今までの操縦は手荒じゃないと言いたいのか、とルルーシュは心の中で呟く。しかし、考えてみればセシルのそれはもっと凄かったような気がする、とすぐに思い出してしまった。それに比べれば――と言っても、操縦している乗り物の種類は違うが――かなりマシかもしれない。と言うことは、彼等の基準は、彼女の運転なのだろうか。だとするならば、特派の連中は三半規管がかなり上部でないと務まらないのかもしれない。そんなこともルルーシュは考えてしまった。
後でスザクに確かめてみようか……などとくだらない頃を考えた瞬間である。
上部のモニターからいきなり木陰が消えた。それがガウェインのスラッシュハーケンが木々をなぎ払ったのだとわかったのは、定位置にそれが戻るのが見えたからだ。
「と言うわけで、行きますよぉ」
ロイドの言葉とともにガウェインの背中に光の羽根が現れる。そのまま、前へと進んでいけば、衝撃も何もなく機体が飛び上がった。
「……たいしたものだな。エナジー・フィラーの消費は?」
ついついこう問いかけてしまうのは、科学者としての性だろうか。
「だから、機体が大きくなっちゃったんだよぉ」
ランスロットにも流用したいから、協力してよねぇ……とロイドも楽しげに言葉を返してきた。
「その前に、無事に帰らないといけませんけどね? って、ルルーシュ君?」
彼の言葉が終わるよりも先に、ルルーシュは手元のコンソールをいじってモニターの倍率を上げる。
「……地下の水脈を刺激したか……」
そこには怒濤のように坂を下り落ちていく土石流が映し出されていた。それが一体どこに向かっているのだろうか。反射的にルルーシュはそれを確認する。
「まずい」
あのままでは、麓にある街に多大な被害を及ぼしかねない。
そう認識すると同時に、ルルーシュの手は動いていた。
ナナリーを支えているのとは反対側の手で、素速くキーボードを叩く。
「ルルーシュ君、何を!」
ロイドがこう問いかけてくる。
「被害を最小限に抑える。おそらく、この機体であれば可能だ!」
そもそも、武装の調整が終わっていないのが悪い! ハドロン砲が使える状況であればこんな無理はしなくてすんだのに、とルルーシュは言い返す。
「そんなことを言われてもぉ!」
「第一、このままでは総督閣下も危険だぞ! いいのか? あの方に何かあっても!」
言葉とともに、ルルーシュは最後のキーを叩く。そして、そのままエンターキーを押した。
大地に大きな溝が作られる。それによって、土石流は流れを変えた。
「……あの機体のせいか……」
コーネリアは自分の目の前を横切っていくそれを見つめながらこう呟く。
「どちらにしても、民間人に被害が及ばなかったのは重畳だな」
しかし、あれに乗り込んでいるのは誰なのか。おそらく、特派が開発している機体なのだろうが……と判断をする。
「あるいは……あれにルルーシュとナナリーが乗っているのかもしれないな」
だとするならば、これはルルーシュの指示か。
「……隠そうと思っても、ブリタニアの血は隠せないと言うことか」
それとも、聖女と呼ばれたマリアンヌの血だろうか。
どちらにしても、現状に安堵を感じているものは多いだろう。後は、とコーネリアは意識を切り替える。
「全軍に継ぐ! テロリストどもを捕縛しろ! 特に、ゼロは逃がすな!!」
二度と同じような考えを持つものが現れないように、きっちりと処分をしなければいけない。そのためには、傷を付けてもかまわないが、決して殺すな、とも付け加える。
それに、彼女の部下達は即座に反応をした。
ガウェインはゆっくりと特派の拠点へと着地をする。その装甲にはあちらこちらに損傷が確認できた。
「本当に無理をするんだからぁ」
コクピットから降りながら、ロイドが文句を言った。
「しかたがあるまい。無数の人々の命とこの機体。秤にかけたらどちらが重いか、言うまでもないだろうが」
まして、その中にコーネリアの存在があれば……口にしながら、ルルーシュはナナリーの体を抱き上げる。そして、そのままコクピットから降りようとした。
「ルル!」
そんな彼の耳にスザクの声が届く。
「スザク?」
何故ここにいるのだろうか。思わずそんなことまで考えてしまった。まだ、コーネリア達は後始末に追われているだろうに、とも。
「総督閣下のご命令だよ。ルルとナナリー殿下の護衛に回れって」
ロイドさん達だけじゃ不安だからっておっしゃっていた……と付け加える彼に、ロイドが意味ありげな笑いを口元に刻む。
「酷いなぁ、スザク君」
こう言いながら、彼は身軽にコクピットから飛び降りた。そして、スザクに向かって歩み寄ろうとする。しかし、決してたどり着くことはできなかった。
