巡り巡りて巡るとき
55
「と言うわけで、ナナリーに泣かれるんだね」
来ているよ、と告げれば今度はすがるような視線が向けられる。どうやら今の自分の状況を見られるのは嫌らしい。
「君にはいいお仕置きだよ」
そう言うと同時に病室のドアが開く。そして、そこにロロが押す車いすに乗ったナナリーの姿が現れた。
「このくらいでいい?」
確認するように声をかければ、彼女はうなずいてみせる。
「お兄様は馬鹿です」
そのままルルーシュがいると判断した方向へと視線を向けると彼女はこう口にした。
「私やお姉様達を悲しませて、お母様やスザクさんを怒らせて……全部、お兄様が馬鹿だからです」
「ナ、ナリー……」
かすれた声でルルーシュが彼女の名を呼ぶ。
「お兄様はお母様のおなかの中に運動神経を忘れてこられたではありませんか。今の私よりも体力がないのに、無茶をするから」
言葉とともに彼女は頬をぬらす。
「お兄様はこれから半月、入院です。お母様もスザクさんもこれからお忙しくなりますから、その間、お見舞いに来られませんわ」
スザクがルルーシュに伝えたいことがあっても、その間は無理だから。そう続ける彼女に、ルルーシュの視線がスザクへと移動してきた。
「ここで下手なことを口にして、万が一のことがあったら未練しか残らないからね。すべてが片付くまで、君への返事は保留させてもらう」
「……スザク」
先ほどよりはしっかりとした声でルルーシュが彼の名を呼ぶ。だが、そのせいで傷が痛んだのか。すぐに低いうめき声が続いた。
「無理はしない。入院期間が延びればそれだけ返事が遅くなるよ」
ルルーシュがそれでいいなら自分はかまわないけど、とそんな彼の体勢を整えてやりながら付け加える。
「今でも、いいだろう」
「だめ。これもお仕置きの一環だし」
全部君の自業自得だよ、と続けた。
「そうですわね。お兄様が自爆した結果ですわ」
ナナリーもそんなスザクの言葉に同意をしてくれる。
「ロロもそう思いますわよね?」
「はい。護衛される方がわざと危害を加えられるような状況を作ると、我々が困ります」
ナナリーの意をくんだのか。それとも彼もまたマリアンヌによって身内枠に分類されているからか。本心に近い言葉を口にした。
「オルフェウス兄さん──アリエスに来るまで一緒に過ごしていたのでそう呼ばせてもらっています──は母君だけではなく双子の妹君と現在のご主君からかなり強めの注意を受けたそうです。その上、再訓練ですから、かなりショックを受けていましたよ」
自分よりも優秀と言われていたから、と彼は付け加える。
「でもオルフェウス兄さんはまだいい方です。他の護衛の方は任務を外された上に平兵士から再出発だそうですよ」
アッシュフォード学園の人事担当者は自主退職をしたとか、とさらに続けた。
「ルルーシュ。これが君の行動の結果だよ。そんな人たちにどう償うのか。それもゆっくりと考えるんだね」
これ以上は彼を興奮させるだけだ。そう判断をしてスザクは立ち上がる。
「後は任せても?」
ナナリーの方に顔を向けてこう問いかけた。
「はい。スザクさんもお気をつけて」
「もちろんだよ。ルルーシュにお仕置きをしたんだ。その二の舞になったら恥ずかしいなんてもんじゃないから」
他人に注意をするのであれば、自分はそれを完璧にできなければいけない。少なくともそれについては失敗してはいけないのだ。
「口先だけなんてかっこわるいからね」
そういえばナナリーは笑ってくれる。そんな彼女の手にそっと触れるとロロへと視線を向けた。
「大丈夫です。ナナリーのことは任せてください」
そう言ってくれる彼にうなずくとスザクは立ち上がる。
「……スザク……」
「ちゃんと傷は治してね」
呼びかけてくるルルーシュにはこの一言だけを残して部屋を出た。
「ずいぶんと思い切ったことをしたな」
そのとたん、ドアの脇野か米よりかかっていたC.C.が声をかけてくる。
「ナナリーにも頼まれたし、ここで厳しくしておかないとルルーシュはまた同じことをしでかすから」
うかつな行動がどれだけ他の人に迷惑をかけることだけは自覚してもらわないと、と言い返す。これは本心だから別段かまわないだろう。
「過保護だな」
「仕方がないだろう。子供の頃から何度も何度も夢を見てるんだ……僕がルルーシュを殺す……」
最初は誰かわからなかったけど、とそう続ける。
これは半分嘘で半分は真実だ。少なくとも今までの繰り返しを『夢』と思えばそう言えると言うだけである。実際、同じ時間を繰り返しているなら夢のようなものだろうし。
「他にもナナリーを殺したことも僕が殺されたこともあるよ、夢の中でなら」
お前達に邪魔されたり殺されたこともある。
もちろん、それもすべて繰り返しの中でのことだ。
「それとも……そちらが現実で、今のこの世界が夢なのか?」
この問いかけにC.C.は「それは私にもわからん」と言い返してくる。
「まぁ、それでもある程度のことは覚えているのだろう。それで十分だ」
説明の手間が省けるから、と彼女は笑った。
「ともかく、それならV.V.のことも心配いらんな」
なぜ、そういう結論になるのだろうか。そう思うが下手に突っ込んだらせっかくの設定がだめになる。納得してくれたならとりあえずはこれ以上突っ込まれないだろうと思うことにした。
「そういうことで、マリアンヌさんのところに行くから」
今回のことを解決しないと前に進むこともできない。それはそれで困るだろう。
「馬鹿をつぶすためにか?」
「ナナリーや皇女殿下方に矛先が向いたらそれこそ大変でしょう? 女の子の顔に傷なんてつけられたくないし」
「……そうだな」
気をつけていけ、とC.C.はうなずく。それを横目にスザクは歩き出した。
「この世は一炊の夢か」
小さくなる背中を見送りながらC.C.はそうつぶやく。
「なかなか詩的な表現をするようになったじゃないか」
小さな笑みがその口元に浮かぶ。
「どうせなら一期の夢ぐらいはじければいいものを」
もっとも、彼の性格を考えればそれは難しいだろうとわかっている。ただ、ルルーシュとのことを前向きに考えようとしているだけましになったのではないか。
「さて……私も本気で動かないとな」
さすがに飽きた、と彼女は背筋を伸ばす。そして、スザクとは反対側に向かって歩き出した。
17.11.27up