日本解放戦線の多くのテロリストが捕縛された。しかし、その中にゼロとあの少女、そして紅いナイトメアフレームのパイロットの姿はなかった。
「……どこに隠れたものか……」
忌々しそうにコーネリアがこう呟く。
「姫様……それでも、此度はあやつらの力を半減させたことで満足すべきではないかと」
ダールトンはいつもの口調でこう注進してくる。
「それに……今は、あの方のこともお考え頂ければ」
それが誰のことを指しているのか、コーネリアにもわかった。
「確かに……いろいろと聞かねばならぬ事もあるな」
何故、男の身でありながら《皇女》として生活をしなければならなかったのか。そして、あの子がこの七年間を、どうやって生きてきたのか。聞きたいことはたくさんある。だが、それがあの子を傷つけるものであるのなら、あえて無理にとは言わないが……と心の中で呟く。
「それに、あの子の今後のこともあるしな」
あの言葉が本当なのであれば、ルルーシュを本国に連れ帰るわけにはいかないだろう。むしろ、その方が彼のためにはならないのではないか。そうも考える。
「そのためには、時間を取ってゆっくりと話し合いをしなければいけないか」
その場には、アッシュフォードのものはともかく、スザクも同席させなければいけないだろうな、とコーネリアは心の中でそう付け加えた。後は、誰だろうか。信頼できるとすれば、自分の騎士達だけだろうが……とそうも思う。
「しかし、こちらの方もおろそかにはできまい」
ゼロだけではなく紅いナイトメアも逃してしまったのだから……とコーネリアは唇を噛む。どちらか片方であれば、まだ猶予があっただろうに、とも。
「今回、捕らえた者達の中にあやつらが向かった場所を知っているものがいるかもしれません」
それを尋問してからでもいいのではないか。ギルフォードもこう進言をしてくる。
「それよりも、ルルーシュ様のことを優先されてもかまわないのではないでしょうか」
ようやく再会できたと言うことはもちろん、今後のことを考えれば、彼の護衛等も考えなければならないだろう。何よりも、あのルルーシュに納得をさせなければいけないのだから、といわれて、コーネリアは苦笑を浮かべた。
「それが一番問題かもしれんな」
同時に、妹の暴走も止めなければいけないだろう。ナナリーはともかく、ユーフェミアに関しては自分が甘やかしすぎたという自覚がコーネリアにもありすぎるほどあったのだ。
「……あの子が、承諾してくれればいいが」
ルルーシュが大好きだったユーフェミアではどうだろうか。そう考えれば不安だとしか言いようがない。それでも、と彼女は心の中で付け加える。一番優先しなければいけないのは父の意志とルルーシュの気持ちだろう。だが、妹たちの気持ちを考えれば、彼に妥協をしてもらえればいいのだが。それが一番難しいかもしれない。そう考えてしまうコーネリアだった。
自分の存在がばれてしまった以上、すぐに真偽を確かめるために呼び出されるのではないか。そう考えていたのだが、実際にルルーシュがコーネリア達の元へ呼び出されたのは一週間近く経ってからのことだった。
「予想以上に遅かったな」
それでも、迎えにスザクを寄越してくれたのは気遣いなのだろうか。それとも、自分を逃がさないためなのか、とそんなことも考えてしまう。
「……ナリタで捕らえられた日本解放戦線の中に、大物がいたから、らしいよ」
そうすればスザクがこう教えてくれる。
「大物?」
自分たちの知己でなければいいのだが……と思いながらもルルーシュは問いかけた。
「そう。草壁少将」
スザクが口にした名前に――不謹慎かもしれないが――胸をなで下ろしてしまう。と言うことは、今回のことに彼等は関わっていないのかもしれない。そう思ったのだ。
「ゼロがどこに逃げたのかは、ご存じないそうだよ」
というよりも、彼もゼロの正体は知らなかったらしい……とスザクは口にする。
「そうか」
と言うことは、あの少女も含めて、まだどこかで生きている可能性があると言うことか……とルルーシュは心の中で呟く。ゼロはともかく、あの少女にはもう一度会いたいと思ってしまうのは、母への憧憬のせいなのだろうか。
「ルル」
「何でもない」
だとしても、こうして身近に感じられるぬくもりに勝るほどではない。
「お前がいてくれれば、それでいい」
こう囁けば、スザクはハンドルを切り損ねたようだ。急に車が蛇行する。
「ルル!」
「何だ? このくらいで」
いつもはスザクの方がもっと際どいセリフを口にしてくれているだろうが……とルルーシュは言外に付け加えた。
「……ルルが、こんなに明るいときに言ってくれたことがないからでしょうが」
いつでも言ってくれていたら、こんなに焦らなかった! とスザクは言い返す。
「昼間会うことが少なくなっていたからな」
夜に会ったら会ったで、誰かさんの抑えが効かなかっただろうが……とルルーシュは笑いながら口にする。
「……だって」
「悪いなどと言っていないだろう? だいたい、俺も同じ気持ちだったからな」
だから、こんなことで動揺するな……とルルーシュは笑みに微かに苦いものを含ませた。たいてい、そういうときは自分自身が不安を感じていたときだと思い出したからだ。
「……ともかく、ここで事故を起こしたら、もう二度とルルの側に近づけてもらえなくなるから……黙っていて?」
「確かに、それは大事だな」
