サイタマゲットー討伐が決定された。
「僕たちも、取りあえず付き合えってさぁ」
 出番があるのかどうかはわからないけど、とロイドが口にする。
「でもまぁ、この子の改修も終わっているしぃ、丁度いいチャンスだよねぇ」
 実戦でテストをするのに……という言葉に、スザクは表情を引き締めた。
 彼の言葉はもっともだ。そして、自分はそのためにここにいるのだし……とも思う。
 だが、それでも万が一のことがあったらどうなるのだろうか……と不安に思う気持ちもあるのだ。
 それは決して目の前の人物のためのものではない。言葉は悪いが、この機体が実戦で使い物になろうとなるまいと自分には関係がないのだ。それよりも、自分がミスをしてルルーシュを悲しませるようなことになる方が困る。スザクはそう考えてしまう。
「もっとも、今はあくまでもデモンストレーションだけでいいからねぇ」
 これは量産できないしねぇ……と彼はため息をつく。
「本当。スザク君が見つかってよかったよ」
 そして、彼の協力を得られたのがね……とロイドは続ける。
「……ロイドさん」
「わかってるよぉ。でも……考えるだけならいいでしょ?」
 彼が本格的に協力してくれればいいのに、って……とロイドは笑う。
「そうしたら、スザク君ももっとルルーシュ君と一緒にいられるよ?」
 その言葉に魅力を感じないわけではない。だが、それ以上に自分の存在がルルーシュを縛るようなことになってはいけない。スザクはそう考える。
「……僕としては、学校に通える方が嬉しいですけどね」
 無理だとはわかっていても、ついついそんなセリフを口にしてしまう。
「それもそうだよねぇ」
 それでも、ちょこちょこと協力してもらえるかなぁ……と彼はまたとんでもないセリフを言ってくれる。どうやら本気でルルーシュの協力が欲しいらしいのだが、その理由がどこにあるのかがわからない以上、うかつに頷くこともできない。
 ルルーシュが彼の存在だけで不安を感じてしまっていることもわかっているのだ。
「スザク君、いっそ、色仕掛けしない?」
 ルルーシュ君が協力してくれるように……と彼は真顔で問いかけてくる。
「色仕掛けって……」
 そんなもの、今更する必要があるのだろうか。というよりも、そちら方面での主導権は自分ではなくルルーシュにある。そう考えれば、無理だとしか言いようがない。
 もっとも、そんなことを目の前の人物に教えたら、それこそどうなるかわかったもんじゃないよな……とも思う。
「大丈夫だよぉ。ルルーシュ君は、スザク君を本気で好きなようだから」
 押せばきっと落ちてくれるよ……と彼が笑った瞬間である。その後頭部に分厚いファイルの角が遠慮なくたたきつけられた。
「セシルさん……」
「今の言葉を真に受けちゃダメよ」
 わかっているでしょうけど、と聖母の微笑みとともに彼女はこう言う。
「はい」
 ほっとしたような表情でスザクは頷いた。
 はっきり言って、非常にやばい状況だったのだ。後もう少し、ロイドの口撃を受けていたらどうなったかわかったものではない。その結果、ルルーシュの機嫌を損ねたらどうなっていただろうか。
「と言うことで、出撃前にもう一度チェックをして置いてくれる?」
 その間に、この人にはきっちりと説教をしておくから……と付け加える彼女が少しだけ恐い。だが、逆らわない方がいいと言うこともわかっているから、スザクは素直に頷いて見せた。

 ナナリーが困ったように姉たちの方へ顔を向けた。
「今日は……大人しくしていた方がいいような気がするのですが……」
 コーネリア達は、今日これからサイタマへ向けて出撃をする。その事実も悲しいが、それ以上に自分が動くことで総督府が手薄になっては困る。そう思うのだ。
「何を言っている。そのくらいの人数は残しておく。それに、お前の検診は以前から決まっていたことだろう?」
 病院の方も、それに合わせて警備を厳重にしているはずだ。何よりも、本国から来ている医師の都合もある。だから、大人しく受けに行け……とコーネリアは微笑んだ。もっとも、その表情はナナリーには見えないが、気配だけでも十分伝わってくる。
「そうですよ、ナナリー。今日は私が大人しくしておりますから、遠慮せずに行っていらっしゃい」
 ユーフェミアが苦笑とともに言葉を口にしたことも、だ。
「そうだな。この前の脱走は、さすがにきもが冷えたぞ」
 ナナリーが教えてくれたから、対処が取れたが……とコーネリアは口にする。
「申し訳ありません。ですが、イレヴン達がどのように暮らしているのか、是非とも知りたかったのですわ」
 それによって、自分が何をできるのかも考えたかった……とユーフェミアは言い返す。
「本当にお前は……」
 コーネリアが小さなため息を漏らした。
「それは、私が不穏分子を処分してからでも……」
「それでは間に合わないこともありますわ」
 人々の不満がさらに不穏分子を生み出すことになるかもしれない、とユーフェミアは主張をする。その考えに、ナナリーも賛成だ。
「そうですわね。衣食住が足りていれば、人々はブリタニアへの憎しみを和らげてくださるかもしれません」
 だから、ユーフェミアを助けるように言葉を口にする。
「それと……できるのであれば、医療機関や学習機関も充実させられれば、もっとよいかと思います」
 そうすれば、確かに身分的の差は残るが、それでもイレヴン達にはまだ可能性が残されていると認識してもらえるだろう。彼等の協力を選るには、それが早道ではないだろうか。ナナリーはそう思う。
「名誉ブリタニア人とはいえ、双方から差別されているのでは、鬱憤もたまるのではありませんか?」
 それが自分自身の選択だとしても、だ。だから……と言いかけてナナリーは言葉を飲み込む。
「ごめんなさい。生意気なことを口にしました」
 そしてこう告げる。
「なぜ、謝る?」
 温かな手がそっとナナリーの頬を撫でてくれた。
「お前は必要だと思うことを口にしたのだろう? そして、私はそれが参考になった。だから、謝ることはない」
 それよりも、これからも遠慮せずに思ったことを口にしてくれ……とコーネリアは優しい声をかけてくれる。
「そうですわ。ナナリーがそう言ってくれるのは、私たちを信頼してくれているからでしょう?」
 だから、言ってくれた方が嬉しいとユーフェミアも同意をした。
「さっさとバカどもを排除してくる。その後は、お前達の意見も聞き入れる余裕ができるはずだ」
 そして、もう一つの願いも叶えられるだろう……と彼女は微笑む。
「お姉様……」
「ご無事で、お戻りくださいませ」
 ユーフェミアとナナリーは彼女に向かってこう告げる。
「わかっている。だから、ナナリーもいいこで検査に行っておいで」
 そのための騎士を一人残していくから……と言うコーネリアに、ナナリーは小さく頷いて見せた。