「何やっているんですか、ロイドさん!」
言葉とともにセシルが彼の襟首を掴んだのだ。いや、それだけではなく、そのまま地面へと投げ落とす。
「ルルーシュ君からナナリー殿下を受け取るぐらいの頭はないのですか!」
一応軍人でしょう!! と付け加えながら、今度はサソリがためを決めている。
いいのだろうか。仮にも上官ではないのか……とルルーシュは目の前の光景に呆然としてしまう。
「ルル」
だが、スザクの声でルルーシュは我に返った。
「ナナリー殿下をこちらに。僕の方が力があるから」
「……それはよく知っている」
嫌と言うほど、と心の中で付け加えながら、ルルーシュはナナリーの体をスザクに預ける。彼であれば、彼女を無事に下まで下ろしてくれるだろうとわかっているのだ。それでも、少し悔しいと思ってしまうのは、やはり、兄としての矜持が自分にも残っていたからだろうか。ルルーシュはそんなことを考えてしまう。
しかし、そんなことは些細なことか。自分にできないことをスザクがしてくれる代わりに、彼の弱い点を自分がフォローすればいい。今までそうして生きてきたのだから、とすぐに思い直す。そのままルルーシュは地面へと降り立った。
「総督閣下は後処理を終わられたら、すぐにこちらに来るとおっしゃっていたよ」
ナナリーをそうっといすに座らせながら、スザクはこういう。
「……そうか。俺も、覚悟を決めなければいけない、と言うことだな」
あれだけ盛大にばらしてしまったのだ。どのみち、きちんと説明をしなければいけないことはわかっている。だが、とルルーシュは続ける。
「本国に連れ戻されることにならなければいいが」
そうなれば、スザクと引き離されてしまうだろう。それが恐いと思う。
「……お兄様」
ナナリーがそっと呼びかけてくる。
「お前にだけは、悪かったと思っているよ、ナナリー……しかたがなかったこととはいえ、お前だけをあそこに残してしまった」
コーネリアとユーフェミアに頼んできたとはいえ、実の兄妹である自分がいなくなってしまってどれだけ不安だったことだろうか。まして、彼女は体が不自由になっているのだし、とも。
それでも、いずれは離れなければいけなかったことも否定しない。そして、あれが最適のタイミングだったことも、だ。
「いいえ……それでも、こうして戻ってきてくださいました」
ここに来てから助けてくれただろう、とそういって彼女は微笑む。
「でも、お兄様こそ、大変でいらしたのではありませんか?」
自分には父もコーネリア達も側にいてくれたが、ルルーシュは知らないものばかりだっただろう、とナナリーは見えない目でルルーシュを見上げてくる。
「スザクも、大叔父上もいてくれたからな。ランペルージの先代は、大叔父上だ」
ナナリーも何度か会ったことがあるだろう、とルルーシュは微笑みながら言葉を返す。
「おじいさまの弟の?」
「あぁ」
「それなら、ナナリーも覚えております。それにスザクさんとは先ほど私を地面まで連れて行ってくださった方ですよね?」
ナナリーはこう言いながら、スザクを捜そうというそぶりを見せた。それに気付いてスザクはルルーシュを見つめてくる。頷いてみせれば、ゆっくりと彼は二人に近づいてきた。彼がそのままナナリーの前に跪いたのを確認してルルーシュはそっと妹の手を取る。そして、スザクの肩に触れさせてやった。
「ここに来てから、ずっと俺の側にいてくれた。だから、俺は寂しくなかったよ」
それにアッシュフォードのみなも……とやさしい口調で付け加える。
「お兄様のお側にいてくださったのですね」
ナナリーの指がスザクの方から頬へと移動していく。間違いなくくすぐったいだろうに、彼はナナリーの好きなようにさせている。そんなスザクの態度にルルーシュは彼にだけわかるであろう感謝の色を微笑みに滲ませた。
それに気付いたらしいスザクもまた、視線だけで微笑んでみせる。
「ありがとうございます。これからも、お兄様の側にいて上げてくださいませ」
ようやく満足したらしいナナリーが手を膝に戻すとこう告げた。
「もちろんです、皇女殿下。ルルーシュを守ることが、自分の存在意義だと思っておりますので」
この言葉に、ナナリーがつぼみが開くように微笑む。
「貴方がお兄様の騎士でよかった」
小さな声で呟かれた言葉に、スザクだけではなくルルーシュも一瞬目を丸くする。だが、次の瞬間、二人とも含羞を含んだ微笑みを作った。
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07.03.20 up07.04.04修正
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