目の前の報告書に、コーネリアの目尻はさらに切れ上がっていく。
「……卿らは、本当に調査を行ったのか?」
こう言いたくなったとしてもしかたがないだろう。その報告書に書かれてあるのは『不明』の一言だといっていいのだ。
「そういうわけではありませんが……」
慌てたように口にしたのは、クロヴィスの元で軍を指揮していた将軍である。
「ただ、本当に何もわからぬのです。ゼロ、と呼ばれたものの手助けをしたと思われる者達も、何も覚えておらず……精神鑑定を行ったところ、どうやら、催眠術か何かをかけられていた形跡がありまして……」
しかも、それでも強引に情報を聞き出そうとすれば、正気を手放してしまうのだ……と彼はそう告げた。
「……そうか」
確かにそれでは、彼だけを責めるわけにはいかないだろう。だが、とコーネリアは心の中で呟く。だからといって、彼を見逃すわけにはいかない。
「貴様の言い分はわかった。だが、何の情報もつかめないのは、あくまでも貴様の指示が悪かったからだろう」
クロヴィスの元にテロリストを通してしまった責任もあるしな……とコーネリアは彼をにらみつける。
「殿下!」
彼は慌てて次の言葉を口にしようとした。
「本国で、しばらく頭を冷やしてこい」
それよりも早く、コーネリアはこう言い切る。
「殿下、それは……」
男はなおも何かを口にしようとした。それはまちがいなくいいわけだろう。しかし、それに耳を貸すような時間は今のコーネリアには存在しない。
視線を向ければ、それだけで彼女の忠実な部下達には伝わったらしい。
「将軍、御退出を」
言葉そのものは上官を立てるためか柔らかいものだ。しかし、半ば引き立てるようなその態度が、彼等にとって男の存在がたいした重みを持っていないのだと伝えている。
それも当然だろう。
彼等にとって優先すべきなのは自分の言葉なのだから。
何よりも、自分がもう、あの男に興味を抱いていない。弟の命すら守れなかったものの顔など見ていたくないという気持ちがあることも否定できないだろう。
「この地は……ブリタニアの血脈には鬼門なのかもしれんな」
手元の書類に視線を落とそうとして、彼女は呟きを漏らす。
「姫様?」
その呟きにダールトンがそっと問いかけの言葉を口にした。
「そうであろう? 七年前にルルーシュが行方不明になり、今度はクロヴィスだ」
だからといって、自分たちまで飲まれるわけにはいかないがな……と彼女は付け加える。
「ともかく、詳しい情報が欲しい。頼んでかまわないな?」
テロリストどもの組織が、いったいどのような力関係になっているのかを……と言わなくても彼にはわかったらしい。
「お任せください。数日中に必ず」
取り込めそうなものがいれば、そちらも……とさらに彼は口にする。
「……それに関しても、お前の判断に任せる」
そのような裏切りに近い行為は認めがたい。しかし、それが必要であるならば見て見ぬふりをするしかないのだろう、と言うことはコーネリアにもわかっている。だが、自分にはそれを行うことは不可能だ、と言ってもいいだろう。
「もちろんです。姫様方のフォローをすることも我々の役目ですから」
彼女たちができないであろう選択肢を選ぶこともまた自分の役目だろう、とダールトンは口にする。
「すまぬな」
コーネリアは、かつて自分の教師でもあった男に微かな笑みを向けた。
「お前が自由に動けるよう、命令書を作っておこう。後は、お前の判断で行え」
そして、こう言い切る。
「イエス、ユア・ハイネス」
言葉とともに、ダールトンは深く頭を下げた。
ルルーシュから渡されたディスクをスザクはロイドへとさしだした。
「今回限りだぞ、との伝言です」
次からは不審者として通報させてもらう……とも言っていたとスザクは付け加える。
「それは酷いなぁ」
こう口にするものの、それが本心からの言葉なのかどうかは悩む。彼の言動を真に受けてはいけないと言うことは、今まで一緒に過ごしてきて十分、身にしみているのだ。
「あの方は、軍と直接関わり合いになりたくなくて、それでアッシュフォード老に仲介をお願いしているのです」
いずれは直接話し合いをする立場にならなければいけないことはわかっていても、もうしばらく『学生』という立場で自由に過ごしたい。そう思っているのだ、とスザクは付け加えた。
「そんなの、無理に決まっているのにねぇ」
それに対し、ロイドが笑いとともにこう言い返してくる。
「ロイドさん」
彼の態度がルルーシュの判断を避難しているように思えて、スザクは棘を含ませた声で彼の名を呼んだ。
「彼の存在は、そうと知らない人間が見ても一際輝いて見えるよ。そんな存在が、一般の民衆の中にまぎれて過ごせるとは思えないけどねぇ」
どうごまかそうとしても、結局異質さが目立つだけだ……と彼はさらに言葉を重ねる。
「しかし、愛されているねぇ、スザク君」
そんなことはない、とスザクが言い返すよりも早くロイドは話題を変えてきた。