 どうしても早急に手に入れければいけないものができて、ルルーシュは久々に街に出ていた。
 学園内の静かな環境――と言っていいのかは多少悩むが――になれているせいだろうか。この人の多さに、少しだけ辟易してしまう。
「スザクがいれば、少しはマシなのだがな」
 彼がいてくれれば、人目を遮る壁になってくれる。そうすれば、少しだけ安心できる。これは、この国に来て彼と暮らすようになったときから変わらないことだ。もっとも、出会った当初を除いてのことだが。最初に顔を合わせたときのスザクが自分にどんな態度を取っていたか、思い出すだけで苦笑が浮かんでくる。
「あのころは、お互い、抱えていたものがたくさんあったからな」
 しかし、今は違う。
 大切な妹は、あの強くて優しい異母姉が守ってくれている。だからもう、自分が守らなくても大丈夫だ。
 そうであるなら、もう守らなければならないものはお互い以外にない。
 いや、お互いだけが相手をこの世界に縛り付ける存在だと言っていいのだろうか。
 少なくとも、自分にとってはそうだ。
 あの日、自分をこの世界に引き留めたのは彼なのだから、とそんなことを考えながら買い物を終わらせる。無意識のうちに、スザクが好きだと言っていたお菓子まで購入していたのもそのせいだろう。
「……本人に処分させればいいしな、これは」
 スザクも嫌とは言わないだろう、とそう呟きながら学園の方へと足を向ける。
 しかし、すぐにルルーシュの足が止まった。
 目の前で大勢の者が逃げまどっている。それがどうしてなのか、すぐにわかった。
「……なぜ、ここに日本解放戦線が?」
 しかも、彼等は何かを探しているようだ。
 いったい何を探しているのだろうか。それはわからないが、あのひっくり返った車に関係しているのだろう、とルルーシュはそう判断をする。
 車種から判断をして、あれは総督府のリムジンではないか。いや、もっと正確に言えば皇族だけが使っているものだと思われる。
 その中で、コーネリアは現在出撃中のはずだ。となれば、残るはあと二人だ。
「総督府でコーネリアに影響力を持っているものも同じだな」
 彼女の同母の妹であるユーフェミアとナナリー。彼女たちが出かけるのであれば、あれを使用したとしてもおかしくはない。
 彼等の方も民間人には用がないらしい。取りあえず蹴散らしてはいるが危害は加えていない。それは、捜し物の目星がついているからではないか。
「……ユーフェミアであればいいが」
 もしナナリーであれば、自力で逃げ出すことはできない。そんな彼女をあいつらが見つけ出したらどうなるのか。
 もっとも、今の自分に何ができるかと言われれば、何もできない。立場上はただの民間人でしかないのだ。
 せめて、スザク並みの体力があれば話は別かもしれないが。そんなことを考えながら、ルルーシュは目の前の連中に見つからないようにそっと脇道にそれる。
 そのまま、大人しく帰ろうとした。しかし、そんな彼の瞳に予想していなかったものが映し出される。
「……車いす?」
 そして、その側には力尽きたらしい女性が倒れている。その服装から確認して、軍人かそれに準じる立場のものだろう。
 心臓の鼓動が激しさを増す。
 まさかと思いながら周囲を見回せば、物陰に隠れるように華奢な体が確認できた。
「……大丈夫ですか?」
 ゆっくりと近寄りながら、ルルーシュはこう問いかける。
「貴方は……」
 あの方々ではないのですか? と問いかけてくる相手の顔はルルーシュの記憶の中にあるものよりも少しだけ大人びていた。それでも、柔らかな声音は変わらない。
「一応、ブリタニア人です」
 決して日本解放戦線のテロリストではない、と内心を押し殺してルルーシュは言葉を返した。
「どうやら、あいつらが探しているのは貴方のようですが……安全な場所までお送りしてもかまいませんか?」
 それとも、ここで待っているのか……と冷静な口調で問いかける。
「ですが、貴方にご迷惑がかかるのではないでしょうか」
「貴方を見捨てていく方が気がかりですので」
 騎士の方に連絡を取ってくれと言うのであれば、それでもかまわないが……と妥協案も口にした。
「……ご迷惑でないのでしたら……お連れ頂けますか?」
 ナナリーは何かを考え込むような表情でこう言ってくる。
「では、失礼をします」
 自分が彼女の記憶の中にある《ルルーシュ》だとは気付かれてはいないはずなのだがと思いながらもルルーシュはそっとその体を抱き上げた。
 自分の顔は彼女には見えていない。そして、声もあのころとは別のものになっているのだから、と。
 それでも、心の中でどこか期待を捨てきれない自分がいることに、ルルーシュ自身気付いていた。








07.02.01 up