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真夏の蜃気楼

50



 ブリタニアに戻った後、しばらくルルーシュの周囲は騒がしかった。主に彼を取り込もうとする者達で、だ。
「何をしているのかな? ルルーシュは戻ってきたばかりで疲れているのだがね」
 だが、それもシュナイゼルのこの一言で収まった。
「ありがとうございます、シュナイゼル兄上」
 うるさかった者達が散った後でルルーシュがこう言って頭を下げる。
「気にしなくていいよ。それよりも、君もジュリアスも無事で何よりだったね。中華連邦も無事にブリタニアに下ってくれたし」
 それもこれも、君が根回しをしてくれたからだね……と言ってシュナイゼルはルルーシュの頭をなでた。
「兄上……私は子どもではありません」
 子ども扱いされたと怒りを覚えたのだろう。ルルーシュはそういうとシュナイゼルの手の下から逃げ出す。
「あぁ、ごめん。本当に久しぶりだったからね。どうしても昔の印象が抜けきらなかった」
 七年も会っていないから、とシュナイゼルが苦笑を浮かべる。
「ともかく……父上と兄上がお待ちだよ。顔を見せに行かないとね」
 その言葉にルルーシュも異論はない。
「そうですね」
 小さくうなずいて見せた。。
「私がいなかった間、ナナリーとスザクに与えられたご厚情の御礼をお伝えしなければいけないと思っておりますし」
 スザクとナナリーが大きなけがもなく過ごしてこられたのもシャルルが気にかけてくれていたからだろう。ルルーシュはそう言って微笑む。
「本当にいい子だね、君は」
 そう言いながらシュナイゼルが手を伸ばしてくる。そのままその手はルルーシュの頭に乗せられた。 「兄上?」
「気にしなくていいよ。ちょっとなでたくなっただけからね」
 思わず彼の顔を見上げればこう言ってごまかされる。
 しかし、ルルーシュは彼の手を振り払う気にはならない。どこか唖然とした表情を作りながらもおとなしくシュナイゼルの手の下にいる。
「さて、そろそろ良さそうだね」
 シュナイゼルが不意にそう告げた。
「……何が、ですか?」
 耐えきれなくなったらしいスザクが彼に問いかける。
「父親としての見栄だよ。陛下もただの父親だと言うことだね」
 微苦笑とともにシュナイゼルがそう言いきった。しかし、あの父が、とルルーシュは目を見開く。母が暗殺されたときですら表情一つ変えなかったものを、と思ったのだ。
「陛下らしいですね」
 しかし、ジュリアスには何時ものことだったらしい。あっさりとうなずいている。
「ルルーシュ……陛下は表情には出されなかったが、ずっとお前のことを心配しておられた。ナナリーとスザクに直接ではないが手をさしのべておられたしな」
 ジュリアスが淡々と言葉を綴った。
「ついでに言えば、あの日、お前達を迎えに行かせたのも陛下だ。お前に関しては間一髪間に合わなかったが」
 その後も内密にお前の居場所を探していた、と彼は言葉を重ねる。
「ともかくゆっくりと話し合えば?」
 スザクがこう提案をしてきた。
「それもそうだな」
 確かにもっともな意見だ、とルルーシュもうなずく。
「では、そろそろいいね?」
 陛下に会いに行こう、とシュナイゼルが微笑む。そして。彼は歩き出す。ルルーシュ達もその後を追った。