「彼が作ってきたデーターはランスロットの脱出機能がメインだよ。他にも、いくつか性能アップのための資料も添付されているねぇ」
いや、こんなアプローチがあったとは……と彼は嬉しそうに口にした。
「君がいてくれるから、だろうねぇ。今回限り、というのは本当に惜しいよ」
彼が協力をしてくれるなら、ランスロットにもっともっと凄い性能を与えてやれるのに、と彼は付け加える。
「でもまぁ……これだけでも今までより三割り増しぐらいになるかなぁ」
それでも、今のところは十分だよねぇ……と笑みを深める彼に、スザクは小さなため息をついた。
「……ルル……何のデーターを渡したんだよ……」
自分のためかもしれないけど、よりによってこの人にそんなものを渡すなんて……とスザクは泣きたくなる。その結果、被害を被る――と言っては大げさだろうか――のは自分なのだ。
それでも……とすぐに思い直す。
脱出機能がメインと言うことは、自分の存在を彼が失いたくないと思っていてくれることだ。だからこそ、ロイドの無茶な行動にも条件つきながら付き合ってくれたのだろう。
「これは実現可能だから、取りあえず組み込んじゃうことにして……こっちは、もう、新しい機体を作っちゃった方が早いかなぁ」
それとも、平行してやってみるべきか。ぶつぶつとそんなことをロイドは口にしている。
「もう一機って……」
デヴァイサーはどうする気なのだろうか。自分がいなければ、ランスロットも起動できなかったというのに、とスザクは思う。
「うん。そうしちゃおう」
そのくらいの予算なら、ぶんどってこれるもんねぇ……と目の前でどんどん話が進んでいく。
「ロイドさん」
「いっそ、そっちの機体はルルーシュ君専用にしてもいいかもなぁ」
そうすれば、今度も協力してくれるよねぇ……と彼は呟いている。
「ロイドさんったらぁ」
ルルーシュが本気ですねたらどうしてくれるんですか、というスザクの声は彼の耳には届かなかった。
闇よりも暗い漆黒を身に纏った存在がゆっくりと進んでいく。
やがて、ある建物の前で彼は立ち止まった。そうすれば、頭部を被う仮面と体格すらも覆い隠すようなマントがあらわになる。
ある意味、仮装としか言いようがない姿だ。
だが、それが彼の非人間的な雰囲気と組み合わされると、逆に違和感を感じさせない。
「私だ」
そして、ドアの前でこう告げる。ボイスチェンジャーが組み込まれているのか、そう告げた声もどこか作り物めいた響きを持っていた。
同時に、抗いがたいと感じさせる。
その声が終わると同時に、ドアがそっと開かれた。
「ゼロ」
呼びかけられた言葉に、その人物は頷き返す。そして、そのまま中に足を踏み入れた。
次の瞬間、何事もなかったかのようにドアが閉まる。
周囲をまた闇が支配した。
その中で何が進んでいるのか。
それを知るものは、まだいなかった。
小さなため息とともに、ルルーシュは手にしていたペンを放り出す。そのまま背筋を伸ばすように大きな伸びをした。
その瞬間、窓越しに月が見える。
「……嫌な、色だな」
いつも見ているような、バターを溶かしたような黄色っぽい色ではない。
どちらかと言えば、朱色、というべきなのだろうか。
その色が、ルルーシュの中で不安をふくらませていく。
母が殺されたときも、日本が占領されたときも、その直前に見た月が同じような色をしていたような記憶がある。もっとも、それは自分の中で勝手にすり替えられてしまったものかもしれない、とルルーシュは心の中で呟く。
それでも、と彼は付け加える。
「何事もなければいいんだが」
口に出せば、ますます不安がふくらんでいく。それを消すにはどうすればいいのだろうか。
「……一番手っ取り早いのは、スザクを捕まえることだけどな」
彼の存在を感じられれば、きっとこんな不安は消えてしまうだろう。
でも、それも難しい。自分たちには、それぞれ今いる場所でしなければいけないことがあるのだ。
「今は……我慢するしかないか」
それとも、何か他のことで意識をそらすしかないのか、と判断をする。
「そちらの方が確実かもしれないな」
言葉とともに、また視線を机の上の書類へと戻す。そこには、ランペルージの関連工場で精製されたサクラダイトの動きが記されている。
数字上は別段、おかしいところはない。だが、何か違和感があるのだ。
「一度、信頼できる人間に確認しに行かせるか」
もし自分の予想通りなら、皇族の介入の口実になりかねない。それだけは避けたいのだ。
「どうしてこうも厄介ごとばかり……」
それもこれも、自分の存在が総督府にばれたことから始まったような気がする。だとするなら、あの時、自分にチェスの相手をさせたあいつが悪いのか。
そんなことを考えてしまうルルーシュだった。
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07.01.28 up
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