「ルル……プリン、できたんだけど……」
 食べるよね、とスザクが控えめに声をかけてくる。
「それで、俺の機嫌が直ると思っているのか?」
 ルルーシュは思わずこう問いかけてしまう。昔から、ルルーシュが機嫌を損ねれば、彼はそうやってルルーシュの大好物であるプリンを作って差し出してきたのだ。
「……そういうわけじゃないけど……」
 考え事をしているときには甘いものが欲しくなるって聞いたから……スザクは口にする。
「それに……今日は時間があったから、焼きプリンにしてみたんだけど」
 いつもは、急に言われるからゼラチンを使った簡易のプリンしか作れなかったし……と彼は続けた。その言葉に、ルルーシュは小さなため息をつく。
「本当に、お前は俺の気分を浮上させるのがうまい」
 それは初めてあったときから変わらないな、とルルーシュは淡い笑みとともに付け加えた。
「ルル」
「わかった。取りあえず考え事は棚に上げておく」
 スザクが作ってくれるプリンは、いつもルルーシュの好みの味なのだ。その中でも焼きプリンは秀逸だと言っていい。もっとも、彼が口にしたとおり、作るのに時間がかかるからなかなか味わうことができない。それよりも、いつもは別のことを優先してしまうからだ。
 だが、今日はルルーシュが自分の思考の中に沈み込んでいたせいで彼は手持ちぶさただったのだろう。
 そんなことを考えながらルルーシュはソファーから腰を上げた。そして、そのままダイニングへと移動をする。
「……豪華だな」
 焼きプリンだけではなく、その周囲にもあれこれサイドメニューが盛られていた。
「ちょっとやりすぎちゃったね」
 でも、味の方は自信があるんだけど……と苦笑を浮かべながらスザクはルルーシュの前に置かれたカップに、紅茶を注ぎ入れる。スザクが自分のカップにも同じようにしてから彼が腰を下ろしたのを確認してからルルーシュはデザートフォークを取り上げる。そのまま、プリンへと突き刺した。
「……うまいな」
 中にリンゴも入っているのか、と一口、味わってからこう呟く。
「そう。でも……ルルが作ってくれるのに比べればまだまだだと思うよ」
 自分よりも得意なくせに、本当に気が向いたときにしか作ってくれないよね……と彼は苦笑混じりに口にした。どうやら、それは本気で『作れ』と言いたいわけではなく、ただの照れ隠しらしい……とルルーシュは判断をする。
「好きで身につけたわけじゃないからな」
 それに、と彼は言葉を続ける。
「自分のために作るのはつまらないだろう」
 一人で食べても味気ないだけだ……とルルーシュは言い切った。そして、そのは梨はここまでと言うようにまたプリンに手を伸ばす。
「だったら、僕のために作ってくれてもいいと思うんだけど」
 しかし、スザクは諦めきれないらしい。こう呟いている。
「……そのうち、な」
 気が向いたら考えてやろう、とルルーシュは苦笑とともに言葉を返す。
「ルル?」
 本当? と彼が聞き返してきた。それにさらに苦笑を深めると頷いてみせる。
「俺個人としては、お前が俺のために作ってくれる手料理が一番うまいと思うぞ」
 その上で、さらりとこう付け加えれば、何故かスザクがむせた。
「スザク? 大丈夫か?」
 どうかしたのか? とルルーシュはそんな彼に問いかける。
「本当、君は時々さらりととんでもないことを口にしてくれるよね」
 突拍子もないときに、とスザクは目尻に涙をためながら言い返してきた。
「スザク?」
「……わからないなら、いいよ。そういうルルも好きだから」
 そういう自分の方がさらりととんでもないセリフを口にしてくれているだろう。ルルーシュはそういいたくなる。
「お互い様、と言うことか」
 そういうところで妥協をしよう、と思う。それは、自分だけではなく、スザクもまた自分を必要としてくれていると言うことがわかるからだ。
「ルル?」
「……何があっても、俺の側にいろ」
 だからといって、自分から『好き』と告げるのは恥ずかしい。だから、こう言い返す。
「当然でしょう、ルル」
 そうすれば、彼はこう言って笑い返してきた。