 謁見の間に入れば貴族達が勢揃いしている。いや、彼らだけではなくルルーシュのきょうだい達も、だ。
 彼らはにらむようにルルーシュを見つめている。それだけではない。貴族達の中にも嫌そうな表情をしたりさげすむような視線を向けている者までいた。スザクはそいつらの顔を忘れないようにスザクはさりげなく室内を見回す。
 後でジェレミアに相談をして対処をしよう。スザクはそう考える。ルルーシュとナナリー、それにジュリアスに手を出すようならな貴族だろうと許せないというのが本音だ。しかし、それを気づかれるわけにはいかない、と今は気を静める。
 やがてルルーシュが足を止めた。その斜め後ろでスザクも足を止めると礼をとる。
「我が子ルルーシュよ……長の任務、ご苦労であった。結果、我が軍の勝利をつかみ取ったゆえ、後ほど、褒美を取らせる」
 だが、それよりも今は優先すべきことがあるな、とシャルルは続けた。
「よう戻ってきた」
 微妙に涙声だというのは錯覚ではないだろう。
「ありがとうございます、陛下」
 ルルーシュが微妙な表情でこう言い返す。
「まずは体を休めよ。おぬしへの褒美はじっくりと話し合って決めよう」
「はい」
「アリエスに戻りゆっくりと過ごせ。騎士叙任式の準備もあるだろうしな」
 その言葉にルルーシュが振り向く。
「スザク……」
「ナナリー様の騎士に、と以前から言われていました」
「そうか。ナナリーの騎士に……」
「お前の騎士にしても良いぞ。そのあたりもゆっくりと話し合え」
 シャルルがこう口を挟んでくる。
「かしこまりました」
 ルルーシュがこう言うと頭を下げた。その瞬間、彼の体がぐらつく。とっさにスザクは彼を支えるために動いた。
「まだ本調子ではなさそうだの。下がって良い。まずは体力をつけよ」
 その言葉にジュリアスが代表してうなずく。
「スザク」
「はい」
 そういうとスザクはルルーシュを抱えるようにして謁見の間を後にする。ジュリアスはこの後でシャルルと話があるのだろう。
「大丈夫?」
「あぁ……無様だな」
「仕方がないよ。あまり動かなかったんでしょう?」
 体力仕事は自分の役目だし、とスザクは笑った。
「……そう言うことにしておこう」
 ルルーシュはこう言うと目を伏せる。
「僕たちがそろっていて出来ないことはないんでしょう?」
 スザクがさらに言葉を重ねた。そういえばルルーシュがかすかに微笑む。
「そうだったな」
 小さくうなずくと彼はスザクに体を預けた。

 スザクがナナリーの騎士になることにはルルーシュとしても問題はない。
 問題はないのだが、どこか疎外感を感じてしまうのも事実だ。
「俺が望んだことなのにな」
 スザクがナナリーを守ってくれる。それだけがあの日々の中で唯一の希望だった。彼がナナリーの側にいてくれれば彼女は大丈夫だ。決してあの子を悲しませることはないだろう。
 たとえ自分がいなくなったとしても、だ。
 それは間違いなかった。
 しかし、そのせいでこんな思いをするとはまったくイレギュラーだな、と心の中だけでつぶやく。
「祝福してやらなければいけないのに……」
 どうしてこんなにいやなのだろう。
 自分の気持ちがわからないのが嫌だ。
「……何か飲むか」
 ともかく気分を変えよう。そうすれば二人を心から祝福できるかもしれない。そう考えてルルーシュは立ち上がる。そしてメイドを呼ぼうとした。
 だが、それよりも早くドアをノックする音がする。
「誰だ!」
 気分のせいか、厳しい声が出てしまう。
『私です、お兄さま』
「ナナリー?」
 こんな時間になぜ、と思いながら急いでドアの所まで行く。そしてドアを開けた。そうすればナナリーが一人でそこにいたのがわかった。
「どうして?」
「お兄さまとお話がしたくて……スザクさんに無理を言って連れてきていただきました」
「スザクは?」
「お部屋に戻っていただきました」
 その方が良いかと思って、とナナリーは微笑む。本当に人の気持ちに聡い子だ、とルルーシュは感心する。いや、そうでなければ生きてこられなかったのか。
 自分があんな選択をしたせいでいらぬ苦労をかけた、とルルーシュは顔をゆがめる。
「お兄さま?」
「あぁ、何でもない。それよりもナナリー。こんな時間に何の話だ? 明日ではいけなかったのか?」
「早くしないと、スザクさんを盗られてしまいます」
 ナナリーの言葉にルルーシュは首をひねる。
「スザクを盗られるとは?」
「ユフィお姉さまにです。昔からスザクさんを自分の騎士にしたいとおっしゃっておられましたし……他にも数名、そんなことをいってくるお兄さまがいます」
 スザクがルルーシュを救い出してからさらにうるさくなった、とも彼女は言う。
「スザクの活躍を自分の手柄にしようとしているのか」
「お兄さま方はそうですわね。お姉様は……たぶん違うと思います」
 昔からほしがっていたから、とナナリーは口にした。コーネリアに怒られて諦めたかと思ったが、ことあるごとに自分をアピールしていると聞いた。ナナリーはさらに言葉を重ねる。
「……あいつは……」
 呆れるべきか、それとも関心すべきなのか。どちらなのだろうな、とルルーシュは悩む。だが、これだけは決まっている。
 スザクは渡さない。
 たとえ自分よりも高位の継承者であろうとも、だ。
 スザクは道具でもアクセサリーでもないのだから。
「父上がおっしゃったとおり、お前の騎士にするか」
 就任式を行ってしまえば誰も取り上げることが出来ないだろう。仲間はずれは悲しいが、ナナリーとスザクのためにはその方がいいだろう、と思う。
「お兄さまは本当にそれでよろしいのですか?」
「ナナリー?」
「スザクさんを私がいただいてしまって」
「良いも悪いも……スザクは一人しかいないぞ」
「ですから……私個人ではなくヴィ家の騎士としてスザクさんを叙任してしまえばいいと」
 ジュリアスお従兄様が言っていた、とナナリーは告げる。
「ジュリアスが?」
「はい。そうすればお兄さまの護衛をしたとしても誰も文句は言わないだろうと」
「そうか……」
 考えておこう、とルルーシュは言う。
「出来るだけ早く結論を出すべきだろうが、拙速ではいけないからな」
 人の一生に関わることだ、とルルーシュは付け加える。それにナナリーも小さくうなずいて見せた。

