「……ルル」
 授業が終わり、クラブハウスに帰ろうとしたときだ。そっと呼びかけてくる声を耳にしてルルーシュは立ち止まる。
「スザク?」
 視線を向ければ、木陰に私服に身を包んだ彼の姿を見つけることができた。そんな彼の行動に微かに眉を寄せながらも、どうかしたのか? と問いかけながらルルーシュは彼の側へと歩み寄っていく。
「あのね、ルル……」
 そんな彼に対し、スザクは何やら微妙な表情で言葉を口に仕掛けて飲みこんだ。
「……この前のことで、誰かが何かを言ってきたのか?」
 だとするならば、ブリタニアの軍人達もたいしたことはないな……とルルーシュは心の中で呟く。いや、クロヴィスの部下達が、と言い直すべきか。
 少なくとも、そんな部下を許せないと考えている人物を、ルルーシュは一人知っている。
 そして、その人の直属の部下達は甘い連中が彼女の視界に入ることを許さない。そんな人間がいると聞けば、無条件で性根をたたき直されたに決まっている。
「そうじゃないよ、ルル」
 ルルーシュの思考をスザクの言葉が中断させた。
「そうか。なら、どうかしたのだ?」
 スザクのためにそんなバカがいなかったことに安堵をしながら、ルルーシュは改めて問いかける。
「……部署がね、変わることになったんだけど……そこの責任者の人が、どうしても君に会いたいって……」
 ごめんね、とスザクは付け加えた。それは、自分がそういう相手と会うことを好ましく思っていないと彼が知っているからだろう。だが、それを知っていても連れてきたのだ。何か理由があったに決まっている。ルルーシュはそう判断をした。
「お前があわせてもいいと判断したのであれば、かまわない」
 もっとも、ここで話をするのはまずいだろうが……と付け加える。
「うん。それもわかっているから……」
 車で来ているんだ、とさりげなく校門の方へと彼は視線を向けた。そうすれば、かなり大きな車の後部が見える。
 あんなものが校門の所に止まっていれば、注目を浴びるのは当然のことだろう。実際、既に興味津々という様子でのぞき込んでいる者達の姿がある。そんなものに乗り込んだら、絶対に何か言われるに決まっているだろう。
 はた迷惑な……と心の中で呟く。
「……しかたがない。お前が、俺から離れない……と言うなら、付き合ってやる」
 小さなため息とともにルルーシュはこう告げた。
「ごめんね、ルル」
 こういうこと、嫌いなのに……とスザクは視線を落としながら口にする。
「気にするな。ばれているわけじゃないんだから」
 あの事実さえばれなければいいのだ、とルルーシュは言い切った。そのために、自分は必死で勉強をし、目隠しのための地位を確立したのだから、とそう言って笑う。
「それに、お前の立場が強くなれば、俺としても助かる」
 あちらの内情がわかるからな、とさらに言葉を重ねれば、スザクはようやく視線を向けてくる。
「……だが、この時期に動くとは……たいした奴だな、お前の新しい上司は」
「変わり者で通っている人だから」
 名前だけはルルーシュも知っているよ、と付け加えながら、スザクは彼を先導するように歩き出す。
「……知っている?」
 俺が? とルルーシュは首をかしげる。
 自分が直接、ブリタニア関係者と話をすることはあの時までなかった。それは、自分を保護してくれているアッシュフォード家との約束であり、彼等にとっては必要なことだとわかっていたからだ。
「そう。何度かコンタクトを取ったって言っていたよ」
 だが、スザクのこの言葉でふとある人物のことを思い出す。
「スザク」
「何?」
「お前の、新しい配属先というのはどこなんだ?」
 もし、自分の予想が当たっているのであれば、相手はものすごく厄介だとしか言いようがない。できることなら、会う前に逃げ出したいとまで思ってしまう存在だ。
「……特派」
 一番聞きたくない言葉を耳にした瞬間、ルルーシュは反射的に回れ右をしてしまう。
「ルル?」
 どうしたの? とスザクが慌てたようにこう問いかけてきた。それだけ自分の行動が唐突だった、と言うこともわかっている。
 それでも、会いたくないのだからしかたがないだろう。
「……スザク。今すぐ軍に辞表を出してこい」
 ついでにこう命じてしまった。
「それは困るんだけどぉ」
 背後から不意に声がかけられる。その事実に、ルルーシュは反射的に身構えてしまった。
「ようやく見つけた大切なパーツなんだから、彼は」
 くすくすと笑いを漏らしながら続けられた言葉に、ルルーシュの眉間にはしわが刻まれていく。
「ロイドさん……」
 ルルーシュの機嫌がどれだけ降下しているのかわかっているのだろう。スザクが懇願するように彼の名前を口にする。
「あぁ、ごめんねぇ。つい、いつもの調子で話しちゃった」
 いつもの調子なのか、これが……とルルーシュは心の中ではき出す。だからといって、そんな言動に惑わされてはいけない。
 目の前の男の背後にはあの男がいる。