もっとも、そんなことにはならないだろう。ルルーシュはそう考えている。スザクのぬくもりが自分が自分であるためには必要なのだ。それを奪われるくらいなら、姿を消してやる。そのくらい言っておけば、彼女たちだってスザクを遠ざけるようなことはしないだろう。何よりも、ナナリーがスザクを認めているのだし、とも。
「ならば、しかたがない。全てが片づいたら、また言ってやろう」
だから、安全運転をしろ……と付け加えれば、スザクは即座に頷いてみせた。
人払いされた室内で、コーネリア達が待っていた。
「自分は外で……」
その事実に気付いたスザクがこう言ってその場を離れようとする。
「かまわん。ルルーシュに聞いて答えてくれないことも、お前なら知っているだろうからな」
それに、ルルーシュにしてもスザクがいた方が安心できるだろう……とコーネリアは笑う。それが事実であるだけに、ルルーシュとしては苦笑を返すのが精一杯だ。
「……ともかく、座れ」
言葉とともに、コーネリアは自分の向かいのソファーを指し示す。その側には車いすに乗ったナナリー待っていた。
「お兄様」
彼女がこう言ってルルーシュを捜すように手を彷徨わせている。
「ここだ」
言葉とともにルルーシュは彼女の側に歩み寄っていく。そして、そっとその手に自分のそれを触れさせた。彼のぬくもりがしっかりと伝わったのだろう。ナナリーが嬉しそうに微笑む。
「お兄様……スザクさんも?」
ルルーシュの手をしっかりと握りしめながらナナリーは確認をするようにこう言葉を口にする。
「ここにおります、ナナリー殿下」
ルルーシュの斜め後ろからスザクが言葉を返す。それに、ナナリーの笑みがさらに深まる。どうやら、彼女はスザクが自分の側にいることを望んでいるようだ。それはきっと、自分の今の立場を的確に理解してくれているからだろう。
「安心したか、ナナリー。なら、まずはお茶にしよう。ルルーシュもクルルギも座れ」
でなければ、茶も出せない……とコーネリアは口にする。
「そうですわ。座ってくださいませ。ルルーシュ、お兄様」
まだ違和感があるのか。ユーフェミアは少しためらいながら呼びかけてきた。それに頷き返すとルルーシュは示されたイスへと腰を下ろす。そして、視線だけでスザクに隣に座るように指示を出した。
「……取りあえず、心配するな……お前の生存は、公表しない。父上のご命令だ」
それでも、自分たちがルルーシュと会うことまでは邪魔しない、と彼は伝えてきたのだ……とコーネリアは付け加える。
「その方が、お前のためなのであれば、納得するしかあるまい」
今ひとつ釈然としない表情でコーネリアはこう告げた。
「でも、どうしてですの? 戻ってこられれば、お、兄様が不幸になる。そのようにお父様がおっしゃいましたが……」
理由がわからない、とユーフェミアは頬をふくらませる。
「そもそも、どうしてルルーシュお姉様が《お姉様》でしたの?」
無意識なのだろう。昔の呼び方でユーフェミアはこう問いかけてきた。
「ユーフェミアお姉様」
それを、ナナリーが苦笑とともにそっと指摘をする。そうすれば、しまったというように、ユーフェミアは自分の口を両手で覆った。
「しかたがあるまい。記憶の中では、間違いなく俺は《姉》だったのだろうからな。急に男だと言われた方が困るだろう」
だから、気にしていない……とルルーシュは取りあえずユーフェミアをフォローしておく。
「それに、俺としては現状に不満があるわけではない。むしろ、余計なバカが近づいてこないだけ気楽に過ごせるしな」
何よりも、兄妹でお互いの足を引っ張り合う必要はない。そう考えれば、今の生活は気軽だと言っていいだろう。唯一不満があったとすれば、ナナリーの側にいられないことだったが……とルルーシュは本音を微かに漏らす。
「しかし、今となってはそれもなくなりましたからね」
ばれてしまった以上、自分が嫌だと言っても、呼びつけるつもりだろう……と言外に付け加えれば、コーネリアは苦笑を浮かべユーフェミアは視線を彷徨わせている。
「……あの、ダメなのでしょうか……」
意を決したようにナナリーがこう問いかけてきた。
「亡くなられたクロヴィス兄上ならともかく、コーネリア姉上やナナリーなら唐突に呼び出すことはしないだろう?」
ユーフェミアはどうかわからないがな……と付け加えれば、彼女は無意識に頬をふくらませる。
「ユフィ……真実を突かれて怒るのは子供の証拠だぞ」
と言うことは、コーネリアも同じ事を心配していた……と言うことか。ルルーシュは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「ともかく、お茶を淹れてくれ」
怒るな……と妹をなだめながらコーネリアが口にする。
「……それなら、自分が……」
「いや。今日はお前も客人だ、クルルギ」
だから座っていろ、とコーネリアは即座に命じた。
「ナナリーが張り切っていたからな。仕事を取り上げないでやってくれ」
こう言われては、スザクとしても動きようがない。うかしかけた腰をまたソファーの上に戻した。
「その後で……いろいろと話を聞かせてくれ」
かまわないな、と彼女はルルーシュに視線を向けてくる。
「しかたがありませんね」
でなければ、納得して頂けないのでしょう? と言い返せば、彼女は微苦笑を返してきた。
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07.03.22 up07.04.04修正 up
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