 ジェレミア相手にスザクは鍛錬をしていた。
 もっと強くならなければルルーシュ達を守れない。騎士になる以上、それは絶対だ。誰に何を言われても無視できるようにである。ナイトメアフレームではなく生身で剣を振るっているのもそのためだ。
「お前の剣筋はブリタニアのものと違うから厄介だな」
「日本の抜刀術の応用ですからね。子どもの頃に身につけましたから、なかなか直りません」
「無理に直す必要はないだろうな」
 鍛錬の時に気をつけていればいいだけだ、とジェレミアは笑う。
「それよりも……」
 しかし、小バエがうるさいな……と彼は表情を引き締めると吐き捨てるように口にした。
「すみません、僕のせいで……」
「気にするな。お前がお二方以外に仕えることはないと言っているのに誘いをかけてくる連中が悪い」
 シャルル公認で叙任式を行う予定だろう、とジェレミアが続ける。
「それなのに、何で来るんでしょうね」
「お前の意見を変えさせるためだ」
 そして自分を選ばせようとしているのだ、とジェレミアが言う。
「ばかばかしい。僕があの二人以外を選ぶことはないのに」
「それがわからない人種がいるのが問題だ。高位の貴族や皇族にな」
「そんな人達は日本人を知らないんですね」
 日本の、特に侍を呼ばれる人種はどんなことがあっても一度決めた主を変えることはない。スザクはそう言って笑う。
「僕が認めた主はルルーシュとナナリーだけです。二人がどんな結論を出そうと、僕はそれに従いますよ」
 スザクの言葉にジェレミアがうなずいてみせる。
「それは私も同じだ。マリアンヌ様は素晴らしい方だった。だから、私はそのお子様であるお二人を守っているのだよ」
 ただ、自分の忠誠はマリアンヌ様にある。それがジェレミアが『ルルーシュの騎士』になれない理由らしい。
「そのあたりを理解できない以上、放っておきましょう」
 叙任式さえ終わってしまえば誰も何も言わないだろう、とスザクは笑った。
「確かにな」
 それまでの我慢か、とジェレミアも笑う。
「極力、一人では外出しないように。あいつにも言っておく」
 いつどこで何が起きるかわからないからな、と言うジェレミアにスザクは『そんなこと』といいかけて口を閉じた。権力を持った人間が部下に理不尽な命令を出すことを覚えていたのだ。
「わかりました」
 問題はロイドがおとなしくしてくれるかどうかだが、と心の中でつぶやく。
「でも、大丈夫でしょうか」
「いざとなったら『就任式の準備で忙しい』と言えばいい」
 それで納得をする、と言われて別の意味でスザクは疲れたような視線をジェレミアに向けた。