 小さなほころびでも、そこから最悪の事態を引き起こしかねない。
「取りあえず、話だけでも聞いてくれないかなぁ……個人的に協力してくれるととてもありがたいんだけど、そうでなくても、スザク君のことについて許可をもらわないといけないしねぇ」
 彼を取り上げられると、非常に困るから。そう付け加える男に、ルルーシュは冷たい眼差しを向けていた。

 砂塵に煙る本陣で、ブリタニア第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアは、父皇帝からの命令を受け取った。
「……エリア11か……」
 複雑なものを滲ませて、彼女はこう呟く。
「姫様」
 そんな彼女に、ダールトンがそっと声をかけてきた。
「勅命だ。お受けしないわけにはいくまい」
 それに、と彼女は心の中で呟く。うまくいけば、自分がずっと抱いていた疑念をはらすこともできるだろう。
「ユーフェミアとナナリーを同行する許可をいただけるよう、先ほど連絡をしたところだ」
 その気持ちを口にする代わりに、彼女はこう告げる。
「ユーフェミア様はともかく、ナナリー様も、ですか?」
 こう問いかけてきたのはギルフォードだった。
「そうだ。私とユフィがいなくなった宮殿に、あの子だけ残しておくわけにはいかないからな」
 そんなことをすれば、誰がどのようなことをするかわからない。今ですら、あの悲運な皇女を利用しようとしているものが次から次へとわいてきているというのに、とコーネリアは苦々しいという感情を隠さずに口にする。
「後ろ盾がなくなってしまったあの子であれば、好きにできると思っておるのだろうが……」
 そんなことはさせない、と拳を握りしめた。
 彼女たちの母であったマリアンヌはともかくとして、同母の姉であったルルーシュを失ったのは自分の力不足のせいだ。
 いや、ルルーシュ自身も何かを悟っていたのかもしれない。
 まだ《日本》と呼ばれていた頃のエリア11に向かう前日、自分の元に足を運んで、くれぐれもナナリーのことを頼む、と頭を下げたことを、今でも忘れていない。あの矜持が高かったルルーシュがそのような行動を取らなければいけないほど、ナナリーの存在は不安定だと言っていい。それは地位だけではなく、その精神状態も含めてのことだ。
 同時に、彼女の洞察力は他の兄弟達と比べものにならないほど優れている。
 だからこそ、ルルーシュは兄弟達の中で一番信頼できると判断をしたコーネリアに大切な妹のことを頼んだのだろう。
「そんなことをさせるわけにはいかないからな」
 ならば、その信頼を裏切るわけにはいかない。
 それがコーネリアの矜持だ。
「ですが、殿下……」
「我が騎士ギルフォード。お前は、私があの子達を守れないと、そういいたいのか?」
「いいえ。そういうわけではありません……ただ、あの地はナナリー様にとってよろしくないのでは、とそう思いましたので」
 ルルーシュのことがあったから、と言外に告げる。
「それならば、宮殿も同じだぞ。あそこで、マリアンヌ后妃はなくなられたのだからな」
 そして、彼女は両脚の自由を失った。そう付け加えれば、ギルフォードは視線を落とす。
「それに、私に同行したいと言ってきたのはナナリーなのだよ。あの子はあの子なりに何かを確認したいのだろう」
 ユーフェミアも一緒に行くからこそ許可を出したのだ。
「……わかりました。浅慮なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」
 即座にギルフォードは謝罪の言葉を口にする。
「いや。お前が私だけではなく、あの子達のことも気にかけてくれていることは嬉しいよ」
 もし、あの時、彼のような存在をルルーシュに付けてやることができてれば、あの子も自分の側にいてくれただろうか。コーネリアはそんなことも考えてしまう。
 だが、時間を巻き戻すことは、ブリタニアの皇帝とはいえ不可能なこと。
 それならば、今現在、手の中にあるものだけでも守りきろう。コーネリアはそう考えている。
 そして、もし……と付け加えかけて、その考えを振り切った。
 期待をして裏切られる方が辛い。それに、と思う。
「その前に、この地を制圧してしまわなければ、な」
 それができれば、ブリタニア内での自分の地位はさらに高くなる。それが、大切な妹たちを守るためにも重要ではないか。
 コーネリアはそう判断をする。
「わかっております、姫様」
 即座にダールトンが頷いて見せた。
「そういえば、敵の布陣はどうなっている?」
 今抵抗を続けている者達が、おそらく、この地で最後の戦力だろう。
 それさえ叩いてしまえば、後はどんな無能者でも後始末ぐらいはできるのではないか。
「既に掴んであります」
 言葉とともにこの地の地図がモニターに映し出される。そこに記されている敵の布陣を見つめながら、コーネリアはどうすれば効率よく敵を殲滅できるか。それを考え始めていた。








07.01.17 up