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真夏の蜃気楼

49



 次々と大宦官と呼ばれる者達がとらえられていく。
「戻りましょう」
 それを確認しながらスザクはランスロットのマニピュレーターをジュリアスの前まで降ろす。
「あぁ。そうだな」
 そう答えるとジュリアスはためらう様子もなくマニピュレーターの上に上がってきた。
「麗華様」
 そのまま彼は天子に向けて手をさしのべる。
「大丈夫、でしょうか」
「私といっしょなら」
 微笑みながらえぐいセリフを吐かないでほしい、とスザクは思う。
「傷つけませんから」
 絶対にとは言えないが、極力かすり傷もつけないように運ぶから……とスザクは口にする。
「それに……紫禁城の外にお迎えが来ているようですし」
 誰とは言わないが、麗華はなにかを感じ取ったのらしい。
「……少し怖いですが……乗ります」
 そういうと麗華はマニピュレーターへと歩み寄ってくる。
「天子様!」
「危のうございます」
 女官達が慌てて止めようとし始めた。
「気にすることはありますまい。殿下がおいでなのです。ブリタニアも余計なことはしないでしょう」
 そんな彼女たちに向かって他の女官がこう告げる。
「そうかもしれませんが……」
「どこに大宦官の手の者がいるかわからないのです。安全にご避難いただくためには一番ではありませんか?」
 まさかナイトメアフレームに生身で戦闘を仕掛ける人間はいないだろう。彼女の言葉は真実だとおもう。
「それはそうですが……」
「ではかまいませんね?」
 彼女はそういうと麗華の手を取る。そして、そのまま彼女の体をマニピュレーターの上に押し上げた。
「では、天子様。ご縁がありましたら、またお目にかかります」
 そう言って彼女は麗華に向かって頭を下げる。どうやら自分が乗ることは出来ないと判断したのだろう。
「どうします?」
 とりあえずジュリアスに判断を求める。
「行こう。ここにとどまっていてもいいことはない」
 万が一のことを考えれば、と彼は続けた。
「了解しました」
 そういうとスザクは慎重にランスロットを進めていく。
「ルルーシュ?」  外部への音を切ってスザクはルルーシュへと呼びかける。
『麗華様もいっしょだな? 星刻を呼び出してある。後は彼に任せればいい』
 その言葉にスザクはほっとした。
「彼女が会いたい人物が待っているんだ」
 なら急ごうかな、とスザクはつぶやく。
『急がなくていい。それよりも麗華様が具合悪くならないように気をつけてくれ』
「慎重に進むけど……万が一の時はどうすればいい?」
『こちらから護衛を出す。戦闘はそちらに任せろ』
「了解」  そう答えながらもこんな風にルルーシュと会話できるのがうれしいと思う。これがジュリアスであればもっと事務的な会話で終わりかねないのだ。
 そうでなければ怖いのだけど、とこっそりと胸の内でつぶやく。
 ともかく、無事に到着できればいい。
 何も起きないのが一番だ。
 そう考えると少しだけスピードを上げる。
 目の前のペースが次第に大きくなってきた。