 ようやく夕食の時間になった。
 これで望まぬ訪問者に煩わされることはない。スザクはほっとしながらリビングへと向かう。
「おくれ、た?」
 そこにはもう二人がいた。その事実にスザクは思わずこう問いかける。
「いや……ちょっと話し合いをしていただけだ」
 そう言いながらルルーシュがさりげなく視線をそらす。ナナリーへと顔を向ければ彼女は微笑んで見せた。
「皇の方からご連絡が入っただけですわ」
 彼女の言葉にスザクの方が固まる。
「……今さら、何だって?」
 スザクの口から低い声がこぼれ落ちた。それは彼が本気で怒っているという証拠でもあろう。
「あなたに日本に戻るように、だそうです」
 何を考えているのか、とスザクは吐き捨てるように告げる。
「もちろん、俺たちはお前をあちらに渡す気はない。正確に言えば、どこの誰であろうとも、だ」
 ジュリアスがそれを聞いて動いている、とルルーシュは続けた。
「そう。まぁ、僕も君たちから離れる気はないけどね」
「ならばいい」
 スザクの言葉にルルーシュはようやく笑みを浮かべる。
「俺もナナリーもお前を手放す気は全くなかったからな。ジュリアスはそのことで釘を刺しに行ったんだ」
 二度と口を挟んでくるな、と。もし約束を違えれば、日本は二度とお前達の手に戻らないぞと告げに行った。ルルーシュはそう続ける。
「なら、後は問題ないのかな?」
「問題は俺とナナリーのどちらがお前の主になるか、だ」
 夕べから話し合っているが決着がつかない、とルルーシュは笑みに苦いものを混ぜる。その隣でナナリーも微笑みに微妙に苦いものをませた。
「悩むことはないだろう。決められないなら二人の騎士にしてくれればいいだけだ。僕一人では足りないところはジェレミアさんが動いてくれるそうだし」
 親衛隊はそのためにいるんだろう、とスザクは問いかける。
「あぁ、そうだ」
「ならばかまわないのでは? ナナリーは前線に出ることはないんだし」
「確かに……しかし、そんな方法があるのか……」
 ナナリーが前線に出ることは絶対にない。と言うよりも自分がさせない、とルルーシュが言い切った。ならば親衛隊でも十分に彼女を守れるだろう。
「ジェレミアさんが言ってたからあると思うけど」
 スザクはそう言い返す。
「そうだな……後で誰かに確認しておこう」
 ルルーシュがほっとした表情で口にした。
「では、食事にしよう」
 そしてこう言う。
「楽しみ。今日は何だろう」
「何でしょうね」
 スザクの言葉にナナリーもうなずいてくれる。そうしていればメイドが食事を乗せたワゴンを押してきた。

 ジュリアスが帰ってきたのはそれから三日経ってからのことだった。
「とりあえず終わったぞ」
 彼はスザクの顔を見た瞬間、こう言ってくる。
「本当に?」
「あぁ。少なくともしばらくは口を出してこないはずだ」
 ジュリアスのその言葉にスザクは呆れたくなった。
「しばらくなんだ」
「諦めきれないようだからな」
 お前の功績を考えれば同然だろうが、とジュリアスが笑う。
「外にいる連中もそうだろう?」
「……うざいんだけど」
「本当にあきらめが悪い。まだあちらの方が脅しがきいて良かったな」
 それも問題なんだけど、とスザクはため息をつく。
「だから、早々に就任式をやれと言っているんだが」
「準備があるからあと二ヶ月ぐらいかかるって」
 ルルーシュが言っていた、とスザクは応える。
「そうか。頑張って無視をしろ」
 あっさりと彼は言う。
「そうしていたけど……叙任式の日程が出てからますますうるさくなってるんだ」
 最近は士官学校の同期の名前を出して人を呼び出そうとしている。もっとも、スザクが親しくしていたのはマリーベルとオルドリンだけだから他の名前を出されても無視しているが、とため息をつく。
「最近はマリーベル殿下とオルドリンの名前を出してきて、断っていい物かどうか悩むことが多い」
 ルルーシュに確認してもらっているけど、数が多すぎて困っているんだ。スザクは素直にそう告げる。
「本当にバカばかりだな」
「たまに本物が混じっているのが困るんだよね」
 本当にオルドリンからの連絡だった。断りを入れようとしたら逆に怒られたんだよ、とスザクはため息をつく。士官学校時代のあれこれがあるから彼女の誘いは断れない。しかも、叙任式の仕儀を教えてくれることになっていたから余計だ。
「それは断るな!」
 やはりというかジュリアスが怒ってくる。
「とりあえず、名前を使われていると愚痴ってはおいたけど」
「なら大丈夫だろう。マリーベル殿下も動かれるはずだ」
 ルルーシュはもちろん、と彼は続けた。
「ならいいけど」
 でもマリーに迷惑をかけてしまう。それが回り回ってルルーシュに逝かなければいいが、とスザクはつぶやく。
「とりあえずルルーシュに説明をするしかないだろうな」
「……わかっている」
 あぁ、また面倒くさいことになりそうだ。スザクはそう考えてため息をついた。

