巡り巡りて巡るとき
52
「……申し訳ありません……」
オルフェウスがそう言って頭を下げている。
「僕からも謝るよ。教育を間違えたみたいだ」
その隣でV.V.が小さな肩をさらに小さく縮めている。それが彼が護衛役に徹することができなかったからだろう。
「男の子の功名心を甘く見ていたわね」
マリアンヌが冷たい視線をオルフェウスへと向けている。
こういうときでなければ多少はフォローができたのだろう。だが、その気力はスザクにはない。
それ以前に、V.V.の存在に驚くこともできなかった。
「……ルルーシュ」
彼の意識はまだ戻らない。
「どうして飛び出したんだ……」
おとなしく隠れていれば見つからなかったはずなのに。
「僕をかばう必要はなかったんだぞ」
自分なら刺される前に何とかできたかもしれない。その程度の訓練は受けている。
しかし、ルルーシュは違う。
筋肉なんて無縁の存在だと言い切れる彼にそんなことができるはずがない。それなのに、どうしてためらうことなく割って入ってきたのか。
どうして、とぐるぐると同じ単語だけが脳裏を駆け巡る。
「スザク君。あなたは少し休んだ方がいいわ」
マリアンヌの手がそれを強引に止めた。
「でも……」
「ルルーシュなら大丈夫。麻酔が効いているだけだもの」
ここの医師達が彼を死なせるようなことはない。それはわかっている。
「それに、スザク君だって馬鹿には一発入れたいでしょう?」
さらりと爆弾を投下するのはやめてほしい。そう思っても無駄だと十分理解していたつもりだ。だが、まだまだ甘かったらしい。
「居場所がわかったんですか?」
おそらく教師あたりを締め上げたのだろう。そう考えながらマリアンヌを見上げる。
「当たり前でしょう。ともかく、一時間でもいいから仮眠をとりなさい」
そうしなければ連れて行かない。そう言われてはうなずかない訳にはいかないとわかっている。
しかし、だ。
その間に万が一のことがあったらどうしよう。その不安がどうしても消えないのだ。
学校にだって連中の手のものがいた。ここも万全ではないのではないか。
「ここは大丈夫だよ」
不意にV.V.が口を挟んでくる。
「ここは嚮団の外部組織だから。馬鹿は入り込めない」
「……どなた、ですか?」
反射的にそう問いかけることができたことを褒めてもいいのではないか。
「あぁ、そういえば顔を合わせるのは初めてだったかしら?」
マリアンヌがそう言って首をかしげる。
「シャルルの唯一の兄弟よ」
「……ずいぶんと若いですね。そういえば、ものすごい若作りの婆がいるようですけど」
知り合いですか? と口にしたとき、脳裏に浮かんでいたのはもちろんどこぞの魔女だ。
「誰が婆だ!」
言葉とともに背後から殺気がおそってくる。反射的に避ければ、頭の上を何かが通り過ぎていった。
「それを言うならば、貴様はどうなるんだ、この似非騎士!」
避けられたのが気に入らないのか。こんな言葉も続く。
「……どなたでしょうか。俺が口にしたのは別の人間のことですけど?」
それにそう言い返す。
「僕が言っていたのは日本にいる婆その1とこの国のとある貴族の奥方と思われる女性ですが?」
予想外のセリフだったのか。C.C.は目を丸くしている。
「白々しい。さっさと白状した方が身のためだぞ」
これは間違いなく自分に記憶があると確信しているな。と言うことは、以前あったことがある彼女か。いったい何回目の繰り返しの時だったのだろう。
スザクは心の中でそうつぶやく。
「白々しいと言われても、いつどこで会ったのか、覚えてないですよ。いままでにあなたによく似た人間に何回か会ってますけど、僕のことを知りませんでしたし」
現世でとは言わない。だが、彼女にも何か思い当たることがあったのか。小さく舌打ちをしている。
「……昔、小学生から小遣いを取り上げてピザをむさぼった魔女は知り合いにいますけどね」
こう告げたのは、もちろん嫌みだ。
「仕方がないな。今生の知り合いはけちばかりだ」
ピザを作らせる相手もいなかったし、とそう続ける。
「……いまの一言は聞き捨てならないわね」
それに反応を返したのは、なぜかマリアンヌだった。
「アリエスの厨房であれこれ無茶ぶりをしていたのは何なのかしら?」
「あれはあれでうまいがな。上品すぎる」
ジャンクな味が恋しくなるんだ、とC.C.は平然と言い返す。
「本当ならルルーシュに作らせたいが、いまのこいつには無理だからな。妥協してこっちだ」
数段落ちるが、味は好みだ。そう言ってC.C.はスザクの頭をたたこうとする。もちろん本人にしっかりと避けられたが。
「いまはそれどころじゃないから、拒否させていただきます」
ルルーシュの意識が戻らないうちは何もする気になれない。意識が戻ったら、今度はこんなことをしでかしてくれた連中にそれなりのお礼をする必要があるだろう。
「食べたければゼロピザでも頼めば? あそこは皇の系列で、僕が味付けに朽ちだしているから」
でも買わないよ、と続ける。
「スザク!」
「誰かさんが満足するまでおごったら、僕のお小遣い全部なくなる。日本ですでに経験済みだ」
この言葉にいままで蚊帳の外にいたV.V.までもがあきれた視線をC.C.に向ける。
「小学生の小遣いを取り上げるとは、年長者としてどうなんだろうね」
「そのあたりも後でじっくりと話し合いましょう」
年長者二人はそう言ってC.C.の襟首をつかんだ。
「その前にきりきりと働いてもらうけど」
マリアンヌの言葉にC.C.から抗議の声が上がるが、誰も気にしていない。
「ともかく、スザク君は少し休む。それからいろいろとお話ししましょう」
そのまま視線を向けるとマリアンヌはこう言ってくる。それにうなずく以外の選択肢をスザクは持たなかった。
17.11.04up