当日は、約束通りスザクが迎えに来てくれた。
それに関しては文句はない。むしろ、好ましいと言える。
だが、とルルーシュは心の中で呟く。現状は気に入らないとしか言いようがなかった。
「……スザクは? 俺の護衛は、昔からあいつの役目だ」
お前達では信用できない! とルルーシュはきっぱりと言い切る。
「何を!」
この言葉がしゃくに障ったのだろう。その中の一人が忌々しそうにこう言い返してくる。
「本当のことだろう? お前達がスザクの代わりに俺に取り入りたいのは、俺がランペルージの人間だからじゃないのか?」
そうでなければ、見向きもしないに決まっている、とルルーシュはさらに言葉を重ねた。そんな人間を信頼できるか、とも付け加える。
「俺は、スザクを付けてくれるなら、という条件でここに来た。それが果たされないなら、帰らせてもらう」
きっぱりとこう言い切るとルルーシュはきびすを返そうとした。
「ま、待て!」
「総督閣下のお召しを無視する気か!」
慌てたように彼等が声を投げかけてくる。
「……コアルミナスに関しては、今まで通りアッシュフォード老を通じて協力をさせて頂く。それで十分だろう」
自分にとって、クロヴィスに会うことは、それほど重要ではないのだ。ルルーシュはそう態度で示す。
「もっとも、貴様達がもう必要ない、というのであれば、話は別だが」
それならば、それでかまわない……とルルーシュは笑った。
「そ、それは……」
ここまですれば、ルルーシュが本気だと相手にもわかったのだろう。そして、ここで彼の機嫌を損ねたら、自分たちがどのような叱責を受けるかも想像できたらしい。慌てたように彼等は視線を彷徨わせ始めた。
「で? スザクを呼んでくれるのか、くれないのか?」
どちらなのか、とルルーシュは微かに力をこめて言葉を重ねる。それによって今後の行動を考えなければいけないからともさりげなく付け加えた。
「スザクを退役させてもいいかもしれないな。そうなった場合、何の気兼ねもいらなくなる」
軍と縁を切ることに、と冷笑を浮かべる。そうすれば、他人が自分にどのような印象を抱くのか、わかっていての行動だ。
「……クルルギを呼べ……」
ルルーシュの言葉が真実だ……と判断したのだろう。忌々しそうに中心人物らしい男が口にする。
それに、ルルーシュは満足そうな笑みを作った。同時に、後でこの男の名前を確認しておかなければいけないな、と思う。まちがいなく、今度のことでこの男はスザクに悪感情を抱くはずだ。
何とかして、この男の手の届かないところにスザクを移動させなければいけない。
そのためには、この男達とは主張を異にするものか、でなければそんなものを関係ないと考えている人間を捜し出す必要があるだろう。
まぁ、それもクロヴィスにさせればいいのか。
そう心の中で呟く。
彼にしてみれば、本国――と言うよりはブリタニア皇帝の印象をよくするために、ランペルージの当主を取り込みたいのだろうし。そのためなら、多少のことは融通を利かせてくれるだろう。
それでも、自分のことを気取られてはいけない。
ブリタニアの皇族には、自分の秘密を知っている人間が確実に二人存在している。その二人に知られた場合、まちがいなくどちらかが確認しようとやってくるはずだ。そのせいで、自分の生存がばれては意味がない。
だから、これからは細心の注意を払って行動しなければ……とそう心の中で呟いたときだ。
「失礼します。お呼びだと聞きましたが?」
言葉とともにスザクが顔を出した。その姿を確認して、ルルーシュは無意識のうちに安堵のため息をついてしまう。
「……我々よりも、イレヴンの方が信用できるとはな……ランペルージ殿はどこかおかしいのではないか?」
イヤミのつもりなのだろう。こんなセリフがルルーシュの耳に届く。
「キューエル卿!」
それに、真っ先に反応をしたのはスザクだ。
「いい、スザク。俺は気にしていない」
しかし、彼の立場であれば、今はここで彼等にたてつかせるのはまずい。そう判断して、ルルーシュはこういう。
「七年前、戦火にまぎれて俺を殺そうとしたのはブリタニア人で命を助けてくれたのはスザクだ。どちらを信じるか、それは自明の理だろうが」
見知らぬ相手よりもスザクを信じる。ルルーシュはきっぱりとそういいきった。
その口調のせいだろうか。それとも、彼が語った言葉が原因なのか。誰もが呆然としている。
「スザク」
それを無視してルルーシュは彼に呼びかけた。
「何か?」
しかたがないな、と言うような表情とともにスザクはルルーシュの側に近寄ってくる。それでも、周囲の目を気にしているのか。口調はどこかよそよそしい。
「まだ、謁見までに時間がかかるのだろう? なら、手ならしに付き合え」
そういいながら、視線で部屋の隅に置かれているチェス盤を指し示す。
「僕じゃ、相手にならないと思うんだけど」
「だから付き合えと言っている」