「……ルルーシュ様がお二人?」
 目の前のベースから出てきたルルーシュを見てレイは眺めを丸くする。
「申し訳ありません。そちらが本物のルルーシュです」
 麗華といっしょに降りてきたジュリアスがそう告げた。
「いつ、入れ替わられましたの?」
「……戦闘が始まる直前ですね」
 さらりとルルーシュが口にする。
「一番人目につかない時間を狙いました」
 さらにジュリアスがそう続けた。
「星刻将軍の位置を知るためには一番無難だと思いましたので」
 その言葉に麗華様は目を大きく見開く。
「星刻は、無事なの?」
 そして叫ぶようにこう問いかける。
「黎将軍をお連れしました」
 タイミングを合わせたかのようにドアの向こうからジェレミアの声が響いた。
「入れてくれ」
 ルルーシュの言葉とともにドアが開かれる。そこには長髪の人物が立っていた。その姿を見た瞬間、スザクは無意識のうちにルルーシュとジュリアスの盾になる位置へと移動していた。
 万が一の時に彼らを守れないかもしれない。そんな予感がスザクにはある。認めるのは悔しいが目の前の相手の実力が自分より上なのだ。それでも二人だけは逃がさなければいけないと思ったのだ。
「麗華様!」
 だが、星刻の方はスザクに注意を向けることなく麗華へと呼びかけている。
「無事でしたのね、星刻」
 言葉とともに麗華は彼の方へと駆け寄っていく。
「麗華様との約束を果たすまでは死ねませんから」
 星刻がそう言いながら床に跪いた。そしてさしのべられた麗華の手を宝物のようにそうっと包む。
「いっしょに黄金の大地を見に行くのよね」
 うれしそうに言葉を返す麗華が可愛いと思う。同時に、ひょっとしてルルーシュはこうしてほしかったのだろうか、とスザクは悩む。自分の性格から考えてこうならないだろう。しかも、人目があるし……最悪不敬罪と言われても仕方がないよな、とスザクは心の中でつぶやく。
 ああいうことは可愛い女の子がやるから様になるのだろう。
 自分がやっても滑稽なだけだ。
 そう付け加えることで欲求を抑える。
「いつか、ではありません。麗華様のお好きなときに見に行かれてかまわないのです」
 うるさく言う大宦官どももいなくなった。麗華は自由なのだ、と星刻は口にする。だが、本当の自由は彼女には与えられないだろう。スザクはそう思う。
 生まれが生まれ故に、必ず誰がか彼女の側にいる。そして危険と判断したらさりげなく止めるであろう。
 だが、それは言わなくていいことだ。スザクはそう思う。
 それよりも、いつまでこれを見ていればいいのだろうか。そう考えながらルルーシュへと視線を向ける。
「将軍、積もる話は別室でどうぞ」
 苦笑を浮かべつつルルーシュがそう声をかけた。
「申し訳ない」
 即座に星刻は状況を飲み込んだのだろう。顔を赤らめながら謝罪を口にする。
「気になさらず」
 それよりも、とジュリアスが口を開く。
「麗華様のお気持ちを優先されてください」
 彼の言葉に星刻はうなずく。
「麗華様、まいりましょう」
「でも……」
「ルルーシュ様とはまたお目にかかれますよ。今は星刻に時間を頂けませんか?」
 その言葉に麗華が考え込むような表情を作る。だが、すぐにうなずいて見せた。
「ルルーシュ様、かまいませんか?」
「えぇ。ジェレミア、頼む」
 側に控えていたジェレミアに彼はそう命じる。
「かしこまりました。では、お二方、こちらへどうぞ」
 彼はそういうと二人の先導をして部屋を出て行く。その後ろ姿をスザクは困ったような表情で見送った。
「スザク……言いたいことがあるなら、さっさと言った方がいい」
 ジュリアスがこう言ってくる。
 しかし、何を言えばいいのだろう。自分にはあんなことはできないし、とスザクは悩む。それでもこれだけは伝えておこうと思う。
「ルルーシュ、お帰り」
 この言葉を聞いた瞬間、ルルーシュは小さく笑った。
「ただいま」
 その表情のまま彼は言葉を返してくる。
「ナナリーに泣かれることは覚悟しておいてね」
 しかし、このセリフを聞いた瞬間、ルルーシュはその表情のまま凍り付いた。