「貴方も大変ね」
 オルドリンがこう言って笑う。
「本当に……どうして他人のものをほしがるんだろうね」
 スザクがうんざりとした表情を作りながら言い返す。
「言っては何だけど、ルルーシュ様には後ろ盾がいないからでしょう。圧力をかければ何とっでもなると思っているのよ」
 その言葉にスザクはむっとする。
「お二人だって皇族なのに」
「本当にバカよね」
 マリーの怒りまで買って、とオルドリンは笑う。
「彼女が怒っているからそいつらの半分はつぶされるでしょうね」
 それだけの実績は作っている、とオルドリンは言った。それがあれば多少のわがままは聞いてもらえるはず、と彼女は言う。
「……今うるさいのはここなんだいか功績を挙げていない連中でしょう。だから、貴方の功績がほしいのよ」
 無駄なのに、と続ける彼女にスザクは感心する。
「自分の実力じゃないのにそんなことをしてもすぐにばれるんじゃないの?」
「そうよ。だからバカなのよ」
「こっちには迷惑でしかないのに」
「まったくだわ」
 そういうと彼女は出されていたお茶を口に含む。
「ともかく、叙任式の準備は進んでいるの?」
「なんとかね。騎士服の仮縫いも終わったし」
「あら。それは楽しみだわ」
 当日が、とオルドリンは笑う。
「誓いの言葉は自信ないけど」
 なんとか覚えた、とスザクは言い返す。
「大丈夫よ。Yes,your highness.を繰り返せばいいだけだもの」
「それが言いにくいんだって」
「頑張りなさい」
 そんな会話を交わしつつも二人はお茶会を続けていた。

 ちょっとしたアクシデントを乗り越えながらとうとう叙任式当日になった。周囲は朝からばたばたとしている。そんな中、スザクは比較的落ち着いているようにみえた。
「スザクさん、緊張されていないのですか?」
「めちゃくちゃしている。しすぎて逆に冷静になれたみたい」
 ナナリーの問いかけにスザクはこう言い返す。
「さすがはスザクさんです」
 ナナリーはこう言うと微笑む。
「それよりもナナリー、部屋の中に入っていなくていいの?」
「お兄さまがスザクさんといっしょにと」
 車いすを押してもらえ、と言っていたとナナリーは続けた。
「わかった。文句を言う人はルルーシュがなんとかすると言うことだね」
「後はジュリアスお従兄様もです」
「あの二人なら心配いらないか」
 彼らに口で勝てる人間はいないだろう。スザクはそう言って笑う。
「そうですね」
 ナナリーも柔らかな笑みを浮かべた。
「時間だね。行こう」
「はい」
 そういうとスザクはナナリーの車いすを押し始める。目の前の扉をくぐれば様々な視線が飛んできた。その中には忌々しいと言いたげなものや悔しげなものもあった。同じくらい祝福してくれているものもある。
 スザクはそれらの中をナナリーとともに進んでいく。
 ルルーシュの目の前まで来るといったん足を止めた。そのまま、ナナリーの車いすをジュリアスへと手渡す。
 ナナリーが台の上に上がったのを確認してスザクは跪く。そして腰に差していた剣を二人に差し出した。
「汝、枢木スザク。ここに騎士の誓約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」
 ルルーシュの声が周囲に響く。
「Yes,Your Highness」
 しっかりとスザクは言葉を返した。

 この日、ブリタニアに新しい騎士が誕生した。



22.08.20 up
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