そうすれば、今までよりは多少マシになるだろう? とルルーシュは言い返す。
「……将棋なら得意なのに」
「同じようなものだろうが」
以前教えてもらった記憶からすれば……と口にするルルーシュに、スザクは「全然違いますよ」と即座に否定の言葉を口にした。
そんな彼等の様子を、純血派の者達は遠巻きに見つめている。しかし、ルルーシュはその視線を意識的に遮断した。
ようやく、ルルーシュの前に謁見を申し込んでいた人間が呼び出されていく。
「……ずいぶんと、お忙しいようだな」
微かにイヤミを滲ませながら、ルルーシュはこう呟く。
「あの方の前に謁見されていたのが、本国からいらした方だそうだから……」
きっと、あれこれ難しい話をされていたのではないか。スザクはこう言い返す。
「そうか……ところで、ボーンはそこでいいのか?」
次で詰まるぞ? と付け加えれば、慌てたようにスザクはチェス盤を見つめた。
「えっと……ナイトがこうだから、クイーン……ビジョップを忘れていた!」
だったら、どこに置けばいいんだろう……と彼は本気で悩み出す。他の人間であれば、そんな態度は認められない。しかし、スザクならば気にならないのはやっぱり、抱いている感情の差だろうか。
それとも、彼にチェスを教えたのが自分だからかもしれない。
ルルーシュが心の中でそう呟いたときだ。
「……何だ?」
どこからか悲鳴が聞こえてくる。
「ルル、動かないで!」
爆発音だ、とスザクは冷静に口にした。テロリストが襲ってきたのかもしれない、と彼はさらに付け加える。
「その可能性は、否定できないな」
ルルーシュも小声で同意を示した。
「確認してくる! クルルギ、貴様はランペルージ殿から離れるな!!」
クロヴィスの安全はもちろん、ここでルルーシュに死なれても困る。そういいたいのだろう。それがわかって、ルルーシュは今までとは別の意味で苦笑を浮かべた。
「ヴィレッタ! 君もランペルージ殿の側にいろ」
さらにこう言い残すと、男達は部屋を飛び出していく。
「どこの誰かはしらんが……ここに攻撃を仕掛けてくるとは……おろか、と言うべきなのだろうな」
ルルーシュは呟くように口にする。
「ルル?」
「そうだろう? 本国から使者がおいでなら、警備はいつもよりも厳しいはずだ。そんな日にこのような愚行を行うとは……まるで、自分を捕まえて殺してくれ、と言っているようなものだ」
もっとも、とルルーシュは心の中で付け加えた。大切なものを失って自暴自棄になっている人間ならば、そんなことは気にしないだろう。むしろ、人目がある方がいいのではないか。
だが、それを口にすることはない。
「第一、ここにいるのはみな優秀な者達なのだろう?」
代わりにこう言ったのは、ヴィレッタに聞かせるためだ。
「もちろんだよ。ここには総督閣下がいらっしゃるからね」
ルルーシュ一人であれば自分でも何とかなる。しかし、総督であればそうはいかない、とスザクも頷いて見せた。
「お前一人で十分だよ、俺も」
スザクさえいてくれればいい……とルルーシュも微かに表情を和らげる。
「しかし、落ち着かないな」
だが、すぐに表情を強ばらせるとこう呟く。
これと同じ空気を自分は以前体験したことがある。一度目は、母が暗殺されたとき。二度目は、まだ日本と呼ばれていたこの国で、自国の人間に命をねらわれたときだ。
この国の人間に殺されるのであれば、まだ納得できた。
しかし、何故自国の人間に……と思ったことも否定しない。
「ルル……また、変なことを考えているでしょ」
そんなルルーシュの思考をスザクの声が現実に呼び戻してくれた。
「スザク」
「ルルが生きていてくれることが、僕には一番嬉しいんだよ」
そのためなら何でもするから、と彼は付け加える。
「だったら、俺から離れるな」
スザクがいてくれるからこそ、自分は『生きて』いられるんだ、と囁き返す。
「わかっているよ」
そんな彼等の耳に、さらに強くなった喧噪が伝わってきた。
このテロで命を失ったのは、ただ一人。
しかし、それは決して失われてはいけないと思われていた人物――クロヴィスだった。
彼の遺体の上には【ZERO】と署名されたカードが置かれていたという。
いや、それだけではない。
『Repent a past mistake. (過去の過ちを悔い改めろ)』
この一言も書き添えられていたとの話だ。
それがクロヴィス個人に対するものなのか、それともブリタニア帝国、全てにかかるものなのか、はっきりとはしない。
だが、それがブリタニアを怒らせたことだけは事実だった。
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07.01.11 up・07.02.06修正
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