 しかし、とルルーシュは思う。
「スザクに目を付けたのはさすがだ……と言いたいところだが……」
 問題なのは、あの男のバックに《彼》がいると言うことなのだ。でなければ、それなりに協力をしてやってもかまわないのだが、と心の中で呟く。
「……あの人は、何を考えているのかわからないからな」
 ひょっとしたら、自分の正体を知った上でスザクを引き込もうとしているのではないか。そんなことすら考えてしまう。
「確かめる術は、今の俺にはないがな」
 そのような立場になったことに関しても、文句はない。それでも、苛立ちは感じるのだ。
「……気分転換でもするか」
 頭を使わなくていい作業であれば、多少は違うだろうか。
「スザクに、菓子ぐらい作ってやらないと、後で本気ですねかねないしな」
 日持ちのしそうなものを作っておけば、今度会ったときに渡せるだろう。そう呟きながら、クラブハウスへと向かおうとした。
 その時だ。
「昨日は、どうもぉ」
 こう言いながら、会いたくないと思っていた相手が姿を現した。その事実に、ルルーシュは思いきり渋面を作る。
「……どうかしましたか?」
 嫌悪を隠さないその態度に、ロイドがわざとらしいくらい驚いて見せた。
「今後の接触は、アッシュフォード老を通せ。そういったと思ったが……俺の錯覚か?」
 それとも、お前の記憶の中に残らなかったのか? とルルーシュは冷たい視線を向ける。
「いや、それだと時間がかかりますでしょ?」
 本国を経由するわけですから、と悪びれた様子もなく彼は言葉を返してきた。
「スザク君が乗る予定の新型の設計図ですけど……興味ありません?」
 さらに付け加えられた言葉に、ルルーシュは微かに表情を揺らす。
「やっぱり、ありますでしょ」
 その事実にしっかりと気付いたのだろう。ロイドはこう言って笑った。
「一応、機体は完成しているんですよ。でもランペルージ君の大切なスザク君をお借りするわけですから、多少の手直しは承りますよ」
 もっとも、それはルルーシュにしてもらわなければいけないのだが、と彼はさらに口元をゆがめる。その表情がルルーシュにさらに嫌悪感を与えていると、本人は気付いていないだろう。
「……今回だけ、みのがしてやる」
 次からは、正式に抗議をさせてもらうからな……とルルーシュはため息とともにはき出した。
「え〜〜! そんなこと、おっしゃらずにぃ」
 貴方の才能はとても魅力的なんですから……とロイドは唇をとがらせる。
「論文は、全て読ませて頂きましたけどねぇ。もし、貴方がここの学生でなければ……本国から手を回してもらって、無理にでも特派に来てもらいたいくらいですけどね」
 ランペルージの当主には無理を言えませんしねぇ……とその表情のまま口にした。
「でも、興味を持って頂けるなら、いくらでも。何なら、ナイトメアフレームを一機作らせていたら来ましょうか?」
 ランスロットの改良型を……と彼は笑う。
「……気が向いたら、な」
 そんな日はまず来ないだろう、と思いながらルルーシュはこう言い返す。
「お待ちしていますよ〜」
 言葉とともにロイドは一枚のディスクを差し出してくる。ルルーシュは黙ってそれを受け取った。

 眼下に陸地が見えてくる。
「あれが、エリア11ですの?」
 ユーフェミアはすぐ側にいた護衛の兵士にこう問いかける。
「はい。さようでございます」
 この答えを耳にしたのだろう。ナナリーが彼女の方へと体をずらしてきた。
「ゆっくりと、ね」
 ユーフェミアはそんな彼女の動きを手助けをするようにそっと支える。彼女がどうしてそのような行動を取ったのか、わかっているからだ。
「……お姉様……エリア11とはどのような場所なのですか?」
 窓にそっと手を当て、閉じたまぶたの下から必死にその様子を見つめようとする。
「緑が多く、海産資源が豊富な場所、と聞いていますわ」
 それでいて、優秀な科学力を有していたのだ、とも。
 かつて『日本』と呼ばれていたそこは、ブリタニアと友好関係を築いていた。だからこそ、八年前、傷心のルルーシュが静養のために送られたのだろう。もっとも、父皇帝には別の意図があったことは否定できない。
 あの小さな国土の下に豊富なサクラダイトが埋蔵されている。
 ナイトメアには欠かせないそのレアメタルを他国に渡さぬために、どうしてもあの地を手に入れる必要があったのだ。
 そして、彼等を油断させるためには誰よりも大切にしていたルルーシュを一時的に危険にさらしてもしかたがない。父はそう考えていたのだろう。
 その代わり、彼女には当時、有能で信頼できる者達が付けられていたはず。
 だが、彼女は自分たちの元に帰ってくることはなかった。
 その存在が失われた、と知ったとき、父は人々の前にも関わらず動揺を隠せなかったのだ、とか。二人の母であるマリアンヌ后妃がなくなられたときですらも、平静さを微塵も崩さなかった、あの父が、だ。
 逆に言えば、ルルーシュを失わないという自信があったのかもしれない。
 しかし、その自信が逆に油断になったのではないだろうか。
「あの場所に、ルルーシュお姉様がいらっしゃいましたのね」
 ナナリーはそっと言葉をはき出す。
「えぇ」
「なら……ナナリーはお姉様の気配を感じ取れるかも、しれませんわ」
 彼女の思いが残っているのであれば、きっと……とナナリーは微笑む。
 その表情には自信があふれている。そして、誰も彼女の言葉を否定することができない。
 二人の母であったマリアンヌは《聖女》と呼ばれていた女性だ。
 それは、まるで予言と言って差し支えないほどの洞察力を持っていたからだ、と聞いている。、その洞察力は父である皇帝ですら、一目を置いていたようにユーフェミアは記憶していた。
 そんな彼女と同じように、ナナリーもまた優れた洞察力を持っている。それは、自由に動くことができないことと引き替えとしているようにも思えてならないのだ。
「きっと、できますわ」
 そっと彼女の体を抱きしめながら、ユーフェミアはこう囁く。
「コーネリアお姉様も、きっと、ナナリーのために手を貸してくださいますもの」
 本国からこちらに向かってきた自分たちとは違い、姉は戦地から直接こちらに向かっているはずだ。だから、この場にはいない。
 それでも、きっとナナリーの言葉を耳にすればまちがいなく手はずを整えてくれるだろう。
「その前に、お姉様に『お疲れ様でした』と申し上げなければいけませんわね」
 ふわりと微笑むと、ナナリーはこう告げる。
「そうですわね。ナナリーがそういってくだされば、まちがいなく喜んでくださいますわ」
 ユーフェミアは彼女の言葉に微笑みを返した。








07.01.20 up・07.02.06修正