 数日後、スザクはルルーシュ達とともにエリア11へと戻ってきていた。
 だが、ルルーシュの足はドアの前で止まってしまう。
「ルルーシュ?」
 どうかしたの、とスザクはそんな彼に問いかける。
「緊張しているんだろう」
 ジュリアスがそっとささやいてきた。
「緊張?」
「ナナリーとクロヴィス殿下がおられるのだろう、ここには」
「二人とも早くルルーシュに会いたいと思っているはずだよ」
「七年も離れていたんだぞ。顔を合わせるのが恥ずかしいというのもあるんだろう」
 後は、なんと呼びかければいいのかわからない……と言ったところか、とジュリアスが言った。
 それは間違いなく図星だったらしい。ルルーシュは頬をうっすらと染めている。
「……別に気にすることはないのに」
 何も言えなかったとしてもナナリーが喜ぶのは間違いない。スザクはそう言う。
「わかっている」
 少しむっとしたような口調でルルーシュが言い返してきた。
「だが、足が動かないんだから仕方がないだろう」
 自分でもどうしてなのかわからない、と彼は続ける。
「本当に珍しいよな、そんなお前を見るのは」
 ジュリアスがどう言っていいのかわからないと言う表情でつぶやく。
「やはり七年は長かったと言うことか」
 そしてジュリアスはこう付け加えた。
「僕の時は平気だったのに」
 スザクは無意識にこう口にしてしまう。
「お前の時は……全部戦場に持って行かれたからな」
 何なんだ、あの動きは! とルルーシュが詰め寄ってくる。 「あんな動きをして、体は大丈夫なのか?」
「……普通の動きしかしてないよ?」
「そうなのか?」
 スザクの言葉に信じられないと言うようにルルーシュがジュリアスを見た。そんな彼にジュリアスは首を縦に振ってみせる。
「七年でどれだけ進化したんだ……」
 ナイトメアフレーム、とルルーシュがつぶやいた。
「開発バカがお互い切磋琢磨した結果かな?」
 ロイドを筆頭に、とスザクは真顔で応える。それを聞いた瞬間、ルルーシュは納得知ったという表情を作った。
「と言うことで入ろうよ。ナナリーもクロヴィス殿下もそろそろしびれを切らしていると思うよ」
 ドアの向こうから誰かがこちらに近づいてくるのがスザクにはわかる。
「……わかっている」
「それに……ナナリーはお前と七年間離れていたが、お前がとらえられていたとは知らないからな」
 ジュリアスがさりげなくこう告げた。
「はぁ?」
「あぁ、そうだったね。陛下のご命令で辺境に赴いていたことになってたんだ」
 辺境過ぎてなかなか戻ってこられないし通信も最低限つなげるので精一杯だとおっしゃっていた、とスザクもうなずく。
「……父上……下手な小細工をしなくてもいい物を」
 しかも、そう言う小細工をしたならつじつま合わせもしておいてくれればいいのに、とルルーシュは恨み混じりの声で告げる。
「諦めようね、ルルーシュ」
「陛下のそのお言葉でナナリーが壊れなかったんだ」
 お前とスザクを探そうとして動けないことに衝撃を受けていたからな、とジュリアスが言う。
「だから、俺はまずスザクを迎えに行った。そしてお前を探すための力を手に入れた」
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの影として、とジュリアスが笑った。
「……そうか」
 ルルーシュが目を伏せる。
 そのときだ。ドアが中から開かれる。
「ルルーシュ! どうして中に入ってきてくれないんだい?」
 待っているのに、と口にしながらクロヴィスが駆け寄ってきた。
「ナナリーが待ちかねているよ」
 そういうと彼はルルーシュの手を取る。そのまま半ば引きずるように部屋へ入っていく。
「さすがクロヴィス殿下」
「あの空気を読まないところは見習うべきだろうか」
 ぼそりとジュリアスがつぶやく。
「やめておいて。部下の人達がかわいそうだから」
 そのしわ寄せが来るのが自分だ、とスザクは言外に告げる。
「わかった。部下で遊ぶとしても他のことにしておく」
 怖いことを言うとジュリアスも部屋の中へと進んでいく。スザクもその後を追いかけて室内に足を踏み入れた。  その瞬間、ナナリーに抱きしめられているルルーシュの姿が視界に飛び込んでくる。
 細い腕でルルーシュにすがりつくようにしているナナリーの双眸から涙があふれ出ていた。
「……お兄さま……」
 ご無事で良かった、とナナリーが口にしている。
「すまない、ナナリー……」
「いいんです。スザクさんもいっしょにいてくれましたから」
 でも、とナナリーは言葉を続けた。
「やはり寂しかったです」
 ぽろっと彼女は本音を漏らす。 「すまなかった、ナナリー」
「いいえ。お兄さまが戻ってきてくださっただけで十分です」
 これからは一緒にいられますよね、とナナリーが問いかけている。
「……父上次第だろうな」
 しかし、とルルーシュは続けた。
「当面は一緒にいられるだろうとは思うが」
 いくら陛下でも即座にルルーシュをどこかに行かせるとは思えないから、その意見にはスザクも賛成だ。
「大丈夫だよ、ナナリー。父上もルルーシュには少し休みをと言っておられたから」
 クロヴィスが微笑みながらこう言ってくる。それでナナリーは安心したのだろう。
「お兄さまとスザクさんといっしょです」
 そういうとナナリーは少しだけ顔を上げてスザクの方へと視線を向ける。その視線に促されるようにスザクは二人に歩み寄っていく。
「お二人とも、ずっと私の側にいてくださいね」
 スザクの手をそっと握るとナナリーはこう告げる。
「あぁ」
「当然だよ。僕は君たちの騎士なんだから」
 スザクの言葉にナナリーだけではなくルルーシュも小さくうなずいていた。



22.08.15 up
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