真夏の蜃気楼
01
「わたくしはかごの鳥なのですわね……」
目の前の幼い少女がそうつぶやく。
「生まれたときからここしか知らない……今後もここを出ることはないでしょう」
「それはどうでしょうか」
静かな声で少年が言葉を返した。
「何事も変わらないことなどないのですよ」
自分の経験からすれば、と彼は続ける。
「俺が今、ここにいること自体、その証拠のようなものですし」
「……それは……」
少女が何かを言い返そうとした。しかし、言葉が見つからないのか、すぐに口をつぐんでしまう。
「貴方と出会えたことが、この国に来て唯一良かったことです」
そのまま視線を落とす彼女に少年はほほえみかけた。
「ルルーシュ様……」
「ですが、さすがに息が詰まりますね」
そっと内緒話をするように少年──ルルーシュは少女の耳元に口を近づけるとこうささやく。
「侍女達ですね」
「えぇ。監視されているとはわかっていても、やはりね」
二人きりの時ぐらいもう少し離れてほしい。ルルーシュの言葉に少女はうなずく。
「そうですね」
彼女はそう告げると微笑む。
「本もゆっくりと読んでみたいのですが」
そう言いながら少女がため息をつく。
「そう言うときに限って邪魔が入るのです」
「あぁ。こんな風にですか?」
楽しい時間は終わった、とルルーシュは口の中だけでつぶやくと視線を向ける。そこには宦官の高亥ともう一人の姿が見えた。その男こそ自分をここに閉じ込めている元凶だ。
「お二人とも。随分と話が弾んでおいでですね」
高亥がそう言って微笑む。
「良いことです。今から親しくなっておられればいずれ婚姻を結んだときもむつまじく過ごしていただけるでしょう」
そう言って男──澤崎がいやらしい笑みを浮かべながら告げる。
「そうですね」
たしかにそうです、と高亥はそんな澤崎の表情に気づかなかったようにうなずく。
「我が国にブリタニアの皇族の血が混じる。つまり、我が国にブリタニアの皇位継承権があると言うことですからね」
穏便に彼の国の資産をこちらの手にすることが出来る。その言葉にルルーシュはそっとため息をつく。
「どうでしょうね。私は第十一皇子ですから」
すでに継承権すらないかもしれない。ルルーシュはそう言い返す。
「最悪、死んだことにされているかもしれませんね」
その方が都合がいいと考える人間の方が多いはずだしと心の中だけで付け加えた。
「大丈夫ですよ。そのお顔だけで十分、継承権を請求できますから」
「そうです。他の方々がいなくなればねぇ」
「無理でしょう。ブリタニアの皇位継承権保持者がどれだけいるのか、ご存じですか?」
末端まで行けば千人近くいるだろう。もっとも、全員が全員、皇帝の座を望んではいないだろうが。
そのすべてを殺すというのだろうか。
言外にそう問いかける。
「何も心配はいりません。殿下は心やすく天子様とお過ごしください」
高亥はそう言って微笑む。
それにルルーシュは何も答えない。だが、それを彼は自分に都合のいいように解釈するだろう。
「そろそろ風も冷たくなってきました。お二人ともお戻りください」
控えていた女官がそう声をかけてくる。
「確かに。天子様にお風邪を引かせては申し訳ない」
そう言うとルルーシュはさりげなく立ち上がった。そのまま天子へと歩み寄る。
「お手をとらせていただいても?」
「はい」
うなずくと天子はルルーシュが指しだした手の上にそっと自分のそれを重ねてきた。
「では、我々はこれで」
それを見て二人は頭を下げる。つまり、自分達は何も出来ないと考えられていると言うことだろう。
確かに、今はそうかもしれない。
だが、絶対にここを抜け出し、盛大に御礼返しをしてやろう。ルルーシュは笑みを消さないまま心の中でそうつぶやいていた。
20.07.01 up