巡り巡りて巡るとき
53
それにしても、記憶のことはどこまでばらしていいのか。
「完全に確信しているよね、あいつは」
マリアンヌ達は疑っているという状況か、とベッドの上に横たわりながらスザクはつぶやく。
「ばらしてもいいけど、それに伴うメリットは何なのかな」
そして、デメリットは……と続ける。
何よりも、いまの状況は自分が知っているどの記憶とも違っている。そう考えれば、今のままでも何の問題もないのだ。
だが、彼女たちはそれではいけないと考えているらしい。
「……あいつらも放っておけばいいものを」
「そういうわけにはいかなくてな」
言葉とともに視界の上からC.C.の顔が現れる。
「……人の寝顔をのぞきに来るのが趣味か?」
あきれたように言葉を投げつけた。
「せっかくルルーシュの意識が戻ったと教えに来てやったのに」
だが、C.C.の口から漏れたのはこんなセリフだ。
「だったら、ノックぐらいしろ!」
反射的に怒鳴り返せば、彼女はにやりと笑った。
「ノックをしなかったからこそ、お前があれこれ隠していることがわかったんだろうが」
正直に白状すればそんなことはしなかったものを、とわざとらしい声音で続ける。
「何のことかわからないな」
人の秘密を暴くのは悪趣味だろう。そう告げながらスザクは体を起こす。
「どこに行くんだ?」
「ルルーシュの顔を見に」
当然だろう、と言い返す。
「生きていることを堪忍できれば、それで十分だし」
話はできない可能性があるが、と言外に続ける。それでも顔を見られれば安心できるだろう。
「本当は言いたいこともたくさんあるんだけどね」
だが、生きていてさえくれれば、それを言う機会はある。自分が彼をどう思っているか。過去に出会ってきた《ルルーシュ》と今の彼は違うと言うこともわかっているつもりだ。
だから、今回は本当に必要なことだけを口にしようと思っている。大切なことはすべてが終わってからでもかまわないだろう。
本音を言えば、もう少し自分の気持ちを整理する時間がほしいところだ。
問題は、それをこの魔女に聞かれたくないと自分が考えていることだ。
マリアンヌならばまだ妥協する。ルルーシュの母親なのだし。しかし、こいつは絶対に後でからかうネタに使うに決まっている。それどころか、それを使ってあれこれと脅迫してくるはずだ。
一番確率が高いのは人の小遣いを使ってピザを買いまくることだろう。そんなことをされれば放課後の交友関係に支障が出かねない。意地でも避けなければいけない事態だ。
そのために一番有効なのが無視することだというのは何なのか。そう思わなくもないが、相手が相手だから気にしないことが一番だ。
「おい、こら! 待たないか」
背後からC.C.の声が追いかけてくる。だが、振り向くことなくスザクは歩を速めた。
病室の前にはナナリーがいた。
「スザクさん」
彼の姿を認めた瞬間、彼女はどこかほっとしたような表情を作る。
「お兄様をしかってください」
そのままこんなセリフを口にしてくれた。
「……ルルーシュを僕が?」
「そうです。それが一番効果的だと思います」
自分では許してしまいそうだから、と彼女は微苦笑を浮かべる。
「でも、スザクさんなら反省しなければ許さないでしょう?」
そういうところはマリアンヌとよく似ている、と彼女は続けた。
「……軍人として必要なことらしいから」
きっちりと反省してもらわないと死ぬ可能性すらある。そのときに死ぬのが自分だけならばそれは自分の選択のせいだと笑えるが、周囲まで巻き込むようなことになってはそれもできない。最悪、全滅という可能性もあるのだ。
だから、情とは切り離して相手を怒ることができるのだろう。
スザクは膝をついてナナリーと目線を合わせてそう説明する。
「ナナリーはルルーシュが大好きなだけだよ」
だから、最終的には許してしまう。それは彼女の立場では当然のことだ、と告げる。
「君はそれでいいんだよ。逃げ場がないと爆発するからね」
言葉とともにそっと彼女の手に自分のそれを重ねた。それはブリタニアで暮らすようになってから彼女を励ますためによくやっている仕草だ。
「だから、いつも通りにしていて。僕がいまから文句を言えば、ルルーシュが落ち込むのは目に見えているから」
この言葉にナナリーは首を小さく縦に振った。
「タイミングはロロに任せるから」
そういえば、ナナリーの背後で静かに経っていた彼はうなずいてみせる。
「じゃ、ちょっとしかってくるね」
言葉とともにスザクは立ち上がった。そして、ドアに手をかける。
「ルルーシュ。入るよ」
声をかけると同時に勢いよく開けた。
次の瞬間、こちらに視線を向けていたらしいルルーシュと視線が合う。
「よかった。意識が戻っていたんだね」
にっこりとほほえめば、なぜか彼は視線をそらす。どうやら自分が怒っていることが伝わったらしい。
「かわいそうに、オルフェウスは『実力不足』と母君に連れられて再特訓中だよ」
マリアンヌをして『鬼畜』と言わせる女性に、と低い声で告げる。
「君が刺されたせいで生じた混乱で本命を取り逃がした人たちはマリアンヌさんの地獄の特訓に付き合わされているし……シュナイゼル殿下に飛ばされた人もいるね」
全部、ルルーシュの短慮のせいだ。そう続けた。
「僕なら刺される前に相手の腕を捕まえられたよ? 万が一刺されたとしても、筋肉がついている分、軽傷で済んだはずだ」
訓練されているからね、と平坦な声音で告げる。
「でも、君は違うよね?」
それなのに、なぜ、無茶をしたのか。それは聞かなくても想像がついている。
「君の役目は後方で指示を出すことだ。前線で戦うことじゃない」
それなのに、無茶をした。
「自分がしたことでどれだけの人間に迷惑をかけたのか。それを自覚しないとだめだ」
ナナリーまで悲しませて、と言えば初めて彼の表情に違う感情が表れる。
「それとも、閉じ込められたい?」
反省するまで、と笑みを深めればルルーシュは小さく身じろいだ。
17.11.11up